アルテイア(13)
「跡継ぎはどうするつもりだ?ジェス」
「・・心配するな。手は打ってある」
フェルのお腹に宿っている命・・・男子か女子かは分からないがアールティアス家を継がせるつもりでいる。
「そうか・・本当に済まなかった。ところでお主はいつ戻る予定でおるのじゃ?」
「明日には戻ろうと思う。蛮族の動きが気になるでの」
「忙しいな。事態は切迫しておるのか?」
「そうではないが蛮族王ラ・ガ・ロウの叔父ラ・ガ・ケイスが不穏な動きをしておると噂が届いておるでの」
「そうか・・・策は少し急がねばならぬかの」
「いや、そこまで心配はなかろう。ロウは我々とは友好的だ。問題はケイスが北西太守に近づこうとしていることだ」
「ほう・・・戦中憎みあった相手に近づこうとは・・」
「ケイスは蛮族王の座を狙っておる。ロウを追い落とすためには何でもする残虐な男と聞く。また、北西太守ミラン=ミランは狡猾な男だ。必ず我らと対峙する策を練るだろう」
「蛮族王はケイスを処断せぬつもりか?」
「仮にも叔父だからな。処断が出来れば苦労はしないだろう。ロウは我らとは密約の件がある故、協力関係とまではいかぬが不可侵は忠実に守ってくれておる」
「憎んでいる相手でも利益が一致していれば手を結ぶことは有り得るか・・・」
「だがミランはそこまでは考えておらぬ節があるでの。息子ゲランならば分からぬが・・」
「そうか・・」
「まぁ一刻の猶予もないという事態ではない。マサトを鍛えてやってくれ、メルビン。いざというときはお主の愛娘を護らねばならぬからの」
「おお。その辺りは近衛隊長に任せておるが毎日のように修練を重ねて腕を上げておるそうじゃ。お主の息子は根性があるぞ」
ジェスは誇らしい顔をする。旧友に託されたとはいえ、我が息子なのだ。
「さて、今宵は2人で盛大に飲むとするかの」
「うむ。美味い酒を振舞ってくれよ?」
「もちろんじゃとも。お主とわしの息子夫婦の前途に乾杯せねばなるまい」
「そうだの」
2人はお互いの顔を見合わせ再び笑う。
今はあの若い夫婦の未来を祈るしかないが、その未来が明るいようにと願うばかりだった。
大広間から自室に戻って来た2人。
アルテイアはいくらか落ち着きを取り戻していた。
「もう・・・大丈夫です・・」
白い長法衣を着替えながらアルテイアは最愛の夫に呟く。
寄りに寄ってあの忌まわしい前の夫が最愛のこの人に出会うとは。
どこまで神は私に試練を与えるのだろう・・・
ゲランの醜い笑みを思い出しながら我が身を呪った。
いくら信じている、愛しているとは言え聞くに耐えない言葉をゲランから浴びせられたマサト。
自分の所為で最愛の人に屈辱を強いていたことにアルテイアは心底から悲しくなっていた。
「ほら、そういう顔をしたら美人が台無しだぞ」
マサトは優しい微笑みを浮かべて茶化すように言う。
「ごめんなさい・・私の所為で・・」
「アルテイアの所為じゃない。世の中にはああいう御仁もいるということだ。もう忘れてしまえばいい」
優しい微笑みのまま言葉を続けるマサト。その声色と同じように優しく包んでくれる。
そう・・・この人は何があっても守ると言った。
隠し事は2人の間にない、とも。
アルテイアはマサトのほうに向き直って唇を重ねた。
舌を絡ませてベッドに押し倒す。
「!」
マサトは少し驚いたような顔でアルテイアの瞳を見る。
目を瞑って再びマサトの口の中に侵入した。
電撃を受けるような衝撃と胸の高鳴りはいつもアルテイアを虜にする。
先程までの悲しい思いがマサトへの想いで雲散霧消していた。
「・・1つだけ聞いてもいい?」
アルテイアは涌き上がってくる欲望を抑えてマサトに尋ねる。
「なんなりと・・お姫さま」
茶化すような、それでも優しい瞳で返すマサト。
アルテイアは大きく息を吸ってゆっくりと吐き出した。
「前に・・もっと前にあなたと出会っている気がするの」
「・・?」
「私が小さい頃、あなたに似た異国の若者に私は恋をして、いつかその恋心を伝えようと思っていて・・」
「うん・・」
「けれどもいつしかその異国の若者は姿を現さなくなって・・」
「うん・・」
「ずっと以前に出会ったことが・・・?」
マサトは少し考えて否定をした。
「僕はずっとノール公領で暮らしていたから、アルテイアと出会うことはなかったと思う」
「そう・・・よね・・」
アルテイアは残念そうな表情でマサトを見る。
「私たちの間に偽りや隠し事はないって言ってくれたから・・知っておいて欲しくなって・・」
そうして顔を赤らめる。
(可愛い人なんだな・・・)
マサトはそんなアルテイアを見つめて考える。
全力で愛してくれる人を全力で守る。
ただそれだけだと。
「マサト・・・・」
