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アルテイア(3)

「それでは私がメルビン様を部屋へとお連れしましょう」

マサトはうたた寝をしているメルビンを抱え起こそうとしていた。

「うむ・・・そうしてくれると助かるのぅ」

「メルビン様。いつの間に起きてらっしゃったのですか?」

「つい先ほどじゃ。うっかり良い気分のまま眠ってしまったようじゃの」

「そーだよ、メルビン。ボクを置いて寝てしまうんだから!」

「殿下。本当に申し訳ございませぬ。老いぼれて気が緩んでしまったのかも知れませぬ」

「ゆっくり休んでね、メルビン」

「お優しいお言葉・・・誠にありがとうございまする」

そう言って、メルビンはふらふらと部屋の扉に向かう。

マサトは慌ててメルビンを追いかけて、部屋の中央で腰掛けている2人に就寝の挨拶をした。

「おやすみなさいませ、殿下、アルテイア様」

「うん♪おやすみ~」「おやすみなさいまし」



「ふーうっかり飲みすぎたようじゃの」

食事の際に出された食前酒のことだろう。メルビンは廊下を歩きながらマサトに呟いていた。

「あれの料理も久々であったが・・マサト、どうであった?」

「はい。とても美味しく頂きました」

「そうか・・それは良かった。あれも喜んでおるじゃろう・・・ところで」

メルビンは少し真剣な眼差しでマサトを見た。

「あれの髪はどう思う?」

「アルテイア様の髪ですか?」

「うむ・・・あれの髪は燃えるような赤をしておるでの。お主も見たことは無かろう?」

「あ、そうですね・・・でもとても綺麗だと思います」

「左様か」

そう言ってメルビンは少し安堵の表情に浮かべた。

「奇異には映らなかったのじゃな?」

「髪が・・・ですか?」

「うむ」

「髪の色で人間の本質が変わる訳ではありませんから・・・」

「とはいえ、あのように燃えるような赤色の髪は人々の間では奇異に映る。あれがここに戻って来たのも元はと言えば、あの髪色の所為じゃからの」

「そうですか・・・」

マサトはふと昼寝の際の夢を思い出していた。

「なかなか難しいものじゃの」

メルビンはそう呟いて、自室の扉を開ける。

「すまなかったな。もう大丈夫だ。お主も明日があるでの。ゆっくり休むが良い」

「はい。おやすみなさいませ」

「うむ」

夜が更けていこうとしている。王城の窓から月明かりが差し込んできていた。



 十一月。

すでに王城に来てから4ヶ月が経過していた。

相変わらず皇太子アークの無邪気さ加減には振り回されているが、だいぶマシにはなっている。殿下の扱い方に慣れてきているのだろう。

それから、状況が少し変わったのはアルテイアがマサトの身の回りの世話をかなりの部分でしてくれるようになっていることだった。アルテイアが部屋にいる時間が長くなっているのと、食事の準備もしてくれるようになっていたのだ。部屋の掃除はもちろん、マサトの下着まで洗っている。

(これではまるで夫婦のようではないか)

マサトは1人少し釈然としない思いを抱いていたが、当のアルテイアは気にも留めて居ない様子で今日もベッドで横たわって本を読んでいるマサトを横目にパタパタと部屋を何度も出入りして部屋の掃除をしていた。


カチャリ

扉が開く。

アルテイアが軽く会釈をしながら入ってくる。

日はもうだいぶ高くなり11時を過ぎようとしている。

マサトが寝転びながら本を読んでいる所為もあるだろうがノックも無しに入ってきて部屋の主を放置したまま今度は掃き掃除が始まっている。

「いい天気・・・・」

窓を開けるアルテイアの赤い髪が揺れる。

「少し寒くなりましたわね」

さすがにこれは部屋の主に言っているのだろう。存在を無視されているわけではなかった。

「そうですね」

部屋の主は少し視線を本からアルテイアに向けていた。横顔が相変わらず美しい。

「今日の午後はカシージャス様の剣技修練だそうです」

見られていることも知らずに部屋の主に背を向けて再び掃除を始める。

艶のある燃えるような赤い髪が再び揺れる。

「お加減は大丈夫なのですか?」

再び髪が舞ってアルテイアはこちらを見た。

「あ、はい・・もう大丈夫だと思います」

3日前に高熱を出したマサトを気遣っているのだろう。その日高熱で倒れたマサトに献身的な介護をしたのもアルテイアだった。聞けばその日はほとんど寝ずに傍で介抱をしてくれていたらしい。

「まだ本調子でないかもですのに・・・剣の修練はお休みなさったほうが・・・・」

少し目を伏せながら真剣な表情。マサトを案じているのだろう。

「ありがとうございます。でも大丈夫です。3日間も休んでしまったので、殿下に申し訳ありませんから」

「でもあんな高熱で倒れてすぐ剣技修練なんて。殿下はどうかしてます」

アルテイアが珍しく皇太子を非難するかのような言葉・・というかそんな言葉遣いを聞いたのはマサトは初めてだった。

(嫉妬してるんだろう・・・)

