ヌヴェル50 山鳥
その画家は、山間の鄙びた旅館で創作活動をしていた。
五月の晴れた日の朝、キャンバスを前に煙草をくゆらせていると、突然ガーンという音がした。
窓ガラスに何かがぶつかったようだ。
部屋は三階にある。下を覗くと庭に灰青色の鳥がピクピクと動いている。
少し離れたところで掃き掃除をしている仲居さんがいたので声をかけた。
「すみませーん。そこの鳥なんだが、この窓にぶつかって落ちたようなんだ。大丈夫だろうか?」
仲居さんはすぐさま駆け寄ってくれたが、先程までピクピクと動いていたのに、もう動きは止まっていた。
「もうだめみたいです」
仲居さんはしゃがんだ姿勢で、画家を見上げて答えた。
「危ないから触らないで」と言って、画家は下に下りて行った。
鳥はイソヒヨドリのようだ。
季節がら、産卵前の雌鳥のため、食べ物を摂りに来た雄鳥ではないかと思われた。
見上げると快晴の空が窓ガラスに映っている。
雄鳥は、そこを空と勘違いし、ぶつかったのではないか。
可哀そうに。
画家は手を合わせると庭の植栽の根元に穴を掘った。
仲居さんに新しい手ぬぐいを持ってきてもらい、それに鳥を包んだが、あまりの軽さに驚いた。
死んだことで何かが抜け落ちたのではないかと思えるぐらいの軽さだった。
さっきまで、こいつは空を飛んでいたんだ。
それが今では、あぁ儚い。
可哀そうだが、仕方ない。成仏しろよ。
画家は、その鳥を穴に埋めると再び合掌し念仏を唱えた。
そして思った。
つがいの雌鳥がいるならば、きっと雄鳥の帰りを待っているのだろう。
まるであの時仕事先で、景子が来るのを待っていた自分のように、まだかまだかと。
結局、景子は来なかった。
乗っていた路線バスが崖崩れに遭い、帰らぬ人となった。
梅雨が明けた頃、創作を終えた画家は「来年お世話になる」と言い残して街へ帰った。
旅館の二階、三階の窓には、鷲の形を模した《鳥よけイーグル》が吊るされている。
新たに被害に遭う鳥が出ないようにと、画家が取り寄せたモノだ。
窓ガラスに映る空に鷲がいることで、もう二の舞を演ずる鳥は出ないだろう。
あのバスの路線も随分と改修されたらしい。
何事も何某かの犠牲があってから対応される。
それ故に犠牲の重さを忘れてはいけないが、時の流れとともにしだいに風化していくのだろう。
翌年、画家は再び創作活動のため、その旅館を訪れた。
五月の晴れた日の朝、キャンバスを前に煙草をくゆらせていると、三階の部屋の窓手すりに止まる鳥がいる。
それは、イソヒヨドリのようだ。
画家には、一年前の出来事が甦った。
「おまえ・・・あの雄鳥のつがいか?」
傍へ寄ろうとした途端、鳥は羽ばたいてどこかへ行ってしまった。
「あの雄鳥を探してここまで来たのだろうか?」
鳥の習性は知らないが、死んだ鳥の居場所を把握できるとは到底思えない。それがつがいであったとしても。
画家は、一年前のことがあるからそう思うのだろうと一人合点した。
しかし、その後もその鳥は訪れた。
三階の部屋の窓手すりに止まり、上を見たり下を見たり左右を見たり、まるで誰かを探しているかのようだ。
「やっぱり、あれはおまえの旦那だったのか。可哀そうだが、一年前に亡くなっちまったよ」
画家が呟くと、その鳥は暫くじっとしていたが、やがて山に向かって飛び去っていった。
画家は思った。
自分は、景子の死顔―身体の損傷に比べ綺麗な死顔―を見ることができた。
重くのしかかってくる苦しみに苛まれながらも、自分は恋人の死を受け止めることができた。
でも、あの鳥はどうだろう?
どうやって理解し、どうやって自分を納得させるのだろう。
画家は、イソヒヨドリのつがいの絵を描いた。
雄鳥と雌鳥が互いを見守りながら青空を飛び交っている絵。
いつか景子の絵を描いて、もういない大切なモノをキャンバスに閉じ込めたように、つがいの鳥の大切な時間を留めようとキャンバスに描いた。
雌鳥が来たら見てくれるだろうかと窓辺に置いた。
梅雨が明け、画家がそろそろ街へ帰ろうとしていたとき、あの雌鳥が現れた。
部屋の窓手すりに止まり、その絵を暫く見つめていた。
そして「ピィー」と鳴くと山の方へ飛び去っていった。
鳥の習性は知らないが、死んだ鳥の魂が、忘れられないモノに語りかけることはあるのかもしれない。
画家は、そんなことを思いながら、イソヒヨドリが飛び去っていった山をぼんやりと眺めた。
そこには、景子の笑顔が浮かんでいるように見えた。




