12.全てを捨てる
「ライファ!キョウヤ!こっちに来い!」
戦場に響いた声にいち早く反応したリュウがライファとキョウヤに叫ぶ。しかし2人は理解が出来ず固まったままだ。そんな状態も気にせず言葉を続ける。
「急いでルウを運べ!ここから離れろ!」
リュウが敵の殺意と狂気を正面から受け止め叫ぶ。きっと敵にも聞こえているだろうが気にしない。背中に居るルウを逃がす事のみを考えている。
「リュウ、ダメだ。僕の事は気にせずに――」
ルウが弱々しくも何とか声にする。しかしリュウは気にせず指示を出す。
「いや、キョウヤは急いでヒカリを呼んで来い!休憩に――」
「何よこの騒ぎ!ちょっとリュウ、何があったの!」
騒ぎを聞きつけたのだろうか、ヒカリがライファ達の近くに来た。少し疲れてるので、交代で休憩に入るタイミングだったと予想できる。
「ヒカリ良いタイミングに来た!ここで相手するから手伝え、1人じゃ厳しい!」
「そんな余裕ないから。僕は放っておいて逃げて」
リュウの覚悟に、ルウが声をあげる。声が小さいせいで届いていないのか、それとも最初から聞く気が無いのかは分からない。
「ちょっと待って、どういう事。ルウがそろそろ来ると思って顔見ようと……それに相手って、2人でこの量を相手する気なの!?」
数だけの相手だろうと、数が揃えば充分脅威となる。例え最強格の2人だろうと、数の暴力には勝てないだろう。
死を覚悟した指示にライファとキョウヤは困惑しており動き出せない。
「敵の狙いが分かったんだ」
「何言ってるの!?狙いが分からなくてずっと苦労してたんじゃない!」
「ルウだ。それに俺らも狙いの1つだ」
「はぁ!?」
リュウの言葉にその場の全員が疑問符を浮かべた。だが次の瞬間、ヒカリが納得したようにルウを見ると急いで斧を構えてリュウの元へと走る。反対の手には運悪く一番近くにいたキョウヤの襟首があった。
「ぐぇっ」
「止まってない!ルウを護衛するんでしょ!」
ヒカリはまるで鬼の形相で正面を睨むと、キョウヤを掴んでリュウとルウの元へと向かう。どんどん敵は近づいてくるが、まだ距離はある。
キョウヤを近くに転がすと、両手に手斧を持って構えなおした。
「急げキョウヤ!」
「え、あ――」
「聞こえないの!」
「は、はい!」
ヒカリの怒声にキョウヤが慌てる。その様子にリュウは苦笑しながら近づいてくる敵を睨む。
「すまんなヒカリ。厳しいのは分かってるが呼んじまった」
「そういう約束だったでしょ。ほらキョウヤ、座り込んでないでルウを運ぶ!」
もうルウのする事は無い。そう言わんばかりの会話にリュウの背中にすがる。
「ダメ、僕が囮になればみんなが――」
「ふざけ――」
「黙れこのバカ!」
「っ」
ルウの言葉にリュウが怒鳴ろうとした瞬間、先にヒカリが怒鳴った。ルウの事は一切見ていないが、鬼のような形相は既に阿修羅のようになっている。
「君の役割は終わったの!ここからは私達の役割!黙って逃がされなさい!」
「ダメ、敵の数が多すぎる。あれを相手するのは――」
「私たちの仕事でしょう。命を救われた借りを返すには丁度良いじゃない!」
ヒカリがそう言うと、キョウヤの背中を蹴飛ばす。
「ほら!ルウをさっさと逃がす。急げ!」
「は、はい!」
ヒカリに焦らされて、キョウヤはルウをおんぶするとそのまま去ろうとする。
「サッシャとレインならよく分かってるから2人を頼れ。何かあったら、部隊の事はサッシャに全て任せると伝えろ」
「リュウ隊長、それって――」
「急げ、時間がない!」
「は、はい!」
「ダメ、連れて行くな、リュウのサポートを」
ルウの悲鳴のようなか細い願いは無視され、運ばれていく。キョウヤとライファも覚悟が決まった。ルウを運ぼうと大急ぎで動き出す。
「ヒカリ、すまんな」
先頭を走った1人を軽々と薙ぎ払う。敵は悲鳴を上げる余裕もなく絶命した。
「急に何よ。それを覚悟して呼んだんじゃない」
どんどん近寄る敵に向けて矢を放つ。先ほどと違い進行することに意識が向いているのだろう。盾で矢を弾く事は減り、着実に数を減らしてる。周囲からの矢も効果的になっているが、急な戦場の変化と戦線が近づいている事に味方も動揺しているのだろう。矢の数が減っている。
近寄る敵の数に、リュウが寂しそうに呟く。
