4.戦う力
「「「…………」」」
その状況に、誰もが呆然としていた。動いているのは木刀を振り抜いて、その勢いのまま一回転したルウだけだ。
「…………」
ルウの勝利は明白だがこの結末は誰も想定しておらず、最悪の可能性も考えられた。
「1分40秒だあああああ!!」
「よっしゃあああああ!!」
「「「はああああああああ!?」」」
この沈黙を破ったのは無慈悲な賭けの結果報告。結果に周りは大荒れ。喜びの声をかき消すような叫びが響き渡った。
「……あ、ごめんなさいライファさん!大丈夫ですか!?」
その叫び声でようやく正気に戻ったルウが大慌てでライファに駆け寄る。ライファは地面に落ちてから微動だにしていない。
「ライファさん大丈夫ですか?ライファさん!」
声をかけるが返事はない。なおライファを気遣い近寄ったのはルウとリュウだけだ。他は胴元へと向かっており誰もライファの心配をしていない。
「おいライファ。無事か」
「うっ……う……」
リュウも声をかけると何とか意識を取り戻したのかうめき声をあげる。無事には程遠い気がするが、大丈夫そうだ。
「ごめんなさいライファさん!大丈夫ですか」
あまりのやらかしにルウは泣きそうだ。声は涙声で素の丁寧な口調になっている。よく見ると涙も浮かべている。
「う……うぉ……」
「ライファさん!」
ライファは声を出すのも辛いのだろう。それでもゆっくりと、何とか首を動かしルウへと向いた。
「ぁ……」
そして何とか口を動かそうとした瞬間、どこからか「ルウ隊長とユイちゃんに心配かけたら許さないから」と言う恐ろしい声が聞こえた気がした。気がした、だけのはずだ。
「ライファさん?」
「…………」
ライファは黙り、静かにルウを見る。
「大丈夫だ」
痛みに冷や汗ダラダラ顔色真っ青の中、笑顔と表現したら怒られそうなギリギリの笑顔を浮かべ、ただそれだけを呟いた。そこが限界だったのだろう。ライファはがくっと音が聞こえそうな動きで気絶した。
「ライファさん?ライファさん!」
「落ち着けルウ。お前の言葉に反応してたし休めば大丈夫だろう。おい、誰か手を貸せ」
ライファに声をかけ続けていたルウをリュウが止める。とても冷たい判断だがライファは大丈夫そうだ。
リュウが周囲に声をかけて医務室へと運ぼうと人手を探す。
「途中のライファのツッコミ時間を抜いたらもっと短いだろう!」
「それに最後の浮遊時間抜いたらもっと短いはずだ!」
「浮遊時間はそんなに長くねぇ!2秒もないぞ!」
「先ほどの1分40秒から変更はありませんから。ちゃんと計ってますからね」
「最後気絶するまでなら2分超えてるだろう!」
「……この馬鹿どもは。おいキョウヤ!隠れてるの分かってるから来い」
「……はい」
既にライファへの興味を失ってた野次馬は見なかった事にして、野次馬から外れてこちらを気にしていたキョウヤが呼ばれる。試合の途中で来たのだろう。巻き込まれないように隠れていた。
「ライファを医務室に連れてってやれ。この様子だと昼まで寝かせておけば大丈夫だろう」
「え、俺が連れて行くんですか」
「嫌ならこの後の本番、俺と変わってくれ」
「喜んで連れていきます」
リュウの死の宣告にキョウヤは断れない。今の惨状を見てルウとやりたいと言う輩は相当な実力者以外は居ないだろう。頼みを聞いて急いで運ぼうとするが何かに気付いて止めた。
「いやキョウヤ、少し待て。この後ルウと本気でやるから、それだけ見てからいけ」
「それだとライファはこのままになりますけど」
「問題ない。その辺に寝かしておくと踏まれたりして危ないから連れて行くだけだ。踏まれないように見ておけば後でも良い」
「良いのですか?」
「ルウの本気を見るのは初めてだろう。ライファが練習にしかならない理由、しっかり見ておいた方が良い」
「分かりました」
「リュウさん、それよりも早くライファさんを医務室に」
ライファの可哀そうな扱いにキョウヤも動揺したが、すぐ割り切る。一番心配しているのはルウで、自分の事よりも先にライファを何とかしたいのだろう。誰も聞く気はないようだが。
その優しい言葉にリュウは優しく微笑みかける。
「大丈夫だ。レインとの説教じゃもっとひどい目に合ってるし、俺との練習でも懲りずに無理して酷い目に合ってる。これぐらいならすぐ復活するぞ」
「そう、なんですか?」
「そうだ。無駄に頑丈だから今回の練習も頼もうと思ってたんだ。キョウヤも知ってるだろ」
