11.開戦
「撃てぇっ!!」
リュウの怒号のような叫びと共に、既に何射目かも分からない矢の雨が降り注ぐ。矢は構えた盾に弾かれ、又は盾の隙間から敵を傷つけ、確実に敵の戦力を減らす攻撃となっていた。
敵からの反撃は少なく、時折ある散発的な弓矢のみ。運悪く怪我した者は数名出ているが、かすり傷程度に収まっており簡単な治療ですぐに戦線復帰していた。
敵の進軍は、作戦通りに足元のぬかるみに意識を向けさせられたこともあり、足はどんどん遅くなっていった。
「効果は増えたが、先に言って欲しかったな」
「ごめんなさい」
「ルウは悪くないだろうが。報告は欲しかったが」
人が集まっているだけの何もない作戦本部で、ルウとサシウスが話していた。周りにも人が居りルウに注目が集まっているが、サシウスが気にしている様子がないため周りは何も言っていない。
そろそろ昼になるだろうか。
周りに人は多いのだが、開戦直後の割にはどことなく余裕を感じる。それもそのはず、この戦いに関しては相手の思惑は分からないが負ける要素はほぼ見当たらない。
特にユイの殲滅魔法が上手く効いているためほとんど作業のような戦いになっており、高い緊張を保つ方が難しい状態である。終わるのは時間の問題、それも圧勝となるだろう。
また当初予定していたよりもユイの殲滅魔法は効果を増している。どうもぬかるみを作る氷の深さをほんの少しずつ調整したようで、本陣から遠いほど――つまり、敵がより多く通る場所はほんの少し深く作り、ぬかるみが表面化する時間を遅くしたのだ。
そのせいで敵軍の行軍が落ちるタイミングが遅くなったが、代わりに一気にぬかるみが完成した。
そのために相手からすると『何もない所に急激にぬかるみが発生し、動けなくなった』状態になり、混乱状態になったのだ。盾の構えも少し雑で被害は多く与えているが、致命的な混乱にはなっていない。それでも動揺は広まっている。
それとは裏腹にルウとサシウスは緊張感が漂っている。未だに相手の目的が見えてこないため、何が起きても対応できるようにしなければならない。
その事もありリュウ、ライファ、キョウヤは前線で弓矢を射っている。そろそろ近接戦も始まる頃合いだろうが、進軍の遅さも相まって散発的な戦いになるだろう。
「報告です!」
そんな2人の元に偵察に出ていた兵が声をかけてきた。かなり息を切らしている辺り相当急いできたのだろう。それに気付いたルウが「僕も聞いていい?」とサシウスにアイコンタクトを送る。サシウスは無言で頷き、兵に先を促した。
「何か見つかったか?」
「はっ!まだ遠いですが数機の騎兵が見えました。かなり遠いですが間違いないかと」
「分かった。後は休んで次に備えろ」
「はっ!」
他の人にも報告するためだろう、サシウスは紙に今の報告をまとめており兵が去る間際に文章を確認させた。内容を確認すると「問題ありません」と呟き、兵はそのまま去って行く。走って行く途中で小さな窪みに引っかかってこけそうになったあたり、報告を急いでるのが良く分かる。
2人はそんな様子を見る余裕もなく今の情報を整理している。そして、サシウスが呟く。
「騎兵。殲滅魔法?」
その言葉にルウが固まる。こちらの兵士を釣って殲滅魔法で吹き飛ばすのでは、と言う事だ。
「無理、とは言えない」
専門家ではないが殲滅魔法について一番詳しいのはルウだ。0ではない、と言う一番難しい答えとなってしまう。
「難しいな。ルウには出来るのか?」
「僕には無理。そもそも殲滅魔法を撃てる人がそんなに居ないから、何が出来て出来ないのか良く分かってない」
ルウがそう言うと、サシウスが深く悩み始める。
殲滅魔法は効果から副反応まで個人差が大きい。適性の問題もあるため使用できる殲滅魔法にも差が大きいためだ。
一般的に、魔法とは『日常魔法』を指すことが多い。
適性などはほぼ関係なく、個人差はほとんどない。しかし戦闘で使われる事はほぼない。殺傷力や火力の低さ、発動までの長さ、そして範囲も狭いために戦闘に使う意味がほぼないのだ。
反対に殲滅魔法は戦闘にはとても優れている。火力を出すことも可能だし、範囲も十分。使い方次第で殺傷能力も高い。致命的な欠点として使用者の急激な弱体化があげられるが、それと同じくらいに適性の問題もある。
