Answer
神は死んだ。
そんな言葉を口にした哲学者がいた。だが、そんな言葉を口にした哲学者は、今のアメリカの状況を見ても同じことを言えるのだろうか? いや、きっと言えやしない。
だが、文字通り神は死んだ。もっとも、手を下したのは自分だが。
あの日から約一年の月日が経った。全てを終えた、あの日から。実際、あの後ニューヨークを浮かんでいた繭は文字通り処理された。多くのミサイル攻撃を浴び、燃やされ、痛めつけられて崩壊していった。結局、神という名の自然を前に、人間が行ったことは破壊行為で歴史が辿った道をそのまま辿っていった結末だ。
だが、神を失った代償も大きかった。まず自然で言えば、例年を大きく上回る量のハリケーンが各地で発生し、多くの被害をもたらした。その上、干ばつによる農作物の不作や、家畜の謎の大量死など、自然を無碍に扱った人間の代償は大きかった。
そして、繭が生み出したものも例外ではない。繭こそ消え去ったものの、そこから生み出された生物は消えたわけじゃなかった。親玉を倒し、その子分ともども消え去るのは結局フィクションの世界だったというわけだ。
現在、その生物達はアメリカ全土に広がり人間に襲いかかってはまた別な進化を遂げているらしい。当然、アメリカが軍を投入して対処に当たらせたが彼らに専門的な知識があるわけではなく、対処は困難を極めた。そこで、残りわずかだった壊滅寸前のコレクターズの数人が軍に今までのミラクルに関しての情報を提供、銀の弾丸の製造方法などを提供をし、本来であれば自然消滅するはずだったコレクターズはアメリカ軍に吸収される形となった。
当然、戦闘指導として自分の名前も上がった。今までとは違う高待遇、前線に出なくてもいい役職、社会的地位の確保。だが、それらは全て断った。
元より、金が欲しくてこの仕事をしていたわけではない。そして、前線で戦わない道など、到底あり得ない。
よって、現在は赤貧の身である。だが一度、自分の元に莫大とは言い難いがそれでもそれなりのまとまった金が転がり込んできたことがある。それはイレナの遺産だった。イレナは生前、死後はジョンソン家に遺産の全てを贈与すると決めていたらしい。身寄りのない彼女ではあったが、それを理由に自分が受け取るわけにもいかな買った。そこで、自分の医療費の分だけ貰い、残りはハリケーンの被害があった地区へ全額寄付する運びになった。
その日暮らしというのが一番しっくりくる現状だ。今は細々とジョンソン家にある遺品を売り捌きながら食い繋いでるが、それもそろそろ限界に近い。
大きくため息を吐くと白い息がニューヨークの黒い空へと消えてゆく。
ニューヨークの復興はほとんど進んでいない。だがそれでも街を照らす街灯が残っているのと時折すれ違う人間が増えたことが、少しずつ前進している証だろうか。だが街の壁一面に貼られた行方不明者を探すビラだけは一向に増えてゆくばかりで数が減らない。
そんな今日はクリスマスだ。神の子が誕生したとされる日。そんな日に、神を殺した自分が思いを馳せているのは、なんとも皮肉の効いた話だった。雪に沈む足が向かう先は、暗いニューヨークの中で目立つようなネオンライトが目印の看板があるバー。先代が変わったため、純粋なバーではなくアメリカン・ダイナーをコンセプトに生まれ変わった新生コルトだった。
カランとカフェの入店音のようなベルと共に入店する。店の中は明るくはなっているものの、客は全くいない、だがそれでもこの店のマスターは入念にグラスを磨いていた。
「いらっしゃ……って、クリスかっ! 久しぶりだな、元気にしてたか?」
「あぁ、ブリブリ元気だ。イーサンは変わらずか。嫁さん、子供産まれるんだろ? クリスマスなのに、こんな辛気臭い店で働いてていいのか?」
「ウルセェな。嫁にはミルク代稼いでこいって言われてんだよ、ったく教師の仕事休職してから、うるさい毎日だよ」
そう文句を言いながら話すイーサンの顔はどこか嬉しそうである。そんな表情を浮かべるイーサンに向けて苦笑いを浮かべながら、クリスはバーカウンターの席に座り、そして背中に背負っていた楽器ケースを隣の席に立てかける。
「スコッチとオレンジのドライフルーツで」
「またいつものか、たまには別なの頼んでいいんじゃないか?」
「いいんだよ、俺はいつもので。あ、あとすまん。隣にカルーアミルクを、ミルク多めでな」
「了解。どうする? カップルストローもあるぞ?」
「ぶち殺すぞ、お前」
「冗談だよ、ただでさえアイパッチつけてんだから怖い顔するなって」