「知ってます。あの頑丈さは、羨ましくないけど凄いです」
「2人ともそんな雑に言わないで、早く医務室に」
「大丈夫だ。ライファをよく見ろ。もう落ち着いてきてるだろう」
リュウが雑にライファを指さす。まだ気を失っているように見えたが、よく見るとただ寝ているだけのようだ。耳を澄ますと寝息が聞こえる。
「……頑丈過ぎませんか」
「良くも悪くもこれがライファだ。もう後回しでも問題ない」
「……分かりました。調整足りてないのは事実だし、よろしくお願いします」
少し悩んだルウだがライファから目を逸らすとスッと立ち上がり、体の状態を確認する。
「キョウヤもよく見とけ。厳しいだろうが、まずはルウの実力を見れるようになるのが目標だ」
「待ってください、そんなすごいもんじゃないですよ」
先ほどのルウとの練習をキョウヤも見ていたが、力押ししかしてないためルウ本来からは程遠い。実力を持ち上げられたルウは恥ずかしそうだ。
「恥ずかしがるな。実力あるのは確かなんだから」
リュウはそう言うと、ルウの頭をなでまわした。
「ちょっとリュウさん、やめてください。レインさんじゃないんだから」
「おぉ、すまんすまん。そうだ、これ」
つい撫でてしまった手を引っ込め、手近に置いていた木刀を渡す。
「さっきライファを吹き飛ばした時、木刀壊れただろ。俺の使え」
「そうなるとリュウさんの武器が無いですが」
「俺はこの槍を使うから。槍ならルウ相手に何とか出来るだろう」
そういうと木刀を渡し少し距離を取り軽く振る。キョウヤはライファはさっさと回収し、距離を取っていた。
「それと俺に敬語は止めろ。ルウにさん付けされるとくすぐったい」
「あ、ごめんなさい。じゃなかった、ごめん」
「それでいい」
言葉を直そうとするルウにリュウが笑いかける。先ほどのライファフライでパニックになっていたのだろう。リュウの一言もあり、完全に落ち着きを取り戻した。
そしてルウは次の試合に向けて深呼吸をする。
「『カマド』」
ルウが便利魔法を使うとリュウの少し前あたりに、腰辺りまである土の壁が地面から伸びてきた。幅は50㎝と言ったところか。その出来た壁をリュウが棒で土台辺りから薙ぎ払う。
抵抗もなかったのではないか、と言うほどに綺麗に崩れ去った。それほどに薄い壁だった。
「いつも通り。いや、少し薄いな」
「リハビリだしこんなもんだよ」
リュウが壊した感想を言う。既に臨戦態勢の様子で、いつでも始められるだろう。ルウも準備万端のようだ。
「そうだ。また賭けてるの?」
ふと気になった、と言った感じでルウが周りを囲む人たちに尋ねる。先ほどまでライファの賭けに騒いでいた人々が新しい試合へと集中している。
ルウはリュウから目線を逸らしているが警戒はしっかりしており、この隙に不意打ちは出来ない。
「してますよ!ルウ隊長頑張ってください!」
「今日こそリュウ隊長が勝つと信じてます!」
「ルウ隊長が負けるわけないですよね!」
懲りない人しかいないようで今回も大盛況だ。そんな人たちにルウが恐ろしいお礼を提案する。
「賭けた人たちはお礼に集団戦の相手になるよ。僕とリュウでコンビ組むから」
「「「……は?」」」
「良いなそれ。やる気出てきたし、逃げ出す奴が出る前にさっさと仕上げやるか」
「「「えっ?」」」
「うん、よろしく」
「「「待てー!」」」
想像すらしていなかった宣告に周りからは悲鳴に近い絶叫が響き渡ったが、気にせずルウとリュウの試合が始まった。
ただし試合は一瞬だった。
「『カマド』!」
ルウが叫ぶと、先ほどの『カマド』よりもさらに大きな壁がリュウの足元から発生し、立ちふさがった。お互いが一切見えなくなる大きさである。
誰でも使える普通の魔法。野営でカマドを作る時の、ただの盛り土を作る魔法。それを殲滅魔法の適性を利用し、戦闘用に薄く大きくした目隠しの魔法だ。
「ちっ」
危険性に気付いたリュウが一気に後ろに飛ぶ。次の瞬間、突きが壁を壊して突っ込んできた。紙一重でルウの射程から抜けるが、ルウは『一気に距離を詰めて攻撃の手を緩めない。
「『マッド』!」
ルウの追撃はそこで終わらず便利魔法を放つとリュウの足元が泥になり片足を取られる。泥の範囲は狭くとても浅いため抜けるのも難しくない。しかし踏み込みのが難しくなり、一瞬の動きを阻害する事は出来ている。
しかも泥から足を出すためには体勢を崩す必要があるため、その隙をルウが逃すわけがない。
