アルテイア(6)
「どうしてそれを?」
「国王陛下から伺いました」
「・・・ここでは話をする訳には参らぬ。お主がどうしてそのことを国王陛下から伺ったのかは分からぬが少なくとも他に漏れて良い話ではない。追って連絡しよう。私は今から殿下の元へ参らねばならぬゆえ、時間を改めてくれると助かる」
「・・はい・・」
マサトは少し拍子抜けをしながら頷くしかなかった。
「済まぬな」
マリールは再び準備に戻る。これ以上ここに居ても何も得られないだろう。マサトは静かにマリールの部屋を後にした。
11月の冷たい風がマサトを襲う。
何となく王城に居られず、マサトはメーン川の畔を歩いていた。
早朝、アルテイアと歩いた小道。
今は1人で当てもなく歩いている。
どうしたらいいのだろう?
ずっと考えていた。
一番簡単なのは申し出を拒絶して故郷に帰ることだろう。
煩わしい謀に巻き込まれなくて済む上、なんといっても愛しいフェルの元へ帰れるのである。
しかし・・
それでいいのかとも思う。
蛮族どもが国王陛下に刺客を放ったという。平和なこの国の事態がいつ急変してもおかしくはない。
もし戦争ともなれば蛮族の地に近い故郷も無事ではいられまい。
捨石になったとしてもこの国の平和に貢献できるのであればそれはそれで喜ばしいことのように思う。
フェルは悲しむだろうが・・・
(アルテイアさんはどう思っているのだろう・・・?)
またあの女性を思い浮かべる。美人で気立ても良い赤髪の女性。
国王陛下はアルテイア次第・・とも仰った。アルテイアが気乗りしないのであれば策はとうにご破算になっているだろうから少なくともアルテイアは策を受け入れているのだろうが、彼女の気持ちを聞いたことはない。
それに皇太子殿下のこと。
どうして女子を男子として育てているのか。
考えれば考えるほど頭が混乱していく。
いつまで立っても堂々巡りだった。
気づけば日が高くなっている。
あまり留守にするとアルテイアが心配するだろう。
マサトは来た道を引き返して自室に戻ろうとした。
・・・そのとき
「マサト殿」
考えに耽っているマサトの名が呼ばれた。
「こんなところにいらっしゃいましたか。マリール様の使いの者です」
1人の若い騎士がマサトに話しかけてくる。
「マリール様の?」
「はい。手紙を託ってきました」
1枚の書簡を渡される。厳重な封をされた書簡は裏にマリールの名が認めてあった。
「では私めはこれにて」
若い騎士は踵を返して王城に戻っていく。
マサトは急いで封を切った。
『今夜8時、部屋にて待つ。そこで仔細を。』
短い一文が目に飛び込む。部屋はマリールの部屋だろう。
マサトは手紙を握り締めて王城を見る。
(ともあれ今夜にならなければ何も決められない・・・)
自分の身に起こっている何かが一体何なのか、見極めることが出来るかもしれない。マサトは夜になるのを静かに待つことにした。
(どこに行ったの・・・?)
アルテイアは王城の至るところをくまなく探していた。
まさか王城を飛び出したとは思っていなかったが王城のどこを探してもマサトの姿を見つけられない。
(殿下の御室かしら・・・?)
殿下は急病で臥せっていると聞いていた。お見舞いと称してマサトが居るかもしれない。
(でも、もしそうなら私に一言あっても・・)
そう思いながらまた不安に襲われる。
自分を拒絶しているのならば何も言わず殿下の元に向かうだろう。
もしかしたらそのままこの王城を立ち去るつもりかもしれない。
(せめて一言でも伝えなければ・・・)
偽らざる本心を彼に伝えなければ恐らくまた後悔することになるだろう。
それだけは嫌だった。
自然と足はラムセス=デ=アークの部屋に向かう。
殿下の容態も心配だがマサトがいるかも知れない。
けれども居るとしたらそれは拒絶の証の可能性がある。
アルテイアの心は不安で押し潰されそうになっていた。
アークの部屋につながる回廊をアルテイアは静かに歩いていた。
青ざめた表情で赤い髪をなびかせる。
もしマサトが居たら。そして彼が居たら何と言えばいいのだろうか。
思いつかないまま、アークの部屋の前まで来る。若い騎士が2人扉の両側で控えている。
「取次ぎを・・・」
「はい。アルテイア様。今しばらくお待ちを」
若い騎士がノックをしてしばらくして扉は無言で開いた。
中から妖艶な女性が出てくる。皇太子付典医マリールだった。
「アルテイア殿か」
「殿下の御具合は・・?」
「うむ。今はお休みになられておる。少し熱があるが心配は不要だ」
「そうですか・・ここ数日はあまりお会いしてないので少し心配をしておりました」
「ふむ。大事は無いのでアルテイア殿も少し休まれるが良かろう。見れば顔色が優れないようだが?」
