第二章 ー殺人ゲームー
真っ赤な血が、颯生の刀身に付着した。
ユダの黒い衣服も粘着質な血がべっとりと付着し、所々茶色く変色してバリバリと音を立ててはがれた。
『お嬢!5時の方向から2体、3時の方向から1体です! 気をつけてください!』
「距離は!?」
『5時の方向から約10メートル、3時の方向から約25メートルです!』
颯生の説明からすると、2体の方はチームという事になる。
どうするか、と目の前の敵をなぎ倒しながらユダは考えた。
それを読み取り、颯生はやや軽い口調で答えた。
『大丈夫ですよ~、お嬢は強いですから。気配からしてたぶん新参者ですね。 いい獲物ですからとっとと殺っちゃいましょう!』
「そうか。 なら、こちらから出向いた方がいいな。」
颯生が示す方向へ走ると一組の男女が居た。
まとう雰囲気からして、恋人同士か何かだろう。
(そんな奴らがどうして此処に?)
考えていると男の方が切りかかってきたが、あまりにも弱い攻撃に避ける気もうせて、颯生の鞘で軽く受け流した。
(やる気が出ないな。さっさと殺すか……?)
まずは女の方から―――後々悲鳴を上げられたら五月蝿いから、即死を狙う。
剣(颯生)を構え、急所を狙おうとしたところに、いつの間にか男が割り込んできて、剣を受け止めた。
どうせ素人だろうと思い、速さはあるがいつもより軽い一撃だ。
思いのほか筋肉の付いているこの男なら受け止められるだろう。
(まもった?)
足手まといを?
何故??
疑問に思った瞬間、昔の映像が脳裏にフラッシュバックした。
「大丈夫だよ。アリアは僕が守るから。」
ないている少女に元気付けるように言う幼き日の自分。
「アリア、大好きだよ。 僕だけの……」
―――アリア
彼女を守るため、僕はここにいる。
早くゲームを終わらせないと……
ユダは、男の剣を振り祓った。
「ぅわ」
「きゃ!」
男の声と女の声が重なる。
「……他愛も無い。 下らない。」
つぶやき、剣を振り上げる。
二人は死を覚悟して、抱き合った。
その様子になにやら胸のうちを熱いものが駆け巡った。
「 。」
アリアの口からこぼれる。名前。
「 、すきよ。いつまでも、 といっしょにいれるよね?」
僕の本当の名前。
裏切り者と周りがつけたユダというイツワリの名前じゃなくて、本当の……僕達が小さい頃に死んだ父さんと母さんが付けてくれた名前。
「父様と母様が亡くなって、寂しいと思ったこともあったけど、 と一緒なら、寂しくないわ。ねえ、ずっと、私達一緒よね? 貴方は私の半身ですもの。」
「……アリア」
答えるように幼き日の僕は彼女の名を呼んだ。
あの時は幸せだった。いつか別れる日が来ると知っていたけど。
僕とアリアと颯生の……たった三人の狭くさびしい、小さな世界だったけど。
そうだ、あの日々を取り戻すために僕は闘っているんだ。
昔は長かった髪を切って、男装して少年剣士を真似た格好で……、女であることを棄てて……
戦いが終わるまで非情でいなければいけないと思っていたのに、どうして思い出すんだ!
「ねえ、」
気が付いた時には颯生を鞘に納めて二人に問いかけていた。
「君達はどうしてこんなところにいるんだ?」
「どうしてって……」
オンナがつぶやいて口をつむぐと、男が答えた。
「俺たちは、あの冷血漢……俺たちの村に新しく入ってきた領主に逆らって此処に入れられたんだ!」
なるほど。
心の中でつぶやくと男は続けた
「あいつのせいで、たくさんの村人が死んだ。だから、敵をとってやったんだ。だが、その罪で俺はこの町に入れられ、そればかりか、何の罪もないナミも……」
よほど口惜しいのだろう。
ナミと呼んだ女を抱きしめて、男は唇を噛み締めた。
「大丈夫よ、ダン。 私貴方と一緒なら……」
「貴方と一緒なら寂しくないわ。」
ナミの声とアリアの声が重なって聞こえた。
『お嬢?』
訝し気に、颯生はユダに声をかけるが、反応が無い。
「貴方は私の半身だもの。」
アリア
口の中だけでつぶやく。
「ずっと、一緒に……」
はかなき笑みを浮かべたアリアの顔が浮かんだ。
「……アンタは、どうして此処に? アンタみたいな、女の子が、どうして?」
男の声に思考が一端中断された。
「……僕は、……守りたいものを守るために……。」
その言葉に男―――ダンの顔が明るくなった。
「じゃあ、俺と同じだ。……なあ、3人で協力しないか? 3人ならきっと早く「ふざけるな!」
男の声をさえぎってユダは剣を抜き、切っ先を男の喉元に構えた。
「“俺と同じ”?? 笑わせるな。 お前なんかに、僕の何が分かると言うんだ! お前は幸せ者だな。大事なものがその手にあって。 僕は会うことすら許されないのに」
「……」
呆然とするダンをよそにユダは剣を納める。
「さっさと行け、僕の気が変わらないうちに……。」
「どうして?」
「貴女のような娘が一人で大丈夫なの?」
ナミの言葉にユダは鼻で笑って返した。
「君たちのような足手まといがいるよりは、な。」
さっさといけ、ともう一度促すと、二人は何度か振り返りながら、去っていった。
『残虐非道と恐れられているお嬢らしくないですね。何かあったんですか?』
軽口を叩きながらも、心配そうに颯生は言った。
「……あの男。 ダンとかいったか……。」
『ああ、あの彼がどうしたんですか?』
「昔の僕と同じ目をしていた。」
『……昔の、お嬢。』
「そうだ。」
命をかけて大事なものを守ろうとするあの眼。
それに過去の自分を重ねて殺せなかったのだ。
『お嬢……。』
「分かっている。そんなこと無意味だ。弱い奴らは何れ殺されるし、殺人狂に死ぬまでいたぶられるよりは、僕が一刀の元に切り捨てた方が、まだ苦しまなくてすむと。」
『甘さは棄てたといっていなのに。俺もそう思っていたのですが、お嬢が急所を狙うのは、お嬢なりのやさしさだったんですね。』
「やさしいなど、あるものか。 僕は飽くまで非情でなければいけない。 殺す相手に慈悲など……。」
『……(貴女にはこんなゲームにあいませんよ)』
心の中で颯生はつぶやく。
男勝りだが、とても優しい主人なのだ。
そのことを知っている颯生からすれば今の状況は心を痛める種にしかならない。
「いくぞ。颯生。 このはなしはもう終わりだ。」
『お嬢……』
「今日は疲れた。一端どこかで休んで、また明日からはじめよう。」
『是非そうしてください。 倒れられでもしたら、苦労するのは俺ですから。 お嬢軽いから運ぶの楽ですけど、追っ手から逃げながらって言うのはちょっと。』
「ふん、言っていろ。」
『ええ、個人的にはやせすぎだと思いますが……。』
「棄てられたいか?」
『冗談ですよ!冗談!!』
また、軽口を叩くことができるユダを見て、颯生は安心した。
この調子なら明日も大丈夫だろう、と。
大丈夫だ。大丈夫だよ。
アリア、すぐに君をたすけに行くからまっていて。
アリア……、僕のたった一人の 。