そう言いながらいそいそとドリンクを作り始めるイーサンを横目にクリスはバーカウンターに置かれたテレビモニターを見ていると、ちょうどニュースではロサンゼルスの様子が映し出されており、やはり繭から生まれ落ちた生物が人などを襲っているといった内容だった、そしてその中には軍に頼らず自警団のような存在がいることを報道しており、中には黒のレオタードのようなものを着込んだ女が『世はまさにレボリューションを求めてる!』なんてことを言いながら、建物と建物の間を飛び回っている様子が映し出されていた。
「ロスはいつからゴッサムシティになったんだ?」
「さぁな。まぁ、アメリカ全土がこんな様子だ、こういう輩が現れてもおかしくはないだろ」
「お前は軍に残らなくて良かったのか?」
クリスの問いに、ドリンクを作っていたイーサンの手が一瞬止まる。イーサンはあの日以来、軍で戦うことをやめた。あの日の一件で軍を退役するものは多かったらしく、イーサンもまたその一人だった。そのあと、大学時代の元カノとヨリを戻して結婚し、現在新婚の身である。だが、年金だけでは到底生活ができないため、頼られたクリスはニューヨークのコルトの店を無断で与えることにした。
ドリンクを作り終えたイーサンがそれぞれクリス、そして楽器ケースの前にドリンクを置いてゆく。
「元より、俺には向いてなかったんだ。どうせ、俺が生まれようが、死のうがアメリカは変わらない。でも……俺に変えられるとしたら、この手に届く範囲だ。それでいい」
「……かもな」
手にしたロックグラスを軽く回しながら、中のスコッチウィスキーを喉に流し込む。久しぶりの酒の焼けるようなアルコールが心地いい。同じく、皿に盛られたドライフルーツを噛み締め、甘さと苦さの混ざった味がウィスキーの香りと混ざる。
「そういうクリスはどうなんだ? 相変わらず化け物退治か?」
「まぁな。最近じゃ銀も高くなっちまって資金繰り問題にぶち当たってるよ」
「なら、テレビとか出たらどうだ? そうだなぁ……コメンテーターは難しいだろうから、通販番組のMCとか合うんじゃないか? 名前は『Hey!!!Christian!!!』とかどうだ?」
「ふ……っ、かもな。少なくとも口の悪いファッキン野郎には合うかもな」
思わず吹き出しそうになるクリスをよそに、自分の言ったことが面白かったのか笑いながらイーサンはキッチンへと消えてゆく。ふと隣を見れば無言の席、そこ立てかけてある楽器ケースに入っているのは楽器ではない。
渡辺の刀だ。
そんな楽器ケースの前に置かれたクリームの乗った可愛らしいカルーアミルクに軽くグラスを合わせる。クリスはグラスに残ったスコッチを一気に飲み干すと、コートのポケットから小銭を取り出しカウンターに乗せる。席を立ち、その場を後にしようとした時、ふとバーの照明が消えた。
真っ暗になった空間に、咄嗟に懐のデザートイーグルに手を伸ばすクリス。だが、店に流れ始めたレトロなクリスマスミュージックが流れた途端、緊張した体から一気に力が抜けるのと同時に奥からキャンドルの明かりを片手にイーサンが出てくる。
「お前なぁ……、ビビらせるんじゃねぇよっ!」
「ははは、悪い悪い。今日はクリスマスだろ? 少しくらい肩の力抜けって」
「はぁ……俺じゃなかったら、脳みそに風穴開いてたぞ」
大人しく席に着いたクリスの前に置かれたのはキャンドルとデザートプレートに盛られた可愛らしいデコレーションの施されたシフォンケーキだった。
「うまいもんだろ? 娘が生まれたら一緒に作るんだ」
「見た目はいいが、問題は味だろ。味」
デザートプレートの横に置かれたフォークを手に取り、シフォンケーキを切り分け口に運ぶ。クリームの程よい甘さに、シフォンケーキの繊維質な食感、そして紅茶が混ざっているのか香ばしさを感じる。
だが、その味はどこか懐かしい、家庭的な味を感じた。
「ご感想は?」
「……家族が誕生日にケーキを作ってくれた時を思い出した」
イレナとダニエルがバディを組んでいた時代。普段は外での出張で家を空けることが多かったが、自分の誕生日の時だけはどんな仕事があっても日付が変わる前には帰ってきてケーキを焼いてくれたことを思い出す。ダニエルが死んでからは、イレナがその役割を引き継いだ。
そんなことを思い出しながら食べ進めていれば、いつの間にか目の前の皿は空になっていた。
「……うまかった。お代は?」
「ん? 別にいいって、元々試作してたのを無料で提供する予定だったし。それに、俺からのささやかなクリスマスプレゼントだ」
「……そうかよ。それじゃ、お前の顔も見れたことだし、俺は帰るよ」
「なんだ、もう帰るのか。一応七面鳥も焼いてるんだぜ?」
「来るとは思わないが、後に来た客にでもくれてやれ。じゃあな、ご馳走さん」
軽く手を振り、背を向けながら楽器ケースを背負い店を後にしようとした。
「おいっ!」
「……なんだよ」
「……死ぬなよっ!」
イーサンの言葉に、一瞬ポカンとしたが意味を理解した瞬間、思わず吹き出し大きな声で笑うクリス。本気で心配していたイーサンとしてはクリスの反応は不服ではあったが、先ほどより明るい顔になったクリスを見て安堵の表情を浮かべる。
