アルテイア(12)
下卑た笑みを浮かべる小太りの男。
「どうしてここに・・・」
アルテイアが血の気が引いた顔で呟く。
北西太守ミラン=ミランの嫡子ゲラン。
アルテイアの前夫が来賓の一団の中に紛れ込んでいた。
「おや、おめでとう。アルテイア。呪われた女が結婚できるとはな・・」
下卑た薄笑いを携えてアルテイアを嘲笑う。
「・・・ありがとうございます」
忌まわしい記憶の1つ。最愛の人に引き合わせたくない男が目の前に立っていた。
「交わったのか?ゲフフ・・かわいそうに旦那も。破滅することも知らないで。ラピスの財産に惹かれたのか?それともお前の色仕掛けか?」
「宮中の儀です。下品なお言葉はお慎みください」
アルテイアは気丈にゲランを制止する。しかし本心では取り乱してしまう寸前だった。
「そうであったな。慎むとしよう。どれ、あなた様の2番目の男とやらはどちらに居られますかな?」
「マサトに・・会ってどうするおつもりなのですか?!」
心がかき乱される。これ以上この男に自分の幸せをぶち壊されたくはない。
「いえいえ・・挨拶ですよ。奥方さま。今日は婚姻の儀ですからな。ご挨拶の1つもしなくてはなりませんゆえ」
下卑た薄笑いのまま丁寧な言葉になる。しかしその言葉遣いとは裏腹に下衆なことを考えているに違いなかった。
(会わせたくない)
やっとの思いで掴んだ幸せである。この下衆な男が最愛の人に何を言うか・・・
アルテイアは半ば取り乱していた。
マサトの姿を探す。マリールの元に向かうと言っていたが・・
マサトが大慌てで帰ってくる。
アルテイアの祈りは通じなかった。
「おお。あなた様が新郎ですな」
ゲランが両手を差し出して大げさに拍手を求める。
「初めまして。マサト=アールティアスです。あなた様は・・?」
「奥方さま。ご紹介をお願いできまするか?」
ゲランは薄笑いを浮かべたまま、アルテイアの方をにこやかに見る。
「・・・北西太守ミラン=ミラン様の御嫡子、ゲラン様です・・・」
アルテイアは顔面蒼白になりながら呟くような声で紹介する。
(!!・・するとこの男がアルテイアの・・)
「いかにも。ゲランです。お見知りおきを・・」
そう言いながら薄笑いを絶やさない。
「今日は父ミランの代使として参りました。いやなに、案内状が来ましたでな」
「それはそれは。遠路はるばるありがとうございます」
マサトは表情を強張らせて労いの言葉を返す。
アルテイアの手がきゅっと握られている。忌まわしい記憶が思い出されているのだろう。
「しかしお美しい奥方を持って幸せですな、マサト殿。美しい赤髪を携えている女人など、この国広しと言えども奥方様だけでしょう」
『呪われた証』のことを暗に皮肉っているようにしか聞こえない。
北西太守の嫡子は嘲笑いに来たのだろう。
マサトは素知らぬ振りをする。
「いえ。私には過ぎた妻です。幸せ者だと思っております」
「ほうほう。左様ですな。ところで私と奥方様は以前に交友のあった者同士。ご存知ですかな?」
ゲランの薄笑いが下卑た調子になる。
恐らくアルテイアを辱めて楽しんでいるのだろう。
「ええ。存じ上げております。されど過去の話と聞いておりますゆえ」
「ほうほう。過去の話ですか・・新郎殿はどこまで御知ってでございますかな?」
アルテイアは最愛の人の目の前で辱めを受けている自分が悲しくなる。
その様子を横で窺ったマサトはそっとアルテイアの手を握り締めた。
「私たちの間に偽りや隠し事はありませぬゆえ」
マサトの動揺を誘おうとしてたのだろう。ゲランは当てが外れたような顔をする。
「ほうほう。隠し事はないと・・・確か奥方様は再婚だとか。前の夫との経緯も御知ってであると?」
ゲランは勝ち誇ったような顔つきになった。どこまでも下衆な男だ。
「ええ。先程申し上げた通りです。隠し事はありませぬゆえ」
マサトは笑顔で応える。このような男の挑発には乗ってはならないことを十分肝に銘じている。
ゲランは不愉快な表情を露わにする。何を言っても挑発に乗ってこないマサトに苛立ちを覚え初めていた。
「ほうほう。奥方とは前夫との夜の営みを話されるくらい、隠し事はないと?」
握ったアルテイアの手が小刻みに震えている。心中は穏やかではいられないはずだ。
「ええ。前夫殿はアルテイアに非道を尽くしたと聞き及んでおります。私はそうはなりたくないですね。アルテイアを想っておりますゆえ」
重ねてマサトは笑顔で応えた。
ゲランは歯軋りして本性を現し始める。
「ほう。下賎の者が涼しい顔をする。鞭で打たれて欲情する女を娶る者の気がしれぬわ。増してや悪魔を背負った女などと」
