Seventh Question “Future“
何も、難しく考える必要はない。
あれの望みは、この地に住まう白人を、外敵を悉く滅ぼしたいという願望である。たった、それだけのことなのだ。
だが、それだけの望みが、幾重にも枝分かれを繰り返し、別れ、歪み。それは望みと呼ぶにはあまりにも醜く変質していった。
それを誰が予測することができただろうか、いや。予測できたとしても目を逸らしてきた。それが、人類という歴史の積み重ねだったはずだ。そして、その人類が誕生する以前に、神というものは存在した。
今一度、精算し直さなくてはなるまい。
神の名において。
人という罪を。
「サミュエル、大丈夫か」
「あぁ……、平気だ」
いつしか、自分のそばには相棒と呼べる仲間ができていた。鉄の道が国中に敷かれ、アメリカと呼ばれるようになったこの土地には、かつてこの土地に住まう神を信仰するものはいなくなり、代わりに今まで自分が信仰をしてきた神をこの土地に根ざそうとするものたちで溢れかえっていった。
だが、そんなものが増えようとする一方でそれらを排除しようとする存在もいた。奴らは、人々にとり憑き人を変質させ、人の肉を喰らう、まさに化け物。だが、それが我々愚かな人類に与えた神の使いだというのであれば、と。自分が立ち上げた組織が名前をつけたのは。
奇跡
「あんたもいい加減年だ。こんな終わらない戦いに身を投じる必要はない、いつかコルトも握れなくなる時が来るぞ」
「そうだな……」
すでに濁った視界の端に映るのは、自分が心臓を打ち抜き息絶えた、まだ年端のゆかない少年の姿。彼の背中には異形の翼が生えており、その命の灯火が消えるのと共に灰となって消えてゆく。
この仕事をしている時に、この瞬間が一番虚しさを感じる。
「……フッド」
「なんだ?」
後ろを振り返り、こちらを見つめる緑の眼はかつての若い自分を思い立たせる。すでに、未来は動き出している。なら、自分が取るべき行動は一つしかない。
過去になってしまう前に。
「……これを渡そう」
「……どういう意味だ」
フッドに渡したのは、自分のコルト。父を撃ち、そして善き人がこれ以上死なないように、無垢な命を守り続けると誓ってから共に四十年歩んできたコルトである。
「これからも、おそらく。戦いは続くだろう。だが、そこに私はいない」
「……」
「けど、意志は残したい……、未来に生きる。私の子供たちのために」
「……自分の子供に渡さなくていいのか?」
「……できれば。跡は継いで欲しくない、が。だが、この戦いを終わらすのはきっと、私の子孫なのだろう。この戦いが、終わるその瞬間にこそ。これはきっと役にたつ」
無言のまま自分のコルトを見るフッドは大きく息を吐くと、静かにコルトを受け取る。
「ありがとう」
「引退したらどうするんだ? 静かに隠居暮らしか」
「そうだな、しばらくは静かに過ごしたい。だが、一つしたいことがあってね」
帽子を被り直し、若い頃にはよく見えていたはずの星がすっかり見えなくなった夜空を眺めて呟く。
「一度、蒸気機関車に。乗ってみたいと思っていたんだ」
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アウディは、いまだにテキサスの市街地を走行している。運転席の隣で資料を見ているクリスはそこに書かれている内容を不機嫌そうな表情をしながら喰い入るように見ている。イレナはそんな彼の姿を横目に昔、自分が慕っていた人の姿を思い出し、自然と頬が上がるのを感じた。
「なんだ、イレナ。俺の顔になんかついてるか?」
「……そうね。ケチャップソースが口の端に少し」
「なんだ、早く言えよ」
乱雑にクリスは自分の口元をコートの袖で拭う。そんな姿もまた、イレナはとても懐かしく感じていた。
「ほんと、お父様そっくりね。ハンバーガーが好きなところとか」
「……はぁ、それとイレナ。いい加減、クラシックを車の中で流すのはやめてくれねぇか? 聞いてて憂鬱になる、ロックが聴きたい」
