15.休まる場所
「……店主は居るか?」
サッシャが宿の静かな入口に向けて声をかける。ここはルウが泊まっていた宿だ。
賊の襲撃があった後、エリザベスはそれまでよりも少しペースを落として周囲を警戒しながら足を進めた。それでも普通の馬よりも圧倒的に早い。
街の入り口に立つ衛兵を轢き殺しかねない勢いだったが何とか止まり、そこからこの宿まで一直線で向かう。
勢いが凄かったため、衛兵に殺す気かと文句の視線を受けたが、謝罪をする余裕もなく無視して進んでしまった。
宿に着くと大急ぎで降り、ルウとユイをそれぞれサッシャとキョウヤが背負い宿の責任者を探す。ライファを運ぶ余裕はない。
「おや、初めて見る顔だね、いらっしゃい」
声を聞きつけ、すぐ近くの扉が開き老婆が顔出した。サッシャの顔を見ると挨拶を交わすが、すぐに様子がおかしい事に気付く。
「急いでるようだが、何かあったんかい?」
「……この子たちが休める場所が欲しい」
「この子たち?ルウ君?まさか、背負ってるのはルウ君かい?」
「……その子の分もだ」
「その子?ん、ユイちゃんもかい?ちょっと待ちな、何があったんかい!?」
背負ってるルウとユイの様子に気付くと驚く。不思議な頼みをするサッシャを訝しんでいたが、2人の異常な様子に気付き急いで部屋の鍵を取りに行く。
「……すまない、言えない」
「そうかい。ほら、2人が居た部屋でどうだい。右に行って突き当り、左側2部屋だよ。付いてきな」
「……ありがとう、助かる」
「お待ち、もしかして相部屋の方が都合が良いかい?」
老婆がカギを片手に案内しようとしたが、何かを考えたように確認をする。2人の様子から何かを察しているのだろう。
グレンはその申し出をありがたく受ける。
「……あるなら、その方がありがたい」
「なら反対側だね。突き当りに良い部屋があるからそっちに行くよ」
そう言い、違うカギを取ると2人を先導して歩き始めた。老婆はそこでまた聞いてくる。
「何があったのかは教えてくれないのかい?」
「……言う事は、出来ない」
「部屋を貸す私にもかい?厄介ごとがあるんだろう?」
その言葉にサッシャが顔を顰めて黙る。キョウヤは下手な事を言わないように喋っていない。
「そうかい。ほら、この部屋だよ」
2人を反応を見た老婆はそれ以上言わない。それほど遠くない廊下を歩き部屋へとたどり着いた。部屋を開けるとサッシャ達を通す様に道を開ける。
けれどサッシャは動けず、探し続けていた言葉を見つけると口を開く。
「……ルウは。いや、2人は、命を賭けて俺たちを守ってくれた。そのせいで、こう、なった」
言葉を選び悩みながらもなんとか口にした言葉。サッシャは辛そうに顔を歪めると、黙って聞く老婆に向けて言葉を続ける。
「……多分、面倒事が来る……と思う。あなたには、出来るだけ迷惑かけないようにする……つもりだ」
「なら後で私の所に来な。人なんてほとんどいないからね。隣の部屋も貸してあげるよ」
「……ありがとう」
その言葉を聞くと、老婆は満足したように笑った。
「……キョウヤ、馬車から俺の荷物持ってこい」
「サッシャ……さん?」
いつもののんびりした雰囲気ではない、何かを覚悟したサッシャが声をかけた。
「……これから5日間、大変だと思うが覚悟しとけ」
「――て」
「…………あ?」
「――起きろって言ってるのよ!このバカ!」
「うげっ」
腹に強烈な一撃が入り再び寝てしまいそうになったライファであったが、強烈な痛みで無事目を覚ました。
ここは宿の停留所。ライファはボロ雑巾になった後、優先順位が低いと置いて行かれたまま。既に日は落ち周りは真っ暗な中、御者台で放置されていた。
「レインさん?おはようございます、どうしたの――ごふっ」
「バカ言ってないで、ユイちゃんとルウはどうしたの?」
普通に寝起きの挨拶を始めたサッシャは、レインの強烈な拳骨を受けて眠気を吹き飛ばす。一応TPOを弁えて力を振るレインであるが、一切考慮せずに暴れるのは珍しい。それほど焦っているのかもしれない。
「宿の中だと思います」
「部屋は?」
「知らんきゅぺ――」
「ならあんたはなんのためにここに居るのよ!」
ライファが答えた瞬間アイアンクローが飛んできた。一切手を抜いておらず、ライファでなかったらとっくに気絶しているだろう。
「宿の主人に聞けばいいと思います!俺に当たるギャーーーー!?」
「もうとっくに真夜中よ。既に寝てて誰も居ないわ。だからあなたに聞いてるんじゃない」
