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Eighth Question “Home“

 あまりにも見事な突き技に少年の体は道場の壁に向かって吹き飛んでいった。自分を吹き飛ばした相手は自分と変わらない年端もいかない少年だった。そんな彼は今自分で吹き飛ばした相手の事を気遣うように手に握った木刀を放り投げ駆け寄ろうとする。


 だが、そんな彼と自分の間に立ちはだかるものがいた。それは、この道場の師範だった。


『さて、勝負あり。精神性も、技量も。確実に俺の息子よりも上なのに、何で負けたか。わかるか? 少年』


 軽く咳き込みながら、自分を見下ろす師範を睨みつける。


 血が滲むような努力をして身につけた流派の源流である、その子孫。


 師範からの問いに答えを見つけ出そうと、揺れた脳で考える。


 才能か? 否。


 覚悟か? 否。


 いや、


 そもそも。生まれが、


『答えなら、さっき後ろのあいつが見せてくれたぜ? 少年』


『……え?』


 師範が指差す後ろ、そこにはいまだに心配そうにこちらを見る彼の姿があった。こちらは確かに相手を殺す勢いで技を打ち込んだ。だが、彼からは明確な殺意は感じることはなかった。


 いや、むしろ。


『気づいたか? そう、確かにあいつは君みたいに過酷な人生を送っちゃいない。それこそ、十二歳が背負うにはあまりに重すぎる業をな。だが、そんな君の背中を軽くしてくれるのは人の温もりであり、優しさだ』


『……そんなもの、俺は受ける価値はありません』


 兄を、姉をこの手で殺めた自分にそんな温かな感情に触れる資格などない。だが、そんな言葉を吐いた自分の目には自然と涙が流れていた。


 自分は、渡辺家の道具だ。ただ、悪を斬り捨てる一振りの刃だ。


 そう思っていたのに。


 そう、思っていたのに。


 そう、そう。そう思っていたのに。


『その涙が本心だろ? 人はどうなっても道具にはなりきれない、けど、人間だからこそできることはたくさんあるはずだぜ?』


 硬く握りしめた自分の木刀を、師範は優しく取り上げる。その顔はひどく優しく、そして眩しく。


『だから少年。まずは、人間になってみろ。話はそこからだ、人間じゃなきゃ俺どころか、俺の息子にだって勝てない』


 そう言って、自分の視界から外れた師範の後ろから彼は濡らした手拭いを持って近づいてきた。


『さぁ、これから忙しくなるぞ。お前ら二人が、ここの道場引っ張ってくからなぁ。俺も本腰いれねぇと。みっちり叩き込んでやる』


『親父……、渡辺くん。親父、あんなこと言ってるけど、これからよろしくね』


 人の温もりが人生を変える。


 そんな事を学んだ、遠い日の記憶。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


「っ……、はぁ……」


 病室で目を覚ました渡辺。最近はこのような昔の出来事を振り返る夢を見ることが多くなった、それもゴーストタウンでの一件が関わっているのだろうか。とはいえ、あまり精神衛生上良いことではない。


 だが、今日見た夢はあまり悪いものではなかった。


 自分の師範。高校三年の時に、事故に遭って亡くなったが、最後まで師範は人間らしい人だったと思う。そして、その息子とも連絡はとっていたものの、最近では音信不通になっている。


「あいつ、元気でやってるかな……」


 と、そんな事をぼやいていると病室の外が慌ただしいことに気づく。ベッドから降り、外の様子を伺おうとスリッパに履き替えようとした時だった。徐に、病室のドアが開け放たれる。


 勢いよく開け放たれた病室のドアに軽く驚いた様子で顔を上げた渡辺だったが、ドアを開けた人間の様子がおかしいことにすぐ気づく。


「……あの、何の用ですか?」


「……回診です」


 ドアの前に立つ後ろに手を回した青白い顔をした白衣の男がボソリと答える。ゆっくりと部屋に入ってゆく男の後ろには多くの人間がついてきている。その列はどうやら廊下まで続いているらしく、異常事態であることは火を見るより明らかだ。


 ジリジリと近づいてくる男に対し、ゆっくりと後退りし壁に立てかけてある鬼王丸の入ったケースに手を伸ばす。


「あなた方……、ミラクル……ではないですね?」


「……」


「……このまま怪我してもここで診てもらえるのであれば。手加減はしませんよ」


 咄嗟に鬼王丸の入ったケースを掴む渡辺。その瞬間、手に持ったメスを片手に次々と病室に傾れ込んでくる人々。阿鼻叫喚となった病室からは骨が砕ける音と、吹き飛ばされる人の音で溢れてゆく。


