Twelfth Question”Inferitance”
「もっと近づけてっ!」
『……了解です、イレナ様、クリスチャン様。露払いをお願いします』
現在、繭の周囲を飛行中のヘリは搭載された超音波スキャナーを使い、繭の外壁の厚みを測定し、その脆弱性のある箇所を探している最中だった。しかし、連中がそう易々とそんな行為を許すはずもない、ヘリの周辺には先ほどビルに突撃してきたワシの群れと同様の鳥たちが群がっている。
イレナはそれらを弓で、そしてクリスは対戦車ライフルで応戦していた。
「イレナっ! 何であんたいつも弓矢ばっかり使ってるんだよっ! 火力が足りねぇだろうがっ!」
「ミラクルを処理するのにバカスカ街中で銃声立てられるわけないでしょっ! それに、必要なのは火力じゃなくて技術だって、ダニエルから教わらなかった!?」
「チィッ、クソ親父がっ!」
それぞれヘリから身を乗り出し、近づいて攻撃をしようとしてくる鳥を撃ち返している姿を見ていた渡辺も、何かできないかとヘリの壁に掛かっている銃器に手を伸ばそうとした時だった。
「やめておきなさい。銃の扱いに慣れてない人がそれを持てば、味方を傷つける可能性もある」
「その通りだ、今は何もするな。この後大仕事が待ってるんだ。今は温存しろ、サムライ」
クリスとイレナの言葉に一瞬何か言いたげな表情をした渡辺だったが、しばらくして壁に向けて伸ばした手を静かに下ろした。
クリスは空になった弾倉を床に投げ捨て、壁にぶら下げてある装備品からマガジンを取り出し装填する。
「それにしても、新人くんのこと『サムライ』って呼び始めたの?」
「何か文句でもっ!?」
「いえ、ただ懐かしいって思っただけっ! 昔、あなたが小さい頃見てた映画に出てきたじゃない、サムライがっ!」
「クロサワのかっ! 俺の名作ベストテンの一つだっ!」
「小さい頃は、あれを観てサムライになりたいっ! って言ってたものねっ!」
「ウルセェ黙ってろっ! 集中しやがれっ! マスターっ、解析どこまで進んでるっ!?」
イレナの言葉を遮るように操縦席のマスターに呼びかけるクリス、すでに繭の周囲を二回ほど回っているが、その規模はかなり大きく一機のヘリでは時間がかかるのは当然の問題だった。
『……全体の約30%ほどです。尚、いまだに脆弱性は確認できておりません』
「クソっ! イレナっ! 他に兵装は!?」
「無いっ! こいつに穴を開ける用のミサイルと迎撃用のこれらの火器を用意するので精一杯だったっ!」
消耗戦になれば不利なのは火を見るより明らか、さらにこの後対峙しなくてはならない敵のことを考えれば、これ以上の戦闘は間違いなく敗北を意味する。
このまま、負けるのか。
ここまできて、負けるのか。
ここまで失って、負けるのか?
『……皆様。こちらに何かが接近してきます』
突如、敗走という言葉が浮かんだクリスの耳にマスターの通信音が入る。一瞬嫌な予感がよぎった、だがその予感は聞こえてきたプロペラの轟音と共に吹き飛んでいった。
プロペラ音の正体。それは、紛れもないアメリカ空軍の所有する数機のヘリの音、そして爽快なエンジン音と共に晴天を斬り裂くのは戦闘機F-22ラプターだった。そしてそれらは次々と繭に向けて攻撃を仕掛けており、アメリカ空軍の持つ圧倒的な火力の暴力が戦況を一変させた。
「マジかよ……」
『……クリスチャン様、友軍から通信が入っております。これからお繋ぎしますので少々お待ちを』
「……は? 俺に?」
マスターの言葉に困惑するクリス。当然だがクリスに空軍の知り合いなどいない、むしろ民間人などが持ち得ない武器を多数持っているため逆に処罰される可能性がある。
そんな考えなどお構いなしに、クリスのヘルメットの通信が切り替わる。
『こちら、USAF所属のUH-60に搭乗しているフランク・マーフィーだ。あんたがクリスチャン・ジョンソンであってるか?』
「あぁ……、そうだが。何で俺のことを?」
