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第一章 ―裏切り者の剣―

 薄汚れた灰色の町並みに赤黒い液体が付着していた。

 ここはあまり暑い気候の街ではなく、むしろ北のほうの涼しい気候の街だから、異臭が強いというわけではないが、かといってまったくしないわけでもない。

 不快なにおいに顔をゆがませながら、ユダは街を歩いていた。

「“獲物”の気配は?」

 彼女の半歩後ろを歩く銀髪に浅黒い肌の青年、颯生さつきにそう聞くと彼は小さくため息を吐く。

「お嬢~、そんなことよりこのあたりを早く出ましょうよぉ。……死臭が強すぎて、俺にはとても……うぷっ」

「人を切る剣のくせに、何故そんなに……」

「切った後は腐ったりしません!そのまま放置しておくから腐るんです!あの真夏の生ゴミ置き場みたいな匂いはどうも苦手で……」

 言いながら、彼はさらに顔を歪ませた。

「ううぇ、気持ち悪い……。」

「吐くなら他所でやれ、他所で!」

 突き放すような物言いをする主人に「酷い。」と小さくつぶやくと、颯生の身体から淡い光が立ち込め、見る見るうちに彼を剣の姿に変えていった。

『お嬢!これなら大丈夫でしょ』

 ユダはどこか楽しそうな声で言う剣の姿になった颯生で、地面をガンと叩いた。

『あ痛っ!!』

「最初からそうしていればいいだろ!馬鹿!!」

 強い口調でそういうと、今度は泣き舌交じりの声が聞こえてきた。

『だってぇ~~』

「? なんだ??」

 何やらもったいぶっているような雰囲気を出しながら言う颯生の言葉を促すと、颯生は姿が見えなくても、声だけで照れているようなことが分かるような口調で話す。

『お嬢と二人で、一緒に歩きたかったんですよ~』

 語尾にハートがつきそうな声音で話す颯生の言葉に、ユダは一瞬固まった。

『いや~、何でしょうねこういうの。 デート?ですか?? 憧れていたんですよねぇ。俺。 お嬢とこうやって二人で歩くのに。』

「……馬鹿も休み休み言え!」

 もう一度、今度は強くたたきつけてガンと音がした。

『いったぁ~い。 酷いじゃないですか! 刃こぼれします! 俺こう見えて“宝剣”なんですよ! こくほーなんですよ。』

「……刃こぼれなんかしないだろう?お前。 宝剣ということは認めるがあくまで国宝級の価値とやらがあるだけで、おまえは国宝ではないだろう。 ついでに言うとこくほーじゃなくて国宝だ。」

 宝剣。

 颯生はこの国に代々伝わる特殊な剣だ。

 意志を持ち、主や本人が望めば、擬人化もする……所謂魔剣だ(魔剣というと本人は怒るのだが)。

 一見どこにでも見るような、だがよく見ればささやかだが綺麗な細工があり、美しい刀身をしている何の変哲もない剣だが、彼を扱えるものはそうそういない。

 一般人は触れることすらできず(特殊な結界によって阻まれるのだ)、たとえ持てたとしても下手をすれば寿命が削られ、精力を吸いつくされる。

 剣自身が主と認めた者以外、彼に触れることはできない。

 簡単にいえば、剣が主と認めたものにこそ、彼を扱う権利があるのだ。

 そして、彼を扱うにはある契約がいる。

 契約といっても至極簡単なものだ。

 検が主と認め、主が剣を認める。

 そしてはじめて契約が成立し、彼を扱うことができるのだ。

 普段はどこか抜けた……ふわふわしたイメージを抱かせる青年であるが、その力はとてもすごいものだと、本人は言っている。

 正直、ユダは信じていないのだが。

『お嬢、いつになったら俺がすごい剣だってこと、信じてくれるんですかぁ。』

「お前みたいなやつにすごい力があるなんてとても信じられん。」

 ぴしゃりとユダは言い放つ。

『お嬢、貴女が俺を使うには、俺を認めてくれないといけないんですよ~』

「僕はお前の存在は認めても、力までは認めていない。」

『で、でもぉ~、僕の力解放したら、もっと楽に敵を倒せますのにぃ~。」

「必要ない。」

『え、何で!』

 颯生は驚愕し、ユダの顔を見た。

「僕の力で成し遂げたいことがあるんだ。 おまえは良き相棒≪パートナー≫だが、おまえに頼りすぎると、僕自身お前に依存しきってしまう。 そうなればお前に迷惑をかけてしまうだろう? ……僕は、自分でできる限りのことはしたいんだ。 颯生は、僕が迷わないよう導いて僕を支えてくれ」

『貴女が、そう望むのならば……』

「ありがとう。」

 らしくもなく素直に礼をいう主の様子に、颯生は赤面した。

 ―――本当は、貴女が俺に依存してしまっても、貴女がいるなら、俺は迷惑掛けられても、いいんですけどね。

 その思いは心に秘めて……

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