勇者挑戦 ①
ヴィントの背に乗ってマクデルの街を出立し、目的地のイルブロンの街まで徒歩二日のところで歩きに切り替える。最初は舗装されていない道を長時間歩けなくて休憩をこまめに取ってもらったり、姉の足が腫れてしまい予定よりも進めず街道の端で野営することになったりと、異世界の旅は過酷だった。
兄は料理は上手だが、野営のときは枯れ木拾いから飲み水の確保、食べられる野草や木の実、場合によっては狩りをすることも必要と聞かされて、カルラさんに連れられて兎狩りへ。残された私と姉は体力の限界で動けず、小次郎がレオンさんとレーゲンと共に枯れ木拾いと食べられる木の実の採取へと向かった。
「……こんなに体力がないなんて」
姉とは違い、大学やバイトと忙しい日々を過ごしていた私は、自信のあった体力が異世界ではどこぞの貴族令嬢のごとく弱弱しいものだと知ってショックを受けていた。
「冒険者は体が資本ですわよ。たとえ、低ランクの依頼でもそれなりに体力は使います。……鍛えておきなさい」
「はい……」
オリビアさんからのごもっともな指摘に私は素直に頷いた。姉は動かない……大丈夫?
こうして、異世界生活の厳しさに打ちのめされながら旅を続けて三日目、無事にイルブロンの街に辿り着くことができました!
「街や村に冒険者ギルドがあったら必ず立ち寄ること。面倒臭がってこの行為を怠るともっと面倒なことになるぞ」
どうやら、街や村にいたのに冒険者ギルドで滞在登録をしていないと、急な招集をかけられず、後日招集不参加のペナルティが与えられてしまうらしい。一番、重い罰は冒険者資格の剥奪。軽くても罰金と、かなり厳しい処罰があるみたい。気をつけよう。
冒険者ギルドの窓口でギルドカードを水晶にペタリとするだけで終わるんだし、忘れないようにすればいいでしょう。
「イルブロンの街には、短い間だがダンジョン攻略で滞在したこともあるから、少し案内してやろう」
「ありがとうございます。皆さんはこれからどうするんですか?」
できればずっといてほしいけど、そんなことはできないとちゃんとわかってます。
「俺たちはこのあと、他国に出るつもりだ。ダンジョン攻略でな。だから、アオイたちとは二、三日しか一緒にはいられん」
……そうか、残念だ。
しゅんと落ち込む橘一家に、シルビオさんはキラリンと眼を輝かした。
「安心しろ。それまでには冒険者としての最低限の知識は叩きこむ! この近くには初心者用のダンジョンもあるからな、明後日には一緒に挑戦するぞ!」
「へ?」
私たち、ダンジョンに行きたいとか言いました? 兄と私は唖然茫然。姉と小次郎はなぜか手を取り合って喜んでいる。いやいや、姉は戦闘能力皆無で、治癒魔法も擦り傷切り傷しか治せないでしょーっ!
「あの……俺たちは住むところとか、冒険者以外の仕事とか……他にもやらなければいけないことが……」
「そんなことより、ダンジョンだ!」
ババーンと言い切られてしまった。私としては住むところと仕事のほうが大事だけど……シルビオさんたちはダンジョン攻略を教えてやると意気揚々。こりゃダメだ。
「お兄ちゃん、ここは素直に従っておこう。それまでに宿のことや仕事の探し方を教えてもらおうよ」
「そうだな……。あとはシルビオさんたちの知り合いがイルブロンの街にいるなら、紹介してもらおう」
こうして、私たちは異世界生活で避けては通れぬダンジョン攻略に行くことになってしまった。なんでだよっ。
「とりあえず、イルブロンの街まで来たんだから今夜は飲みましょう!」
「お、いいね! じゃあ酒場に行こうぜ」
「あ……ちょっと……」
まだ、宿も決めてないのにぃぃっ。カルラさんとオリビアさんは肩を抱き合い、賑やかな大通りへと姿を消してしまった。
「う~ん、あいつらは酒を飲むときだけは仲がいい。レオン、俺はいくつかの冒険者パーティーと情報交換してくるから、アオイたちのこと、頼んだぞ」
「?」
え? レオンさん、シルビオさんが何を言っているのかわからないとばかりに首を捻っているけど? 私たちもここで放り出されたら困るんですけど?
「アオイたちに、俺たちがいつも利用する宿屋に連れていってやってくれ。ついでに俺たちの宿泊手続きも頼む」
ポンポンとシルビオさんに肩を叩かれたレオンさんは、コクンと子どものように頷いた。シルビオさんはそのまま冒険者ギルドへと戻っていく。高ランク冒険者パーティーのリーダーともなれば、ただ魔獣を討伐すればいいというわけでもなく、各地の魔獣の出没状況とか、領主や貴族たちの動向も情報を共有しておくのね。なんだか……冒険者っていうよりも政治家? 外交官? 冒険者は自由気ままな職業と思っていたけど、考えを改めよう。
「キッカ。宿に案内する。こっちだ」
レオンさんが指さす方向にレーゲンも翼を向けた。とにかく、ここが橘一家の新たな居場所になるのかもしれないし……ちゃんと見極めなきゃ。……ダンジョンに行くつもりはなかったけど、近くにダンジョンがあるなら確認しておくのも大事よね?
「ほら、お姉ちゃん。もう少しで宿だからしっかりして!」
「うぅぅっ、菊華ちゃん。お姉ちゃん、足が痛い。お腹が空いた。疲れたよぅ」
「……さっさと歩かないと置いていくわよ」
ヒヤッとする冷たい声で宣言すると、姉はピシッと背骨を伸ばしぎこちない動きで歩きだした。……小次郎より手がかかるんですけど?




