Fourteenth Question“Imperfect”
最後の一匹を手に持ったサバイバルナイフでクリスは狼の喉元を突き刺し、確実に絶命させる。すでに周りには生き物の死骸で埋め尽くされている。突然土から生えてきたかのように現れた生き物たちは古代樹を調べているクリスに突然襲いかかってきた。もう何かがやってくるような気配は感じないが、これ以上は戦うことはできない。すでに、装備品のアサルトライフルは使い物にならず、デザートイーグルも残弾無し、閃光手榴弾も使い切りコルトSAAは神殺しに必要なため使ってはいない。
「っ……サムライ……っ!」
クリスは右腕から血を流しながら古代樹の幹を伝ってヨロヨロと歩き出す。クリスの体はすでに全身に噛み傷だらけ、背中は爪で引き裂かれ、右目に至っては潰れてしまったのか何も見えない。
体はズタボロだが、それでも最後の仕事は残っている。それにはあの男が必要だ。
「……クリスさん……っ!」
「サムライ……っ、お前生きて……っ!?」
古代樹の幹を伝って歩いていたところに出会った渡辺、思わず生きていたことに安堵するクリスだったが、目の前の彼の体の状態を見て愕然とする。
全身に切り傷を負い、中には骨が見えかけているものもある。そして何より、彼の左腕が消失していた。何か布で巻いて止血しているのはわかるが、それでも重症なことには変わりない。
「……とりあえず、お前のケツにそいつをぶち込む心配は無くなったな」
「……ですね……はぁ。休暇が欲しいです……」
「ほら、肩よこせ。あっちに逝ったら一緒にイレナに文句を言ってやろうぜ」
少しだけ吹き出しながら渡辺はクリスに寄りかかるように残った右腕を肩に回し支えられながら古代樹の周りを歩く、すでにクリスは神と思しきものを発見している。問題は、それをどうやって破壊するかだった。
そして、生き物の死骸が散らばる地点を通過し、たどり着いたのは古代樹の幹のコブの中でも一際大きいものだった。しかも、その表皮は木のそれではなく磨かれた水晶のように滑らかで白く輝いている。その大きさにして直径二メートルあるかないかだったが、これが神だと言われても納得できてしまうほどに神々しい輝きをしている。
「……さて、こいつの出番か」
腰からコルトを取り出しシリンダーを確認する。多少返り血で汚れてしまっているものの動作に問題はない。このくらいの石の塊であれば粉々にするのは造作もない、たとえそれが神の作ったものだとしても、人間の創られたもので壊されるというのだから、なんとも皮肉なものだ。
コルトをまっすぐ照準は右目が見えないためブレてはいるが、それでもあんなデカい的なら、老人でも当てられる。
コルトの撃鉄を起こし、引き金に指をかける。
これで、全てが終わる。
これで、やっと、全てが、
「クリスさんっ! だめですっ!」
「っ!」
今までずっと呼び止められていたのだろうか、全く気づかなかった。だが渡辺の形相から察するにただ事ではないことがわかる。視界にとらえている神に変化は見られない、しかし渡辺の目には確実に何かが映っている。
「どういう意味だ、サムライ。これで全てが終わるんだぞっ!?」
「そうじゃないんですっ! あれは……、完成された存在なんですっ!」
「……何?」
渡辺の言っている意味がわからなかった。突然宗教的な思想でも持ち始めたのかと思いきや、どうやら違うようだった。
「今、あれにこの銃弾を使っても。おそらく傷一つ付きません、あれは完璧であるから神、故に弱点を持ちません……」
「……なら、なら……っ! ここまで来たのは無駄だったってことかっ!? あいつらが死んだのも全部無駄だったってことかっ!?」
渡辺の言葉に噛み付くクリスだったが、気持ちとしては渡辺も同様だった。多くの仲間を失い、傷つき、ここまでに多くの屍を超えてやってきた、その結果が何もできない。
そして、このまま何もしなければ自分達が死ぬのはもちろんのこと、地上に神が降臨し、おそらく人類の虐殺という名の粛清が始まるだろう。
だが、いくら嘆いても目の前の現実は変わらない。渡辺の眼だけが、その真実を捉えている。
そう、現実を変えることができるのなら。
