アルテイア(7)
アルテイアは再びアークの部屋に向かっていた。
つい先刻通った廊下。アルテイアは幾分落ち着いていた。父メルビンのおかげだろう。
再び護衛騎士に取り次ぎを願う。
重い扉が開いて再びマリールが応対した。
「ほう。先程よりも顔色が良いな、アルテイア殿。」
「ありがとうございます。ご心配をおかけして申し訳ありません」
「いや、なに。何があったかは知らぬが余り思い詰めないことだ。マサト殿には会えたのか?」
「・・・いえ・・・」
「そうか。そこいらでも散歩しているのだろう。それより殿下がお待ちだ。御室へ」
「はい」
奥の寝室にマリールとアルテイアは入る。アークは中央の大きなベッドの上で寝転んでいた。
「アルテイア殿が参りましたよ、殿下」
マリールがアルテイアの来訪を告げる。アークは慌てて布団の中に潜りこんだ。
「殿下・・お加減は大丈夫ですか?」
アルテイアが心配そうにアークに尋ねる。先日もマサトが熱病で臥せったばかりだ。もしかしたら流行病かも知れない。
「うん・・大丈夫」
アークが布団の中に潜ったまま答える。
「殿下・・・?」
再び声をかける。
しかしアークは顔を見せようとしない。
ふー、と溜息をつきながらマリールはアルテイアに耳打ちした。
「昨日、修練で若い騎士に負けてご機嫌斜めなのだよ」
「昨日・・・?」
「うむ。肩を強かに打たれてな。大したことはないが昨夜は泣き通しで大変だった。よほど悔しかったのだろう」
昨日といえば、マサトとカシージャスと修練だったはずだ。
「若い騎士・・・・?」
「うむ。殿下がそう申されておった」
「殿下!」
アルテイアは再びアークの方に向き直って強い口調でアークを呼ぶ。
しかしアークは出てこない。
アルテイアはベッドの横でアークが出てくるのを待つ。
「ほらほら殿下。いつまでもふて腐れていないで出ておいでなさいな」
マリールも強い口調でアークに促す。母親の居ないアークにとってマリールは母親のような存在なのだろう。しかしそれでもアークが顔を見せる気配はなかった。
「アルテイア殿・・・済まなかった。まだへそを曲げたままらしい」
「そうですね・・出直して参ります」
「うむ。また殿下の機嫌が直ったら呼ぶことにしよう。済まぬがそうしてくれ」
「はい。失礼いたします」
再びアルテイアはアークの部屋を出て自室に戻ることにした。
殿下の機嫌が直るまでマサトを待っていることにしよう・・・
そう思いつつ廊下を進む。
しかしそれにしても。
(殿下はどうして修練の相手が彼だと言わなかったのだろう・・・)
ほんの少し違和感を感じる。
アークの想いをこのときのアルテイアは知る由もなかった。
アルテイアが去った後の部屋。
アークは布団の中で泣いていた。
マリールがベッドに腰掛けてアークの頭を優しく撫でている。
「アーク・・・何があったのか話しておくれ」
マリールは自分の子に問いかけるように優しく尋ねる。
赤子のときから母親代わりをしてきた。
女の子だということをひた隠しにして男子として育てられたアーク。
その事実は一部の者しか伝えられていない。
だからこそ、アークに対する愛情は誰よりも深かった。
真っ赤に泣きはらした瞳をマリールに向ける。
アークは苦しい心の内をマリールに吐き出していた。
皇太子としての立場。成長していく身体。そしてマサトへの想い。アルテイアへの嫉妬。
マリールは天を仰ぐ。
(まさかこれほど・・思い詰めていたとは・・)
不覚だった。傍でお仕えして全く気づかなかったとは。
あの新しい教育係が来て、見違えるほど明るくなったとは思っていたがそれが恋心からだとは思ってもいなかった。
アークは一頻り喋ると再び眠りについた。
(アーク・・・)
言葉にならない。この淡い恋心は実らないだろう。
(今夜・・・)
マリールはマサトに会う約束をしている。
(あの者はどこまで知っているのだろうか・・・)
独り言を思い浮かべて、マリールはアークの手を握り締めた。
久しぶりに食堂で食事をしてマサトは部屋に戻っていた。
食欲はあまりなかったが、なんとか食べることは出来た。
一人部屋に戻ってベッドに寝転がる。
先日からいろんなことがありすぎた。
高熱に冒され、皇太子に怪我を負わせ、陛下には秘密と策を打ち明けられた。
何か強大な運命の渦に飲み込まれてしまっているような気さえする。
「・・・フェル・・・」
愛しい人を思い浮かべる。
僕は臆病だろうか?
このまま逃げ帰ったとしても・・・
そこまで考えて止める。
逃げ帰ったと知ればフェルは怒るだろう。
申し出を断るにしても逃げ帰る訳にはいかない。
自分の出来ることは何なのか?
これを見極めなければならない。
時計は1時を回っている。
(あと7時間・・・)
思考に疲れたマサトは急に睡魔に襲われる。
(そういえばあまりよく寝ていないんだっけ・・・)
そのまま眠りに落ちてしまった。
再びあの森の泉のそばにいる。
(また・・居るのだろうか?)
