Fourth Question “Call“
「お前、好きな音楽は?」
「はい?」
「好きな曲だよ。一つや二つ、あるだろうが」
「……そうですね」
カルーアミルクを片手に、渡辺は少しだけ考える素振りをすると徐に懐からスマートフォンを取り出して操作し、イヤホンを接続してクリスに手渡す。
「……なんだ、聞けってか」
「まぁ、その方が早いので」
軽く息を吐き、レーズンを数個口の中に放り込んだクリスは渡辺から手渡されたスマートフォンを受け取る。イヤホンを耳に差し、再生ボタンを押すと今まで聞いたことのないメロディーラインと、やけに甘ったるい女の歌声がクリスの耳に飛び込んできた。当然ながら、何を言っているかクリスにはわからない。
「なんだこりゃ、おい」
「『涼宮ハルヒの憂鬱』の『ハレ晴レユカイ』って聞いたことありません?」
「な、す? 何??」
「アニソンってやつですよ。ほら、クリスさんも聞いたことはないですか?」
「……まぁ、知らない訳じゃないが。お前、見た目とギャップありすぎるって言われないか?」
この一週間で一番目を輝かせながら話しかけてくる渡辺に若干引き気味に答えるクリス。目の前でアニソンについて熱弁をしている渡辺の言葉を話半分で聞きながら、ウィスキーを喉に流し込んだ。
「ところで、クリスさんは何を聞くんですか?」
「あぁ? まぁ……今度教えてやるよ」
「はぁ……それは、なんでです?」
「それは……、っておい。なんか鳴ってるぞ?」
「え? あ、ホントだ。イレナさんからですね」
クリスの持っている渡辺のスマートフォンが振動する。電話をかけてきたのは画面の表示を見るとイレナであった。渡辺にスマートフォンを渡し、クリスはグラスに残ったウィスキーを一気に喉の奥に流し込む。その隣では渡辺がスマートフォン越しでイレナと話をしている最中だった。
どうせ仕事だろうだと思いながら、バーテンダーを呼び、クリスはデザートイーグルの空のマガジンを4本手渡す。
「クリスさん、仕事です。ここから南に二十キロ先のメキシコ国境付近でコレクターズ二名と連絡が取れなくなっているそうです。何かトラブルに遭っている可能性が高いかと」
「はぁ……、今準備をするから外でタクシー捕まえておけ」
「わかりました。必ずきてくださいね」
そう言いながら、渡辺は半分だけ残ったカルーアミルクを申し訳なさげにカウンターの奥におくと、そのまま店を後にする。すると同時のタイミングでバーテンダーが先ほど手渡した4本の空のマガジンに銀の弾丸を詰めたものを持ってくる。
「……それでは、クリスチャン様。お気をつけて」
「ありがとさん」
受けとったマガジンを雑にオーバーコートのポケットに仕舞い込むと、渡辺の後を追うように店を出て行った。
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「ここですね」
「あぁ、最悪だ」
ニューメキシコ州とテキサス州の境目にある廃墟、と言うよりもゴーストタウンとして名高い『グレンリオ』はただただ荒野が広がっている中にポツンと忘れ去られたかのようにある小さな町である。ルート66の開設に伴い作られた町ではあったものの、インターステート40号線が整備されると共に衰退してゆき、ゴーストタウンとなって行った歴史がある。
到着した時間は十六時をちょうど回る頃で、周囲も徐々に暗くなり始めているため、余計にこの廃墟の異質な雰囲気が漂っているように感じた。
「荒野の用心棒に出てきそうだぜ、全く」
「確か、映画の名前ですよね? イーストウッドの出てる」
「そう、俺が映画にハマるきっかけになった作品だ」
例によって、クリスが先陣を切って前を歩き、その後ろを渡辺がついてゆく構図となっている。
街の規模は対して大きくはない。だが、ルート66が整備された名残りである広い道路がいかにもゴーストタウンとは不釣り合いで、その真ん中をデザートイーグルを構えたクリスと、腰に日本刀を装備した渡辺が歩いているのはやけに滑稽に見える。
「時間も時間だ。油断するな」
「言われなくても。クリスさんこそ。先陣切って死なないでくださいね」
「……そういえば、あの日の夜。俺が死にかけた時、お前、俺に一体何をした?」
「別に、ただ救急車を呼んだだけです」
淡々と答える渡辺。だが、その言葉の裏をクリスは見抜いている。
「だったら、俺は今頃あの世行きだ。あれだけの傷を負って生きてるはずがねぇだろ」
胸に風穴が開いている状態で、ただ救急車を呼んだだけで助かったとあれば、よほど幸運だったか、よほど腕が良い医者に当たったか。だが、クリスは自分には幸運というモノに縁がないことを重々承知ではある。
睨むクリスを前に少し何かを言いずらそうな表情した渡辺が、ゆっくりと口を開く。
「……鬼道を少し使いました。この、鬼王丸を通じて僕の魂の一部をクリスさんに移したんです」
「は? 何!?」
とんでもないこと言い出した渡辺に声を荒げるクリス。その大きな声を煩わしいと感じるかのように耳を塞ぐ真似をする渡辺。
「そう言う反応されるから言いたくなかったんですよ……。大丈夫です、一度魂が同化してしまえば問題ないですから」
「いや、そうじゃなくて。そんな真似してお前が……いや。なんでもない」
