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アルテイア(9)

「戦は初め、諸侯軍の圧倒的優位で始まる。宮廷軍は幾度なく打ち負かされ追い詰められていった」

マリールはまた遠い目をして一瞬悲しそうな表情になった。

「宮廷軍は辺境に追い詰められ、次第に苦しくなっていく。誰もがこのままでは負ける、そう思ったとき・・・蛮族が諸侯軍に攻め込んだのだ」

マリールは立ち上がってベッドに腰掛けていた。マリールの瞳が妖しくマサトを見つめる。

「その日から状況が一変する。そもそも強い結束で成り立っていた諸侯軍ではなかったから蛮族の奇襲の前に這う這うの体で逃げ出し、その間に国王軍は王城を解放すると民衆も立ち上がって各地で諸侯軍を打ち破っていったのだ」

「・・どうして蛮族が味方についたのです?」

マサトは率直な疑問をぶつけてみた。今でも良好な関係を築いているとは言えない蛮族がどうして王族を助けたのだろう?


マリールが無言で手を差し出す。手を貸せ、というのだろう。

マサトは立ち上がってマリールの手を引っ張ろうとする。

「うわ!」

逆にベッドに引っ張られ引き倒されてしまった。

マリールが覆い被さってくる。豊満な胸を押し付けて瞳を妖しく見つめている。

「ふふ・・聞きたいのか?」

「はい」

「男ならば寝物語で話を引き出そうとは思わぬか?」

顔を撫でるように抱えられて熱い吐息が唇に吹きかかる。

妖しく光る瞳がマサトの瞳を覗きこむ。

この瞳を見つめているだけで妖しげな呪術にかかってしまいそうな錯覚に陥る。

マリールはそのまま舌を絡めてきた。

柔らかな感触が胸に押し付けられて男を虜にしようとしている。

誘惑していたのだ。


マサトはマリールの身体を引きはがしてマリールの瞳を見つめる。

「やめてください」

「ふふ・・そんなに私には魅力がない?」

「そうではありません・・」

「誰か意中の女性でも?」

そう言われて2人の女性の顔が浮かんでくる。フェルと赤い髪の女性だった。

(どうしてアルテイアが??)

フェルは最愛の女性だ。今でも会いたいのは変わらない。

しかしマサトの頭の中には赤い髪の女性の寂しげな微笑も消せずに残っていた。


「ふふ・・済まなかった。酒が過ぎたようだ」

マリールは少し微笑んでマサトから離れる。

「さて・・どうして蛮族が味方についたのか・・・だったな」

真剣な面持ちでマサトを見る。

「蛮族との間に密約があったのだ」

「密約??」

「そうだ、密約だ。諸侯軍がもし勝てばその余勢を駆って蛮族の地に攻め込むであろう、と蛮族王に進言し、もし宮廷軍が勝てば蛮族の地に踏み入らないという約束を取り付けたのだ」

「しかしそれだけで蛮族王が諸侯軍に攻め込むとは思えないのですが」

「そうだ。だからそこで密約を結んだのだ。お互いの領地を不可侵にし諸侯軍に攻め込んでもらうために皇太子デ=シルスの子を差し出すという密約を・・・」

「!!」

「デ=シルスの子が男子であれば世継ぎになるゆえ第2子を。もし女子であれば蛮族王の后として迎えるという密約を結んで蛮族王は約束を守ったのだ」

「・・・残念ながら狡猾な北西太守ミラン=ミランは逃したものの、諸侯軍を打ち破っていく戦の中で産まれたのがデ=アーク・・・殿下であるよ」

マリールはそこで深い嘆息をついた。

「男子ならば問題は起きなかった・・・しかし産まれた御子は女子。デ=シルス・・国王陛下はそれでも約束を守ろうとした。あの性格だからな」

「しかし皇太子妃メリルは御子を蛮族の后にすることを許さなかった。自らの命を賭して・・抗議の自害をなさったのだ・・・」

「国王陛下は愛する妃を失ってもまだ蛮族との約束を果たされようとした。しかし主参謀メルビンはアークを男子として育てる旨を何度も陛下に説き、今に至っておる」

「・・・」

マサトは息を呑んだ。あの勇猛で民を思う国王陛下が蛮族とはいえ約束を破る人ではない。この密約が今でも生きているからこそ、アークは男子として育てられていたのだ。そして女子であることを知られては一気に蛮族との関係が悪化するに違いない。

(極秘中の極秘なはずだ・・・)

マサトは1人納得する。


「ところで・・メルビンの娘についても知りたくはないか?」

アルテイアのことだ。

マサトはマリールを見る。マリールは微笑んでいる。心中をえぐるような瞳をしている。

「・・・ええ、是非に」

マサトは答える。ふ、と鼻で笑うマリール。

「主参謀殿は『弱体化させたとはいえ北西太守ミラン=ミランはまだ彼の地で力を保持している。野心を持った北西太守のことだ。味方に出来ないまでも監視が出来れば牽制になる』そう考えておった。自分の愛娘を北西太守の息子に嫁がせようと。」

「弱体化した北西太守もその話は渡りに船だったのだろう。話はとんとん拍子で決まり、輿入れが決まる。それが5年前のことだ」

「しかし結婚生活は長くはなかったようだ。赤髪を持つ女性ということで再び王城に帰ってきた。僅か半年でな」

マサトは痛む心に耐えて静かに話を聞く。どこまでも悲しい運命を背負わされた赤髪の女性・・幸福と呼べる日々が彼女に訪れるのだろうか?

