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この作品には 〔ガールズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

超越的存在に愛された少女の、終わらない悪夢(リメイク)

「ユウキ、起きないと遅刻するよ」


 鼓膜を揺らす、甘くて優しい声。

 まぶたを開けると、朝陽より先に、太陽みたいな笑顔が飛び込んできた。


「ん……おはよ、アキ」


 幼馴染のアキ。

 私のベッドにいつの間にか潜り込み、背中から私を抱きしめて起こすのが彼女の日課。

 そのゼロ距離の肌の温もりと、耳元にかかる吐息に、いつも心臓が握りつぶされそうになる。


「今日もいい天気だね。一緒に学校行こう」


 アキはそう言うと、私の髪を優しく梳き、うなじの匂いを深く吸い込んだ。

「……ユウキの匂い、大好き」


 ぞくり、と背筋が粟立つ。


 差し出されたアキの手を取って起き上がる。

 指を一本一本確かめるように絡め取られる。

 その手の温かさが、私は大好きだった。


 私たちは、いつも通りの朝を過ごした。

 二人きりの朝食。

 並んで歩く通学路。

 授業中、こっそり太ももを撫でてくるアキの指先。


 放課後、アキと二人で商店街をぶらつく。

 たこ焼き屋に寄り、熱々のたこ焼きを「あーん」ってし合う。

 私の口の端についたソースを、アキが自分の指で拭い、そのままぺろりと舐め取った。


「美味しいね、アキ」

「うん、ユウキの味までするから、もっと美味しい!」


 私たちは顔を見合わせて笑い合う。

 なんてことない日常。

 だけど、アキといるこの時間が、私にとっては何より大切な宝物だった。


 夕暮れ時、公園のベンチで沈む夕日を眺める。

「今日も一日楽しかったね、ユウキ」


 アキが私の肩に頭を乗せてくる。

 私もアキの頭に自分の頭を重ねる。

 シャンプーの甘い香り。

 その奥にある、アキ自身の甘い肌の匂いに、胸の奥がきゅっとなる。


(アキと一緒なら、毎日がこんなに幸せなんだ)


 心の底からそう思う。

 この時間が、永遠に続けばいいのに、と。


 夜。


 アキと別れてベッドに倒り込む。

 心地よい疲労感と、アキと過ごした幸せな一日の余韻。


(明日もアキと楽しい一日を過ごそう)


 私はそう心に誓い、深い眠りに落ちる。

 この幸せな一日が、永遠に繰り返されることになるとも知らずに。


「ユウキ、起きないと遅刻するよ」


 聞き慣れたアキの声。

 昨日と寸分違わぬ、アキの笑顔。


「おはよう、アキ」

 反射的に返す言葉も、昨日のものと全く同じ。

 朝食のメニューも、登校中の会話も、授業で当てられた場所も、すべてが昨日の“再生リピート”のように感じる。


「あれ? この話、昨日もしたっけ?」


 思わず口に出た言葉に、アキは一瞬目を丸くする。

 しかし、すぐにいつもの笑顔に戻り、私の頬にそっと手を添えた。

「え? 何の話だっけ? ……ユウキ、最近疲れてるんじゃない? 私、心配だなあ」


 アキの親指が、私の下唇の輪郭をゆっくりと、ねぶるように撫でる。

 その優しい声音と、粘膜を擦る生々しい感触に、私は首を傾げる。


(気のせい……だよね? 私が疲れてるだけかも……)


 放課後、アキとたこ焼きを食べながら、私は昨日のことを詳しく思い出そうとする。


 しかし、記憶はもやがかかったように曖昧だ。


「ユウキ、どうかした? 浮かない顔してるよ」

 アキが心配そうに私を見つめる。

「ううん、なんでもないよ」

 私は笑顔を作るが、心の中の違和感は消えない。


 夜、ベッドの中で、私は必死に昨日のことを思い出そうとする。

 しかし、思い出せるのは、アキに触れられた感触、アキの甘い匂い、アキの優しい声……アキとの幸せな記憶ばかり。


(もしかして、私、何か大切なことを忘れてる?)