「そこはお父様とは違うのよね」
渋々イレナはショパンから、Led Zeppelinの『Back In Black』を車に繋いであるiPodから選択し流し始める。資料を見ているクリスの表情が、少しだけ明るくなったようだった。
「もっと音量上げてくれ」
「いちいち注文が多いわね」
そう言いながらも言われるがままにスピーカーの音量を上げるイレナ。しばらくして、資料を読み終えたのか、乱暴に資料の入ったファイルを後部座席に放り投げるクリス、だがそんな粗暴な姿も見慣れてしまった。
「それで、俺にどうしろと。悪いが俺はこれ以上この件に首を突っ込むつもりはない」
「あら、そうは見えなかったけど?」
「っ……」
痛いところを突かれたクリスは外方を向くように視界を窓の外へと追いやる。車の窓の外はまだ昼過ぎの様相で、多くの人が行き交っている。
神が降臨する、聖書ではそれを審判の日と呼ぶ。もし仮にそうなのだとしたら、死者は蘇り、天の門前で善人か悪人か裁かれるのだろうか。
だとしたら自分は文句なしの悪人だ。問答無用で地獄に叩き落とされるだろう。
しかし、あの資料を目の当たりにし、果たしてここで逃げるつもりなのかと誰かに問いかけられているような気もしなくはなかった。大勢の命をこの手にかけて、今更逃げ出したところで、何かが変わるのだろうか。死んだところで、結局は地獄行きなのだ。
「この資料が本当なのだとしたら私は。多分、生きて帰ることはできないわね。でも、どうせ死ぬのだったら最後に大勢の人を救って死にたい。あなたはどう? クリス」
「……そいつは偽善だ。その戦いでどれだけの人間の命が自分の手から溢れでると思う? だとしたら、俺は……」
「何もせずに死にたい?」
「……っ」
アウディが信号で止まる。目の前を大勢の人が横断する中で、ふと一組の家族にクリスは目が止まる。生まれたばかりの赤ん坊をベビーカーに乗せ、幸せそうに笑いながら歩いている男女の姿を。
あんな未来が、もしかしたら自分にもあったかもしれない。
自分が失った未来だ。
だがまだ、誰かが掴むことがあるかもしれない未来だ。
そんな未来を、どこぞの神が奪う資格があるのだろうか。
いや、ない。
「……」
信号が変わり、アウディが動き出す。以前として車内の中は無言だ、ただひたすらにその空気とは場違いのロックが流れている。交差点に差し掛かり、ようやくクリスは口を開いた。
「イレナ……俺は……っ!」
イレナの方へと顔を向けたクリス、自分のたどり着いた答えを伝えようとした時に、彼の目にはとんでもないものが映り込んでいた。
「ふせろっ!」
声を荒げながらイレナにクリスは覆い被さる。次の瞬間、アウディの運転席に向かって突っ込んできたトラックがその衝撃でアウディの車体を激しく揺さぶる。大きくへしゃげる金属音と共に運転席の窓ガラスが粉々に砕け、その破片が二人に降り注ぐ。
「っ……イレナ、怪我はっ!?」
「だ、大丈夫よ……」
顔を上げるクリス、突っ込んできたトラックの運転手を睨みつけようと顔を上げるが、その運転手はまるで何事もなかったかのように呆然と冷たい視線でアウディを見下ろしている。
何かがおかしい。
だが、思考が回るのも束の間。再び車体を大きく揺らす衝撃がアウディと二人に襲いかかる。イレナに体を覆い被さるクリスの腕に力が籠る。
「Fuck! 一体何なんだ!?」
クリスが後ろを振り返る、そこには同じように一台の車がアウディに突っ込んでおり、その運転席に乗っている女性は、トラックの運転手と同様精気のない目でこちらをじっと見ていた。
完全に車に挟まれた二人。
同時に、これはただの事故ではない事を悟るクリス。同じ考えに至ったイレナがすぐさまシートベルトを外そうとする。
「フロントガラスを割ってっ!」
「言われなくてもっ!」
腰からデザートイーグルを取り出したクリスはスライドを引き、銃弾を装填。フロントガラスを撃ち割ろうとしたその時だ。道路では何かの映画撮影だと思っているのか群衆がスマートフォンを掲げ次々に動画や写真撮影を行っているのだが、車道では車から降りた人々がゆっくりとこちらに向かって歩いてきている姿が見える。
