9.殲滅魔法
「なぁ、1つ聞いていいか?」
「なんでしょうか」
暗闇の馬車の中、サシウスは信じられないものを見るかのように前方を睨んでいた。つい口から洩れてしまった、誰に向けたわけでもない問いだったがキョウヤが答える。
本当だったらリュウが答えるだろうが、リュウはサッシャと御者台に居るため返答は出来ない。ライファは(後で怒られるの間違いなしだが)寝ており、レインとヒカリはユイを狙って無言の争いを続けている。
「引いてるの、エレファントホースだよな」
「そうですよ」
「ルウが背中に乗ってるよな」
「乗っていますよ」
「……エレファントホースだよな?」
「エレファントホースですよ」
「なんで、平然と乗ってるんだ?」
「ルウ隊長ですから」
「そうか」
サシウスは納得した様子はないが、それでも理解はしたようでそこから話しかける事はなかった。
現在、エリザベスに引かれた馬車は静かにそして高速で想定される戦地へと向かっている。兵士の偵察やエリザベスの感覚で敵の偵察が居ないのは確認済みだが、それでもどこに目があるかは分からない。そのため極限まで音を殺し明かりも一切ない。
エリザベスも速度より静音性を優先して足音を立てないよう走っており、それに合わせてサッシャが馬車の整備をしていたため音はほとんど立てていない。
そのため大きな馬車がほとんど無音で走っていく、と言うホラーに近い絵となっていた。
そんな静かにするべき状況ではあるのだが、どうもサシウスはそれよりも優先したい事柄があるのだろう。悩んだように再び前方に目線を向けた。
「ルウとユイは、扱い上も第2小隊所属なんだよな?」
「えっと……」
「正確には作戦部所属よ。それを第2小隊に引き込んだの、完全な所属には出来なかったけどね」
キョウヤが悩み固まっていると、正面でユイの奪い合いをしていたレインが答える。
「……リュウの所よりは移籍させやすいかな」
「待って何言ってるの?」
サシウスの呟きに信じられないと言った様子でレインが答えたが気にしない。
「欲しいに決まってるだろ。優秀な戦闘力、エレファントホースの背中で平然と出来る胆力、殲滅魔法まで使える万能性、言葉使いもちゃんと出来るから上部との話し合いも問題なし」
「何が問題なしよ、なんでサシウスの所への移籍になるの」
「そりゃあ、俺の部隊は戦力のみのバカが多いからな。ルウやユイみたいに優秀なのは欲しいんだよ」
「2人が優秀なのは認めるけど、あんたの所に行かせるのとは話が別よ。うちの子なんだから渡すわけないでしょ」
「え、うちの子って――」
「それだけ優秀だと言ってるんだ。引き抜き先は第1小隊だ、悪い条件じゃない」
「悪いわよ!第1はバカが多いじゃない!それにユイちゃん達を護衛できる人なんて全く居ないじゃない!」
「俺とヒカリが居るだろう。戦闘小隊の最強格2人だぞ!これで不足だって言うのか!」
「あの、今作戦行動――」
「不足よ!こっちだって私とリュウとサッシャで護衛してて、それでも今後を考えてライファとキョウヤも採用してるの!」
「ライファとキョウヤは俺にも勝てないひよっこだろうが!」
「なら全員がひよっこになるわよ!」
「おい馬鹿ども、ひよっこはお前らだろうが。何騒いでんだ」
白熱したサシウスとレインに気付いたリュウが幌の隙間から顔を入れてきた。声が大きくなっており外にも聞こえていたのだろう。ちなみにキョウヤはツッコミを入れていたが途中から諦めており、ヒカリはユイ争奪戦を不戦勝で勝利しその喜びからか周りを一切気にしていない。
「すまん、声が大きくなってた」
「エリザベスが気づくから大丈夫でしょう」
サシウスは反省したようだが、レインは一切気にしていない。声や音が届く範囲に何か居たらエリザベスが気づくため、そもそも静かにする必要はない。出撃時の約束として静かにしているだけだ。
「お前なぁ、ユイ君が止めてたら同じことを言えるか?」
「ごめんねユイちゃん!私が悪かったわ!」
レインはそう叫ぶと膝枕をされるユイに抱きついた。そんな様子にリュウは「この馬鹿どもは……」と言わんばかりに頭に手を置く。そして次の瞬間、今まで音もなく静かに走っていた馬車がガタン、と揺れた。
