アルテイア(4)
このまま押し込まれてしまえば、体力を消耗してしまう・・そう判断したのだろう。
アークは再び後ろに跳んで体勢を立て直す。
金色の、短い髪が跳ねるが同時に汗も飛び散っている。
肩で息をしているアーク。
勝負はもうすぐ決着するだろう。
カシージャスも勝負を止めようか迷っていた。
ちらりと皇太子の方を見る。
アークが無言でカシージャスを一瞬睨みつけた。
ここまで本気になった皇太子を初めて見る。
止められる雰囲気ではなかった。
マサトは考えていた。
アークは諦めないだろう。怒りの一撃を受けなければ、逆にこちらが殿下を打ちのめさねばならない。
打ちのめされるのは簡単だ。最初からそうしようと思っていた。
しかし簡単に隙を見せたりすれば手を抜いたと必ず非難されるだろう、殿下の信頼を裏切る訳にはいかない。
難しい勝負になった。いかに僅差で負けるか、そればかり考えていた。
アークが上段から剣を振り下ろすのであれば、剣で受けてそのまま剣を落としてしまえばいい。
もし中段で胴を薙ぎにくるのであれば、殿下の肩を狙って上段から剣を振り下ろすふりで先に胴を薙いでもらえばいい。
いろいろなことを考えていた。
じりじりと距離が詰まる。
アークは恐らく次の瞬間跳ぶだろう。
それが上段か中段か。上段ならば隙をつくらなくていい。中段ならば隙を作るために剣を振り下ろさねばならない。
出来れば上段を望んでいた。
そこにアークの最後の一撃が飛んでくる。
2回の一撃と同じ、跳躍して懐に飛び込んでくる。
突きか薙ぎか。
突きならば後ろに跳んで避けるつもりだった。
・・薙ぎ。
スローモーションの映画フィルムのように、アークの剣がはっきり見える。
マサトは剣をアークの肩を狙って振り下ろそうとする。その途中で一瞬だけ剣を止めなければ・・そう思ったときだった。
「涙・・・?」
大粒の涙がアークの瞳から零れ落ちている。必死の一撃とともにアークの思いが放たれていた。
マサトの反応が一瞬遅れる。
「しまった」
涙に目を奪われて、途中で止めるべき剣をそのまま振り下ろしてしまう。
鈍い感触と共にマサトの剣が一瞬早くアークの肩に命中する。
打たれた衝撃でアークは吹っ飛ばされてしまった。
「殿下!!!」
直撃だった。決して軽くはない。硬革のよろいを身に纏ってはいるが衝撃はかなりのものだった。
勝者を宣言するカシージャスを前にマサトは慌ててアークに駆け寄った。
「殿下!!大丈夫ですか?」
アークは苦しそうに呻いている。模造剣だが直撃を受ければかなりの痛みを伴う。アークはすぐ立てる様子にない。
マサトは華奢なアークの身体を抱き起こして医務室に連れ行こうとした。
「マサト・・・」
腕の中のアークが苦しそうな表情でマサトを見つめる。怒りの炎はその瞳からは消えていたが、肩の痛みはとても重そうだ。
「痛みますか?」
「うん・・・少し」
「医務室に参りましょう」
「うん・・・」
そこにカシージャスが戻ってきた。どうやらさっきの合間に皇太子付の医者を呼んだらしい。
「間もなく典医が来ます。現刻の医務室には皇太子付の典医がいませぬゆえ、今しばらくお待ちを」
カシージャスの声がやけに落ち着いている。こういうことは日常茶飯事なのだろうが仮にも皇太子である。少しは心配するべきじゃないのか?とマサトは少しだけ腹を立てた。
「下ろして・・・」
アークがマサトに訴える。痛みがいくらか和らいだのだろう。衝撃を受けて動揺してたのもあるのかも知れない。だいぶ落ち着いているように見えた。
「打ったところをお見せください。痕が残ったら・・」
そう言いながらマサトはアークの硬革の鎧を外そうとする。
「ぶ、無礼者!!!!」
顔を真っ赤にしながらアークは抵抗した。マサトの手を強く払って拒絶する。
仮にも王位継承者になんたることを・・とカシージャスは思ったが、アークの抵抗はそこではなかった。
「殿下、皇太子殿下!」
皇太子付典医のマリールがやってくる。マリール=スフォイラ。アークの幼い頃から皇太子付の典医でもう40を越えているはずだが妖艶な魅力を携えている女性典医。
「念のため、御室に戻って冷やしておきましょう」
マリールが居れば適切な処置をしてくれるだろう。マサトは少し安心してマリールとアークの後ろ姿を見送った。
「もう大丈夫でしょう。少々の怪我は修練にはつきものですし」
カシージャスがマサトに声をかける。