あの赤い髪の少女。
アルテイアと思わしき少女を探す。
木々のざわめきと風の音が心地良く辺りに響く。
「いた・・・」
少女は泉の畔で腰を下ろしていた。
赤く燃えるような艶のある髪が太陽の光を受けて輝く。
とても呪われた証とは思えない。
「アルテイア」
マサトはその少女に話しかける。
少女は驚いた顔でマサトの方を向いた。
「どうしてわたしの名前を?」
「やっぱり・・そうだったんだね。アルテイア=ラピス・・・」
幼い顔立ちだが間違いない。アルテイアだった。
「うん・・」
「いや。それよりもアルテイア。1つ言っておかなければならない。空が黒くなって雷鳴が聞こえたら大きな木の下で雨宿りをするのは止めるんだ。でないと雷に打たれてしまうかもしれないから」
「うん・・・ありがとう。お兄さん」
アルテイアははにかんで笑顔になった。
「ね、お兄さんのお名前は?」
「僕?僕の名前はマサト=アールティアス」
「マサトさん・・・マサトさんはアルテのこと知ってるの?お父様のご友人?」
「うん。ご友人ではないけど・・知り合いかな」
「そっかぁ」
アルテイアは納得したように頷いた。
陽射しが暖かい。不意に少女は立ち上がって水遊びを始める。
足首まで水につかって、掬っては散らす。
マサトはその様子を穏やかに眺めている。
(無邪気なんだな・・)
今では考えられない。あの思慮深い、どこか陰のある女性が屈託の無い笑顔で水の中で跳び回っているなんて。
白い薄手のワンピースの中から健康そうな背中が見える。
その肌は白く輝いて美しい。
太陽の暖かな陽射しが少女の美しさを浮かび上がらせている。
うっかり見惚れてしまっていた。
不意に掬った水をかけられる。
「わ!」
「あはは♪」
無邪気に笑う少女。
「やったなぁ~~!」
「にひひ♪」
マサトがやり返す。
「や~~ん!冷たい~」
「あはは」
2人は笑顔になった。
(かわいいんだな)
ふと屈託の無い笑顔を見ながら思う。大人になったアルテイアもこんな笑顔をしてくれるのだろうか。
「ね、わたしの髪変じゃない?」
不意に少女が尋ねる。赤く艶のある髪を指先で巻きながら。
「変じゃないよ。とてもきれいだ」
「・・・ほんと?」
「ああ、ほんとだとも。赤く輝いて、まるで女神さまのようだ」
少女は顔を少し赤くして恥ずかしそうに俯いた。
「じゃあいつかお嫁さんになってあげる」
「あはは。そうだね。楽しみに待ってるよ」
少女は再び笑顔に戻って水の中を飛び跳ねる。
「お兄さんはこの国の方・・・?」
アルテイアが笑顔のまま尋ねる。
「いや・・遠いところから来たんだ」
「そうなんだ。またここに来る?」
重ねて聞く。先程よりもどこか寂しげな笑顔になっている。
「分からないな・・アルテイアがいい子にしていたら来れるかも知れないかな」
マサトは笑顔でアルテイアに答えた。
「うん!アルテいい子にしてるから、絶対に来てね!」
「あはは。うん」
再び満面の笑みを浮かべる少女。
「ね、森の木の実を取りたい」
「そうだね。行ってみようか」
「うん♪」
2人は陸に上がって森の中に入った。
鮮やかな緑の中に木漏れ陽が差している。
木の実がいくつか生っているが、その青い実は硬そうだ。
1本の木に上ろうとして、マサトは異変に気づく。
(なんだ・・・人の気配がする・・・)
夢の中だと思えないくらいの生々しい気配。
その気配は明らかに邪悪な殺気を含んでいた。
「アルテイア・・・」
「ん?お兄さんどうかしたの?」
動きの止まったマサトの真剣な表情を見て赤髪の少女は不思議そうな顔をする。
「いいかい?いい子だから僕の言うことを絶対に守るんだ」
「うん。アルテいい子だからお兄さんの言うことを守る」
邪悪な殺気が段々近づいてきている。
「何があっても後ろを振り返らず、お城に向かって走るんだ。お城に着いたら助けを呼んでもらいなさい」
「うん・・・でもどうして?」
「いい子ならするんだ」
マサトは青い木の実を握り締める。3つほど取って邪悪な気配の方向に意識を向ける。
「アルテイア!走るんだ!」
叫びながら木の実を投げつける。青い木の実は蛮族と思わしき男の顔面に直撃した。呻く蛮族。
アルテイアは赤い髪を振り乱しながら一心不乱に走る。
マサトはその様子に安心して蛮族の様子を窺った。不意打ちを食らって呻いていたが今は体勢を立て直して何か喚いている。手には蛮族の持つ特有の円月刀を持っていた。
「これは・・逃げるしか無さそうだ」
逃げるにしてもアルテイアがこの場から遠くに離れていなければ逃げられない。