その人々の目からは精気を感じることができない。
「前はダメだ、後ろから出るぞっ!」
クリスは後部座席へと身を乗り出した、その時。軽い銃声が響くのと同時に、フロントガラスにヒビが入る。見れば近づいてくる人間の中に警官がおり、こちらに向けて銃を向けていた。
このままではフロントガラスを破られるのは時間の問題である。
「イレナっ! 早くっ!」
「シートベルトが外れないのっ!」
先ほどからガチャガチャと音を立てながらシートベルト外そうとしているイレナだったが先ほどの衝撃でシートベルトの金具が壊れたらしく、外れなくなっているようだった。
大きく舌打ちをしたクリスがコートの中からポケットナイフを取り出し、イレナのシートベルトを切りにかかる。だが、無駄に頑丈なシートベルトがそう簡単に切れるはずもない。
再び一発の銃声。
フロントガラスに大きくヒビが入り、あと一発撃ち込まれれば確実に割れてしまう。
「クリスっ、私は置いて行きなさいっ!」
「黙ってろっ!」
シートベルトを切るナイフに力が入る。そして、ようやくシートベルトが切れたと思ったその瞬間、銃声と共に、フロントガラスが粉々に砕け散った。それと同時に目の前をゆっくりと歩いていた群衆がアウディに向かって駆け出し始める。
すぐさま後部座席のガラスをデザートイーグルで撃ち抜くクリス。
「急げっ!」
ガラスを叩き割り車から脱出する両者、だがクリスは後部座席に放り投げておいたファイルを回収するのを忘れなかった。
アウディの後ろの道路では確かに、多くの人が群がっていたが全員正気を保っているのかアウディから出てきたクリスとイレナの姿をスマートフォンに収めている。その姿がどうにも癪だったクリスはアウディに向けてデザートイーグルの銃口を向けた。
「これだからアメリカは嫌いなんだ……イレナ、悪りぃな」
響く銃声、同時にアウディから流れ出たガソリンに引火し次の瞬間、空気を震わせるほどの大爆発を引き起こす。
「お気に入りだったのに」
「あんたの給料なら二ヶ月で買えるだろ、それよりもさっさと逃げるぞ」
爆発を目の前にして逃げ出す群衆に紛れて駆け出すイレナとクリス。度々後ろを振り返るが追ってくるような気配はない。
「さっきのは一体何なんだったんだ……」
「わからないわ、でも。少なからず、私たちを狙ってたことは確かなようね」
であるならば、確実にミラクル関連だろう。しかし、ミラクルが出没するのは夜だと相場が決まっている。今は確実に陽が高い時間であり、ミラクルは出てこない。それに加え、通常ミラクルは人間の体のどこかが変質しているのが特徴的である。先ほど襲ってきた人間たちにはその特徴がなかった。
と、考えを巡らしているところで、イレナのスマートフォンが鳴る。走りながら、イレナが電話をするがクリスが横から盗み見た受信先はコレクターズの人間のものだった。
「もしもし……、えっ! ……そう、わかったわ。構成員は全員武装するように伝えて、以上よ」
短いやり取りで電話を切ったイレナが立ち止まる。
「おい、どうした」
「あなたはこのまま新人君のところに行って。今、最悪な電話が入ったわ」
「……何?」
「構成員が次々と襲撃されてる。すでに、アメリカのコレクターズはほとんど壊滅的な被害を受けてるそうよ」
「……マジかよ」
「とにかく、大急ぎで向かって」
そう言って、クリスとは別方向へと向かうイレナ。
「おい、どこ行くんだよっ!」
「準備があるの、新人君の事を頼んだわよ」
そう言いながら群衆へと消えたイレナの後ろ姿を眺めるクリス。大きくため息を吐き、こっちが伝えるまでもなく戦いに強制参加させられた事実に内心腹を立てながらも、今はやるべきことがある。
そのためには。
「……足がいるな」
ふと、横の道路の向こう側から走ってくるバイクに目が止まった。