「・・・以上だな。私が知っている全ては」

マリールは再びマサトを見る。妖艶な瞳の光は消え失せていた。

「マサト・・1つ尋ねても良いか?」

「はい」

「アーク殿下をどう思う?」

マリールは一種の賭けに出た。その表情は子を思う母親の顔になっている。

「どう?とても頑張る方だと思います。責任感がありますし教育係としては教え甲斐がありますよ」

マサトはその表情の変化に気づかないまま答える。

「しかし女子だからな。お主との間に間違いがあっては困るのじゃが」

口調は茶化しながら尋ねるマリール。口調とは裏腹に心中は穏やかではなかった。

「間違い?」

きょとんとして答えるマサト。何のことか解らないという表情をしている。

(アーク殿下・・・見事に振られてしまいましたね)

マリールはクスクス笑い出してしまった。女性として見られてないのではアークがどんなに頑張ってもこの若者を振り向かせることは出来ないだろう。この誠実な若者には意中の相手がいるようだ。

「いや、戯言よ。申し訳なかった。これでお主の役に少しは立てたのであろうかの?」

マリールは笑顔のままマサトに聞く。マサトは晴れやかな顔でマリールに答えた。

「はい。ありがとうございました」

マサトは立ち上がって退室しようと扉に向かう。

「ん・・・ところでマサト殿」

振り返ってマリールを見る。

「女性としては少し傷ついたぞ?この私の誘惑を拒絶したのだからな」

マサトは思い出して赤くなった。40を越えているとは思えないくらいの艶かしさと妖しさがこの女性にはある。

「ははは。まぁ良い。マサト殿、独り寝が寂しくなったらいつでも来るが良い」

片目で合図しながらマリールが笑顔で言う。

「そのときはお願いします」

マサトはそう答えるしかなかった。


(まぁそんな機会はないだろうがな)

笑みをこぼしながらマリールはマサトの退室を見送った。あの若者の運命に神の御加護がありますようにと。



(また・・・)

背中に懸けられた毛布が温かい。

マサトの部屋。残されたアルテイアは悲しく呟く。

ついうとうとと眠ってしまった。会えたことに安心して張り詰めていた気が緩んでしまったのだろう。

マサトはまた姿を消していた。

(一体どこへ・・・)

時刻は9時を過ぎたあたり。深夜ではないが出かける時間では明らかにない。

背中の毛布を羽織ったままアルテイアは立ち上がる。

もう会えないのでは・・・という絶望が時折心の中で顔を出す。

頭をぶんぶんと振って絶望を否定する。

(必ず・・・会える・・・会って一言だけでも話を・・・)

今まで特に何も望んでこなかった。

『呪われた証』を持っているが故、誰1人彼女に近づこうとはしてこなかった。

いや、1人居た。あの異国の若者。

宮廷でも腫れ物に触るかのようにそれでいて遠くから監視するかのように扱われてきた自分に笑顔で接してくれた若者。

幼心にいつしか恋心が芽生えていたのだ。

その恋心を伝えようとした矢先に若者と会う機会が失われた。

いい子にしていたら必ず来ると言ったあの約束。

あの約束をずっと信じていた。

望まない結婚をするときにも、いつか必ず現れてくれると信じていた。

そして・・あの若者によく似たマサトに出会った。

最初は似ているなどとも思わなかった。

傍に居るうち記憶が少しずつ蘇ってくる。

最近ではマサトがあの若者の生まれ変わりなのではないかとさえ思ってしまっていた。

さすがに年齢が合わないだろうが・・・


恋心を伝え切れなかった思いが後悔をしたくないという強い思いに変わっている。

何もいらない。

ただこの想いだけを伝えられるなら・・

同じことは繰り返したくはなかった。


アルテイアは部屋の主のいない扉を開いて自室に向かう。

全てを見てもらわなければならない・・

その準備をしなくてはならなかった。



時刻は10時になろうかとしている。

(思ったより遅くなってしまった)

部屋に繋がる廊下を急ぐ。

アルテイアを寝かせたまま放り出していたからだ。

マリールの話は十分なほどマサトの疑問に答えていた。

陛下の葛藤とメルビン卿の策。アークの苦しみとアルテイアの運命。

(誰一人望んでいる訳ではないのに・・)

強大な運命の渦がこの国の人々を巻き込んで飲み込んでいる。

(自分もその1人なのか・・・)

再びアルテイアを思う。

あの悲運の麗人は自分を忍し殺して身を投げ出している。

自分に何が出来るのだろうか?

(フェル・・・僕はどうしたらいいのだろうか?)

愛しい人の顔を思い浮かべる。

 








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