例えばルウは攻撃力や殺傷能力の問題で殲滅魔法は火をメインに使っているが、一番適性があるのは土の殲滅魔法だ。反対にユイのように水に関する適性は皆無なため、今回のような殲滅魔法は使えない。
反対にユイは火への適性がなく、一番適性があるのは水や氷だ。だが攻撃力や殺傷能力を高める事が出来ず、戦闘や工作活動には使っていなかった。今回のような作戦は例外中の例外なのだ。
サシウスは悩むも可能性を検討する。
「敵が使える可能性は?」
「ほぼない。今まで使ってくるって情報を僕は聞いたことがない。サシウス隊長は?」
「俺も同じく聞いたことはない。ただ、状況が状況だからな」
「はい。狙っている、と考えれば一応筋は通る。ただ威力を上げるのにも限界はあるから、全滅させる威力を確保するのは不可能、だと思う。それにこれだけの事をした効果としては微妙な気がする」
「そこなんだよなぁ……」
ルウの言葉に、サシウスが頭を抱える。殲滅魔法は有効ではあるが決定力は無いという事だ。今の状態で撃ってきたとしても、被害に見合った成果は得られないだろう。
そもそも今の状態で大きな被害を与えられるほどの殲滅魔法があるのなら、それこそ奇襲でもなんでもして街の1つや2つ落とせるはずだ。
「でも、このまま前線でぶつかり続けるのはまずいと思う」
「それは分かってる。ルウ、敵軍のど真ん中に一撃頼めるか」
「分かった。爆発でも起こして、パニック状態を狙う。そろそろ交代の時間だから出撃します」
「任せた。情報の整理が終わり次第俺も前線に行く。リュウ達と上手く合流しろよ」
「了解」
「もうそんな時間か?」
目の前に居た敵を切り伏せたリュウがルウに話しかける。周囲にほとんど死体はなく、ライファとキョウヤは弓を握っている辺り接敵はほとんどないのだろう。
「リュウの交代はまだまだ後でしょ。それよりもサシウス隊長がこれ以上はまずいって」
「何かあったのか?」
リュウが周囲の安全を確認するとルウに近寄った。ライファから「敵が近いので対処終わったのなら弓を」と言っているが無視している。
「援軍と思われる騎馬が数機近づいてるって、斥候から報告」
「数機?」
その言葉にリュウが悩みだす。戦場のど真ん中でやるべき行動ではないが、飛んできた矢を見もせずに叩き落している辺り問題はないのだろう。
「リュウ隊長。悩んでないで矢を撃ってくださーい」
ライファの悲しい叫びは聞かれもしない。それよりもルウが来た理由を考える。
「目的が不明とは言え、この状態でよく分からない援軍は嫌だな。だからルウが来たのか」
「うん。ユイのおかげで良い感じに固まってるから、ど真ん中に派手なの一撃決めればパニック状態に出来るはずって。それで相手の士気を折る」
敵はほとんど沼地から脱出できていない。ここで爆発でも起きれば、戦闘を続けるのは難しくできるはずだ。
「あぁ、それしかないだろうがどうも妙だな。まるで撃ってくれと言ってる状況だ」
「それは……」
その言葉にルウが黙る。
「すまん、気にするな。妙でも嫌な状況でも撃たないと戦況が悪くなる可能性の方が高い」
「うん。だから、後は頼んでいい?」
「もちろんだ。ライファ!キョウヤ!こっち来い!」
「「はい!」」
リュウの言葉に2人が近寄ってくる。返事はしたが状況を把握しきれていない様子だ。
「どうしました?」
キョウヤが確認を求める。ライファも悩んでるようだが、それよりも近づいてくる敵への牽制を優先している様子。ただ耳はこちらに向けているようだ。
「今からルウに一撃決めてもらう。そしたらルウが動けなくなるから、急いでエリザベスの所まで護衛しろ。サッシャかレインに言えば伝わるはずだ」
「あ、2人に言い忘れた」
「おいルウ」
「ごめん」
リュウがため息をつく。しかしルウがやらかしたのは一旦忘れるとして、すぐに気を取り直す。それよりも、キョウヤにしては良く分からない言葉だったらしい。確認をしてくる。
「護衛、ですか?」
「そうだ。2人は初めてだろうが重要な任務だ。命を賭けて、絶対に守り切れ」
「「了解」」
まだ疑問は消えてないのようだが、納得はした様子。その様子を確認すると、リュウが敵を見た。
「ルウ、俺の後ろに隠れて撃て。少しは敵からの目くらましになるだろう」
「そんな事したら――」
「それを含めて護衛の仕事だ」
「まだ護衛は仕事じゃなくて趣味扱いでしょ」
