Second Question “Now“
神は死んだ。
そんな言葉を口にした哲学者がいた。そんな気がする。だが、そんな言葉を口にした哲学者は、今のアメリカの状況を見ても同じことを言えるのだろうか? いや、きっと言えやしない。
神とは一体なんだろうか? いつも自分自身に問いかけている。代々伝えられてきた教えには従っているつもりではあったが、それでも自分には関係のない話だと言い聞かせてきた。
「……はぁ」
アメリカの夜は明るいが、どこか冷め切っていて。酒瓶を片手に地面にゲロを吐いているティーンエイジとそれを見て馬鹿笑いをしている仲間たち。少し路地裏を曲がればヤクを売っている輩、それを見て見ぬふりする警官。
みんながみんなとち狂っているから、逆に正常でいる奴らは見分けがしやすい。
そして、そんな正常な奴らが正しいのか、狂ってる方が正しいのかわかりゃしない。
神は死んだ。
そんなことはない。しっかりと人間の境界線がはっきりしているのだからきっとそれを仕分けている管理職が神様と呼ばれているやつなんだろうさ。
「……ったく。これだからアメリカは嫌いなんだ」
すでに口癖になっている言葉を道にへばりついているガムのように地面に吐き捨てるのは何度目だろうか。それだけで言えば、このアメリカの地面全部自分自身の吐き捨てた言葉で埋め尽くしてやろうか。
季節は秋になったばかりで、風が少しだけ冷たい。舞い上がった木の葉に舌打ちをし、年中着まわしているブラウンのオーバコートの前のボタンを留める。
大通りを外れ、少し路地に入ったところにあるのはコルト銃のネオンサインが目印のカウンターバー、名前もそのまま『コルト』が目に入る。その店のボロボロになった木製の扉を開けるとチリンと来店を告げるベルが鳴る。
「……いらっしゃい」
「ストレート三発だ。あと、ブルーベリーを」
「……銘柄は?」
「スコッチ、シーバスで」
「……少々お待ちを」
奥ゆかしい雰囲気の店で、飲んでいる客は自分一人。中に入ってこないということは、よほど腕に自信があるか、それともただただ観察しているだけか。
「……スコッチ。シーバスストレート。それとブルーベリーお待ちいたしました」
「ありがとう」
このマスターともだいぶ顔馴染みではあるが、自分が子供の頃からずっと歳が変わらないのは疑問に思っているところではある。
ショットグラスに入っているのはスコッチウィスキーの定番であるシーバスリーガル。持ってきたマスターに軽くグラスを掲げ、中身を一気に飲み干す。そして、カクテルグラスに入っているブルーベリーを齧りながら、もう一杯喉にウィスキーを流し込んでゆく。
「……ところで、クリスチャン様。お支払いは?」
「あそこにツケてくれ。それと、掃除を頼む」
「……かしこまりました」
店を出る前に、最後の一杯を飲み干す。
そして、しっかりとショットグラスの中に入っていた銀の弾丸を回収する。
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路地裏を進んでゆく、おもむろに懐からウォークマンを取り出しヘッドホンを装着する。どちらも自分が幼い頃に親父に買ってもらった大事な年代物である。
流すのはGreenDayの『American Idiot』
「止まれっ! そこの男っ!」
「……んだよ。音楽聴いてるんだが?」
「貴様、腰に銃を装備しているだろう。許可証は?」
「……プっ……。はぁ、だったらなんなんだ?」
クリスはオーバーコートのボタンを開け、ベルトに装備しているデザートイーグルを付けてきた警官らしき人物三人に見せつける。警官たちはたじろぐ様子もなく、クリスを拘束しようと近づく。
だが、近づいてきた警官に対して、クリスは指を三本立て牽制する。
「……なんの真似だ?」
「俺から指摘したいことが三つある。まず一つ、テキサス州では個人の銃の所持、携帯は州の法律で許可されている。よって許可証は必要ない。まぁ、2021年から始まったから知らないと言われたらそれまでだが、にしたって警官が知らんなんてことはないだろう?」
二つ目。
「どうして、俺がバーに入った段階で乗り込もうとしなかった? 俺がバーの人間を襲って強盗でも働こうとしたらどうしてたんだ?」
警官三人は顔をそれぞれ見合わせる。
その表情は、指摘を受けて怒りを覚えているわけではない。
どこか諦めているような表情だ。
そして、最後にとクリスは締めくくる。
「あんたら。明かりもつけないでどうやって俺が銃を所持していると分かった?」
次の瞬間。三人の警官が、いや。警官の姿をした人間らしき何かが人間の可動域を超えた大きさで口を開く。
