16.力の代償
「ん――」
「ユイちゃん!目が覚めたのね」
昼食を食べ終えた頃、ユイが目を覚ました。レインたちはちょうど護衛の時間調整とローテーションの調整をしており、4人全員が揃っていた。まだにリュウは来なため、このメンバーで何とかしなければならない。
ユイはボーッとしており、周囲の状況がいまいち掴めていない様子。それでもレインが飛び掛かる勢いで寝たままのユイの視界に入った。
「お姉ちゃん?」
「そうよ!良かった、もう目を覚まさないかと……」
レインが抱きしめるようにユイに覆いかぶさると、ユイに頬ずりする。ユイは素直に受け入れながら状況を把握する。
「ルウ……ルウは!?ルウ!」
いつもだったら隣で手を握っているルウが居ない。
その事に気付くと抱きしめていたレインを跳ね除け起き上がる。周囲を確認するとすぐ隣のベットでルウが寝ていた。
「危ない!」
ベッドから落ちながらもルウの元に行こうとしたので、すぐ近くで様子を見ていたキョウヤが受け止めた。それすらも払いのけてルウの元に向かう。
「ルウ!?大丈夫、ねぇ!?まさかまた!?」
周りの様子が全く見えないのだろう。ほとんど体を引きずるようにベッドに倒れ込み、ルウにしがみ付いた。ルウは起きる様子も動く様子もなく、ユイの行動に何も反応しない。
その反応の無さに、ユイは涙を浮かべながらルウに抱きついた。その勢いに周りは動けずにいる。
そんなユイを慰めるよう、にライファは近寄ると頭を撫でた。
「嬢ちゃん、大丈夫だよ。ここなら安静にできるから安心しろ」
ライファが大丈夫と声をかける。その言葉にユイは涙を浮かべたままライファを見た。ただその瞳は安心しているのではなく、怒りに身を震わせている。その事にまだ誰も気づいていない。
「なんで。何が、大丈夫だって……?」
「なんでって、ここまで来たんだ。道中大変だったんだぞ。ここまで来れば――」
「ここまでも何も、まだ何も解決してないの!!」
ルウが寝ているというのにユイが思いっきり怒鳴った。いつもは出さないようなその声に全員が固まる。
瞬間、ユイの手加減抜きの拳がライファの腹に刺さる。
「うごっ……」
ライファがその場でくの字に曲がると、ユイは下に下がった顔を全力で殴り飛ばした。
そのまま吹き飛んで空を舞い、床に墜落したライファをレインとキョウヤは呆然と眺める。
ユイはそのまま寝かせはせず、泣きじゃくりながら近寄るとライファの胸倉を掴んで持ち上げた。
「知らないの!?ルウが殲滅魔法撃ってボロボロになってるのを!」
「ごふっ――ま、待ってごふっ―――うごっ―――」
持ち上げたまま、空いた拳で殴り続ける。あまりの形相と光景に誰も止めに入ることが出来ない。ユイはただ叫び続ける。それはまるで大切な者を奪われた手負いの獣のよう。
「私じゃ炎の適性が無いから変われないの!だからいつもいつもルウが撃つの!分かる!?私は何もできないの!」
「わ、分かうげっ―――うっ―――ま、待―――」
ドゴン、ドゴン、と人から出てはいけない音が響き続ける。ライファは意識を保っているようだが、失っていた方が幸せかもしれない。
「2回撃ったんでしょ!前と一緒!周りで騒いでも!揺すっても!何の反応も無いの!いつもは違う!騒げば動く!でもこれは違うの!まるで、っ――死んじゃったみたいに!動かないの!」
「―――」
周りの様子から気づいたのだろう。前回も似たような雰囲気の中ルウは看病されていた。
ユイの怒号はもはや悲鳴だ。ドゴンと音がするたびに血と涙が飛ぶ。騒いだらルウが起きるかもと言う思いがあるのかもしれない。
「ユイちゃん、それぐらいに――」
「それが何!?ここまで来れば?何も知らないくせに、ふざけたこと言わないで!起きるのを祈るしかないの!起きるまで護るの!護るしか出来ないの!」
止める声も聞かずに暴れ続ける。その悲鳴は受け止める本人以外にも突き刺さる。