 不安が胸をよぎる。

 しかし、その不安もすぐに眠気にかき消されていく。


「ユウキ、起きないと遅刻するよ」


 聞き慣れたアキの声。

 しかし、今日は違う。

 私は目を開ける前に、この声が、この台詞が、何度も何度も繰り返されてきたことを確信していた。


「おはよう、アキ」

 私は、ベッドから起き上がり、アキを見つめる。


 いつもと変わらない笑顔。

 しかし、その笑顔の裏に隠された真実を、私はもう知っている。


「アキ、教えて。これは何?」

 私は、アキの目をまっすぐに見つめ、問いかける。


 アキは一瞬表情を曇らせるが、すぐにいつもの笑顔に戻る。

「え? 何が?」

「この毎日。同じことの繰り返し。私は、何か大切なことを……アキが何か隠してる気がする」


 私の言葉に、アキは沈黙する。

 そして、ゆっくりと口を開く。


「ユウキ、あなたは何も間違ってないよ。ただ、少し疲れてるだけ」

 アキは、そう言って優しく私の頭を撫でる。

 その指先が、私の耳たぶを愛おしそうに捏ねた。


(違う、違う、違う!)


 私はもう、アキの言葉に騙されない。

 この繰り返される日々から抜け出す方法を見つけなければならない。


 夜。


 私はアキと寝落ち通話をして、アキが眠りについたのを確認し、こっそりと家を出る。


 夜の街を歩きながら、私は必死に記憶を辿る。


 しかし、思い出せるのは、アキとの楽しい記憶ばかり。

 嫌な記憶、不穏な記憶は、まるで意図的に消去されたように曖昧だ。


(どうして思い出せないんだろう……!)