咄嗟に、音楽の音量を上げるクリス。同時に周囲のビルの建物のガラスが高周波振動で一気に割れてクリスの頭上に降り注ぐ。
「くそっ! うるせぇっ!」
腰から引き抜いた鈍色のデザートイーグルから二発の銃声が響く。
その銃弾は間違いなく、警官二人の頭を吹き飛ばすがその体はまるでビデオの逆再生のように修復してゆき、もはや人間の頭部とは思えないものへと変形している。
「ったく、結局こうなるんだよな、ってくそっ!」
再び銃声。だが、その銃声はクリスの発砲したデザートイーグルではない、頭部を破壊されていない警官が放ったものだ。咄嗟にそばの箱型のゴミ箱に身を屈めるが、身を屈める直前で左肩を銃弾が掠める。
「あぁっ、Fuck! お気に入りだったんだぞ、このコートっ!」
「神に仇なす愚者には罰を」
「そうかよ。じゃあ、その神様のご来光でも喰らいな!」
腰から外したスタングレネードを空中に放り投げる。壁に張り付いていた二匹の警官と銃を構えていた警官にスタングレネードの眩しい光が降り注ぐ。その一瞬の隙をクリスは見逃すことはない。
すぐさま、デザートイーグルのマガジンに、先ほどのバーでもらった弾丸を装填。
一発。
銀の弾丸が、ビルの壁に張り付いていた警官の心臓を確実に捉える。
そのまま壁から剥がれ、苦しくもがいた様子の警官もどきの怪物はしばらく経つと動かなくなった。
「もういっちょっ!」
クリスの放ったもう一発の銀の弾丸も壁に張り付いた警官もどきの心臓を貫き、確実にその命を奪ってゆく。
彼らの正体は、このアメリカの開拓時代の亡霊ともいうべき存在。人間に寄生し、怪物へと変貌させ、影で罪のない人間を本当の意味で喰い物にしている。時に、人はそれを悪魔や悪霊と呼ぶが、クリスの所属する組織では『奇跡』と呼んでいる。
クリスが所属しているのは、そういった怪物を裏で処理する『蒐集家』と呼ばれるメンバーの一員である。特に、ジョンソン家はその蒐集家の中でも代々幹部のポストについている名家である。
「最後はあんただけだぜ」
「やはり、コレクターズは一筋縄ではいきませんね……」
「だろ? だったらさっさと死んでくれねぇか?」
「えぇ、ですが」
一手甘い。
次の瞬間、クリスの胸を何かが貫く。一瞬何が起こったかクリスは理解することができなかったが、自分の胸を貫いているのは先ほどの怪物の頭部が変形した肉腫のようなもの。
体の中心から何かが溢れでるような感覚に襲われながら後ろを振り返ると、先ほどまでゲロを吐いていたティーンエイジ達がこちらに向かって歩いている。そのうちの一人の女が腰から尻尾を伸ばしてクリスの胸を貫いていたのである。
「数を見誤った……、くそ……ごほ……っ」
ずるりと胸を貫いていた肉腫が抜け落ちるのと同時に、自分の足から力が抜け地面へと倒れそうになる。その体をデザートイーグルを握った片手で支える。だが、どう頑張っても体に力は入らず、このまま殺されるのは目に見えていた。
「はっ……、ったく。俺らしい最後っちゃ最後か……」
なんとか体を動かし、ゴミ箱を背にして大きく息を吐く。
クリスの周りに群がる、奇跡と呼ばれるもの達。全員の目には憎しみがこもっており、そんな目を向けてくる彼らをクリスは滑稽にしか思えなかった。
何が、奇跡だ。
奇跡、そんなものこの世にはありはしない。
そう、この手で救えなかったもの。
なんで今日まで生きていたんだか忘れていた。
「神の慈悲だ。最後に言葉を残すことを許可しましょう」
「……はっ、随分と慈悲深いもんじゃねぇか。なら、そいつに伝言だ」
口の端から血を垂れ流し、銃を突きつけてきた警官に向かってクリスは中指を立てる。
「Hasta la vista, baby」
警官が銃の引き金を引こうとした。
まさにその瞬間だった。
一陣の風が路地裏に吹き荒れる。同時に、警官の手首から先が暗闇に飲み込まれる。突然のことに、怪物の目をした連中は気づいていない。
だが、集団で固まっていたそれらを片付けたのは紛うことなき人間だった。
その人間は、細く長い曲線を描いた剣を持っており、剣についた血を振り払うと月明かりに照らされてようやくその姿が明らかになる。
黒のオーバーコートに身を包み、黒い髪を血で塗らせ、リクルートスーツのようなものを着込んだ身長の小さいアジア人の男がそこに立っていた。
「……」
「どうも、初めまして。クリスチャン・ジョンソンさん。こんな場で恐縮ですが自己紹介を。日本より派遣されました、蒐集家の一員。渡辺 綱紘と言います。以後お見知り置きを」
ひどく流暢な英語で、その日本人はクリスに向かって深々と礼をした。
と、同時にクリスの意識は遠のいていった。




