10.秘密の心
「……『ブロック』」
ルウがユイを連れて去った後、サシウスは地面に向けて魔法を放っていた。
『ブロック』
土などを好きなサイズに固める魔法だ。サイズの限界はあるか、人の手で持てる程度なら固められる日常魔法である。その魔法で土を固め、持ち上げた。
「サシウス、何かあったか?」
そんな不審な行動をするサシウスにリュウが話しかける。
「殲滅魔法をしっかりと見るのは初めてでな。ちゃんと結果が出てるか確認してたんだ」
そう言うと、ブロックで取り除いた地面を指さす。そこには、先ほどのユイの殲滅魔法で作られた氷と土が入り混じった層が出来ていた。
「全部確認するのか?」
「そこまではしない。それでも問題なく発動しているかは確認しないとな」
「ちゃんと発動してただろ。それともなんだ、不足か?」
皮肉交じりに聞くと、サシウスが笑う。
「そんな訳あるか。足り過ぎてて困ってるぐらいだ。これをさっきの範囲に作ったんだろう」
「作ったぞ」
「だよな。優秀過ぎるだろう」
その確認に満足したのか、持ち上げていたブロックを元の位置に戻すとブロックを崩すように足で突いた。そこでサシウスはため息をつく。
「なぁリュウ。俺が悪かったから機嫌直せ。あの子たちが欲しいってのは本気だが、お前と喧嘩する気はない」
「何の事だ?」
「リュウが馬車乗ってる途中から機嫌悪いの気づいてるからな。あの子たちが欲しいって言ったからだろ」
「……待て、本当に何のことだ」
「違うのか?」
リュウが、何を言ってるのかと本気で悩んでいる。目的地に向かう途中からリュウがイラついている事にサシウスは気づいており、ルウとユイを部隊に欲しい、とサシウスが言ったことに対して怒っていると思っているのだ。
「俺、機嫌が悪い様に見えてたか?」
「見えた。うまく隠していたがな」
「……サシウス以外に誰か気づくぐらいにか?」
「いや、俺だけだろう。久しぶりとは言えずっとつるんでたからな。簡単に分かった」
「長い付き合いってのは厄介だな。まあ、答えは間違ってるけど」
「俺が原因じゃねぇのか?」
サシウスの言葉に、リュウが苦笑する。そしてもう隠す気はないようで、顔を顰めて空を見上げた。
「今回の敵の狙い、何だと思う?」
「可能性はいくつかあるが全く絞れていない。偵察からも決定付ける情報は来てないな」
「新しい情報は?」
「……敵の部隊の大半が従軍経験がなさそう、って話は覚えてるか」
「もちろんだ。その情報から囮って考えたんだからな」
「じゃあ追加だ。指名手配犯や重犯罪者が複数確認された。殺人、強盗殺人なんかが罪状の奴らだな」
「人間性はともかく、戦力にはなりそうな糞野郎共だな」
嫌な事を聞いたとリュウが顔を顰める。しかし表情をすぐに変えると情報から可能性を吟味、検討を始める。
大半が戦力としては不足しているが、しかし中には国に入れたら大問題になる人間が居る。ちゃんとした部隊で対応しなければ、難しいだろう。
――つまり、誰かを呼び寄せようとしている。
リュウがその事から考え付くことを呟く。
「釣り餌……か。誰に対してのだ?」
「リュウも同じ結論か。そこなんだよ」
サシウスが足元のブロックを崩し終え、馬車の方へと歩き出す。
「リュウは最近、目を付けられるような動きはしたか?」
「一切してない。裏方や賊狩り、ルウ達の護衛をメインにしてたからそもそも前線に出ていない」
リュウもサシウスの後を歩き出し、疑問に答えた。
「サシウスの方は?」
「こんな餌撒かなくても狙うタイミングは一杯あるだろう」
「なら、ヒカリは?潜った時に目をつけられたか」
「本人に聞いたがそういう行動はしてないそうだ。それこそ戻ってきてからやる必要がない」
「だな。侵入してる時の方がやりようはあるな」
可能性を潰していく。
「ルウ達はどうなんだ?」
「侵入してばっかりだからその時を狙えば良い。こんな回りくどい真似する必要がない」
「やはりそうか」
サシウスの疑問はリュウに否定される。
「他に狙われそうな奴はいるか?」
「そんな優秀な奴が居たらどれだけ戦場が楽になる事か」
「おい」
「すまん、聞かなかった事にしてくれ」