 焦燥感が募る中、私は人気のない路地裏へと迷い込んでしまった。

 ガラの悪い男たちが私の行く手を阻んだ。


「おいおい、こんな時間に可愛い女の子が一人で何してるんだ?」

「俺たちと遊ぼうぜ」


 男たちは、ニヤニヤと笑いながら私に近寄ってくる。


 私は恐怖で体が震え、後ずさる。

「やめて……来ないで……!」


 男の一人が私の腕を掴み、強引に引き寄せようとする。

「いやっ! 放して!」


 私が必死に抵抗した、その時――。


 路地裏の入り口に、人影が現れた。


「アキ……?」


 アキは、恍惚とした表情で私と男たちを見つめていた。


 その瞳は、まるで獲物を見つけた肉食獣のように、底知れない闇と愉悦を湛えている。


「なんだお前、邪魔するな!」


 一人の男がニヤニヤしながらアキに近づいていく。

「なんだ? お前も俺たちと遊びたいのか?」

 男は、アキの肩に手を回そうとした。


 その瞬間、アキは花が綻ぶように嬉しそうに微笑んだ。

「ユウキに触る、その汚い手、いらないね」


 異変は、男がアキに触れる直前に起こった。


 男の腕が、熱したバターのように、ジュウジュウと音を立てて溶け出したのだ。


「うぎゃあああ!」


 男は悲鳴を上げて後ずさる。


「この野郎!」

 別の男がアキに殴りかかる。


 しかし、その手がアキに届くことはなかった。


 男は、まるで透明な壁に阻まれたかのように静止する。

 次の瞬間、「ぐちゃっ」という水っぽい音が響く。


 男の腹が内側から弾け、熱く赤黒い内臓がアスファルトにぶちまけられた。


「ひいいっ!」

 残りの男たちは理不尽な恐怖に駆られ、一目散に逃げ出そうとする。

「ひぃ! ひぃ……!」

 一人の男の全身が、突然発火する。

 男はもがき苦しみながら、人型の黒い炭と化していく。

「ぐあっ!」

 別の男の体が、あり得ない方向にねじれ始める。

 骨が砕け、肉が裂ける音が響き渡る。

「俺たちが悪かった! だからゆるしっ」

 最後の男の体は、みるみるうちに水分を失い、即身仏のように干からびた。


 私は、あまりの恐怖と吐き気でその場にへたり込む。


 再び目を開けたとき、男たちの残骸は消えていた。


 アキはゆっくりと私の方に歩み寄り、私の手を握る。


 その手は、いつも通り温かかった。


「もう、大丈夫だよ、ユウキ」


 アキの声は、いつもと変わらない優しさに満ちていた。

「これで、ユウキを汚すものはいなくなったね」


 そう言って、アキは太陽のように笑った。

 私の心は、嵐が吹き荒れる海のように荒れ狂っていた。


「ユウキ、起きないと遅刻するよ」


(また、この声……)


「おはよう、アキ!」

 私は、満面の笑みでアキに抱きついた。


 心は凍りついている。

「おはよう、ユウキ。今日も一緒に楽しいことしようね」

 アキは、私の笑顔を見て安堵と喜びの表情を浮かべる。


 その瞳の奥には、私を「所有」する歪んだ愛情が渦巻いていた。


 夜、ベッドに倒り込む。


(ずっと、ずっと、一緒だよ)