「ルウはみんなを護るためにはやるしかないからって!全部引き受けるの!私のために!みんなのために!止める事なんて出来ないの!」
拳の威力が少しずつ弱くなる。泣き崩れるようにどんどんと威力が弱くなる。それでも声は響き続ける。
「本当に起きるのか分からないの!止めたいの!でも止められないの!」
泣き声だけが叩きつけられる。その威力は大きく、誰も何も言えずただ叩きつけられるだけだ。
「これ以上大切な人が居なくなるのは嫌なの!もう嫌なのよ!させないでよ無茶を!させないでよ……!う……ううっ……」
ライファに振るっていた拳を緩め、ユイが静かに泣き始めた。
その声を誰も止める事は出来ず、ただ静かに声を聞き続ける事しか出来なかった。
「ユイちゃんは?」
「先ほど寝ました」
キョウヤと、床に転がるライファと思われる物がルウを護衛をしていると、レインが扉を開けて入ってきた。
泣きつかれたユイはルウの布団に突っ伏す様に眠っている。このままぐっすりと眠れると良い。
惨状の跡はライファにしか残っていないが、ユイの悲鳴が部屋に残り続けているような気がする。
外は真っ暗で起きている人はほぼ居ないだろう。キョウヤとライファが日中の護衛予定だったがライファがお星様になったため、日中はキョウヤ、夜はレインとサッシャが担当となった。人不足の中無理矢理ローテーションを組んでおり護衛体制としては不完全だが、それでもないよりましだろう。
「どうしたの、交代の時間よ」
キョウヤはユイを眺めており、何かを悩んでいる。レインが話しかけても動く様子はない。
「何か悩んでるの?」
レインは何かに気付いたのか、ユイに向けるような優しい言葉でキョウヤに話しかけた。キョウヤは深くため息をつくようにぼそりと呟いた。
「ルウ隊長とユイはいったい何者なのですか?」
「魔法連隊の2名よ」
「そうじゃなくてですね」
レインの言葉を遮るように返す。少し声が大きくなり、レインの射殺すような目線に固まる。
「何が言いたいの?」
言葉を一つ間違ったら殺される。そんな視線だが引いたら何も分からない。キョウヤは深く息を吸いその視線を受け止める。
「ライファと違ってちゃんと勉強してきました。部隊の繋がりや関係性も知ってるつもりです。それでも、魔法連隊なんて言葉は知りませんでしたし、友人からも聞いたことがありません」
「それで?」
「初めての配属が第2部隊と言われた時は嬉しかったです。一桁の部隊で、隊長は優秀なリュウ隊長です。でも入ってみたら前線はほぼ行かず裏方ばかり。強いつながりがあるのは名前も聞いたことがない魔法連隊でした」
ほぼ一息に言いきり深く息を吐いた。レインは黙って聞いている。
「しかも魔法連隊の2人は子供。俺たちは誰を護衛してるのか気になるんです」
「……」
レインが睨みつけるが、その視線をキョウヤは正面から受け止める。その様子にレインは優しく微笑むと、ユイの横に行き頭を優しくなでる。
「私が知っているのは、ただの実験部隊って事よ」
「実験部隊?」
「実験部隊、最初は違ったらしいけどね。ルウ隊長に火と土の殲滅魔法の適性があって、それを使ったら効果がありそうだって思った人が居て、2年ぐらい前に実際に投入されたらしいのよ。キョウヤは『天使の火炎』って知らないかしら」
「噂ぐらいです。戦場に炎の竜が現れて、敵を襲ったとしか」
キョウヤのその言葉に、レインは辛そうにうなずく。
「そうよ。それがルウ隊長の、初めて2回撃った時らしいのよ。元々はもっと連射させる予定だったと聞いてるけど」
「――劣勢だった戦場をひっくり返すために急いで向かったからな。2発撃って戦場をひっくり返すことは出来たから問題はなかったが、その後が問題視されてな」
「リュウ隊長!」
レインの言葉を引き継いで、リュウが入ってきた。暗いため顔色は見えないが、相当急いで来たのだろう。疲労困憊のようだ。
「あらリュウ隊長、いつ帰って来たの?」
「ついさっきだ。本当は昼頃には着く予定だったんだが、想定外のトラブルが起きてな。今サシウスとヒカリが対応してる」