「国王陛下からも殿下に厳しく修練を施してくれと厳命されてますゆえ」
(それでか・・・)
マサトは少し納得した。普通ならば王位継承者たる皇太子の怪我となれば国の一大事だろうが国王直々の厳命となれば少々の荒療治もあるのだろう。国王がこの騎士隊副隊長を信頼していればこそだろうが、見た目以上に大したことがないと、この副隊長は思ってる様子だった。
「さて・・いかがいたしましょうか?」
カシージャスは続けるかどうかを聞いているようだ。
「皇太子殿下が心配ですので」
「そうですね。今日はお開きにいたしましょう」
ラムセス王城メーンが霧に包まれている。時刻はまだ早朝5時。
マサトはその王城を背に王城そばを流れるメーン川の畔をアルテイアと歩いていた。
もうすぐ冬の訪れを感じさせるような肌を切るような冷気。
川の畔だということも手伝って白い霧はますます濃くなる。
そんな中をアルテイアに連れられ王城を後にしている。
アルテイアは無言だった。
早朝、まだ4時を少しまわったとき、アルテイアは部屋に来た。
珍しくマサトを揺さぶって起こし、たった一言、ついて来てください、と神妙な顔つきでマサトに促したのだ。この優しい人がこんなことをするのは何か訳があるのだろうとマサトは深い訳も聞かず黙って従うことにしたのだが、アルテイアは何も話さない。
無言で畔を歩く。
川の畔にある小さな小道はやがて森の中に通じていた。
アルテイアはやはり無言でその小道を歩いていく。
森の中に入っても2人の間に会話はない。
森の木々のざわめきが聞こえるようだった。
視界がさらに白く塗られる。霧が完全に2人を包み込んでいた。
(どこまで行くのだろう)
そう思った矢先だった。
小さな小屋があった。樵が使うような小さなログハウス。
「少しだけお待ちになってください」
アルテイアの凛とした声が響く。有無を言わせぬ迫力があった。
アルテイアは小屋の扉を2度叩く。軽いノックのように。
少し間をおいて中から3回、同じような返答が返ってきた。
「国王陛下がお待ちです」
アルテイアの言葉が重々しく響く。どうしてこんな所で?そんな疑問が涌いてきていたがその声に偽りがあるように思えない。
カチャリ
扉を静かに開けた。
中には重々しい甲冑を着込んだ者が2名と主参謀メルビンがいた。
マサトは慌てて傅いた。
国王ラムセス=デ=シルス。通称、ラムセス2世国王陛下が居たからである。
「良い。中に入れ」
シルスが傅くマサトに声をかける。
「はい」
慌てて立ち上がって部屋の中央の玉座に座っているラムセス2世の前で再び傅く。
「楽にしろ。アルテイア、椅子を準備してやれ」
「はい」
「私は外で周りを見張っておきます」
「頼む」
甲冑姿の騎士がマサトとアルテイアの入れ替わりに外に出る。近衛隊長のグランザ=グランであった。
(これは一体・・・)
錚々たる面々を前にマサトはなぜ自分がここに呼ばれたのか検討がつかなかった。
強いて言えば、昨日皇太子アークに怪我をさせたことくらいしか思いつかない。
「時間が無いから手短に話そう」
ラムセス2世は威厳のある声でマサトに話し始める。
「まずは戦争が起きるやも知れぬことだ。お主も知っておろう。大叔父ノール=フォン=グランは辺境の地にて蛮族どもを抑えてくれておる。しかし蛮族どもの中の強硬派はこのわしを暗殺しようと先だって刺客を放ちおった。もちろんその計画を察知して返り討ちにはしたがな」
「そんなことが・・・」
「表立っては言えぬのでな。戦ともなれば民に多大な犠牲を強いなければならぬゆえ、ノール公と相談してこの一件は伏せておくことにした。ただ、野放しにも出来ぬゆえ1つ案を計画しておる」
「その案とは何なのでございますでしょうか?」
「まぁ待て」
ラムセス2世はマサトの話を遮って再び話し始める。
「次にアークのことだ。礼を言わねばなるまい」
昨日の剣技修練のことだろう。何らかの罰が来ると覚悟していたのだがどうも違うようだ。
「い、いえ」
「あれもわしの期待に応えようと必死だったのだろう。必死になりすぎて笑顔を見せることが少なくなった。ただお主が来てからというもの、それが変化しつつある。お主のおかげだと思っておる」
「とんでもないです。私は何も・・・」
「そうではない。お前に魅かれておるのじゃろう」
「・・・・え・・・・?」
「あれは女なのだ、マサト」
「・・・え?・・・・・・えええ????」




