第16話 ドランの悲愴
「お前の親は、手を下せなかったのだ。だから、お前は今、生きている」
「こんなに苦しいのなら、殺してほしかった…」
とルシアは、震えた声で言った。
「お前の父親も苦しいだろう。肉体が滅びようとも、この地に永久に囚われているのだから…」
というドランの言葉にルシアは驚いて、顔を上げた。
「お前の父親は、私と契約を交わした男だ」
ルシアはこの時初めて、顔も名も知らない父の事を知った。
「お前の父親、"アル"は殺されたのだ。契約を結んでの結末に家族を喰い殺された人間の手に…」
「…アル。ドラン!俺、アルっていう人に本を読んでもらったんだ!!…でも、偶然、名前が同じだっただけかな?」
(偶然。そんな偶然、あるわけなかろう。あいつはこの地に囚われているのだ。苦痛と共に…)
ドランはルシアが会った青年がルシアの父、アルだと核心していたが、口には出さなかった。
「ルシア、どんなに苦しくても、私も同じに苦しい。お前一人だけじゃないよ。殺してほしかったなんて言わないでくれ。私は、あの日から、お前と共に生きようと決めたのだから」
と、ドランは優しく言った。
「ごめん、ドラン」
と、ルシアはドランの瞳を見つめて言った。その瞳は、悲しそうだった。
「街に戻るね」
ルシアが再び街へと向かって行く姿をドランは見送った。
(憐れなルシアよ、お前はどれだけ苦しみを背負えばいいのか。お前の父を殺したのは、お前に名をつけ、お前を育てた男なのだ。そう、お前が殺したあの男。私は、運命など信じぬ。これ以上、お前が苦しむ運命など!私はお前の苦しみの分まで背負おう。それが、私の罪の償いなのだ…)
悲しき記憶は、今でもドランの中では過去ではないー。
「ねぇ、困った事ないかい?」
とルシアは街の人々に尋ねるが、人々は変な顔をして通り過ぎるばかりであった。