 場面変わって、そんな病院の前でデザートイーグルを構えたクリスが到着する。周囲を警戒しながら病院の中に入ると、中は恐ろしく静かで蛍光灯の音がやけにうるさく感じた。


「あいつ……死んじゃいねぇよな」


 何かがあった事をすぐに察したクリスは、すぐさま渡辺のいる病室に向かおうとエレベーターのスイッチを押すがエレベーターはどうやら止まっているらしい。軽く舌打ちをしたクリスはすぐ横の階段を使い渡辺のいる四階へと向かって足を進める。


 腰の装備を確認し、デザートイーグルのマガジンに入った銃弾を確認しながら四階に到着したクリスは愕然とする。


「おいおい……なんだこりゃ」


 死屍累々とはまさにこの事だろうか。床一面に散らばっている人間、すぐさま首に手を当て脈を測るが、どうやら息はあるようだった。


 これをやった犯人は一人しかいない。


「おいっ! Jap! 生きてるなら返事をしろっ!」


 床に転がった人間を跨ぎながら病院の暗い廊下をライトで照らしながら進んでゆくクリス。廊下の曲がり角を挟んだ向かい側が渡辺の病室なのだが、その入り口の前には夥しい量の人間の山が積み上がっており、激戦だったことが窺える。


 ふと、背後で気配を感じる。


 すぐさま振り返り、デザートイーグルを構えるクリス。照らされたライトの先には右手に持ったメスをギラつかせこちらを睨みつけている看護師の姿があった。


「……その手に持ってるメスを捨てろ。でないと頭を吹き飛ばす」


「……回診です」


「メスを捨てろっ!」


 クリスが吠える。その瞬間、メスを握った看護師がデザートイーグルを構えたクリスに向かって突っ込んでくる。引き金にかけた指が、正面を睨みつける鋭い眼光が、看護師の頭をとらえた。


 今まさに、クリスが看護師の頭を吹き飛ばそうとした時、看護師の後ろに近づく素早い影。それは廊下の壁につけられた細い手すりの上を勢いよく駆け抜け、瞬く間もなく飛び上がったと思うとその両手に握られた細い棒を、看護師の頭に向かって叩きつける。


 ドサリと、その場に倒れ込む看護師。完全に沈黙した対象を前にクリスは一瞬呆然とするものの、再びデザートイーグルを看護師を倒した影に向ける。


「……その様子だと。クリスさんは、まともなようですね」


「……はぁ、お前。ビビらせやがって……、無事か?」


「何とか。車椅子に乗ったご老人が集団で来た時はどうしようかと思いましたけど」


 そう言いながらぬるりと上体を起こし、クリスを見る影の正体は渡辺だった。見たところ、怪我はしていないようだが、普段黒のスーツに身を包んだ姿を見ていたため、病院の青いパジャマで片手に刀を持っている姿は非常にシュールにクリスは感じた。


 解けた緊張と共にデザートイーグルを下ろし、ホルスターに収めるクリス。渡辺も同じく、刀を左手に持った鞘に収める。


「クリスさん。これは一体」


「説明は後だ。とにかく、今はここから出るぞ」


「着替えを持ってきます」


 そう言うと、渡辺は廊下の床に死屍累々と転がる人を跨ぎながら自分の病室へと戻る。数分後、見慣れたスーツとコートを着て戻ってきた渡辺の姿を確認すると、クリスを先頭に病院の出口へと向かう。


「クリスさん、ここまではどうやって?」


「足は用意してある」


 病院の出口を抜けると、先ほどまでの病院内の騒ぎはまるで嘘のように普段と変わらない人と建物が並んでいる。


「一応、警察には通報しています」


「いい子だ」


 病院の前の大きな階段を下ってゆく二人。病院の前の道路に置かれた車達、だがそれらを無視してクリスは一台の乗り物の前に足を止める。


「……足って、まさかこれですか?」


「……文句があるなら、そのトム・クルーズ顔負けの自分の足で走ってついて来い」


 クリスが迷いなく乗り込んだのは、ピンクのペイントが施され、ホイールには可愛いキティーちゃんのステッカーが貼られた二人乗りができるスクーターだった。かなり困惑した表情で、いい年をした厳つい男がそれに乗る姿を眺めていた渡辺だったが少し諦めたように軽く頭を振ると、意を決してクリスの後ろに乗る。


「どこに行くんですか?」


「安全な場所だ。一応な」


 エンジンをふかし、ノロノロと進む男二人を乗せたピンクのスクーター。病院をしばらく離れたところで、クリスが渡辺に現在起こっていることを説明する。コレクターズがすでに襲撃を受け、壊滅寸前であると言うこと。そして、判明したこれまでのミラクルの起こした行動の最終目的。


