Fifth Question “Strategy“
完全に囲まれた様子のクリスと渡辺、背中合わせになりながら周囲の状況を確認するも、発炎筒に照らされたミラクルの数は少なく見積もっても四十近くになると思われた。
故に、出た結論は二人とも同じである。
「逃げるぞ」
「はい、同感です」
クリスは、すぐさまオーバーコートの下から閃光手榴弾を取り出し、安全ピンを抜き真上に投げつける。
閃光手榴弾が炸裂するのと同時に動き出すミラクルの集団。しかし、それより数手早く動いていた渡辺が先陣を切って、逃走経路を確保しようと出口に向かって目の前にいるミラクルの集団を切り刻んでゆく。当然その隙をクリスが見逃すはずもない。渡辺の背中を追いかけるように走り出してゆく。
「Fuck!『28日後』かよっ!」
「ゾンビのミラクルは初めて見ましたっ!」
「こんなことならタクシーで来るんじゃなかったぜ!」
「今更後悔しても遅いですってっ!」
走りながら互いに文句を言い合っているが、ミラクルたちの追ってくる気配は感じない。しかし、正面には二人の逃走を阻むかのようにミラクルが立ちはだかっている。
「クリスさんっ! 閃光手榴弾は!?」
「二つ!」
「っ、それっ! 大事に使ってくださいよっ!」
横を走っていた渡辺が走るスピードのギアを二段階上げる。消耗戦であれば、弾数の限られているクリスよりも単体で火力を出せる刀を持っている渡辺の方に軍配が上がる、暗闇の中を走りながら刀を振い確実に急所を狙って攻撃をしている渡辺の技量には先ほどから目を見張るものがあるが、そんなことを気にしている余裕はない。
「ったく! 帰ったらイレナに辞表を叩きつけてやる!」
「だから! 文句は生きて帰ってからに!?」
唐突に渡辺の足が止まる。横を素通りしかけたクリスが思わず足を止めると先ほどまで見えていた月の光が見えなくなっている。
咄嗟にクリスは腰に装備をしていた発煙筒の最後の一本を地面に投げつける。
「こいつは……っ!」
「クリスさんっ!」
突如として出口を目の前にして立ちはだかった影の正体。それは見上げるほどに大きな人間の形をした肉の塊、だがその膨れ上がった肉の壁で覆われた顔の向こう側に見えた表情。
それは行方不明の。
突如、クリスの視界が地面に放り投げられる。膝をつき、低くなった頭上をものすごい勢いで巨大な拳が通過する。もし少しでもタイミングがズレていたらクリスの上半身は今頃吹き飛んでいたことだろう。
「死にたいんですかっ!? あんたっ!」
「っ!」
渡辺がクリスの膝の後ろを蹴り、わざと転ばせたのである。だが肝心の本人は状況を読み込めておらず、いまだに判断に迷いが見えている。
「あれはっ!」
「わかってます。けど、どちらにせよ突破しないとっ!」
渡辺が雑にクリスのオーバーコートの下から閃光手榴弾を取り出し、素早くピンを引き抜くと目の前の巨大なミラクルに向けて投げつける。
鋭い光が暗闇の中で爆ぜる。怪物はその光を巨大な腕で覆い防ごうとするが、目の前に突きつけられた最大火力の光は肉の壁を持ってしても防ぐことはできなかった。
「今のうちですっ!」
「あぁっ!」
その光にクリスも若干やられつつも、彼の腕を渡辺は掴み上げゴーストタウンの出口へと駆け出しながら先導する。
だが、断罪の神は決して、仇なす者に甘くはなかった。
「嘘でしょ……っ」
「……Fucker!」
現れたのは、もう一つの巨大な影。合計二体の巨人に挟まれることとなった渡辺とクリス。いまだに閃光を喰らい、周囲の建物を無差別に薙ぎ払っている後ろの巨人だが、それが再び二人を標的に捉えるのも時間の問題。
ここで、確実に一体は仕留めなくてはならない。
「クリスさんっ、銀の銃弾。あと何発ですか!?」
「五発だっ!」
「僕が技を仕掛けますっ! 心臓にあたれば確実に仕留められるんですよねっ!?」
無言で頷くクリス、腰からデザートイーグルを取り出しマガジンを確認すると、そこには確実に月の光に照らされた銀の銃弾が五発装填されている。
「……外さないでくださいよ?」
「……は! 誰にものを言ってやがるJap! こう見えてクレー射撃の記録保持者だぞ」
「安心しました……、スゥ」
