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アルテイア(10)

 もし蛮族と戦争ともなれば故郷もただでは済まないだろう。蛮族の地に近い故郷は一番の戦場になるのは目に見えている。

北西太守もその動きに合わせてまた戦争を引き起こすかも知れない。

だからこそ陛下は刺客のことを公にせず黙して耐えていらっしゃるのだ。


(フェル・・・)

再び思い浮かべる。

飛んで行って抱き締めたい想い。

メルビンの策が全てではないだろう。自分がアルテイアと蛮族の地を訪れたからと言って何かが変わる訳ではないのかも知れない。無駄な捨石になるかも知れないのだ。

不意にアルテイアの顔が思い浮かばれた。

『呪われた証』を持つ赤髪の女性。

これは同情なのだろうか?

自問自答する。

彼女を守りたいという気持ちが除々に強くなっている。


王城に着いた頃は諦めに似た感情だった。

皇太子殿下の教育係としてメルビン家に婿入りする可能性もあると聞かされ、

そうなればそうなったで運命として受け入れるしかない。

そう諦めていた。

もしフェルとの再会の可能性があれば全てを投げ捨ててその選択肢を選ぶことさえ諦めていた。

今は違う・・マサトは望めばフェルの住む故郷に帰れるのである。

けれどもその選択肢は今は選べない・・迷っている自分がいる。


マサトは自室の扉を開ける。

そこにアルテイアの姿は見受けられなかった。

すっかり眠ってしまっていたから起きて自室に戻ったのだろう。

マサトは複雑な気持ちになる。

居なくて安心したような、居なくて寂しい残念なような。

この思いは一体何なのだろう?

部屋に入ってベッドに腰掛ける。

自分がどうすべきかまだ分からない。

『呪われた証』を持つ者と交われば破滅をすると言う。

そもそもアルテイアの気持ちが分からない。

(もう眠ってしまっただろうか・・?)

マサトは立ち上がって、アルテイアの居室に向かおうとする。

そのときだった。


『コン・・コン』


規則正しいノックの音が聞こえる。こんな夜更けの来客は1人しか思い浮かばない。

心臓の鼓動が早くなる。

頭に血が上っていくのが分かる。

慌てて扉を開ける。

そこには・・・・

赤髪の麗人が白い薄絹の法衣を纏って立っていた。


「やっと・・・会えました・・・」

アルテイアは溢れそうな涙を堪えてマサトの瞳を見る。

「はい・・・あ、どうぞ中へ・・・」

マサトはその憂いを帯びた表情を直視できないでいた。

部屋へ入り扉を締める。

2人は部屋の中央で止まる。

お互い何から話していいのか戸惑っているようだ。

最初に口を開いたのはアルテイアだった。

「いつも・・どんな夢を見ておられるのです?」

「・・・夢?」

「はい。幾度となく悪い夢に魘されておられたので・・・」

あなたの夢・・・とは答えづらい。

「いえ・・覚えていません・・」

「そうですか・・」

アルテイアはさらに悲しそうな表情をしてマサトを見た。

「気が・・進まないのであれば、私との話は無かったことに・・・」

消え入りそうな声で呟く。

憂いを帯びた瞳には涙が溢れんばかりだった。

「・・アルテイアさんは・・どう思っているのです?」

マサトは一番聞きたかった質問を素直にぶつける。

「わたしは・・・『呪われた証』を持つ者だから・・・」

「いえ!そうではありません!」

強い口調で否定する。『呪われた証』はあくまで伝承でしかないはずだ。

マサトは知らぬうちにアルテイアの腕を握り締めていた。

マサトの強い口調に驚くアルテイア。

「あなたのお母様も同じく赤い髪の持ち主だったと伺いました。お母様はそんなに不幸せでしたか?お父様は破滅の道を歩んだのですか?」

父メルビンは存命であり、母はいつも私を愛してくれていた。

運命に翻弄されなければ、私たち家族は小さな幸福を掴んでいたのかも知れない。

溢れそうな涙を必死に堪える。


「痛い・・・です」

「あ、済みません」

慌てて利き手を離す。

「マサト様・・・」

「はい」

「私は・・・あなたを愛しています・・・」

「・・・・・」

アルテイアが告白する。

やっと伝えることが出来た・・・

あの幼い頃に伝えられなかった想い。

あの若者に伝えられなかった想い。

もう2度人を愛することはないと思ったときに出会ったこの人に。

やっと伝えることが出来た。

もう思い残すことはない。

アルテイアは決意していた。

過酷な運命が待っていようとも1人で蛮族の地に旅立つことを。

自分に出来る精一杯をしようと思っていた。



アルテイアの告白に心が引き裂かれそうな想いになる。

この人を守りたい。

その一心だった。

こんな運命に翻弄された女性を見捨てる訳にはいかなかった。

フェルを愛している。

しかしこの女性を守りたいという気持ちが心を支配していくのを抗うことは出来なかった。

マサトはアルテイアの赤い髪に触れる。

そのまま頭を優しく撫でる。



髪が静かに揺れる。

美しいくらい美しい燃えるような赤い髪が静かに揺れていた。

触れられただけで心臓の鼓動が早くなる。

優しく頭を撫でてくれた人に。

彼は・・・

受け入れてくれたのだろうか?