「病院で襲撃してきた看護師たちに、ミラクルの特徴はありませんでしたが。あれは……、一体」


「そんなの俺が聞きてぇよ。とにかくまとめると、これから起きようとしてることは『コンスタンティン』と『ゴーストバスターズ』を足した状況ってことだ」


「相手が巨大なマシュマロマンだったら、話は簡単なんですが……」


「あぁ、ビームパックが必要だがな」


 しばらくして、スクーターはヒューストン港へと近づいてゆく。道路の脇にはいくつもの倉庫が並んでおり、海の匂いと冬の空気が混じった潮風が心地いい。そして、スクーターは港の外れにあるポツンとした小さな木製の倉庫の前で止まった。


「終点だ。降りろ」


「ここは……?」


「俺の古巣だ」


 そう言って、倉庫の扉の前に移動するクリスの後を追いかける渡辺。扉の前には古い見た目の倉庫とは裏腹に、暗証番号入力式の電子ロックがかけられているそれを慣れた手つきで操作するクリス。しばらくして電子ロックの解除音と共にゆっくりとスライドする扉。


 開いた扉から、しばらく人が入っていないせいかホコリ臭い空気が漏れ出る。軽く咳き込む渡辺を横目にホルスターに手をかけながら倉庫の中へと入るクリス。倉庫の天井から吊り下げられた黄色いスイッチを押すと、陽の光が入らず暗い倉庫の中がぼんやりとライトで照らされる。


「中は、流石に荒らされてねぇな……。おい、適当にそこら辺の椅子にでも座ってろ」


「……お邪魔します」


 扉の前で止まっていた渡辺が軽く頭を下げ中に入ろうとすると、足元の入り口の床に無数のインディアンがよく使う古い呪いの言葉が彫られていることに気づく。倉庫の中心には、存在感のあるグレーのカバーで覆われたおそらく車であろうものと、壁に並べらた武器、資料、そして申し訳なさげに端に追いやられた生活用品と家具が小さな倉庫の中に置かれていたものだ。


「Fuck! 管理人のクソジジィ、俺のウィスキー勝手に持っていきやがったな!」


 倉庫の奥の棚でクリスが叫んでいるが、渡辺は壁に並べられた銃火器の数々と怪奇事件や不審事件を取り上げたと思われる新聞の切り抜きをゆっくりと横目に眺める渡辺が、ある写真に目を止める。


 それは、少し色褪せてしまった仲の良さげな男女が肩を組んで写っている写真。隣で笑っている男は見た目こそ若いもののクリスであることはわかった。


「なに人の写真を勝手に盗み見てるんだ」


「……これ、もしかして」


「……あぁ、俺の嫁だよ。死んだ、な」


 隣にいつの間にか立っていたクリスがコルクボードに留められた写真を手に取ると、少しだけ悲しい目をして写真に写った女性を優しく指でなぞる。


「奥さん……、お墓は?」


「……ミラクルになった奴の遺体は焼却処分だ、例外なくな。残った遺灰はあいつの生前の意思で海に撒いた」


「そう、ですか……」


 しばらく、無言が倉庫を支配する。クリスは写真をコートのポケットに突っ込むと、壁にかけられたM4カービンを手に取りテーブルの上で分解し始める。


「とにかく、今は仕事だ。ここもいつまで使えるかわからん。武器は念入りに手入れしておけ」


「……わかりました」


 渡辺は近くの椅子を手に取ると、背中に背負っていた楽器ケースの中から刀と替えの拵え、桐箱に収められた手入れ道具を取り出すと、桐箱の中に入っている細いハンマーと白いネル布を取り出し刀を分解し始める。


「……」


「……」


 カチャカチャと金属の擦れ合う音だけが倉庫の中に小さく響く。クリスはM4カービンを分解しながらロックグラスにウィスキーを注いで飲みながら作業を進めている。ふと、後ろを見ると渡辺も無言で刀を倉庫の明かりに当てながら汚れを念入りに拭き取っている。