それは、きっと。
「……一つだけ。方法があります」
「……なんだ、サムライ」
項垂れて座り込んでいるクリスに渡辺が軽く見下ろしながら語りかける。それは、きっと話したら彼は許しはしないだろう。だが、今まで道具として生きてきた人間が、意味を持つというのならきっと今この瞬間だ。
「……あれに弱点を作ります。僕の命を使って」
「……は?」
「正確には、鬼道を使って鬼王丸を通じて僕の魂をあれに流し込みます。僕の魂を取り込んだあれは神としての完全性を保てません、そしたらそのコルトの銃弾が効くはずです……これは、半ば賭けですが」
確かに、これは賭けだった。元より、コルトの銀の銃弾は植え付けられた魂の汚れを浄化し、消失させるもの。下手をしたら流し込んだ渡辺の魂だけが消える可能性もある。しかし、方法はこれしかない上にできるのは鬼道を扱える渡辺以外いない。そして、人間一人分の魂でなければ弱点は生み出せない、クリスの延命措置に使ったような量では絶対に無理だ。
話を聞いたクリスは何か言いたげに口を動かし、声を漏らしているがクリスもそれが最善の方法だと理解しているのだろう。最後に唇を噛み締め、地面に顔を向けるとふらつく足で立ち上がる。
「……わかった。あとは俺に任せろ。……全部、終わらせてやる」
「……クリスさん、お世話になりました。あなたと戦えたことを、光栄に思います」
「……相変わらず固ぇんだよ、お前は。こっちこそ世話になった、ありがとよ」
そう言って差し出すクリスの右腕、咄嗟に渡辺も自分の右腕を差し出し固く握手をする。これ以上の言葉はいらない、どうせ逝く先は一緒だ。言葉を交わすのはその後でいい。
神の前に、刀を持つ、片腕を失った人間が一人。
神々しい、触れるのすら畏れ多いそれに鬼王丸の鋒を突き立てる。
その後ろで、男は静かに見守る。今、目の前の人間が、何を成そうとしているのかを。
人間は、刀に自身の命を注ぎ込み始める。鬼道を扱い、自身の魂を神に注ぎ込む、徐々に体の制御が離れてゆく感覚を感じた。この世界から別れを告げる、だがあまりにも多くの後悔を残してしまった。
でも、同時に自分の師の言った言葉に、今なら返答できるかもしれない。
僕は、確かに人間になれた。と。
その瞬間、神の放つ光があたり一体を包む。すでに刀を突き立てていた男の体は光の粒子と共に消失し、その場にあるのは戦いの傷の残る刀のみ。その光は背後で見ていたクリスを飲み込む。
あまりにも眩い光に、クリスは思わず両腕で目を抑える。しばらくして、周囲の空気が全く変わったことに気づき、恐る恐る目を開けると、そこには先ほどまであった森はなく、何もかもが真っ白に塗りつぶされたどこまでも何もない空間があった、足元を確認するも、そこには同じく真っ白な空間があるのみで、クリスは自分が今どこでどのように立っているのかが全くわからなかった。
「僕は……」
「っ!?」
突如背後から聞こえた声、その声は女か男か、老人か幼子か、全く判別ができなかった。咄嗟にクリスはコルトを構え突きつける、そこに立っていたのは小さな人型の子供、長く黒い髪は足元を超えて垂れ下がっており、その幼い顔立ちからは性別を読み取ることができない。だがそれが身纏っている純白の服に一点だけ、黒く滲んでいる部分がある。
「お前は……?」
「私は……たくさんの人に望まれて……多くの命を……地上に生みました……でも……みんなは……僕のことを……嫌いました……」
「……」
目の前のそれは、涙を流していた。
それは、それは静かに、美しく。
コルトを握る手が震える、きっと目の前にいるあれが殺すべき標的だ。多くの人間を惑わし、殺し合せ、そして大事な人と大事な仲間を奪った張本人だ。
殺すんだ、
殺すんだ、
殺すんだ、
そして、そして……
「……愛していました、あなた達、地上の子を……だから……僕のことを、私のことを……忘れないで」
「……そうかよ、じゃあなクソッタレ。……死んでも忘れねぇよ」
撃鉄が下り、二〇〇年もの間、今か今かと使われるのを待っていたコルトが放つ銀の銃弾が、まっすぐ、迷いなく心臓を貫く。純白の服に徐々に赤いシミが広がる。世界にヒビが入る、徐々に崩壊する世界の中、クリスの足元が崩れ去り暗闇へと落ちてゆく、どうせ行先など決まっている。