再び気絶しそうになるライファを無理矢理起こす。しかしこれ以上聞いても良い答えは返ってこない事を悟ったのだろう。諦めたようにため息をつき、ライファを捨てた。
「まぁ、良いわ。エリザベスは?」
「あ……ああ……」
「エリザベスは!」
「はい!そこの馬小屋に居ます!」
「そう」
レインは仕方ないと言った様子で動き出すと、馬小屋には行かず荷馬車で荷物の確認を始めた。サッシャの荷物がない事を確認すると安心したように一息を吐く。
「サッシャに任せておけば大丈夫ね」
そう呟くとレインはエリザベスに挨拶に行く。
馬車小屋には2頭しか馬が居なかった。2頭とも寝ていたようだが、レインが小屋の中に入ると目を覚ます。
「エリザベス、居る?」
出来る限り小さな声で、邪魔にならないように声をかける。するとわざと藁をこする様な音が響いた。その音を頼りに何も見えない暗闇の中を進んで行く。
「良かった、無事ね」
レインは柵を飛び越えエリザベスへと近づく。疲れているらしく横になって寝ており、レインが近づいても起き上がる様子はない。
「うん、怪我はみたい。よく突破してくれたわ、ありがとね」
「……」
レインは近寄るとエリザベスの体を確認するが怪我はない。エリザベスはその言葉を嬉しそうに受け止めると、再び寝ようと目を閉じる。
「大変だと思うけどよろしくね」
「……」
レインはそう言葉を紡ぐと、柵を飛び越えて戻って行った。
エリザベスは「任せておけ」と言わんばかりに尻尾を揺らす。
翌朝レインは日が昇る頃に起きだすと宿へと向かう。既に起きていた老婆に事情を話すと真っ先に部屋へと向かった。
部屋ではキョウヤが机に突っ伏して寝ており、サッシャはベッドの間に椅子を置き2人の真ん中で座っていた。クマも出来ておりひどい顔色だったが、手に持った槍は護衛の証だろう。
レインは真っ先にルウとユイの様子を確認する。
「サッシャは大丈夫?」
「……眠い」
「知ってる。怪我はしてない?」
「……怪我はない。それよりもユイ君の方が気になる」
「そうね。ユイちゃん、まだ起きないのね」
「……あぁ、昨日も起きなかった。ルウ隊長が想定したよりも負荷をかけていたのだろう」
「大丈夫、なのよね?」
「……呼吸も熱も異常はない。ただ寝ているだけだろう。そう遠くないうちに起きる、と思う」
「そう」
その言葉を聞いて、安心したようにその場に座り込む。
今居る部屋はとても簡素な作りで、ベッドが2つと大き目の机に椅子が4つあるだけだ。サッシャの荷物はルウの隣に鎮座しており、医療用道具がまとまっておかれていた。
「……いつ戻ってこれた?」
「真夜中。こっちに来たかったけれど、部屋も場所も分からないから荷馬車で寝てた。異常はなかったわ」
レインが来て安心したのだろう。サッシャが大きなあくびをする。
「……リュウ隊長は?」
「見てないわ。でもリュウ隊長の事だし昼頃には来るでしょう」
レインが空いている椅子に座る。
座ると同時にガタンとなり、音でキョウヤが目を覚ました。ぼんやりとしていたが周囲を見回すと、すぐに状況を把握する。
「あ、すいません!俺寝てしまって――」
「本当よ、罰としてこのまま見張り継続ね」
「すみません」
キョウヤは落ち込んだようだがそんな時間はない。今後もきっと何もないが、何かあった時にちゃんと対応できないといけないのだ。
「サッシャ、他に部屋は借りてるの?」
「……隣を1部屋借りた。だが人数的にもう数部屋借りないといけないはず、焦って忘れてた」
「ならサッシャは隣で寝てて。キョウヤ、もう数部屋借りるから眠気覚ましがてらおばちゃんに言ってきて。場所はこの部屋に出来るだけ近い部屋」
「はい、了解です」
その言葉にキョウヤはさっさと走り出す。急いでいる中でも静かに移動したのは、2人を起こさないためだろう。
「サッシャももう良いから、早く休みなさい」
「……分かった。一眠りしてくる」
「ゆっくり休んで。引継ぎ事項は?」
「……特にない。入口は見た目通り、ドアと窓だけ。外は森に注意」
「分かったわ。おやすみなさい」
「……おやすみ」
レインだけになった部屋、静かに眠り続けるユイの頭を優しくなでる。
「人数不足、ね。リュウ隊長が来て最低限度、か」
優しく、辛そうに呟いた。
「あ、ライファを忘れてたわ。キョウヤに起こしに行かせないと」
ユイが目を覚ましたのは、その日のお昼頃だった。
ルウは未だに目を覚まさない。