「狙いが酷いんだよルウは!」
「こうしないとまともに戦えないんだよ!」
ルウが連打を放つが、さすがにルウの相手に慣れているだけあり捌き切っている。一見ルウが優勢に見えるがこの形で勝負が決まらない辺り互角だろう。
「あぁ、もう!」
このままでは攻めきれない。そう判断してルウが距離を取る。それに合わせてリュウも泥から足を抜いて一息つく。
「……『ドライ』」
リュウが足元に出来た泥を便利魔法で乾燥させる。攻撃力などないただの乾燥させる魔法だ。そんな時間はかからない。その乾燥が終わる頃には一息ついたルウが再び接近、攻撃を開始した。
今度は魔法でサポートをせず、武器と武器とのぶつかり合いだ。ただし音はライファの時と比較にならない程小さかった。互いに受け流しを高い精度で行っているのが分かる。しかも受け流しからそのまま反撃に繋げている場面も多く、どちらが攻めているのかも分からない程に目まぐるしく攻防が入れ替わっている。
「はぁ……」
そのまま攻防を続けると、急にルウが距離を取り息を吐いた。試合を始めて1分も立っていないが、限界が近いのだろう。ライファと比較して圧倒的に時間が短いのに疲労困憊なのは、攻防の入れ替わりが激しかったためだ。
ライファ相手は最小限の守備でよかったがリュウはそうはいかない。かなり汗もかいている。
「やっぱまだ無理か」
ルウの様子を確認したリュウが構えを解いた。先ほどまでのように警戒している様子もなく本当に終わりなのだろう。汗もすごいが手をかなり気にしている。ルウの猛攻を受け止めた手がしびれてるらしい。
そしてルウも感覚がおかしいのだろう。木刀を落として両腕を軽くもむように触っている。
「無理。やっぱ出撃明けはどうしようもない」
「そのどうしようもない状態に勝てない俺は何なんだよ」
「実質リュウの勝ちだよ。攻めきれなかった」
「立場上仕方がないとは言え、勝った気はしない」
お互いに悔しそうに称え合う。
ここで言う立場とは想定される戦場である。
そもそもルウは少数戦、それも人数不利が基本である。敵軍の中に少数で潜り込むのが基本作戦なのだから仕方ないと言える。
その中で戦闘するのだから、出来る限り短時間で仕留めなければならない。そうしないと敵の数だけが増え続ける。それを想定し全力で攻めた結果、受けきられた。援軍が来るまでの時間を稼がれた、と考えれば負けなのだ。
対してリュウは集団戦が基本である。自分で状況を変えるように暴れるのもありだが、こういう実力者相手の時は時間を稼ぎ援軍を待つのも必要な能力だ。
勝敗を考えると立場上はリュウが勝ったが、結果は引き分けに近い。そしてそれを納得できない人が周りにたくさん居た。
「「「……1!……2!……1!……2!」」」
その納得できないはずの人たちは試合が始まったあたりから急いで距離を取り、巻き込まれないように武器を振っていた。
その人を煽る様にルウが周りを見渡す。
「リュウは大丈夫?もう1戦行けそう?」
「俺は大丈夫だ。さぁ始めようか」
リュウも獲物を探すかのように周りを見るが、その先に居る人たちは頑張って目線を逸らす。
「「「……1!……2!……1!……2!」」」
俺たちは関係ないオーラを出しながら一心不乱に武器を振っており、その目線を何とかよけようとしている。その人たちをやる気にさせる方法などルウは知らず、残念そうにため息をついた。
だがリュウは違ったようでとても悪い笑みを浮かべると先ほど胴元をしていた人の元へ向かい、周りに会話の内容が聞こえるように大きな声で話しかけた。
「なぁ胴元。今の試合はどうなった?」
「え。あ~……引き分け、と言う事で2名該当者が居ました」
「そうか。残念だなぁ、これで俺たちの相手をしてくれて勝ったら、今の負け分代わってやろうと思ったのに」
「「「それは本当か!?」」」
「本当だ」
大きな釣り針だったが武器を振っていた人たちがほぼ全員釣れてしまった。リュウはその様子に満足そう深い笑みを浮かべ、ルウはポカンと呆れて口を開け、状況に気付いくとクスクスと笑い始めた。
「野郎ども!負け分取り返すぞ!」
「「「おおおぉぉぉ!」」」
「ほらルウ。相手してくれるそうだからやるぞ」
「うん。良い練習になりそう」
2人は笑いながら武器を握りなおすと、獲物に微笑を向ける。
予想通りの悲惨な結果は書かないでおこう。