渡辺が浅く呼吸をする。その瞬間、渡辺の周りの空気が一瞬冷たくなる。
刀を構え、まっすぐ巨人に向かって駆け出す渡辺。
その身長差、約三メートルほど。
渡辺の眼前に、巨人の拳が迫る。
その命が刈り取られる、その刹那。
超反応。
まさに、そんな言葉を思い浮かべてしまう。渡辺の動き。
拳が当たる、その瞬間に刀を地面に叩きつけ空中に飛び上がる渡辺。虚空を殴りつけ地面に当たった拳は地面に深くのめり込み、巨人は右腕を動かすことが不可能になる。そして、その長く伸び切った腕をまるで道を走るが如く駆け抜けてゆく渡辺。
肉の厚さから考えて、首を切り落とすことは不可能。銃弾もおそらく通らない。
しかし、傷を与えることはできる。
であればどうするか。
渡辺は刀を逆手に持ち変える。
まず、首付近に到達したのと同時に巨人の両目を切り裂く。
視界は奪った。
だが、まだ足りない。
巨人は片手で自分の体に乗ってきた渡辺を叩き落とそうとするが、視界が奪われた状態で、動く渡辺を捉えることはできない。
渡辺が地面に降り立とうとする、その刹那の一瞬。
巨人の心臓があるであろう左胸を瞬きも許さない素早さで十文字に切りつける。
「クリスさんっ!」
決定打はクリスだ。
渡辺が合図を送るのと同時に、響いた発砲音。
二発の銃弾が、闇を紅い火花を放ちながら銀の光となって、まっすぐと巨人の切りつけられた十字の傷の中心へと向かって放たれる。
銃弾は貫通しなかった。だが、肉を切りつけ、薄くなったその隙間を縫うように滑り込んだ銀の弾は心臓を明確に捉えていた。
巨人は声を上げることなく、地面に倒れ込む。
「この調子でもう一体行きます!?」
「バカっ! 逃げるぞっ!」
少しだけ興奮気味の渡辺の首根っこを掴み上げ、クリスはすぐさま出口へと向かって駆け出してゆく。
しかし、駆け出そうとした。まさにその瞬間だった。
地面から伸びた腕が、渡辺の足を掴む。
その細い腕からは想像ができないほどの力で、締め付けられた渡辺の片足に爪がスーツを貫通し皮膚を引き裂く。
『罪には罰を』
渡辺の脳内に流れ込んだ言葉。
「あ、あぁああああああああああああっっっっ!」
「おいっ! くそ、こいつかっ!」
悲鳴を上げる渡辺、咄嗟に何が起こったのか理解したクリスは渡辺の足を掴んでいるミラクルの腕に二発銃弾を打ち込み破壊する。
「大丈夫かっ!? おいっ!」
「あぁ、あ。あ、ごめん、なさい……、兄さん。姉さん……ごめんなさい……っ!」
「一体何言って……っ! あぁ、次から次へと……!」
意味不明な言葉を反復して口にする渡辺は確実に正気を失っていた。さらに最悪なことに、生きている巨人が回復し二人のことを捕捉していた。そして、その背後からミラクルの集団が追いかけてくる気配もある。
渡辺一人を抱えながら逃げれるか?
答えは否。
なら見捨てるか?
「あぁああっ! めんどくせぇっ!」
当然否である。
うわ言を繰り返す渡辺から刀を引き剥がし、クリスは見様見真似で構えてみるものの、扱い慣れていない武器を使ったところで負けなのは目に見えている。
片手には、残り二発しか装填されていないデザートイーグル。
片手には、使い慣れていない刀。
「さぁ、死ぬ準備はできてるぜ……、何人か道連れになってもらうがなぁっ!」
意気込んでクリスが叫んだ。
ミラクルの集団に飛び込もうとした、が。
「まだ死んでもらうのは困るわね。ツケ代分くらいは働いてもらうって言ったはずよ?」
「は?」
突如。巨人の頭が爆発を起こして吹き飛ぶ。木っ端微塵に吹き飛んだ、巨人の頭は再生することなく頭部を失ったまま数歩歩いたのちに地面に土煙を上げながら絶命する。
同時に、複数の車のライトで明るく照らされるゴーストタウン。響くのは複数のアサルトライフルの銃撃音が、巨人の背後にいたミラクルを薙ぎ倒してゆく。
「イレナ!」
「そのまま、一人も逃さないで前進して! さてと、一週間ぶりかしらクリス。どう? 新人くんは」
空になったロケットランチャーを地面に放り投げながらクリスに近づく涼しい顔をしているイレナ。
安堵のあまり、初めて心の底から目の前の上司を殴りつけてやりたいとクリスは思った。