これ以上何かを言っても無駄だろうと感じたクリスは口からこぼれそうになった言葉を飲み込み、任務に集中する。
まず第一にこのゴーストタウンで、画像で情報共有されている連絡が取れなくなったコレクターズ二人を発見すること。その際生死は問わない、もとよりこう言う商売である。こういった場合は大抵手遅れだ。
そして第二に、ミラクルは発見次第即始末すること。クリス一人での単独任務であれば骨の折れる内容であったが、今回の場合は渡辺もいるため、多少は気は楽である。
「クリスさん、ミラクルです」
「……あぁ」
正面に三人の人影が見える。
画像で共有されたコレクターズではない。しかし、そのギラギラと乱反射した殺意に満ちた視線は明らかにこちらの正体を知っている上に、臨戦体制あるのは目に見えていた。
「無駄玉は使いたくない、行けるか?」
「すぅ……」
後ろで深く息を吸う音、そして。
了解
その瞬間、荒野の土が舞い上がるのと同時に、渡辺は一陣の風となって三人の間合いに一気に突っ込んでゆく。
まず一人、なんの手出しもできずに首が跳ね飛ばされる。続けて二人目が渡辺から距離をとり、背後から腕から生やした骨の刃で攻撃をしようとするも、渡辺はその軽い身のこなしでその場でしゃがみ込み、低い体勢のまま後ろ蹴りで二人目の腹部を蹴り上げる。
同時に、二人目を蹴り上げるのと振るわれた刃が三人目の両目を引き裂く。
「ぎゃああああああぁあああああ」
両目を抑え悲鳴をあげる三人目の声が荒野に反響する。その息の根を止めるように、三人目の眉間に鬼王丸を突き立て脳髄を完全に破壊する。
「……ゲホぉっ、神に仇なすものにばt」
吹き飛ばされた二人目が両腕を武器に変形させ、渡辺に襲い掛かる。だが、渡辺はその攻撃を全て細かく無駄のない足運びで躱してゆき、確実にミラクルを追い詰めてゆく。
そして。
「さようなら」
一瞬だけ見せた隙が決定打となった。ミラクルの心臓を鋭く貫いた突きは、背後の老朽化した建物の壁を突き抜け、壁は倒壊。共に舞い上がった土埃を祓うように鬼王丸を振るう渡辺。
その体には一切の傷は負っていない。が、本人は満足いっていない様子である。
「ふぅ……やっぱ。あいつのようにはうまくいかないなぁ」
「なんだ、一曲聴き終わるうちに終わっちまったのか」
後ろで、サボり。基、渡辺の活躍をMy Chemical Romanceの『Na Na Na』を聴きながら見ていたクリスはイヤホンを耳から外し、ミラクルの死体を跨ぎながら渡辺に近づく。
「上出来じゃないか?」
「いえ、もっとスマートにできました。少なくとも、僕の師範なら数手早く倒せていました」
「はぁ……自分に厳しいんだか、謙虚なんだか。少なからず、生きてるだけでこの仕事は勝ちだ、もっと肩の力を抜け。でないと、つまんない死に方をするぞ」
渡辺の肩軽く叩いたクリス一行は再びゴーストタウンの散策を始める。しかし、肝心の行方不明のコレクターズは見つからない。その代わりに、ミラクルには何度か出くわすものの、そこはクリスが先陣を切ってデザートイーグルに装填された銀の銃弾で倒していった。
「残弾残り五発、か」
「クリスさんの使うデザートイーグル。それって、何か術式でも編んでるんですか?」
「あ? こいつは別になんの変哲もない銃、肝心なのはこいつだ」
そういって、デザートイーグルに装填されたマガジンを外し、装填されている銀の弾丸を見せる。弾頭には銀が使用され、夕日に照らされてキラキラと輝いている、その表面には様々な先住民族語で細かく文字が彫り込まれている。
「こいつをあいつらの心臓にぶち込む。そうすると、そいつらに取り憑いた奴も殺すことができるって仕組みさ」
「なるほど……僕の鬼王丸と同じ感じですね」
「それよりも、さっさと死体なり、なんなり回収してこっから離れるぞ。なんだか嫌な予感がしてきたぜ」
クリスは自分の伸びる影を見ながらオーバコートの前を閉じる。片手には残り五発になったデザートイーグルを持ち、徐々に気温の下がってゆく、荒野の向こう側で燃え切らんとする夕日を眺めていた。
そして、まさに太陽の灯火が消えた。
「っ、クリスさん。何かが来ますっ!」
「……」
突如、地鳴りが二人の鼓膜を揺さぶる。その音源を探ろうと、二人はゴーストタウンに立ち並ぶ廃墟をそれぞれ武器を構えながら見るが、伝わってくるのはこちらへの明確な殺意のみで全く姿が見えない。
「今まで、こういう経験は?」
「ない」
渡辺の問いに即答するクリス。すると、地鳴りが止み先ほどまでの騒音が嘘だったかのように静寂が訪れる。
「とま……った?」
「……」
しかし、警戒は怠らない。背中合わせになりながら周囲を見渡す渡辺とクリス。静寂の中から、かすかに聞こえてくる言葉。
「「「…… Punishment for crime」」」
「っ……来るぞ」
予め腰に装備していた、発炎筒を二、三本地面に放り投げるクリス。その明かりに呼び寄せられるように、クリスと渡辺を囲んでいる生気のない顔をした人間たち。ミラクルであることは一目瞭然だった。
その数、おおよそ数十人。
そして口々に、こう叫んでいた。
「|罪には罰を《Punishment for crime》!」