「なんだ!何か起きたのか」
「何今の揺れは」
「2人とも落ち着け。うるさいってエリザベスが揺らしたんだよ」
その揺れにサシウスとヒカリが反応すると、リュウが呆れたように揺れの説明をする。2人は信じられないと言った感じで口を開いて固まったままだ。
「エレファントホース……優秀過ぎないか」
「エリザベスが優秀なんだと思う、こんなエレファントホース初めて見たよ。私が知る限り、普通じゃない」
ヒカリがそう言うと、再びガタンと馬車が揺れた。先ほどよりも小さな揺れで、ただの相槌に聞こえた。
馬車に揺られてどれだけ時間が経っただろう。目的の森の中に着いたのが約30分前。そこから馬車を降り、歩いてここまで移動してきた。
「ここですか」
目の前に広がる暗闇を見たユイが尋ねる。月明かりと星明りが入り乱れた暗闇の中、正面には何もないように見える。明るい時だったらそこは自然の緑広がる土地だった。人の営みは何度も馬車が通ったであろうワダチしかなく、何も無ければ昼寝が心地よい場所だろう。
「そうだ。日があるうちに偵察を出して調べているが敵は居なかった。魔獣は居たみたいだが遠い位置の発見だからここには居ないはずだ」
「それならさっきエリザベスが反応してないから大丈夫だ。ユイ君、頼む」
サシウスが状況を説明したがエリザベスの感覚には敵わない。ルウ達を引き抜くために良い所を見せたかったのだろうが、リュウの一言により意味がなくなってしまったため少し落ち込む。
「サシウス隊長、範囲はどのぐらいですか」
「あ、あぁ。出来るだけ広く、水玉のようにまばらに組んで欲しい。全面がぬかるみになったらすぐにルートを変えられてしまうからな」
「出来るだけ広く、まばらに。分かりました」
ユイが暗闇を見つめたまま深呼吸をする。目をつむった。ルウはユイの隣へと移動している。
陽炎がユイから広がり始めた。ルウが殲滅魔法を使う時と同じ現象だ。しかし決定的に違うのは陽炎の色。ルウの陽炎は赤い色をしていたが、ユイの陽炎は青い色をしている。
その陽炎はユイの体を覆いながら広がっていき、すぐ隣に立つルウにも触り始めた。
「すごい……」
護衛もかねて近くで見ていたヒカリが呟いた。サシウスは声には出していないがその光景を無言で眺める。
そもそも殲滅魔法を使える人間はほとんど確認されていないため、この光景を見たことある人はごく限られている。ヒカリの反応も仕方ないだろう。ただここからが本番だ。
広がっていた陽炎が収束を始めた。ルウまで覆っていた陽炎はどんどん範囲を狭くし、ユイの元にまとまる。それに合わせてルウは緊張を強くしていく。
ふいに、陽炎が正面の暗闇へと広がって行った。青い陽炎は地面を薄く照らしたがその明かりは弱く、目を凝らさないと照らされた地面の様子が分からないほど。近くに敵が居ても気づかれる心配は少ないだろう。
そして目の見える範囲に陽炎が広がり切った時、ユイが最後の一言を呟いた。
「『ダイヤモンドフィールド』」
次の瞬間、広がっていた陽炎は水玉のようにそこかしこに固まると地面へと潜って行く。今までの幻想的な景色は嘘のように元の景色へと戻った。
トサッ、と軽い音が響いた。
「ユイちゃん!」
ユイが倒れたことに気付いたヒカリが悲鳴のような叫びをあげる。しかしユイは地面に倒れることなく、ルウに抱きかかえられていた。
「大丈夫、今日は範囲が広かったから反動で気を失っただけ。夕方には目を覚ますはず」
「夕方って……そんなに?」
今から夕方、つまり丸1日と意識を失うと言う事をヒカリは信じられない。
「うん。ユイの副反応は軽いから、目を覚ましたらいつも通り元気になると思いますよ」
「……」
軽く話すルウにヒカリが絶句する。
説明を終えるとルウは周りを気にせず馬車に向けて歩き出す。ヒカリの事など全く気にせず、ユイの事だけを大切そうに、愛おしそうに抱えて歩いて行った。
「ヒカリ、どうした?」
去って行くルウの背中を呆然と見ていたヒカリに、サシウスが声をかける。
「私達以上の、死地を超えて来たんだと思って」
「何か言ってたか?」
「……あの無防備な危険な状態を、軽い、って」
「そうか」
「……」
返す言葉はなく、場は重かった。