涌き上がっている欲望にこれ以上抗い切れないアルテイア。
こんなにも自分の理性を狂わせる最愛の人。
はしたないとかそういう理性を失って、マサトを抱き締めている。
「ね・・・お願い・・・」
出立の日まで甘えられるだけ甘えたい。
この日もそういう1日になった。
とうとう出立の日を迎えた。
マサトは長いようで短かった王城生活を振り返る。
ある程度の覚悟を持ってやって来たこの王城に1年も生活していない。
しかし傍らには守るべき妻と重大な責務を携えていた。
巨大な運命の渦に巻き込まれたとは思わない。
自分の為すべきことは何か
自分の運命はどこに繋がっているのか
見極めなければならないだろう。
「マサト!」
国王陛下が声をかける。
「これを持っていけ!」
派手な装飾はないが意匠が施された長剣を渡す。
「どこかで役に立つかも知れぬ。わしの餞別だ。妻を大切にしろよ」
ラムセス2世は笑ってマサトに手を振る。
この国王のためにも自分の責務を果たさねばならないだろう。
「アルテイア。マサトをしっかり支えるのじゃぞ」
メルビンが愛娘に最後の言葉をかける。
「はい。分かっております。お父様」
「済まぬな。マサト・・娘を頼む・・我が息子よ」
「はい!」
ノール公領を抜けるまでは護衛がつくという。
護衛が出立を告げ、2台の護衛馬車と1台の幌馬車が出発する。
幌馬車の中でマサトとアルテイアはアークのことを思い浮かべた。
最後までアーク皇太子殿下は顔を見せなかったのだ。
「殿下は・・いらっしゃいませんでしたね」
「うん・・・別れが辛かったのかもしれない」
「最後に一目お会いしたかった・・です」
「また戻って会えばいいさ。その時、殿下はきっと立派になっておられるよ」
「そうですね・・その日を楽しみにしていましょう」
蛮族の地に向かう馬車の一群がメーン川に架かる橋にさしかかる。
不意に馬車の一群が止まる。どうしたのだろう?
先頭を走っていた護衛馬車の護衛が1人、幌馬車に近づいてくる。
「橋の守衛が許可証を見せろ、と言っております」
「許可証?」
そんな話は聞いていなかった。確か陛下からは通達を各所に出しておくと聞いていたのだが・・・
「分かった。私が話をしよう」
マサトが幌馬車を降りて、1人の背の低い守衛に近づく。
兜を深々と被った、まだ新しい甲冑に身を包む守衛に近づき、丁寧に傅いた。
「此度、国王ラムセス2世陛下の御命を受け、ノール公領に参るマサト=ラピスと申します。御命は各所に通知しておられると伺っております。不明の点ございましたらお調べくださいませ」
「ごほん・・うむ・・・し、しかし許可証が無ければ、やはり通す訳には・・ごほん、行かぬのだ」
咳払いをしつつ背を向ける若い守衛。
「そうですか・・もしかしたら通知が手違いで来なかったかも知れません。王城に戻って許可証を得て来ますゆえ、今しばらくお待ちを」
マサトは若い守衛の背に向かって丁寧に応対する。
「ごほん・・い、いや、それには及ばぬ。つ、詰所にて許可証を発行するゆえ、ごほん。マサト殿、詰め所にて手続きをお願い申し上げる」
若い守衛は背を向けたまま詰め所の扉を開け中に戻っていった。
マサトは立ち上がってその若い守衛の詰所に入っていく。
扉を閉めたときだった。
不意にあの若い守衛が近づき、両手で頭を掴まれる。
そのまま唇を重ねられる。
「!!」
2人きりの詰所の中で短い金色の髪が揺れた。
「許可証だ・・・持って行け・・わたしの初めてのキスを・・」
唇を少し離して若い守衛はもう1度唇を重ねてきた。
マサトは黙って受け入れる。
国王陛下の言葉を思い出していた。
「さ、もういい。行け!」
「・・分かりました。ありがとうございます」
「無事で・・帰って来ることを命ずる。その日までわたし・・いや余も頑張るゆえ・・・」
「はい。必ずや無事に・・」
「アルテが待っている。早く行って!」
「はい。お元気で・・」
扉を閉め、幌馬車に戻る。
「大丈夫でした?結構時間がかかっていたようでしたが?」
「うん・・通してくれるとのことだった。許可証をもらったよ」
「許可証?」
「うん・・とても大切な許可証をさ・・」
マサトは進み始めた馬車の揺れを感じながら、王城の方向を見る。
きっと帰ってこなければならない・・必ず2人で。
「隠し事は・・・やめてくださいね?」
「もちろんだよ」
「では、わたしにも・・キスしてくださいな」
「ど、どうして・・?」
「ふふふ。内緒です。隠し事しようとした罰です」
「・・・ごめん」
「しょうがない・・許してあげます・・だから・・」
馬車の一団が春の陽気の中進んでいく。
これから過酷な運命が待ち受けているとも知らずに。
アルテイア編の終了です。
読んでいただき、本当にありがとうございました。




