アルテイア(5)
あまりの衝撃に思わず声が漏れる。普段なら無礼にも程があると思うところだろうが、心底びっくりしてしまった。
「このことを知っておるのは、ここにいる者たちと典医マリールだけだ」
「そ、それをどうしてわたしに・・・?」
どうして女の子を皇太子と祭りあげているのか、どうしてそんな重大な話を打ち明けるのか。
マサトの頭は衝撃の事実に混乱していた。
「・・話せば長くなる。また時を改めて話そう。ただ1つ言えるのはアークはお前のことを好いておるということだ。異性としてかは分からぬ。分からぬが好いておるのは事実だろう」
「・・・・・」
「まぁその話も良い。最後の話についてだが、メルビン!」
「はは。控えておりまする」
「お主から話す方がいいんじゃないのか?」
「いえ。出来ましたら陛下にお願いを・・・」
「王命と勘違いしてしまうかも知れぬぞ?」
「それならそれで私は一向に構いませぬ」
「そうか」
そう言いながらラムセス2世は笑った。
「マサト。これは最初の話にも繋がるのだが・・・アルテイアと契りラピス家の者として辺境の地の蛮族王ラ・ガを探ってきて欲しいのだ」
「・・・・・・」
息を呑むマサト。ノール公の下に居たときに聞いた話は本当だったのだ。しかもそれが国王陛下直々の願いとして。
「しかし繰り返し言うがこれは王命ではない。アルテイアの赤髪は『呪われた証』でありお主やアルテイアが望まないのであればこの策は当然破棄する。国を司っていながら民が不幸になるような策しか思いつかないのであれば無能の至りであるからな」
「陛下。これは私めの考えでございまするから気にされませんよう」
メルビンが口を挟む。
(・・・なるほど・・・なんとなく解ってきた・・・)
メルビンは蛮族王の牽制のために一人娘アルテイアを蛮族王の下へ送ろうとしているのだろう。ラピス家といえば国王を支える重鎮であり、その重鎮の跡継ぎが来たとなれば蛮族王への強い牽制となる。
恐らく前夫はそれが嫌で逃げ出したのだろう、だからアルテイアは出戻ってきた。
そして赤髪の『呪われた証』・・・ノール公の図書館で読んだことがある。
(『呪われた証』を持つものと交わってはならぬ。呪いは静かな毒のように全身にまわりやがてその身を破滅させる。)
「話は以上だ。内密の話ゆえこんな辺鄙な場所に呼び出してしまったことを謝らねばならぬ。ただくれぐれも内密に頼む」
ラムセス2世は少しだけ申し訳なさそうな顔をしてマサトを見つめた。この勇猛な国王は本当に民のことを考えている。そんな国王のために自分に何が出来るかを考えていた。
「マサトよ。先ほどのことだが」
国王とグランが退室した後のログハウス。メルビンがマサトを呼び止めた。
「先に謝らねばなるまい。この愚か者の浅はかな考えに巻き込んでしまったことを。陛下の仰った通り気が進まないのであれば再びノール公の下に戻っても構わぬ」
申し訳なさそうな表情をしつつ話を続ける。
「今すぐ返事が欲しいとは思ってはおらぬ。気が済むまで考えてから返事をくれい。」
メルビンはそういい残してログハウスを後にする。
マサトは椅子に座ったまま先ほどの話を反芻していた。
皇太子殿下が女の子・・・
そう思うとあの華奢な体つきも納得できる。男子であれば年相応に身体が大きくなるものだがアークは少し線が細い。
しかしどうして女の子を皇太子として育てなければならないのだろうか。
そしてアルテイア。
赤髪の麗人は呪われた証を持つ女性だった。
国のためとは言え好きでもない男に嫁ぎ国のために捨石になろうとしている。
不憫に思えてならない。
マサトは部屋に残されたアルテイアをちらりと見た。
少し曇った表情でマサトをじっと見つめている。
彼女が何を考えているのか分からない。
マサトがメルビンの策に応じたとして、彼女はそれでいいのだろうか。
いくら呪われた証を持つ者とはいえ彼女にだってそれなりの幸福を手に入れる権利はあるはずだ。
同情に似た感傷がマサトには涌いてきている。
「参りましょう」
アルテイアが固く閉ざされていた口を開く。
「・・・はい」
2人はまだ日の明けない森の中へと戻っていった。
マサトは自室に戻っても一人考えていた。
アルテイアと結婚して蛮族王の元へ向かう。
国のための捨石にしか思えない。
しかしあの猛勇なラムセス2世が1つの策としてマサトに言ってきたのだ。
事態は思ったより切迫しているのかもしれない。
アルテイアはどう思っているのだろう。
ふと赤髪の女性を思い浮かべる。
あの呪われた証を持つ女性。
交われば破滅するという言い伝えも聞く。
そんな女性を娶った上で捨石になれ、と言っているのだ。
普通なら1も2も無く同意しかねる提案だろう。
しかも故郷に帰っても良いと言われたのだ。
「・・・フェル・・・」
不意に愛しい人の顔が浮かんでくる。
拒絶は臆病だろうか?
