Thirteenth Question“Encounter“
繭の中に飛び込んだ二人は地面を転がりながら、なんとか無傷で潜入することに成功する。だが、その背後では爆発により大破したヘリが大きく軋む音を立てて、穴に引っかかりながら炎を上げて下へと落下していった。
イレナとマスターと共に。
大きく呼吸をしながら、自身の命が残っており体の中を酸素が行き渡っているのを確認しながら立ち上がる。だが、渡辺が立ち上がるのに対しクリスはいまだに地面を見つめている。その拳を、手のひらに爪が食い込むような勢いで握りしめながら。
「……行きましょう。クリスさん、元より僕らにも後はありません。どうせ死ぬのなら、先に逝った彼らに顔向けできるように生きましょう」
「……あぁ、そうだな」
渡辺の言葉に動かされるように、少しふらつきながらも立ち上がるクリス。ヘリでの移動手段を失った今、仮に繭の内部にいるであろう神を殺すことができたとしても脱出する手段がない。故に、ここが二人の墓標になる。
どうせ死ぬのなら、最後まで戦い抜く。
そのような生き方しかしてないのだから。
「それにしても……これは、一体……」
「……あぁ、ゴールデンチケットに当たった覚えはない」
繭の内部は、黒い外見からは想像ができないほどに自然豊かな緑で溢れかえっていた。川のようなものが流れている音も聞こえ、生き物こそ今は確認できないが、小鳥の囀りが聞こえそうなほど豊かな自然で溢れている、ふと上を見れば陽光のようなものも確認できる。
まさに、開拓前の自然を思い浮かべてしまう。今のアメリカが失った世界を体現しているかのようだった
「神様とやらは一体どこにいるのやら……」
「セオリー通りなら、繭の中心って考えるのが普通だろ。それに早くしたほうがいい、こいつが現れて何時間かわからんが早めの方がいい」
「賛成です。中心に急ぎましょう」
駆け足で森の中を進んでゆく二人。渡辺は元より装備は刀だけなので問題はないが、問題はクリスだった。クリスの装備のアサルトライフルの残弾は十五発ほど、デザートイーグルも残りマガジン一本、そしてイレナから渡されたコルトSAAには銃弾が一発のみ、閃光手榴弾が二つと仮に戦闘になれば主戦力は渡辺のみである。
「でも、本当不気味なほど静かですね」
「あぁ、全くだ。気味が悪りぃ」
川のせせらぐ音以外は全くもって無音。これだけ自然が溢れているのに生き物の音が二人の草を踏み締める音だけというのは余計に不安を掻き立てる。そして、繭の中心を目指し走ること五分ほど、徐々にそれらしきものが見え始める。
繭の内部の森の中心に聳え立つのは思わず見上げるほどに高く青々とした葉をつけている古代樹だった。
「多分あれだな」
「ですね」
腰の高さほどの草をかき分けながらクリスを先頭に二人は古代樹の麓へと向かってゆく。そして、目に入ったのは古代樹の張り巡らされた木々の隙間から溢れる優しい陽光、大きなコブをつけた不均等な大きさの幹には樹が持つ歴史を感じさせる、もし仮に理想郷というものがあるとするのならば、このような光景のことを言うのだろうか。
二人が息を呑むその光景。
だが、明らかに異質なものが、そこに鎮座していた。
赤黒い肌をした、両手に大太刀のようなものを握りしめている筋骨隆々の巨体の男がそこにあぐらを描いて座っている。人間ではないのは一瞬で分かった、だがそれ以上に異質なもの。
首が、ない。
「っ……」
咄嗟にアサルトライフルを構え発砲。しかし、弾丸が届くその刹那、目の前の怪異は瞬く間に姿を消す。姿を見失ったクリス、だがしかし渡辺だけがその殺気を追いかけていた。
突如背後から切り掛かる怪異、クリスの首を狙った大太刀は横一文字に振るわれる。だが、その大太刀の動きを眼で追えなくとも勘で見抜いた渡辺が寸前で防ぐ。