マリールはアルテイアの青白い顔を見て今朝の若者を思い出す。そういえばあの者もこんな表情をしていた。
「いえ。大丈夫です・・ところでマリール様。マサト様はここにいらっしゃってはないでしょうか?」
「マサト殿?いやここには来ておらぬが・・マサト殿がいかがいたした?」
「朝食も取られず王城のどこにも居られぬのです・・・探しているのですがどこにも・・」
今朝の若者を探していたのか。部屋に戻ってはなかったのか。
「私は知らないな。ここにも来てはおらぬ。待っていればそのうち帰ってくるのではないか?」
「はい・・・」
「アルテイア殿。何があったか知らぬが案じてばかりいては身が持つまい。待っているのも女の務めだと思うぞ。なに、すぐ帰って来よう」
マリールがアルテイアの身を案じながら忠告する。
「はい・・・失礼いたしました」
丁寧にお辞儀をするアルテイア。
少しだけほっとして自室に戻ることにした。
朝食を取っていないからもしかしたらもう戻っているかも知れない。
そう願っていた。
(マサト殿か・・・)
マリールは重々しい扉を閉じながらふと今朝の若者のことを思い出す。
(陛下が殿下の秘密を打ち明けたことといい、今のアルテイア殿の顔色といい、何かあったのであろうな)
一人考えを巡らしながら椅子に座る。アークはまだ眠っていた。
(とりあえず会って話をしてみようか)
マリールは手紙を認めはじめた。
(害を成す者であれば・・・)
そうではないことを祈りながらマリールは若い騎士に手紙を渡す。
「マサト=アールティアス殿に渡してくれ。王城にはいないとのことだから、少し渡すのに苦労するだろうが頼む」
「分かりました。お任せあれ」
「うむ。頼む」
若い騎士の1人が駆けていく。
(どうなることやら・・)
マリールは一人言のように呟いていた。
部屋に戻る。
アルテイアはマサトがまだ帰ってきていないことに落胆した。
王城のどこを探しても見つからない。かれこれ4時間は戻ってきていない。
「待つしか・・・」
アルテイアは立ち上がって部屋を出てマサトの部屋に入る。
荷物などが纏められた形跡はない。
そのままマサトのベッドに腰を下ろす。
「あの時、きちんと話をしておけば良かった・・」
陛下との会見の後、考えこんでしまったマサトに声をかけづらくなってそのままにしておいたことを後悔する。
とはいえ今となってはもう致し方ない。
部屋の主人を待っているしか今はどうすれば良いか思いつかなかった。
─そのとき。
「ここにいたか」
「父様・・・」
父メルビンがアルテイアに声をかける。
「いかがいたした?マサトは不在のようじゃの」
「はい・・・」
「ふむ・・・」
メルビンは自分の愛娘の痛々しい様子を見て溜息をついた。
「何をそんなに心配しておる?」
「父様・・・」
「拒絶されることを恐れておるのか」
「・・・・」
「ふむ・・・」
メルビンは再び嘆息して愛娘の頭を撫でる。
「あの者は信頼できる。直に返ってくるじゃろう。そう心配いたすな」
「はい・・・」
「今はあの者を信じて居れば良い、アルテイア。焦らずにな」
「・・・はい」
アルテイアは少し安心したような面持ちで父メルビンを見た。節くれだった手が頭を撫でてくれる。
「おお、そうじゃ。用件があったゆえ参ったのじゃった。殿下が目を醒まされたゆえマリールが伝えてくれと言っておった。殿下とも満足にお会いしていまい?急いで行くが良いぞ」
「はい!」
アルテイアの顔に血色がいくらか戻る。少し落ち着いたのだろう。
愛娘がこんなにも取り乱したことを余り見ことがない。
(済まぬ・・この不肖の父を許してくれい・・・)
心の中で詫びる。国の重鎮という責務が愛娘を過酷に追い詰めているのだと思わずにいられなかった。
正午を告げる鐘が鳴る。
マサトは川の畔から王城に帰ろうとしていた。
朝から何も食べていない上、アルテイアに黙って外出している。今頃心配しているかもしれない。
ただ少し会うのは気恥ずかしかった。
(何て言おう・・・・)
何と話をして良いか思いつかなかった。
結論は当然出ていない。受諾するにしても拒絶するにしても彼女が何を考えているのか知りたかった。
しかし言葉が見つからない。
王城に戻り自室へ向かう廊下を進む。
あれこれアルテイアへの言葉を考えるが何1つ思いつかない。
気が着くと自室の前まで戻ってきてしまった。
(アルテイアさんに顔を出しておこう)
結局、言葉を見つけられないままアルテイアの部屋に向かう。
(なるようにしかならない・・)
思いつつノックする。
会えば何かしら分かることもあるかも知れない。
しかし期待は裏切られた。
(不在なのか・・・・)
一向に返事が返って来ない。
今日はなんだか運に見放されている気がする。
(とりあえず何か食べよう)
呟きながらマサトは食堂に向かった。