多くの人間に手を掛け、
多くの仲間を見殺しにし、
そして神すらもこの手で殺めた、
こんな人間などに用意されている地獄はさぞ格別なものだろう。
意識は、闇の穴の中へと落ちてゆく。
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「……んあ? なんだ……」
「もうお昼だよ? お仕事帰りなのはわかるけどデートの約束はちゃんと守ってっ!」
「……」
突然体を揺さぶられた感触に目を覚ますクリス、ぼんやりとした頭で周囲を見渡すと、壁に貼られた映画ポスターの数々と床に散らかった衣服、そして二人分のベットに残る懐かしい香り、そしてとっくに忘れてしまったと思った懐かしい声。
「イザベル……?」
「ん? 何、まだ寝ぼけてるの? 今日は新しくできたパンケーキ屋さんに連れてってくれるって……っ」
思わずベットから飛び起き、声の主を力強く抱きしめる。肌から感じる温もりは間違いなく彼女のものだ、失った彼女のものだ、自分で殺めた彼女のものだ。呼吸が乱れ、過去に起こった事実と今目の前に起こっていることの差異を受け止められずにいる。
「ちょ、ちょっとクリスっ。どうしたの?」
「イザベル……俺……っ、なんで……っ」
「もう。悪い夢でも見たの? それと、風邪ひいちゃうからちゃんと服は着てね」
優しく、泣く赤子を宥めるようにクリスの頭を撫でるイザベルは何があったのかはわからないようだった。だが、自分だけは確実に覚えている、変わり果てた彼女を撃ち殺し、全てを憎んだあの夜のことを。
そう、あれは悪夢だった。
悪夢だったのだ。
「さ、泣き虫さん。早くお洋服を着て、パンケーキ屋にいこ? できたばっかりだから混んじゃうかも」
「……そうだな。早く準備するよ」
下着姿でベットの下に散らばった自分の服を拾い集めて着替えてゆく、今まで起きた出来事を疑うことなく、今までの不幸を拾い集めるように。そして、ベットの下に潜り込んだ靴下を拾おうとした時だった。
指先に、何か固いものが当たる。
「……なんだ?」
怪訝そうにクリスが靴下と共に拾い上げたもの、
それは紛れもない、イザベルとクリスの名前が彫られたデザートイーグルだった。あの日、イザベルを撃ち殺した日に彼女のことを忘れないために掘り込んだもの。
そうだ、こんなところにいるべき人間ではない。
幸せを噛み締める価値なんて、自分にはないのだ。
それは、すでに捨てた生き方だろう。
「クリス? どうしたの?」
一向に出てこないクリスを心配したイザベルが部屋のドアを開けて入ってくる。手に持っているのは罪の証、そして目の前にいるのは捨てたはずの幸福。
彼女と生きたい、このまま夢でも悪夢でもいいから彼女のそばにいたい。
失ったはずの幸せを取り戻したい。
この苦しみから解放されたい。
でも、でも、でも
あまりにも美しすぎるんだ。
「イザベル……ごめん。俺は、一緒にはいけない……俺には行かなきゃいけない場所があるんだ……」
「……クリス」
イザベルがゆっくりと近づく。その表情は、あの時と変わらない綺麗な表情で、でもどこか寂しそうだった。そんな彼女は、涙を流すクリスの頬を指で優しくなぞり、軽く口づけをする。
「本当に、クリスは泣き虫なんだから。でも、本当に強い人。たまには息抜きをしてね、大好きな映画でも見て」
「……あぁ、そうするよ。何がいいかな……ジム・キャリーが好きだったよな?」
「うん、エターナルサンシャイン。私のお気に入り」
「はは……そこを持ってくるのか……イザベルらしいな……」
あの映画の結末は知ってる、だがハッピーエンドで終わらないのがあの映画だ。だからこそ美しい。
「いってらっしゃい、あなた」
イザベルに突き飛ばされたクリスは吸い込まれるようにスローモーションで倒れてゆく。
これは、夢が終わる前ぶれだ。
幸せな夢を見た後の、苦い後味。
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「っ! はぁっ!」