「……させねぇよっ!」
鋼と鋼が激しくぶつかる音。咄嗟に後ろ蹴りでクリスを古代樹の麓まで蹴り飛ばす渡辺。只者ではない空気を感じ取ったのか、怪異はすぐさま身を引き距離をとる、渡辺もすぐに攻めに行くのは得策ではないと判断したのか構えを崩さず牽制する。
「サムライっ!」
「クリスさんは古代樹を調べてっ! ……正直、クリスさんを庇いながら戦える相手じゃない……っ!」
渡辺の額には冷や汗が浮かんでいる。先ほどの動きは全く見えなかった、ほぼ勘で防ぐことができたのは奇跡に近い。今まで相手にしてきたミラクルとは全く違う次元の強さ、それに先ほどの一太刀を受けて分かったこと。
正直、この勘は外れていてほしい。
「おいっ!」
「……っ」
「……先に死ぬんじゃねぇぞっ! 先に死にやがったらテメェの死体のケツにその刀ぶち込むからなっ!」
そう言いながら古代樹の周りを調べ始めるクリス。彼の言葉に思わず吹き出しそうになる渡辺だがおかげでヒートアップしていた頭が少しだけ冷静になる。
渡辺の中にある勘の正体。赤黒い肌、そして筋肉質な体、二キロは余裕で越えるであろう大太刀を両手に持ち振り回す怪力。
相手の怪異の正体は、鬼だ。
渡辺家は代々鬼狩りの一族。だが現代日本でお目にかかることはまずほとんどない。そんな鬼がなぜここアメリカの、ましてや繭の中に。そして、首がない状態で鎮座しているのか。
「……シィッ」
鋭く呼吸を吐き、一気に間合いを詰める渡辺。首がないのであれば、狙うべきは急所の心臓。理由を考えようとしても意味はない、障害があるのならば斬り捨てるのみ。
渡辺の斬撃を鬼が大太刀で受け止める、だがすかさずカウンターで反撃をする鬼の攻撃をギリギリの間合いで躱す、体を捻らせ勢いの乗った斬撃を放つも鬼もそれに対して身を引きながら躱してゆく。
確実にこちらの動きを読んでいる。
いや、この違和感。
「っ!?」
渡辺の攻撃を受け切り、続いて鬼が連撃を放つ。大太刀から振るわれているとは思えないほど精密な動きと手数の多さ、しかも雑に振るっているわけではなくこちらの体の動きを正確に読んで振るっている。
確実に躱しているのに入り込む攻撃を避けることができず、左肩に裂傷、右足太腿に斬撃が掠める。これでも被害は最小限、そしてこの攻撃で違和感の正体がはっきりした。
この鬼、自分の扱う流派を体得している。
しかも体得しているだけじゃない、自分自身の特性を完全に活かした上に改良まで加えてる。
「チィっ!」
豪雨のように振るわれる斬撃を思わず刀で受け止めてしまう渡辺。
剛腕から振るわれる大太刀の衝撃がもろに体に響き、左肩の裂傷から血が吹き出る。そして、このままでは刀を折られる。激痛で頭が回らない中、体を動かそうとするが、振るわれたもう一刀が頭上に迫り来る。
「まず……っ!」
即死、だが生存本能が激痛よりも先に脳を動かす。咄嗟に刀から手を離し防御を解く、手から離れた刀は空中で回転、頭上を大太刀が通り過ぎる中、もう一方の大太刀を避けるように地面を転がり、回転する刀を右手で受け止める。
すかさず切り込む逆袈裟、咄嗟の判断だったが今ここで肉体を断つチャンスには間違いない。心臓からは遠い斬撃だが、肉体に刃さえ通れば勝算はある。
鋭い斬撃が、赤黒い肉体に斬りこまれる。
はずだった。
「……は?」
確実に刀の刃は赤黒い皮膚に届いていた。だが刃先に触れたものの感触は今まで斬ってきた生き物の皮膚とは全くの別物。まるで硬質のゴム素材を切りつけたかのような感覚だった。刃はその皮膚に一ミリも切り込まれていない。
混乱する渡辺の思考が一瞬止まる。当然、その隙を鬼は見逃さなかった。