「2人も来たのね。護衛に入るの?」
「その予定だ。だがトラブル処理が先でな」
リュウがどさりと椅子に座り、水差しの水を飲んだ。深いため息をついたが、落ち着いたようだ。
「リュウ隊長は今のその先の話を知らない?私、それでルウ隊長が倒れたって事しか知らないのよ」
「撃った後か?」
「そうよ。サッシャもそこから教えてくれなくて」
レインの言葉に、リュウは辛そうにルウを見る。
「そこからは簡単だ。今みたいに動かない、反応がないを5日間ぐらい続けたんだ。それで殲滅魔法のデメリットがよく見えてな。1発だけならここまで酷くならないから、1発しか撃てない魔法でどう運用するかを本格的に考えるようになった。それで今の奇襲特化の魔法連隊になったんだよ。万が一があっても味方を巻き込まず被害を最小限に減らせるから、って理屈でな」
「万が一?」
「戦場で動けない兵士は仲間を巻き込んで被害が増える。でも最小限度だけなら、他に被害は出ないだろ」
「……なんですか、その理論」
リュウの言葉にキョウヤが絶句する。レインも辛そうに聞いていた。
「酷いだろ。それで出来る限り助けになるようにって、戦闘第2小隊をこういう部隊にしたんだ。まぁあいつらに比べたら隠密行動やらが苦手だから、こういう時の護衛や裏方がメインだがな」
そこまで言うとリュウは部屋を歩き回り周囲の状況を確認する。キョウヤは今の話を整理しているのだろう、地面を見つめボンヤリとしている。
「それで、何の話だったんだ?」
「魔法連隊が何かって話と、戦闘第2小隊の仕事の話よ」
「気になるのは仕方がないな。ところで」
リュウはその言葉で納得したようで、話を区切る。
「何で俺が――いや、俺たちが遅れたか知ってるか?」
「知らないわ。何があったの?」
レインの言葉に再び深いため息を吐く。それはまるで、いつまでも白を切る犯人を追い詰める探偵のようだ。
「急いで帰る途中にだな。大量の死体があったんだ」
「……へぇ、そんなことがあったのね」
リュウの言葉で何があったのか気づいたのだろう。レインが目線を逸らした。
「道のど真ん中にだ。5人か6人。装備は統一されていないから、恐らく賊だろう。最初は魔獣が出たか疑われたが、調べたら刃物で切り裂かれた傷でな」
「へ、へぇ。それは危険ね」
レインが冷や汗を流しながら聞き流す様に努力する。それを全て分かった上で、ジト目を向ける。
「死体の位置から推察するに1人で全部倒したと判断された。そして俺はそういう手合いを1人だけ知っててな」
「……」
「サシウスとヒカリはその対応に向かってる。夜遅かったが急いでここの責任者と話し合ってるんだ。万が一危険な人物が紛れ込んでいたら大変だから、その対応をだな」
レインはもう何も言わず頑張って目線を逸らすだけだ。リュウの視線は呆れに染まっている。
「それで、言い訳は?」
「い、急いでいたのよ。襲われてキレちゃって、その、全員」
「はぁああぁ。今すぐ役場行ってこい」
「嫌よ!2人の護衛は誰がするのよ!」
「俺がする。だから今すぐ説明してこい。お前が説明すればサシウスとヒカリも護衛に入れるんだ」
「大丈夫よ!私がその分護衛に入るから」
「ユイ君との接触禁止にするぞ」
「うっ――」
リュウの言葉にレインが黙る。そのまま少しうなると、しょうがないと言った感じで動き出した。足取りは重く、役場に着くまで時間がかかるだろう。
「早く行けばそれだけ早くこっちと合流できるぞ」
「ううううううぅぅぅうう……」
レインは唸りながらも重い足を無理矢理動かし、走って部屋を出て行った。
「キョウヤ、お前も一旦休め。明日から動けなくなるぞ」
「はい、そう、します」
キョウヤも悩みながら部屋を出て行った。静かになった部屋にユイの小さな寝息が広がる。
「早く起きてくれよ」
リュウは深いため息をつくと疲れた体に鞭を打ち、静かな夜の警戒を続けた。




