Ⅲ、仕返しは、自分の手を離れ、あまりにも強い衝撃を与えた
「もーりーおっ」
いじめっこが、廊下を歩いていた森男の肩を、強めに叩く。
放課後の廊下には、そそくさと帰るものや友達と談笑している生徒たちで溢れていた。
中間試験前で、部活も休みになっているため、その休みを勉強に当てようとはせずにこれ好機とばかりにそれぞれ楽しんでいる。
森男はため息を吐きながらも、やっぱり来たか、と拳を握る。今日のために練ってきた策をもう一度頭で確認。
「ちょっと付き合えよ」
「今日の反省会だよ」
馬鹿丸出しの高笑いをしながら歩き出す不良たち。その背を見ながら、森男は誇った顔をする。
おもむろにカバンを弄り、弁当箱を取り出す。
高田に突き飛ばされた時に吹っ飛んだ弁当箱は、中身もろともバラバラに砕け散ったはずだ。
しかし、森男が持っているそれは新品そのもの。だが、壊れた弁当箱とは大きく違った箇所があった。
カチッ
ウイイイイイィィィィィィィン
異常にデカい駆動音を、弁当箱が廊下に響かせた。
「は? なんだ?」
「てめぇ なんだその弁当箱は!」
「何いってんの? これは「モリオ・マークⅡ」だよ」
いつの間にか調子を取り戻した森男は、嘲笑うかのような笑みを浮かべ、高らかに謎の名称を言い放った。
それと同時に、「モリオ・マークⅡ」を床へと解き放つ。
ウイイイイイィィィィィィィン
驚きの速度で不良たちの股をくぐったそれは、唐突に止まる。
「なっ! これは!」
「なんでてめぇが持ってんだよ!」
そんな問を無視するかのように、「モリオ・マークⅡ」は、また走りだした。
「クソッ 待て!」
不良たちが走りだしたところで、ただ体力を無駄に消費しているに過ぎない。
風のように駆ける「モリオ・マークⅡ」は、不良たちを引き離し、時折その姿を見せ付けるかのように止まった。
「なにこれー!」
「キャーーーー」
「うっわ! マジかよ!」
廊下に響き渡る阿鼻叫喚。
それを見て森男は
「ははははっ! お前らの真の姿を皆に見せ付けてやるよ!」
◯ ◯
「モリオ・マークⅡ」について説明しよう。
森男が試行錯誤の末に開発した、弁当箱型ラジコンカー。モーターは、毎秒三回転という驚きの回転数を誇る。森男はモーターを自作しようと思い試みたが、不器用なため、銅線がぐちゃぐちゃになってしまってあきらめた。結局ネットで購入したもの。
そして、その蓋の上部には、一枚の写真がデカデカと貼ってある。
それは、いじめっこたちがこの間ふざけて撮ったプリクラを引き伸ばしたもの。
たまたまその場を目撃した森男は、不良たちがゲンナリしてゴミ箱に捨てていったそれを拾ったのだ。
最近のプリクラは、驚きの進化を遂げている。
様々なモードや過剰な色彩補正など、まさに原型を留めることが不可能なほどの画像をつくり上げる。
プリクラの画像を見て、「お、可愛いじゃん!」と思っても、実際の人物を目の前にすると白黒反転でもしたんじゃないか、というくらい別人だった、という経験がある人は少なくないだろう。
プリクラの機械は、実は宇宙人を地球に転送する装置で、その様子を撮影したものだと、わりかし本気で森男は考えている。
そんな「宇宙人転送装置:プリクラ」で、彼らはやらかしてしまっていた。
撮っている内にテンションが上がってしまったのだろう、そういう時は例え百選練磨の英雄であっても、やらかすものである。
その全容は、
彼らが素っ裸で抱き合い、清々しいほどのキメ顔をこちらに向けているというもの。
いつもより気合を入れたであろう髪型に、何かをこちらに訴えかけるような瞳。
その背景は、妖精が二人を祝福しているのか、その羽根から舞い散る鱗粉をまき散らした時のような輝きが見て取れる。また、心なしか上のほうで天使がラッパを吹いているような、そんな幻覚を見たものの目に投影した。きっと妖精や天使たちは、彼らの新たなる世界の幕開けを、それぞれの方法をもって、全力で祝福しているのだろう。
「モリオ・マークⅡ」は、相変わらずの動きを見せながら、校内の廊下を走り回った。
騒然とした校内の異変に気付いた教師たちは、何が起きているのか把握しきれず、その正体を見るまで皆を落ち着かせようと校内を回った。
「ははっ いい気味だ! そろそろいいかな」
森男はそうつぶやくと、いじめっこたちが追いつくか追いつかないかくらいの速度まで落とした。
「もう少しで追いつくぞ」
「もうすでにいろいろと終わってる気がする…」
意気消沈しながらも「モリオ・マークⅡ」を追いかける。
「よし! あの突き当りで抑えこむぞ!」
「わかった!」
いじめっこたちは速度を上げ、廊下の突き当りまで走る。
「今だ!」
いじめっこたちが「モリオ・マークⅡ」に飛びつく。
が、次の瞬間
バカンッ
という音とともに、蓋が上に吹っ飛んだ。
「!?」
その勢いのまま廊下の突き当りに突っ込んだいじめっこたちは、上から降り注ぐ、キャベツの雨に打たれた。
カシャッ
いじめっこたちが放心する中、シャッター音が廊下に鳴り響く。
その目に映ったのは、カメラ付き携帯電話を一流カメラマンのような構えで持ち、シャッターをきる森男。
「てんめぇー! ふざけたマネしやがって!」
「もうぶっ殺してやる!」