「アルテイアさんはどう思ってるのだろう」
そもそもアルテイアが自分を夫として受け入れなければ話にならないだろう。
頭の中で話を整理しようにもマサトはまだ少し混乱していた。
間もなく朝食の時間だが食事をする気分になれない。
頭の中で先程の話が浮かんでは消え、消えては浮かんでくる。
感情と理性が頭の中で堂々巡りしているようだった。
朝食の時間が5分、10分と過ぎていく。
マサトはいつもの時間に現れなかった。
アルテイアは一人食卓の前で悲痛な表情をしている。
あんな話を聞かされた後だ。食事をする気分になれないか、寝ているのかも知れない。
(もしかしたら怒っているのかも。。)
胸が痛む。仔細を秘密にしていたのは致し方なかったが、彼を騙しているような結果になっている。もちろん皇太子殿下のことも含めて。
(彼には申し訳ないことをしてしまった・・・)
自分ではどうしようもなかったこととは言え、彼に何も打ち明けられなかった事実が心を責める。
(彼に伝えなくては・・)
自分の気持ち、本心を彼に伝えなければ・・そうアルテイアは決意する。
席を立ち、部屋を出る。
マサトの部屋の前でノックをしようとした。
・・・会ってくれるだろうか?
もし怒ってるとしたらもう顔を合わせることを彼は拒絶するかも知れない。
そしてそれは父様の考えに背く結果を招く。
自分の身だけの話ではないのだ。国の運命を左右する話を自分がぶち壊すことになりかねない。
少し逡巡して、ノックを躊躇う。
(でも・・・本心を伝えなければ・・・)
意を決して、ノックする。
コンコン
・・・・
返事が返ってこない。
もう1度叩いてみる。
やはり返事は返ってこなかった。
「・・入りますね」
さらに勇気を振り絞ってマサトの部屋の扉を開ける。部屋の主が見当たらない。
「・・・どこに?」
行ったのだろう?アルテイアは最悪の結末を思い浮かべて少し不安に襲われた。説明する機会を得ぬまま彼が姿を消したのかも知れないと思うと胸が張り裂けそうになる。
アルテイアは部屋を飛び出して廊下を走り出した。
今は取りあえず彼を探して本心を伝えなければならない。
そうしなければならないと繰り返し決意していた。
その頃マサトは皇太子付典医マリールの部屋にいた。
典医マリール。幼い頃より皇太子の世話をしている医者。医者というよりは御付の宮廷女官のようにいつも皇太子アークの世話をしている。
「殿下は大丈夫だ。大した怪我ではない。少し青い痣が出来ていたが、程なく治るだろう」
マリールはマサトにそう告げる。目の前の若者は早朝部屋にやって来て殿下の身を案じていた。安心させねばなるまい。
マサトはそう聞かされても表情を変えずに深刻な面持ちでマリールを見た。
もちろん怪我は心配だったがそれ以上に皇太子殿下の秘密・・アークが女性であったことをマリールに尋ねに来たのだ。
事情を知る一人。マリールは露とも知らずマサトに応対している。
「良かったです・・・」
マサトは元気なく答える。その表情は変わらず曇ったままだ。
「?どうかしたのか?顔色が優れぬぞ?」
マリールはマサトの意図を知らずにマサトの青白い顔を見る。
「殿下のことで・・・」
「先程言った通りだ。大したことはない」
「いえ。殿下は・・」
どうして女性であることを内密にしていたのですか?そこまで言いかけて躊躇う。アルテイアのこともそうだが殿下が女性であることを隠して皇太子として育てられていることを疑問に思う。
だからこそマリールに尋ねに来たのだ。
しかし言葉がうまく見つからない。いざとなって何て聞けばいいのか分からなくなっていた。
くれぐれも内密にな、と言った国王陛下の言葉を思い出す。本当にマリールに尋ねて良いのだろうか。
「殿下は今日はご気分が優れないということで部屋に篭っておられる。・・何かあったのか?」
マリールが逆にマサトに尋ねる。あんなアークを見るのは先日この若者の見舞いをアルテイアに門前払いされて以来だが、そのことと何か関係があるのだろうか。
「いえ、何もありません」
「だとしたら何も心配することはない。殿下の怪我は大したことない故もう心配はしなくて良いぞ。私も忙しい身ゆえ話が終わりならばこれで失礼させて頂くが・・・」
マリールは立ち上がってアークの部屋に向かう準備をし始める。
(単刀直入に聞かねばならないだろうか・・・?)
マサトは少し躊躇いを感じつつも背を向けて準備しているマリールに尋ねる。
「殿下はどうして男子として育てられているのでしょうか?」
マリールの動きが止まる。いきなりの一言にマリールの心臓が飛びあがった。
書きながら思ったのですが、恋愛というよりファンタジーな気がしています。書きたいのは恋愛なのですが・・