突如渡辺の腹部にめり込む鬼の丸太のような太い足。胃の中身と血が混じったものが口から引き出され、同時に自分の中の何かが折れる音が響く。
地面に何度も体を叩きつけられ吹き飛んでゆき、古代樹の麓の幹に叩きつけられる。起きあがろうとしても体が指一本動きそうにない。最悪だったのは、ここまできても気絶しなかったこと。
否応にも現実を直視できてしまう。
あまりにも、相性が悪すぎる。武器は大太刀対刀、普通なら相対することがない組み合わせだがまともに戦えば刀が折られる。間合いも踏み込めさえすれば勝算はあるが、二刀の上にまずその隙がない、踏み込めても刃が通らない皮膚を持つなど想定外すぎる。
そして、流派を体得し熟知していると言うこと。おそらく、あの鬼は今の自分が扱う技術よりも遥かに高水準だった平安時代の元祖のものに近い。こちらの出す技など読まれる上に返し技を受ける。
「……っあ……」
陽の光がやけに穏やかに感じる。今まさに風前の灯火の命なのに、このまま死んでしまってもいいかもしれないと思えるほどに穏やかだ。
だが、ふと耳に入った音が渡辺を現実に戻す。
銃撃音が聞こえる。
繭の外の音ではない、明らかに古代樹のそばで誰かが戦っている。
そんな人物。一人しかいない。
「……っあぁあああああああっっっっ!」
激痛に軋む体に鞭を打つ。ここまできて離さなかった鬼王丸を地面に突き立て体を支え、よろめきながら立ち上がる。まだ鬼とは距離がある、どうやらすぐにトドメを刺すつもりはないらしい。
舐められたものだ。
口の端についた吐瀉物と血を拭いとる。
勝算はほとんどない。だが、全くないわけではない。
斬撃が効かない、であればあの鬼の体に攻撃ができる方法は突き技しかない。そして、この流派の突き技は二つのみ。だが、たとえどちらの技を選んでも鬼は対処できるだろう。
「スゥ……」
息を取り込むのと同時に、膨らんだ肺が折れた肋骨を圧迫し痛みが走るが、そんなことお構いなしに脚部に全神経を注ぎ込む。放つ技は一つに絞り込めた、そしてこの技は実戦で扱うのは初めてだった。
だが、師範から教わった、この技は。
自分を何度も打ち負かした、この技を持って終わらせる。
「……っ!」
バックステップ、古代樹の幹に足を置き縮んだバネが如く足を折り曲げ、蹴り出した体は一直線に鬼の心臓に鬼王丸を突き立て向かってゆく。
鬼は身構える、すでに首がないため視覚や聴覚で敵を判別することはできない。だが異常に発達した触覚で相手が何をしようとしているかはわかる。斬撃が効かないからと突き技に切り替えたのは正しい判断、だが捨て身の特攻とは。相手が向かってくるのであればこちらから迎え打つ必要ない、ただ構えて反撃をするそれだけで済む。
やはり、あの男を超えるものはいない。
己の首を斬り落とした、あの男以外は。
無益な、つまらない戦いだった。
速度を落とさず突っ込んでくる男に向けて、斬り捨てるように大太刀を構える。このままいけば相手は真っ二つ。仮に躱せても突き技の後には大きな隙が生まれる、そこを斬れば相手は対処できない。
鬼の持つ大太刀が振るわれる。
渡辺の体は両断された。かのように、思われた。
大太刀を振るった感触は肉ではなく空を断つ感触だった。
鬼の理解が追いつかない、確実にあの流派の技のはず。しかし、次に鬼の触覚が認識したのは、自分よりはるかに低い位置にいる渡辺の姿。防御をしようにも間に合わない、あの突き技は流派最速の技であることは、何より鬼自身が知っていた。
口のない声で叫ぶ。憎き、あの男の名を。
次の瞬間、鬼の心臓が貫かれるのと、大太刀が相手の肉を裂く感触を知覚したのは同時だった。
『今道四季流 剣技一刀<夏> 翡翠<煌>』
他でもない、師範が原典を改良した。師範から学んだ者しか扱えない技だ。