おどけたポーズをとり、森男が駆け出すと同時に、いじめっこたちはその姿を追いかけた。
森男は運動神経がビックリするくらい悪い。
そのせいか、異常に気持ち悪い、背を若干後ろに反らせ脚力を前への推進力に変える気があるのかというような、走るというより跳ねるようにして走っている。
「待ちやがれ森男!」
「お前の運命はもう決まったんだよ!」
森男に罵声を投げかけながら走るいじめっこたち。
廊下には、いじめっこたちの身体から落ちるキャベツによって、彼らの軌跡が描かれる。
しかし今朝の森男とは違う。
とことん身体の調子が良くなったのか、森男は今までにないくらいの加速をみせ、風を切った。
「ははっ 逃げ切れるぞこれは!」
もうニヤニヤが止まらない森男。
その様子を見て、さらに激情を森男にぶつけようと迫るいじめっこ。
「よし、ここを曲がれば階段! 階段を降りる速度には自信がある!」
そう、
今朝見せたような軽快な階段降りは、なかなか出来るものではないと自負している。
しかし、廊下曲がったその時、思わぬ光景が目に入る。
階段の前で談笑する、高田と雅ちゃん。
あのビーナスのような笑顔が、高田に向けられている。
一気に雅ちゃんとの出会いから、今日の出来事までの記憶が蘇った。
頭が真っ白になった。
呆気にとられた森男の背後から、いじめっこたちが叫ぶ。
「高田! 森男捕まえてくれ!」
「こいつ俺らのことバカにしやがった!」
こっちを向く高田と雅ちゃん。
高田は森男の姿を確認すると、顔を歪ませ、こちらに駆け出す。
雅ちゃんにいいところを見せようとか考えているのだろう。昼休みの時より気迫が倍増している。
「うわっ なんだよ!」
若干気迫に押されながらも勢いを緩めない森男。前後から挟まれ絶体絶命だが、そこで諦める彼ではなかった。
「このっ! 勘違い野郎が!」
彼が出せる精一杯の罵声。その勢いで高田の横をすり抜けようと、身体を捻る。
身体の内側から、聞いたこともないような嫌な音が全身に響き、その身を震わせた。
「くっ!」
空気の摩擦抵抗によって、火を噴き出さんばかりに迫る高田の腕を間一髪で避ける。
が、
完全に避けきることができず、二の腕に指が軽く掠った。
その拍子に、元々無理な体勢をしていたため、体幹が大きくブレてしまう。
「うわぁ!」
かつてないほどの加速に乗った身体は、勢いだけは落ちることがなく、体勢というものを失ったまま、その身体を前へ突き動かす。
その先にいるのは、他のだれでもない、雅ちゃん。
更に後ろには下り階段があり、森男から見ればそこは唐突に存在を失くした、床の果てにしか見えない。
「み、雅ちゃん! 助けてっ!」
最悪の事態が頭をよぎった森男は、必死にすがるようにして雅ちゃんに助けを求める。
しかし、華奢な体つきの彼女に、何かができるわけもない。
そんな単純なことでも、今の森男には、その答えに辿り着く余裕はなかった。
雅ちゃんは動く。
身体を森男の動線上から外すように。
森男の目にはハッキリと映った。
心のそこから蔑むような、処刑前の重罪人を見る観衆のような、そんな顔をしている彼女がスローモーションで身体を捻り、自分から距離をとっていくところが。
「っ!」
森男に味方などいなかった。
勢いのまま、床の果ての空白へと飛び出す。
時間が止まったような、そんな気がした。
なんだか、
どこまででも飛んでいけるような、どこかへ飛び立つ白鳥のような、そんな気分になった。
灯火というのは、消える瞬間に一番の輝きを見せるものである。
でもそんな輝きは、いつまでも続くものではない。
ドンッ
何かが潰れるような、どんなものよりも重たい響きが階段に響き、ずっと、ずっと、耳の奥で永遠に反響するように、残り続けた。
◯ ◯
こんなはずじゃなかった。
いつもみたいに、笑いの種を、自分たちに与えてくれるものだと、そう思っていた。
階段の上に、四人の男女の姿があった。
状況をうまく飲み込めないといったことを顕著に表現した顔が並んでいる。
彼らの視線の先には、首をあらぬ方向に曲げた、見知った姿が横たわっていた。
自分たちは彼に何をしてしまったのか。
彼が自分にしたことなど、一言謝りさえすればいずれ忘れてしまうような、そんなコトでしかなったのではないか。
全員わかっているはずだった。
始まりは彼ではないことも。
雅ちゃんとて理解しているし、制服が汚れてしまったのは確かに許せないが、クリーニングにでも出せば問題はないと考えている。
元より今朝具合が悪そうにえずいている彼を自分の目で見ているし。
高田に呼び止められる前、彼が自分の方へ覚束ない足取りで向かってきていたのも知っている。
自分がはやし立てなければ。
自分がふざけなければ。
自分がいいところを見せようと絡まなければ。
自分がちゃんと、謝罪の言葉を受け取っていれば。
森男のいないところで、
仕返しは凶悪な獣へと姿を変えていた。
彼らの人生に、
大きな傷跡が残るほどの威力を持って、
その凶悪な牙を首筋に食い込ませた。
喉が食い破られ、
声も出せず、
呼吸もできなくなった。
しかし、自分は生きている。
生きて行かなければならない。
あまりにも強すぎる衝撃が、彼らを包み込んで離さなかった。
相変わらず暗い内容。
プロローグはこれで終了です。