マサトは何となくそう思ったのだが、言うのはやめておいた。アルテイアを独り占めしてしまっているのは自分が望んでいるわけではなかったのだが、皇太子殿下には面白くないことなのだろう。

「絶対にご無理なさらないでくださいね」

アルテイアはさらに神妙な顔つきになってマサトに念を押す。

「はい。これ以上は休めませんから」

そう言って飛び起きた。

「着替えします。そろそろ修練の準備をしないと」

「はい。そうですね。ご無理なさらず・・・」

アルテイアは神妙な顔つきのまま掃き掃除をしている。

「あ、えと・・・アルテイア様がいらっしゃると着替えが・・・」

「あ!あ、そうですよね。やだ。わたしったら・・」

慌てて部屋を出て行くアルテイア。マサトはいつもと違うアルテイアの様子を少し滑稽に思ったが大慌てで着替えなくてはならなかった。




 殺気。

2人は殺気に包まれていた。

アーク皇太子殿下とカシージャス騎士隊副隊長。

マサトが修練に少し遅れた所為もあるだろうが、それだけでは無さそうだ。

2人の殺気は完全にマサトに向けられている。

「マサト殿。もう体調はよろしいのですかな?」

カシージャスの言葉とは裏腹に視線は厳しい。

「はい」

「ふむ・・・なら今日は遠慮なく乱取り稽古ができますね」

「ええ、大丈夫です」

「ふむ」

アークが珍しく黙っている。マサトは3日前の高熱以来である。口を真一文字に結んで、視線を合わせようともしない。

高熱の翌日に殿下はお見舞いに来てくれたそうだが、感染るかも知れないからとアルテイアに門前払いをくらいかなり駄々をこねたのは聞いていた。

「カシージャス」

アークが口を開く。

「ボクがマサトと乱取りする。お前は審判をしてくれ」

声に怒りの炎が混ざっている。そんなにも嫉妬していたのか・・・とマサトは少し諦めた表情になった。

「殿下・・・分かりました」

カシージャスは少し残念な表情をしてアークの申し出を了承する。マサトを打ちのめしたいのはどうやら皇太子だけではなさそうだ。

「手加減なしで」

アークはマサトに睨みつけるような視線を合わせ、それから模造剣を構えて言った。

青白いオーラが見えるようだ。

「マサト・・・準備して」

「はい」


始めの声とともにアークがマサトの懐に飛び込んで来る。

素早いが一直線の突き。

横に避ける。

しかしその突きには続きがある。

突いてから横に薙ぎを払うのだ。

横に避けるときに剣をうまく保持していなければその薙ぎで胴を打たれる。

マサトは当然それを見越していた。

薙ぎを逆手で握った剣で受ける。逆手でないと剣が払われてそのまま剣ごと打ち込まれてしまうかも知れないからだ。

アークが睨みつけてくる。

まだ幼い端整な顔立ちの中に怒りの闘志が見えている。

アークは後方に跳んで、体勢を立て直す。

そのまま中段に構えてこちらの様子を窺っている。

あの日以来、暇があるときには少し体力をつけるように運動していた成果がマサトには実感できる。

息が全く乱れていない。

一瞬の隙でも見せれば、そこに向かってアークの剣が飛んでくるだろう。

だから隙は見せられなかった。

再びアークがマサトの懐に跳んでくる。

今度は突きではない。剣を払いに渾身の力をこめている。

本来、子供や女性などの非力な者が剣を払いにいくのは危険である。

力のある者と非力な者が剣を真正面からぶつけあえば自ずと結果が見えるからだ。

しかしアークは睨みつけるような視線のまま、剣を払いにきている。

怒りで我を忘れてしまっているように見えた。


激しい音を立てて剣が会合する。

模造剣であるから火花が出たりはしないがそれでも大きな音が闘技場に響きわたる。

くっ・・アークが息を吐く。

渾身の剣の払いをいとも簡単に受け止められた。

そのままアークとマサトは剣で押し合う。

アークの視線がマサトを非難しているように見える。

少しでも気を抜けば押し込まれて剣を振り下ろされてしまうだろう。

華奢なアークのどこにこんな力があるのかと思うような鍔迫り合いだった。

ここで手を抜けばアークはどこまでも非難してくるだろう。

だからマサトは一歩も引かなかった。

2分・・3分と経過する。

お互いの剣を軸にして2人は睨み合いを続けている。どちらも引かない勝負。

睨みあったまま力での押し合いになっていた。


「う・・・」

状況が変化したのは5分を経過したときだ。

アークが少しずつ押され始める。

剣の払いを受け止められたまま押し合いをするのは非力な者にとっては激しく体力を消耗する。

アークもそんな状況になっていた。











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