「良いんだよ。お前がいろいろ背負い過ぎなんだ」
軽口に軽口を返す。今から始まる一撃が信じられない程の軽さだ。
リュウが弓を置き槍を握る。仁王立ちのような形で、その後ろにルウが隠れるように背中側に入り込み隠れる。敵からはほとんど見えてないだろう。
空気が変わった。
ルウを囲むように――リュウすらも巻き込むように赤い陽炎が立ち上る。敵からも見えるだろう。それは本当だったら敵を焼き払い、吹き飛ばし、恐怖を表してる物だ。
その陽炎はどんどんと成長し、今すぐにでも破裂せんばかりになった。
「(何かおかしい)」
陽炎に包まれながらリュウがうっすらと違和感を覚えるが、その理由を言葉に出来ない。違和感の元が分からなかったのだ。
攻撃の準備が出来たのだろう。ルウが深く息を吸うと、最後の一言を発した。
「『エクスプロージョン』!」
すると陽炎は生き物のように敵へと向かっていく。先頭を走ってこちらに向かっていた者達を通過すると、より奥まで飛んでいく。敵が密集していたところまで飛ぶと、近場の人間を全て吹き飛ばす凄まじい威力を持った爆発が発生した。
爆心地に近いものは粉々に吹き飛ばされ、爆風でも人は欠片となり空を舞い、生き残ったとしても下が沼地になっているとは言え落下のダメージは計り知れず助からない。
人が死に、吹き飛び、その爆風が打ち付ける。
恐怖と絶望の一撃は敵の心を折る十分な威力になっていた。
――なっていたはずだった。
ルウから発生した光景にライファとキョウヤが絶句している。ルウは立っている事が出来ず、力を抜くとリュウの背中にずりずりと倒れた。
そしてそれよりも、リュウは現状の異常性を感じて緊張が増していた。
次の瞬間、戦場に響いた言葉がこの戦場の目的を全て表していた。
「居たぞ!『魔獣もどき』だ!」
ほんの少し前。
控えめなペースで馬を操り大地をかける。戦場はまだ見えないが戦場の気配は感じる。開戦には確実に間に合わない、なのに焦った様子はなく、ピクニックにでも来ているのかと言った様子だ。
「間に合うのですか」
先頭を駆ける人に斜め後ろから声をかける。その言葉には焦りも何もなく、ただの確認のようだ。
「間に合わなくても問題はありません。そもそも私たちの目的は精霊の忘れ物の試運転、それと面倒な『魔獣もどき』とその周囲を狩る事です」
そういうと、背負った大き目の弓を軽く叩く。様々な装飾がなされており、その中央には一際目を引く綺麗な宝石が嵌っており普通の弓でない事が分かる。
「あの手こずらされてるガキか。俺が狩りたい所なんだが仕方ねぇ。でも本当に狩れるのか?」
反対側からも声がかけられた。粗暴な話し方だが滲み出る気配から実力者である事が見て取れる。
「さぁ」
「おい、なめてるのか」
「事実ですから。これで狩れるなら、そもそもここまで苦労していません」
問い詰められるが、そんな事を一切気にしない。前へと進み続ける。
「そもそも、こんな雑な作戦で釣れるのか?」
「釣れますよ。そのために私達が見つかるように動いているんですから」
その言葉を笑い飛ばした。しかし目は笑っておらず、獲物を狩るような鋭い目つきだ。
「あのガキどものせいで押し込んでた戦場を全部ひっくり返されましたからね。兵站は壊滅、神出鬼没で警戒を増やすしか出来ていません。なのに被害は出続けている」
怒りからか、握る手綱に力がこもっている。
「何度か調べを出しましたが、1人も帰ってきてません。本人もどうしようもない程強いうえに、護衛にもめんどくさいやつらが揃ってる。逃げ足が速すぎるから追いかけても仕留めるタイミングがないし、その周囲はもっとめんどくさい限り。いい加減にしてくれませんかね」
少しずつ馬のスピードが上がり、隊列が乱れ始める。が、すぐに気づいたようでスピードを緩めた。
「このタイミングでしたら、足手まといが出来れば1人は狩れるでしょう。そのために使えない人たちを賞金で釣って突っ込ませたんです。しかも何か裏があるように私たちの姿を見せました。チャンスは生まれます」
「それでも、被害の方が大きくねぇか?」
投げかけられた質問に、呆れたように嗤う。
「元々0の人たちにどれだけ被害が出ても0ですよ。だから被害はないんです」
そう言うと、今度こそ全員がスピードを上げた。
「さぁ、作戦場所まで行きますよ。最低限度は仕留めないといけません」