 アキの言葉が、頭の中でリフレインする。

 その時、ユウキの頭の中に、愛おしそうに髪を撫でながら囁くアキの声が響く。


「知ってるよ、ユウキがほんとは嫌がっていることも、本気で私を嫌いになったことがあることも」

「知ってる、すべての世界のあなたを……あなただけを見ているのだから……」

「そして、すべての世界の私が、ユウキだけが好きなの! あはっ、あはは!」

 楽しげな笑い声が、この世で最も恐ろしい音に聞こえた。

「ユウキの左目の下の泣きぼくろも、笑うとできるえくぼも、緊張すると指をいじる癖も、寝ている時の可愛い寝息も……ぜんぶ、ぜんぶ、私だけのもの」

「脱出できると思った? ふふ、ふふふ」

「ユウキはもうそういう存在なの! 私に愛されるだけの存在。私の可愛い、可愛い、ユウキ……」


 アキの言葉は、私の心を容赦なく抉っていく。

 私は、もはや抵抗する気力もなかった。

 翌朝、私は、いつものようにアキの声で目を覚ました。


「おはよう、アキ!」


 その笑顔は、まるで人形のように完璧で、感情のかけらも感じられなかった。


 アキは、そんな私を愛おしそうに見つめ、微笑んだ。


「ずっと、ずっと、一緒だよ」


 私は、まるで魂が抜けた人形のように、アキに身を委ねていた。


 教室での休み時間、アキは私の隣にぴったりと寄り添う。


「ユウキ、この前のドラマ見た? あのキスシーン、ドキドキしちゃった」


 アキは、私の耳元で甘く囁く。

「ねぇ、ユウキもドキドキした?」


 アキは、私の顔を覗き込み、その瞳をじっと見つめる。

 私は、その視線から逃れるように目を伏せた。


「ユウキ?」

 アキは、私の顎に指を添え、顔を上げさせる。


「……そっか。じゃあ、ドキドキするまで、しよっか」

 アキはそう言うと、ゆっくりと私の唇に自分の唇を重ねた。

 抵抗する気力もなく、ただそのキスを受け入れる。

 アキの舌が私の口内に侵入し、私の舌を絡め取っていく。


 それは、愛というよりも、調教だった。

 アキは満足するまで、何度も私の唇を貪り、唾液の糸が私たちの間に引かれた。


 放課後、二人は誰もいない教室に残る。


 アキは、私を窓際の席に座らせ、その背後に立つ。


「ユウキ、綺麗だよ」

 アキは、私の髪を優しく撫で、制服のブラウスのボタンに手をかける。


「ユウキの匂い、大好き……」

 肌けた首筋に、アキの冷たい唇が寄せられる。


 ちくり、と小さな痛みが走る。

 アキが、私の鎖骨の少し上に、強く歯を立てたのだ。


「これでユウキは、私のものだね。誰にも見せちゃダメだよ?」

 アキは満足そうに、赤く残った歯形を指でなぞる。


 沈む夕日が、まるで血のように赤く見えた。

 私は、アキの膝枕で横になっていた。


 アキは、私の髪を優しく梳きながら、絵本を読み聞かせている。

「そして、王子様は眠れる森の美女にキスをして、彼女を目覚めさせたのでした」


 アキは絵本を閉じ、私の顔を見つめる。

「ユウキ、このお話、好き?」

 私は、ゆっくりと目を開け、アキを見つめる。


 その瞳には、何も映っていないようだった。

「……覚えてない」

 アキは、一瞬悲しそうな表情を浮かべるが、すぐに笑顔に戻る。


「大丈夫だよ。私が全部覚えてるから。ユウキは何も覚えなくていいの。何も考えなくていいの。ただ、私に愛されててくれればいいんだよ」

 アキは、私の額に、まぶたに、頬に、そして唇に、何度もキスを落とす。


 夜、二人は同じベッドで眠る。

 アキは、私を後ろから抱きしめ、その温もりを感じながら眠りにつく。

「おやすみ、ユウキ。大好きだよ」


 私は、何も言わず、ただアキの腕の中で身を委ねる。


 しかし、アキは私の変化に気づいていた。

 虚ろな瞳、消え入りそうな声、生きる気力を失った姿。


(このままじゃユウキが壊れちゃう。……壊れたユウキも可愛いけど、やっぱり笑っててほしいな)


 アキは、眠る私を抱きしめ、決意する。


(そうだ、やり直そう。ユウキが私を“また”好きになってくれるように)


 アキは、自らの力で時間を操作し、無限に繰り返していた一日を解除する。


 そして次の日、私に何も告げずに姿を消した。

 私は、いつものようにアキの声で目を覚まさなかったことに、かすかな違和感を感じる。


 しかし、その違和感はすぐに消え去り、私はいつものように学校へ向かう。

 数日後、私のクラスに転校生がやってくる。


 可愛らしい女の子だった。


「初めまして、ユウキさん。今日からよろしくね」


 転校生は、私の隣の席に座り、笑顔で挨拶する。

 その笑顔は、どこか見覚えのある、懐かしい温かさを感じさせるものだった。


(この子……どこかで会ったことがあるような……)


 しかし、私は、それが誰なのか思い出せなかった。

 放課後、私は転校生と一緒に帰ることにする。


 そして、別れ際、転校生は私の手を握り、優しく微笑んだ。

「これからは、ずっと一緒だよ」


(思い……出した……!)


 その言葉と瞳に、私はアキの存在を思い出し、思わず息を呑む。


(もしかして、この子……アキなの……?)


 次の日、私は新たな不安と恐怖を抱えながら、街を歩いていた。

 その時、隣を歩いていた転校生が、私の耳元で楽しそうに囁いた。

「ねえ、ユウキ! だいすきだよ!」


 その瞬間、世界が停止した。


 周りの人々が一斉に私の方を向く。

 サラリーマンが、八百屋のおじさんが、女子高生が、幼稚園児が、散歩中の犬が、ゴミを漁るカラスが。


 そのすべてが、アキの顔になっていた。

 アスファルトの染みが、電信柱のポスターが、空に浮かぶ雲が、ショーウィンドウに映る私自身の顔までもが、アキの笑顔に変わっていく。

 そして、アキの顔をしたすべてが、アキの声で、不気味に合唱する。


「「「ずっといっしょだよ、ユウキ」」」

「「「ずっといっしょだよ、ユウキ」」」

「「「ずっといっしょだよ、ユウキ」」」


 世界中が、アキの「大好き」で埋め尽くされる。


「あ……ああ……」


 私は、絶望の淵に突き落とされ、その場に崩れ落ちる。

 目の前にいる転校生の姿のアキだけが、いつもの優しい笑顔で私に手を差し伸べた。


「ほら、ユウキ。帰ろ?」

「もう、どこにも逃げられないんだから」


 私は、終わりのない悪夢の中で、震えながら、その手を――取るしかなかった。

 アキは優しく私を抱きしめ、私の唇に、深く、深く、口づけた。

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