勇者挑戦 ③
翌朝、宿屋での朝食を済ませた私たちは、お酒の飲みすぎでダウンしている女性二人を部屋に残し食堂に下りてきたシルビオさんとレオンさんに朝の挨拶をする。
「おはようございます」
「ああ、おはよう。ちゃんと眠れたか?」
私たちの健康状態を心配してくれるのは嬉しいのですが、そう尋ねてきたシルビオさんの眼の下の隈がヒドイ。なぜ? と訝しげな視線を投げると苦笑しつつシルビオさんが答えてくれる。
「ワイバーン討伐中の情報交換でな……。どいつもこいつもランクアップを狙っている冒険者パーティーだから、ランクの高い魔物の情報に貪欲でな……」
ここでシルビオさんが遠くを見つめだしたので、私たちはレオンさんに目礼しそそくさと宿屋を出発したのだった。高ランク冒険者パーティーのリーダーでドラゴンが従魔で希少種族のシルビオさんだけど、やっぱり悩みはあるものなのだ。
「まず……武器はともかく防具は揃えないとな」
兄がペラリと宿屋の従業員とレオンさんから聞き出したお店のリストを眺めて、予定を決める。
「お兄ちゃんはいいけど、私やお姉ちゃんは重い防具だと動けないよ?」
特に、運動不足でインドア派の姉は。小次郎もまだ子どもだから防具を着たら身動きできないかも。
「それはそうだけど……。ちょっと分厚い上着ぐらいのレベルでも、身につけておかないと大怪我するぞ?」
私の顔はしょっぱい顔になっている。なんで、初心者用ダンジョンで大怪我するハメになるの? そんな危険なダンジョンだったら、やっぱり行くの止めませんか? あのね、私は特にあなたに言いたいのよ、お姉ちゃん! なんで、防具でハスハス鼻息荒くしてんの? お姉ちゃんのツボがどこにあるのか、さっぱりわからないんだけど? ビキニアーマーってなに?
「まあまあ、菊華、武器防具の店が一番近いからそこから行こう」
兄は人の好さそうな笑顔で私の肩を軽く叩くと、小次郎と手を繋いでスタスタと歩きだしてしまった。ちょっと待って。お姉ちゃんを置いていかないで! ほら、お姉ちゃんもボーッしたりニヤニヤしないで!
私は姉の手を引っ張って、先を行く兄たちを追いかけた。
買ったものを両手に持ち、宿屋へと帰る私たち。
必要なものを買え揃えるだけのお金を持っている余裕なのか、当初の予定よりも買いすぎてしまった。でも、魔法鞄を持っているもーんと思ったが、私たちみたいな見るからに弱そうな人が高価なモノを持っていると狙われるわけで、防犯の意味もありそれぞれが手に大荷物を持つことになってしまった。
でも、軽くて丈夫な中古の革の防具を買うことができたし、ナイフも人数分買って、採取用の道具も買い揃えた。旅用のマントやテントも購入し、こちらは宿屋に直接配達してもらう。市場でも日持ちのする野菜や干し肉、干し魚、干し果物と買い漁り、紅茶の茶葉の高さに目をひん剥いた。コーヒーなんてこの世界にあるのかどうかもわからない。紅茶があるならウーロン茶や緑茶もあるとは思うけど……いつか巡り合うことができるのだろうか?
冒険者が引退したときにお世話になるという不動産で、この街の家やアパートメントの部屋の値段を聞き撃沈したあとは、仕事の斡旋してくれる場所を探した。でも、なかった。この世界は信用できるものが身分のほかにはないので、ほとんどが紹介制。つまり、信用できる人から信用できる人を紹介してもらって雇う。もしくは信用できるところにお勤めしていた人を辞めたら雇う。なので、他の国からきた余所者は仕事を見つけるのが難しい。冒険者ギルドや商業ギルドを通して依頼をこなし、信頼関係を築いてから本採用というのが唯一のルートだ。
……何年かかるのよ、それ。
嬉しいこととしょんぼりすることが半々だった一日を終えて、さあ帰ろうとしたら……な、なんか大声が聞こえてきたけれど?
「お兄ちゃん」
ツンツンと兄の袖を引っ張ると、兄は渋い顔で小次郎の体を抱き寄せた。
「誰かが揉めているみたいだ」
ひょこと兄の体越しに覗いてみると、人がその揉め事を囲むように円列を組んでおり、その中心から甲高い女の子の声が響く。
「だから、謝りなさいよっ。わたくしは子爵令嬢なのよっ」
どうやら貴族の子どもが騒いでいるらしい。いやあぁぁぁっ、面倒だなぁ。兄と私が回れ右をして違う道から宿屋を目指そうとしているのに、こういうときだけは素早い姉は、ササーッと人混みを避けて騒ぎの中心へと進んでいってしまった。
「あーっ、しまった!」
儚い美人の姉なのに、好奇心が旺盛の考えなしには困ったものだ。お目付け役の私もすかさず姉の後を追う。ここで問題など起こしてほしくないからだ。
「……だからな、嬢ちゃん。貴族とか関係なく、こんな店で金貨を出されても……釣りがねぇんだよ」
キラキラの金髪でかわいらしい顔を顰めている女の子の前には、腰エプロンをした大柄なスキンヘッドの強面おじさんが立ち尽くしていた。どうやら、干し果実を練り込んだパンを売っている屋台の店主らしい。そして、その言葉から、どうやら貴族の子どもが屋台でパンを買おうとしたところ、出したお金が金貨だったので店主が困ってしまったということ。お金を出したのにパンが買えない貴族の子どもが癇癪を起しているってカンジかな?
「ほら、お姉ちゃん。あっちから行こうよ」
金貨を出されてもお釣りがないからパンが売れないという店主の言い分が正しい。あんな貴族の子どもが一人でいるわけがないから、そのうち誰かが来てお金を払うなり、子どもを回収するなりするでしょう。私たちには関係ないと姉を連れ出そうとした私の足にポフンと何かが当たった。
へ? これ……毛糸の手袋?
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