「AED準備終わったかっ!? なんでもいいがこいつの握ってるそいつを引き剥がせっ!」
覚醒した意識の中に殴り込んできたヘリのうるさい音、そして男達の大声でのやりとりに思わず顔を顰めるが、それ以上に全身に負った怪我があまりにも痛く、もう一度意識が落ちそうになる。
「んっ!? おいっ! 意識が戻ってる、戻ってるぞっ! あんたっ! 名前言えるかっ!?」
「……クリスチャン……ジョンソン……」
「やっぱりだ、あの口の悪いファッキン野郎の名前だっ!」
名前を聞かれた上で暴言を吐かれたため思わず目の前でこちらにライトを当ててくる男に殴りかかろうとしたが、腕に力が入らない。だが、その右手には確かに渡辺の扱っていた鬼王丸が握られていた。
「……ここは……どこだ……?」
「あ? USAFのヘリの中だっ! さっきまで意識不明だったんだぞっ!」
「なんで……俺を……?」
「あんたらのヘリが墜落する前に通信があったんだっ! 余裕があれば、あの中に入って潜入した二人を救助してほしいってなっ!」
「……はぁ……あのマスター……」
「……申し訳ないが、もう一人は確認できなかった。見つかったのはこいつを握ってるあんただけだった」
男の言葉を聞き、クリスは半ば諦めていたものの、それが事実となって突きつけられたことで渡辺は助からなかったことを理解した。だがそんな感傷に浸るまもなく、ヘリが何かの衝撃を受けて大きく揺れる。
同時にヘリ内に鳴り響く警告アラート。
機体が回転し始め、確実に墜落の予兆だというのは先ほど経験したばかりだった。
「これより不時着するっ! 全員衝撃に備えろっ!」
その声が鳴り響いた瞬間、ヘリが道路と接触し横滑りしながら車達を薙ぎ倒してゆく。だが道路の凹みでヘリが空中に投げ出され、プロペラが地面を切り刻みながら横回転を繰り返して地面を転がってゆく。
当然中にいた人間達は壁や床に叩きつけられているものの、クリスは怪我人として床に固定されているため視界と脳が回転するだけで済んでいる。やがて回転が収まり、鈍い金属音を立てながらヘリは動きを止めた。中にいた隊員は生きているのか死んでいるのかはわからないが全員気を失っているようだ。
「あぁ……Fuck!」
クリスは自分を固定しているものが先ほどの衝撃で緩んでいることを確認すると、無理やり腕を引き抜き、体を固定しているテープを無理やり引き剥がす。右手に持った刀を支えに体を起こし、ヘリの歪んだ扉を開ける。
黒煙に染まったニューヨークの街、そして空には多くのヘリや戦闘機が飛び交っており、地面に降り立ち先ほどまで自分のいた黒い繭の方へと向くと、ミサイル攻撃を立て続けに受けており、徐々に崩れているのがわかる。
何もかもが終わった。
「……帰ろう」
自分の仕事は終わった。見れば繭から何かが生まれている様子はない。
刀を引き摺りながら歩く。周りの建物には見覚えがあり、そこはイレナと合流したビルのそばだった。となると、近くに渡辺の停めたマスタングがあるはず。ビルを通り過ぎる時、誰かから声をかけられたような気がしたが足を止める気が起きなかった。
ビルより少し離れた場所のコインパーキングに、そのマスタングは止まっていた。しっかりと停止線に沿って綺麗に止まっており、見るも無惨な姿になっているマスタングに大きなため息を吐くが、ご丁寧に停止板まで上がっており更に大きなため息が出る。
マスタングに乗り込み、大きく背もたれに身を預けると手に持っていた刀を隣の助手席のシートに勢いよく突き刺す。徐に、ダッシュボードを開けて中から数本のタバコが入った箱を取り出す。普段は吸うことはないのだが、仕事がうまくいった時にだけ吸うことにしている。同時に取り出したライターに火がつくかを確認し、タバコに火をつけると数年ぶりに入り込んだタバコの煙に咽せながら、割れたフロントガラスの向こう側の曇りがかった空を眺める。
雪がちらつき始めた。思えば、冬だった。
「……寒いな……」
マスタングのエンジンが奇跡的にかかる。とりあえず、近くの病院は受け入れてくれるかと考えながら、停止板にバンパーを持っていかれマスタングは壊れたニューヨークを進んでゆく。
そして、一年が過ぎ去った。