「ゲラン殿。今日は宮中の儀でございます。下品なお言葉遣いは何とぞご容赦を・・・」
マサトは笑顔を崩さずゲランに言い放つ。
アルテイアの手を握り締めて。
「呪いで破滅するがよかろう。『呪われた証』を持つ淫売と供に破滅するがよかろうて」
「何を騒いでおる」
そこに現国王ラムセス2世が現れた。
マサトとアルテイアが慌てて傅く。
ゲランは憤懣遣る方ないといった表情でラムセス2世に会釈をした。
「いえいえ。婚姻の祝福を申し上げておりました」
ゲランがラムセス2世に弁明をする。
アルテイアの握られた手が固くなる。怒りと悲しみで打ち震えているのだろう。
「ほう、そうか。わしはまた下衆な物言いを新郎新婦に浴びせていたのかと思ったぞ」
あからさまに不愉快だという表情になるゲラン。
「これはこれは。陛下と言えども聞き捨てならないお言葉を仰る」
「わしの耳が飾りだとでも思うてか?ゲラン。そもそもお主を呼んだ覚えはないのじゃがな」
「父ミランの代理でございますよ、陛下。前妻がどんな者と再婚いたすか興味が湧きましてな」
「ほう。前夫よりも立派な若者であるよ。お主のような下衆ではない」
「これは侮辱と受け取ってもいいのですかな?陛下。北西諸侯が黙っておりませぬぞ?」
「黙れ、ゲラン。今日は宮中の儀、しかも大祭である婚姻の儀であるぞ。かような神聖な場で下等な発言を許すわしとでも思うてか。その首と胴が離れぬ内に早々に立ち去るがよい」
「かような侮辱を受けるとは。その言葉忘れませぬぞ」
国王の後ろに控えていた近衛隊長グランザ=グランが前に出る。
下衆な男を斬りかからんと剣を抜いた。
「そうだの。この男を斬って北西諸侯への宣戦布告とするのも一興じゃ。グラン、斬って捨ててしまえ」
「御意」
「待て、待て。わしが悪かった。済まぬ。陛下、剣を収めさせてくだされ」
近衛隊長の気迫に冗談で済まないと悟ったのだろう。先刻までの威勢の良さが無くなっている。
「ならぬ。口先だけの男はこの場にはいらぬ。グラン、宮中の儀を軽く見たこの男に天罰を与えるが良い」
「御意」
グランの剣が空を舞う。ゲランの髪が数本切り落とされ、ゲランは意気地を失った。
「済まぬ、許してくれぇ」
アルテイアとマサトの前で土下座をする。命乞いをしているのだ。
「斬る価値もないか。衛兵!この者たちを即刻城から叩き出してしまえ」
幾人かの近衛兵がゲランとその供を引っ立てる。アルテイアはその姿が視界から消えて安堵の表情になった。
「済まなかったな、マサト、アルテイア」
ラムセス2世が頭を下げる。
「そんな・・もったいないお言葉」
「あの下衆な男の父ミランは狡猾とはいえ騎士道精神に則った御仁なのだ。あの御仁からあのような者が産まれ出でるとは・・。アルテイアの心情を弁えずに招待状を送ったわしのミスだ。許せ、アルテイア」
「いいえ・・陛下。ありがとうございます」
「しかし、お前の夫はあ奴の挑発を耐えて・・立派だったの」
アルテイアは思い出して涙が溢れそうになる。
もしマサトがずっと手を握ってくれていなかったら、恐らく半狂乱で取り乱していただろう。
挑発を身に受けて、あの下衆な男から守ってくれていたのだ。
「もったいないお言葉」
「マサト、アルテイアの顔色が悪い。宮中の儀はもう終わる故、部屋に帰って2人とも休むが良い」
「ありがとうございます、そうさせて頂きます」
マサトは陛下の言葉に甘えてそうさせてもらうことにした。
安堵した表情だが、アルテイアの顔からはまだ血の気が引いている。
立っているのもやっとだろう。
マサトは白い長法衣姿のアルテイアを支えて大広間を出て行った。
そんな頃、執政室ではアルテイアの父メルビンとマサトの父ジェスが密談をしていた。
「此度は済まなかったな、ジェス殿」
親友である2人。メルビンはジェスに感謝を伝えていた。
「うむ。わしの計画を台無しにしおって」
「済まぬ。しかしお陰で良い息子が出来た。心から礼を言わねばなるまい」
「そうか。あれは王城で務めをしっかり果たしておるか?」
「うむ・・・さすがお主の目に適った若者よ。殿下のお相手もしっかりしておるし、何より頑なだったアルテイアの心を掴みおった」
「そうか・・それは何より」
嬉しそうに笑うジェス。
「しかしアールティアス家は跡継ぎがいなくなってしまったな・・感謝では尽くせぬ思いがあるぞ」
メルビンは本心から思う。マサトは本来アールティアス家を継ぐ者だったのを無理やり自分が横取りしてしまったのだ。本当にジェスへは感謝と謝罪の念が尽くせない。
「水臭いことを言いおって・・あれだけ断った話を幾度となく持ってきたお主らしくもない」
「何度も断られたがな」
2人して笑う。