「はぁ。つまり、居ないんだな」
リュウが呆れたようにため息をつく。ただし眉間にしわが寄っており、呆れよりも苛立ちが大きいのだろう。けれど思考は止めない。歩きながらもこれまでの情報を整理していく。
「……陽動、か」
「そうなると本体がどこかに居るはずなんだ」
「そこ、なんだよなぁ。おっと」
リュウが困り切ったように空を見上げる。考えながら歩いていたのだろう、目の前の木にぶつかりそうになった。
「ユイちゃんの調子はどう?」
荷馬車で寝かされているユイの様子をレインが見に来た。
ルウがお姫様抱っこしながら戻って来た時は心配で質問攻めしたレインだが「ユイを寝かしたい」と言うルウの話を聞くとすごい勢いで毛布を準備してユイが寝れるようにした。
「まだダメだけど、最初よりは落ち着いた」
ユイはルウの手を握りうなされながら眠っている。初めて見るユイの辛そうな姿にレインは気が気でない。
「いつも、こんな感じなの?」
レインがユイの髪を優しくなでるがもちろん反応は無く、辛そうにするばかり。
「前の時はここまでひどくはなかった。範囲が広いから症状がひどいんだと思う」
ルウが辛そうにユイを見る。いつもはルウが見守られる側なので、こういう状況は落ち着かないのかもしれない。
「……ふふふ」
ユイの頭を撫でていたレインが、とても危ない笑みを浮かべて笑った。
「レインさん?」
「ごめんなさい、つい――じゅる」
「レインさん、今すぐユイから離れて」
「大丈夫よ、多分何もしないわ」
ユイの危険を察したのか、レインをどかす。ユイの近くで暴れる気はないのだろう、レインは素直にどかされる。しかしユイの事を心配しているのか本当で、荷馬車から出ようとはしない。
けれどルウは危険を感じてユイから距離を取らせる。
「今度そんな事したら、ここから蹴りだす」
「する訳ないじゃない、冗談に決まってるでしょう。普段怒らないルウ隊長がそんなに怒るなんて怖いわ」
「冗談でも絶対にやめて。護衛から外すように相談しないといけなくなる」
レインの言葉にルウが本気で嫌そうな顔をした。そんな表情をされると思っておらず、レインが本気で焦る。
「ちょっと、そんな顔しなくても良いじゃない」
「……僕たちは、殲滅魔法を撃つと何もできないの」
当然と言えるルウの呟き。けれどその意味が分からず、レインは首をひねる。
「それは知ってるわ。それが――」
「だから無防備な時でも安心出来ないと、撃てない」
「……」
「僕がいつも撃てるのも、ユイが居るから。ユイが撃てるのも、僕が居るから」
「……そうね。ごめんなさい、私が悪かったわ」
レインの言葉も聞かず、ルウはユイの手に両手を重ねる。
そのまま、まるで辛さと恐怖を混ぜながらとても優しい眼差しで見つめる。ユイはずっとうなされておりルウの手を強く握るばかりだ。その様子にレインが先ほどとは違う、優しい微笑みを浮かべる。
「一つ、聞いていいかしら?」
「どうぞ」
急にレインが真面目にルウに聞く。ユイをとても大切そうにしているルウにどうしても聞きたくなってしまう。
「ルウ隊長は……ルウ君は、ユイちゃんの事をどう思ってるの?」
「っ……」
ルウが固まった。握る手に力がこもる。その事にすぐ気づき慌てて力を抜くと深いため息を吐いた。
そういう反応をされるとは思っていなかったのかレインも動揺が見える。そんなレインの様子にも気づかず、ルウが声を震わせながら返事をする。
「何も。ただの、同じ部隊の、同僚です」
「……本気で言ってる?」
とても辛そうなルウにレインが再び聞く。暗くて表情はよく見えないがルウが泣いているように見える。
「そう答えられないと、ダメ、なんです」
「……」
「違う答えを、出したら。僕はユイに、こんな危険な指示、出来なくなる」
「……」
荷馬車の中に沈黙が広がる。聞こえるのはユイの辛そうなうめき声だけだ。
その重い空気にレインが耐えられず立ち上がった。
「少し、周りの様子を見てくるわね」
「分かった、気をつけて」
ルウはそれ以上何も言わず、レインは静かに外へと向かう。
ルウはレインを一瞥もせず、2人っきりの荷馬車でユイの手を優しく握り続けた。