「覚悟はしていたが、実際こういう場になるとな」
「後悔してるの?」
ヒカリの問いかけにリュウが笑う。
「俺はしてない。やっとルウに借りを返せるからな」
「私は少し後悔してる」
「……すまん」
リュウが謝ると、ヒカリが笑った。
「ルウって――ユイちゃんもね。あの子たち、すごくいい子なんでしょ。リュウが溺愛するぐらい」
「溺愛って、まあいいか。その通り、すごくいい子だよ。優しくて、強くて、仲間のために体を張れる。無理しすぎる問題はあるかもな」
その言葉に、ヒカリが辛そうに笑う。
「やっぱりね。だからこそもっと早く会って、溺愛したかったわ」
敵が近づいてきたために弓を置き、自分の武器である手斧を構える。その姿は覚悟が決まっており、どんな敵にも折れない力強さがある。
「……悪かったと思ってる」
リュウは先ほど薙ぎ払った時に付いた血のりを払うと槍を構えた。背中の方から聞こえる叫びはもう届かない。
「キョウヤ降ろせ。2人が戦線に入れば少しは状況が良くなる」
消えそうな意識の中、ふらつく頭に意識を集中して怒鳴る。それでもキョウヤは一切聞かなかった。
「俺らが戦線に入ったら、ルウ隊長はどうなるんですか!狙われるだけですよ!」
「それぐらい大丈夫、慣れてる」
キョウヤが走り、そのすぐ後ろをライファが殿として走る。時々弓矢が飛んでくるが、何とか対処出来ている。
ルウはずっと叫び続けている。けれど2人は一切聞かず、戦線からゆっくりと離れて行く。
まだ武器がぶつかり合う音は聞こえない。それでも時間の問題だ。
「ライファも頼む、救援に行ってくれ」
「……」
ルウがか細く怒鳴るがライファは何も答えず飛んでくる矢を落とす。その行動にルウが苛立つ。
「もう犠牲なんて嫌なんだよ、頼むから戻ってくれ」
「ルウ隊長の願いでもダメです!リュウ隊長が無理して逃げるチャンスを作ったんです!」
「――――」
「ルウ隊長?」
今まで叫んでいたルウが急に黙る。キョウヤは足を止めないが、その変化に後ろを振り向く。
「何してるんで――熱っ」
背負ったルウの熱が急に上がり始めた。キョウヤは足を止めて声をかけるが何も返事をしない。
「おいキョウヤ、何止まってるんだ!さっさと……ルウ隊長?」
ずっと後ろを見ていたライファが、足を止めたキョウヤにぶつかりそうになる。
そこで初めてルウの異常に気付いた。体の周りに赤色の――先ほどよりも暗く深い、まるでどす黒い血のような陽炎が広がっていた。
「熱っ、ルウ隊長!」
今までの陽炎にはなかった熱がキョウヤを襲い、ルウを落としてしまう。背中からドン、と落ちるがとてつもなく集中しているのだろう。
ふらつきながらも最後の力を振り絞って立ち上がると、陽炎はどんどん大きくなり、今までの殲滅魔法とは比べ物にならないレベルになっている。
「ルウ隊長、やめてください!」
嫌な予感がしてライファも止めにかかるが、その熱に押されて近寄れない。
異常に気付いたリュウが真っ青になり、敵を放棄してこちらに走り出した。ヒカリも慌ててこちらに向かって走ってきている。
「ルウを止めろ!」
リュウの悲鳴のような叫び声が響いたが、それが叶う事はなかった。
ルウは最後の言葉を口に出してしまう。
「『プロミネンス』」
そしてそれは、起こってしまった。
「横に跳べ!」
ルウから出ていた陽炎はドラゴンのように長い炎になり、リュウ達の方向に飛んでくる。
リュウの叫びに反応して、ヒカリも左右に別れるように大きく跳ぶ。2人の真ん中をルウから出た巨大な炎が通った。
「『天使の火炎』……」
その炎を見たヒカリは転がりながら信じられないと言った様子で呟く。
炎は敵へと飛んで行った。蛇が獲物を丸呑みする様に、クジラが全てを飲み込む様に。
先頭を走る者が持っていた剣で炎に切りかかった。
剣が当たるとまるで血が飛び散るように火の粉が飛んだが、そのまま火に飲み込まれていった。すぐ後ろに走っていた者は何も対応できず、そのまま食われた。
急に生まれた変化に誰も反応出来なかった。炎は身近な敵から食いだす。ある者は持てる武器で切りかかり、薙ぎ払い、ある者は盾を構え、守り、そしてある者は逃げ出した。
対応は人それぞれだったが結末は変わらず、全てが炎に飲み込まれていった。