少しだけ期待してしまう自分。

アルテイアはそんな自分の弱さを呪った。

本当の姿を見せねばならない。


「『呪われた証』の本当の姿をお見せしましょう」

いきなりアルテイアがマサトの手を払いのけて強い口調で言う。

瞳には大粒の涙が光っていた。

アルテイアの纏っていた薄絹の白い法衣が静かに床に落ち、

美しい身体が露わになる。

「・・何を・・・?」

マサトは息を呑んだ。

『呪われた証』の本当の姿・・?

アルテイアは長く赤い髪を身体の前に持ってきてその美しい裸体を隠す。

そのまま後ろに振り返った。


美しく白い肌。

その肌に対比するように黒い模様が描かれていた。

刺青?いや刺青などではない。

そこに描かれていた模様は邪悪な笑みを浮かべた悪魔の顔であった。


マサトは衝撃を受けた。これが真の『呪われた証』・・・

悪魔のように見える・・では済まないくらい、人間の思い浮かべる悪魔の笑みがそこにある。

「幼い頃はありませんでした・・・16の頃だったでしょうか。いきなり背中に浮かび上がってきたのです」

アルテイアは静かに、しかし確かな口調でマサトに話を続ける。

「前の夫も・・・これを見て、悪魔の女と罵り蔑んでいました。『呪われた証』を持つ女と交わるつもりはない。政略結婚でなければお前など叩きだしている、と」

マサトの心が激しく痛む。眩暈に似た感覚に襲われる。

「そうして、前の夫は何日かに1度、私を裸にして鞭打つことを愉しんでいました。しかしそうした行為も次第に飽きたのでしょう。わたしは王城に帰されました」

思い出したくもない忌まわしい記憶だろう。好きだと告白した相手には聞かれたくない過去をこの女性は全て告白しているのだ。


(フェル・・・)

もう1度愛しい人を思い返す。

(この人をオレの分まで守ってあげてくれ)

マサトの記憶の中のフェルはマサトの背中をそっと押す。

(済まない・・・)

自分の中の都合の良い妄想なのかも知れない。

けれどもフェルなら・・・この人を守れと言うに違いないだろう。


自然と涙が溢れていた。

(もう後悔はしない・・)

きっとこの人は離れていくだろう。むしろ畏怖されるかもしれない。

背中の悪魔は決して自分を幸福にはしてくれない。

だからこそ、決意をしたのだ。

運命を受けいれることを。

自分の運命はここにはない。

父メルビンの策を受け入れて蛮族を牽制すること。

これでもう思い残すことは・・・

そう思ったときだった。


アルテイアと視線が合う。

大粒の涙が美しい裸体を伝っていた。

どうしてこの人がこんな運命に巻き込まれなければならないのだろう。

同情かも知れない。

しかしそれでも構わなかった。

この女性を守る・・

その気持ちはもう揺ぎ無い決意に変わっていた。


そっと手を握る。

そのままアルテイアの瞳を見つめた。

涙がその瞳の中から溢れてくる。

静かにその頬に触れる。

ピクンとアルテイアの身体が跳ねる。

そのまま愛おしいものに触れるかのようにアルテイアは手を重ねてきた。

濡れた頬に赤く美しい髪が張り付いている。

その髪を撫でて彼女の唇に触れる。

静かに唇を重ねて抱き締めた。


「ダメ・・・わたしは・・・」

『呪われた証』を持つ・・と言おうとして口を塞がれた。

先程とは違って舌が絡まりあう2度目のキス。

全身を駆け抜けるような衝撃と高鳴る心臓の鼓動が襲う。

痺れてどきどきしてしまう感覚がアルテイアの心を鷲掴みしてしまっている。

そのままベッドに縺れあう2人。

優しく、それでも力強く抱き締められていた。

何度夢みただろう。愛しい人との抱擁を。

こんなにも幸せな一時を。

しかしこの愛しい人を巻き込んではいけない。

アルテイアは最後の抵抗をする。


「離して・・・ください・・・」

か細い声でアルテイアが訴える。

その瞳は様々な感情が入り混じっているように見えた。

「マサト様・・・離して・・・」

アルテイアが身を捩って逃れようとする。しかし力が入っていない。

「・・・アルテイア・・・」

マサトが再び頬を優しく撫でて名を呟く。

「僕が・・守る」

「・・マサト・・・」

「僕が傍にいる・・」

「ダメ・・わたしの背には・・」

「『呪われた証』に負けはしない。僕を信じて欲しい・・絶対にキミを1人にはしない」


言葉が・・・出ない。

止め処なく流れる涙が想いと共に溢れてくる。

この人を信じる・・・

最初から信じていた。

しかし自分の弱さが最後の一線を拒絶していたのだ。

運命に抗わなければならない。

戦わなくてはならないのだ。










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