「イーサン、お前本当にいい奴だな」
「……あぁ、よく言われる」
「それに、自分の誕生日に死ぬ奴なんていねぇよ。じゃあな、また来る」
バーの扉を開け、外へと出るクリス。外ではすでに雪が降りしきっており、軽く吹雪のように景色は白く染まっている。本来であればクリスマスのニューヨークは様々な色で溢れているのだが、今夜ばかりは黒と白で埋め尽くされている。
そして、ニューヨークへクリスマスに来た目的。
現在、その場所へと向かっている。
だが、突如。
『クリスさん、誕生日クリスマスだったんですかっ!?』
「っ! あのなぁっ、急に頭の中で大声出すんじゃねぇよっ! 心臓止まるかと思っただろっ!」
クリスの脳内に突如響いたのは渡辺の声、当然ながら渡辺はいない上にすでに死亡している存在だ。であればクリスの妄想かといえばそうではない。渡辺は確かに、存在はしている。
ただし、肉体ではなく。魂の残留物として。
あの日、渡辺は神に対し全ての魂を注ぎ込み、神の不完全性を作り上げた。だが、その媒介になった鬼王丸に渡辺の魂の一部が残留していた。それだけならまだ良かったのだが、以前クリスが瀕死になった時に渡辺が延命のために鬼道を使って魂の一部を流し込んだため、クリスの中の渡辺の魂、鬼王丸の中の魂が共鳴してこのような現象を引き起こしている。
と、いうのが残留している魂の渡辺の話である。
最初に話しかけられた時は自身の正気を疑い精神科やカウンセリングを受けたが、元より原因は他にあったため仕方がない。
「なんでこんな変なことになってんだか……」
『まぁ……、僕自身そう長くは持たないので。それまでの付き合いだと思っていただければ』
「そういう問題じゃねぇんだよ……」
余計な考えを起こさないよう、スマートフォンを起動し、イヤホンを繋いで音楽を流し始める。流す曲はサンボマスターの『できっこないことをやらなくちゃ』。渡辺が一年前、散々マスタングの中で流していた曲の中で気に入った唯一のバンドである。
『それよりも、クリスさん。いつになったらこれ研いでくれるんですか? 一年前から刃こぼれしっぱなしですし、鋒地面に擦ったせいでひん曲がってますし』
「あのなぁ、テメェの国のとこの職人クソ高ケェんだよっ! ただヤスリかけるだけでどんだけ金むしり取るんだあいつらっ! その癖俺がグラインダーでやろうものならギャンギャン言いやがって」
『クリスさん……、時代を超えて継承されてきた技術の結晶なんですよ、研ぎって。技術に値段はつけられませんって。それに、これ出すとこに出せば国宝級のものなんですからね』
「はぁ……、イレナの遺産。もう少し貰っておくんだった……」
渡辺との言い合いにも慣れたものである。当然周りの人間には渡辺の声は聞こえていないため、クリスがただ大声で喚いてるだけにしか見えないのだが。そんな言い合いをしながら目的の場所に到着する。
そこは封鎖されたニューヨークの地下鉄の入り口。
危険区域を意味する黄色いテープを無視し、地下へと続く暗い階段を下ってゆく。クリスの歩く靴の音だけが反響して地下空洞を震わす。かつて、多くの人が出入りしていた改札口も今はただの扉でしかなく、手で押せば切符を買わずとも通ることができる。
そして、地下鉄が通っていたレールの上に降り立ち、手に持った懐中電灯で周囲を照らしながら進んでゆく。すでに、地下鉄は機能しておらず、レールに電気は通っていない。その理由はこの先にある。
「……いたな」
『いますね』
懐中電灯の先にいる、黒い人形の集団。あの日、繭から産み落とされた生物は進化を遂げ、人を襲いながら地下で生活をするようになった。ある意味では生存手段としては正しい、よって地下鉄は格好の生息域になった。
そして、すでに彼らは動物の形から人間に近い姿をするようになっている。
「気づいたな」
『ですね』
楽器ケースが勝手に開き、クリスの左手に鬼王丸。そして右手にデザートイーグルが装備する。落とした懐中電灯の音に気づいた化け物がこちらに向き、一気に駆け出してゆく、その顔は人のように目や鼻などを持たず、大きな牙のついた口だけがダラダラと涎を垂らし奇声を上げている。
自分のしている選択は正しいかどうかはわからない。
多くを殺し、
多くを失い、
多くを捨ててきた。
だが、今歩みを止めるわけはいかない、その先がたとえ地獄だろうがなんであろうが覚悟はできている。自分が地獄に行くことで、どこかの誰かの幸福を守れるのなら、この命をかける価値はある。
それに、今ならオマケもついてくる。一人で地獄に行くより張り合いがある。答えなど等に出ているのだから。
だから、俺たちのラストシーンはこれでいい。
「『Hasta la vista,baby』」