「……お前。大丈夫か?」


「何がです?」


「ゴーストタウンでの件に決まってるだろ。もう平気なのか?」


 しばらく無言で刀に向き合っていた渡辺だったが、少しして手を止めると刀身を鞘に収める。


「バリンバリンの本調子です。昔、師範が言ってたことを思い出して……。今だったら、クリスさんの言ってたことがわかる気がします」


「……そうか」


 渡辺の言葉を聞き、再びテーブルに向き合うとクリスは手早く銃を組み立て終えると倉庫の中心に置かれた車にかかったカバーを取り払う。


 舞い上がったホコリと共に現れたのは、フォード社製の黒のマスタングだった。


「ろくに乗ってないからな。エンジンが掛かればいいんだが……」


「だいぶ古いですね。それ」


「あぁ、親父が昔乗り回してた奴だからな」


 運転席の窓から顔を突っ込み、キーを回す。空回りするエンジンの音、軽く舌打ちをしたクリスだったが、もう一度エンジンをかけると最近ではほとんど聴くことのなくなったガソリン車の荒々しいエンジン音が静かだった倉庫の中を轟かす。


「お前、車の運転は?」


「一応。アメリカでの免許は取ってます」


「マニュアルだぞ」


「いけます」


「よし」


 そう言うとクリスはマスタングの後部座席に整備を終えた銃器を次々と詰め込み始める。渡辺も刀を元に戻し、ケースの中へと収める。


「目的地は?」


「今はない。適当に移動しながら、イレナの指示を待つ」


「了解です」


 クリスと同様に後部座席の下に刀を収めたケースをおく渡辺。助手席に乗り込んだクリスはシートを後ろに思いっきり倒すと乱暴に足をダッシュボードの上に投げ出す。渡辺は大人しくマスタングの運転席に座るとミラーを確認しシートベルトを締める。


「おい、適当に音楽を流せ」


「え? 僕でいいんですか」


「音楽の選択権は運転手の特権だ。いいからさっさと流せ、ただ変なもん流したら承知しねぇからな」


「……」


 そう言われ、渡辺はスマートフォンを取り出し画面に映る音楽ファイルを睨みつけ悩むこと数分。ハンドルの隣に備え付けられたホルダーにスマートフォンを差し込むとシフトレバーを押し込み、アクセルを踏み込む。


 重々しいエンジン音と共に、暗い倉庫の出口から漆黒の車体が雨に濡れながらゆっくりと姿を現す。


『とっとこハム太郎』の軽快なBGMと共に。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 その日、青年は軍の輸送車に揺られながら曇ったニューヨークの空をぼんやりと眺めていた。大学を卒業し、なんの当てもなく軍に入隊したものの、きつい訓練を乗り越え得たものは、これから先に続くであろう長い人生の退屈しのぎの延長線上だった。


 なんのために生きてるのか。漠然とそんな言葉が浮かんでは沈み、また無駄なことを考えていると自己嫌悪に陥る。


 結局のところ意味はないのだ、生きていることなど。このアメリカにおいて、才能も、自分自身の価値も、全てが不平等であるという平等だけが矛盾して存在している。


 故に、自由の国だ。


「……どうせ、この国は俺が生まれても死んでも何も変わらない……か」


「なんか言ったか?」


「いえ、なんでもありません……」


 隣で運転している上官が話しかけるが、特に会話は続くことなく、交差点の赤信号で輸送車は停止する。様々な年齢、性別、色、人種、思想が目の前で交差する。見ていて酔いそうになるその光景に、軽く吐き気を覚えているとふと目の前の人間たちの動きが止まる。


 信号が青に変わっても動かない通行人。異様なその光景に、運転手の上官は痺れを切らしてクラクションを鳴らすが、人々は全員一様に空を見上げていた。


「なんなんだ、一体」


 ドアの窓から身を乗り出し、通行人の視線の先にある空を見る上官。だが、それを見た上官の動きもまた固まる。


 一体なんだと言うのか。


 窓を開け、上官と同じように身を乗り出して空を見上げる。


「……なんだ、あれ」


 ニューヨークに墓跡のように立ち並ぶビル群の隙間から見えた青い空の中に、明らかに異様なものがあった。


 それは鳥でも飛行機でもなければ、スーパーマンでもない。


 遠目で見ても全長二百メートルはあるであろう、光を吸い込むブラックホールのように黒い物体。繭みたいな形状をしているそれは、ニューヨークの上を悠々と浮かんでいた。


 思わず装備品の光化学サイトを取り出し、繭の正体を確認する。すると、遠目ではわからなかったが、拡大された視界に映ったのは繭の表面の一部が剥がれ落ちているようだった。


「……宇宙人……?」


 昔、そんな映画を見たことがあるような気がした。と、思った次の瞬間。繭の浮かんでいる方向から何やら爆発音のようなものが小さく聞こえてきた。


 それはどんどん近づいてきている。


 人の悲鳴。


 金属が炸裂する音。


 ガラスが砕ける音。


 肉の焼けるような匂い。


 命が消える音。


 大好きだった彼女のギターの音。


 退屈だった日常が崩れ去る音が、聞こえてきた。


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