勇者旅立 ⑧
マクデルの街の手前で野営して過ごした私が朝起きてテントから出て目に入ったのは、へっぴり腰で剣を持つ兄と短剣の使い方をレオンさんに教えてもらっている小次郎の姿だった。なにしてんの?
「おはよー、キッカ」
「あ、おはようございます」
朝の挨拶はしっかりと。橘家家訓です。カルラさんは眠そうな顔でこちらに手を振ると、朝食の準備をしているシルビオさんをからかいに行ってしまった。
「……どうなってんの?」
朝起きたら剣の稽古するって話あったけ? そもそも兄は学生時代も剣道なんて授業以外でやったことないし、小次郎は「勇者」がバレると大変なことになるので、むしろ剣を持つのは禁止にしたいんですけど?
「あら、これから冒険者をやっていくなら武器は扱えないとダメよ?」
「ひゃあああっ」
ポンと背後から肩を叩かれた私は飛び上がって驚いた。だ、だ。だだだ、誰ですか?
「オリビアさん!」
麗しい顔で背後に立っていたのはオリビアさんだった。優しい笑顔の裏には超リアリストの本性が隠れているのは、もう知っている。
「キッカも武器を扱えるように。ナイフは投擲用に複数持ち歩きなさい。非力な貴方でもいざというときに使える防御魔道具も買っておくのをお勧めするわ」
「……はい」
ありがたや~、ありがたや~。せっかくのご忠告、しかと胸に刻みます。私がオリビアさんからレクチャーされている間、兄の情けない悲鳴が聞こえていた。
シルビオさんが準備をして、兄が作った朝食を食べると、いよいよマクデルの街へ。街に入る人たちの列に大人しく並び、「ライゼ」の皆さんのおかげで怪しまれることなく街に入ることができました!
ノイス国やアーゲン国と違うのは、人族だけじゃなくていろいろな種族の人たちが街のあちこちにいて、屋台で何かを売っていたり、店の呼び込みをしていたり、荷馬車を牽く馬の世話をしていたり、大きな剣を担いでのしのしと歩いていたりしている。
「わああぁぁっ」
小次郎も感動しているようだ。うむうむ、子どもらしくてよき。
「アオイ、冒険者ギルドはあっちだ」
シルビオさんの先導のもと、私たちはぞろぞろと移動する。シルビオさんの肩には相棒のヴィントが小型化してちょこんと乗り、レオンさんの背中には同じく小型化したレーゲンがひっしと張りついている。
フュルト国国境の街マクデルの冒険ギルドは……西部劇に出てくる木造の両開き扉の二階建ではなく、中世時代のどこぞの貴族のお屋敷でもなく……あれだわ、西欧の石造りの建物。よく似た建物を欧州の国花の街の大通りで見たことある……重厚な建物で四階建てかな?
「キッカ、置いていくぞ」
「ああ、待ってください」
ポカーンと口を開けて冒険者ギルドの建物を見上げていたら、シルビオさんから無情な声がかけられ、慌ててみんなのあとを追う。
朝の忙しい時間は過ぎているらしく、冒険者の姿はまばらだった。それでも、異世界に来て周りが武装した人ばかりという状況は、あのトリーア国のお城を思い出し、渋い気持ちになった。
姉はキョロキョロと好奇心丸出しで見回し、何かを見つけるごとに「きゃっ」とはしゃいでは頬を赤く染めている。……そんなに髭もじゃのチビたおっさんに心ときめくものなのか?
我が姉の奇行にため息を吐くと、シルビオさんに呼ばれた。兄も手招いているから、あの窓口が冒険者登録の担当なのだろう。
「お姉ちゃん、フラフラしないでよ。ちゃんと小次郎のこと見ててよ!」
「う……うん。うん」
信用ならねぇーっ。私は小次郎と目を合わせ、懇願した。
「小次郎、お姉ちゃんをよろしくね。ここを動かないように。カルラさんたちの言うことをちゃんと守ってね。くれぐれもお姉ちゃんを一人にしないでね!」
「わ、わかった。わかったよ、菊華ちゃん」
つい、姉の迷惑行動が心配で小次郎の腕を持ってガクガクと揺らしてしまった。ごめん。姉たちを監視……ではなかった、面倒を見てくれるカルラさんとオリビアさんにもペコリと会釈して、いざ冒険者登録へ!
「ほい、菊華」
ペラリと一枚の紙を兄から手渡された。
「なに?」
「ここに必要事項を書くんだって」
兄は羽ペンを手にガリガリと書き始めた。めちゃくちゃ書きにくそうではある。
「えっと……名前と出身地? 市民登録する承諾と、得意な魔法とか……」
これ全部埋めないとダメなのかな?
「わからないことや書きたくないものは書かなくてもいいぞ」
「ほぼ名前しか書くことができないんですけど」
出身地なんてこの世界じゃないから書けないし、魔法は神さまさえもわからないヘンテコ魔法だし。剣術とか体術とかもできないし……アレよね? 読み書き計算とかは冒険者登録には書けない特技よね?
チラッと兄の登録用紙を盗み見ると、名前のほかにちゃっかりと「生活魔法」と書かれ、特技「家事全般」とも書かれていた。なにそれ、ズルい。
「名前だけで構わないぞ。魔法やスキルは後天的に得る場合もある。そのときに窓口で申告すればいいし、隠している奴もいる。ほら、街に入るときにも手を翳したと思うが、あの水晶が魔道具で年齢や種族を判別してくれる。基本、あの水晶に弾かれなければ登録はできる」
「弾かれるんですか?」
「……犯罪者や人殺しはな。冒険者は荒くれ者と思われているが、犯罪者、盗賊の撃退、捕縛も行うぞ」
「へ、へえぇ~。わ、私たちには無理です」
ここは大人しく、カルラさんに教えてもらった防御の魔道具を買って備えておこう。