ヘルメット越しの通信からは、はっきりとした力強い男の声が聞こえてくる。困惑しながらもフランクからの問いに返答をするクリス、だが次にフランクから聞いた言葉は全く予想だにしない返答だった。
『地上で事態の対応に当たっていた部下が、あんたに助けられたらしい。とんでもなく口の悪いファッキン野郎だが、助けてやってくれってな。部下の命を助けたことと、市民の命を守ってくれたことをUSAFを代表して礼を言う』
フランクの話を聞き、咄嗟に思い当たる人物が一人浮かんだ。クリスは思わず口の端が吊り上がりそうになるが、生きて帰った日には探し出して礼の一つでも言わなくてはなるまい。
そのためにも、まずは。
この戦いに、絶対に勝つ。
『とにかく、今はこいつを全力で叩くが、他に俺たちに協力できることはあるか?』
「フランク、突然失礼します。まずはUSAFの願ってもない協力に大いに感謝を。私は、このヘリに搭乗している人間たちの司令官のイレナ・フッドです。今私たちの目的は、この繭の内部に潜入することにあります。現在、繭の表層の脆弱性を探しているところですが、まだ全体の30%にも満たない状態です。そちらに超音波スキャナー等の装備は?」
『こちらでは二機搭載してる、スキャンデータを共有しよう』
「ありがとう。繭の内部への侵入後は一般市民の救助を優先してください」
『了解、幸運を祈る』
通信が切れ、イレナが大きく息を吐く。おそらく、気持ちはクリスも渡辺も同じだ。
コレクターズは政府の認識されていない機関である。本来であれば陰で活動し、誰にも知られずにいるのが幸福な組織だ。だが、今こうやって表舞台に立ち、そして人を助けることが認められた。今まで血に濡れた仕事をしてきたことを、どこか認められたような気がした。
「……全く、この仕事をやってても捨てたものじゃないわね」
「そうだな。こいつらを片付けたらホワイトハウスに招待されるかもな」
「そうね、ドレスの準備しておかなくちゃっ!」
再びヘリの外に接近してくる鳥の迎撃を始めるクリスとイレナ。だが、先ほどまでと圧倒的に違うのは、空軍のヘリなどが戦闘に介入したことにより、敵勢力の分散が起きてクリス達の乗るヘリへの攻撃が少なくなっている。
そしてさらに状況は好転する。
『……友軍からスキャナーの解析データを受信しました。繭の解析、75%まで完了しています』
「よし、行けるっ! 行けるぞっ!」
マスターからの通信に吠えるクリス、思わず手に握る対戦車ライフルにも力がこもる。イレナの表情も先ほどまでとは違い、少し余裕ができているように見える。
だが、そんな中でただ一人。この状況の中で、違和感を感じている人物がいた。
「……」
「おい、サムライどうしたっ? 酔ったかっ?」
ヘリの扉の開いた外に浮かび、ミサイルなどの銃火器の猛攻をただ静かに受けている繭をジッと睨みつけている渡辺。風で靡く黒い髪をかき分けながら、明らかにこの状況を違う眼で見てる。
「……来る」
「あ?」
渡辺の静かな言葉に意味が理解できなかったクリス、だがその言葉の真意をイレナはすぐに理解する。
「クリスっ!」
イレナが声を荒げる、イレナの視線の先を追うようにクリスも見るが、そこには猛攻を受けている黒い繭。しかし、ミサイルの攻撃が止まる、その瞬間。繭全体が一瞬、怪しい色で光ったかと思うと先ほどまで繭から排出されていた鳥とは比べ物にならない量の様々な生き物が生み出されてる。
「……おいおい、なんだありゃ……っ!」
次の瞬間、すぐ隣で爆発音が聞こえ空中で炎が立ち上がる。それは紛れもなく、友軍として来ていたアメリカ空軍のヘリが撃墜された瞬間だった。続け様に撃墜される友軍、中にはフレアを射出している機体もあったが効果はなく虚しく撃墜されている。
『……皆様、回避行動をとります。防御姿勢をとってください』
旋回行動をとるヘリ、同時に激しく揺れる機体に各々壁などに捕まりながら外に放り出されないようにしている。ヘリを撃墜しているものの正体、鍛え抜かれたクリスの動体視力がたった今真横を掠め捉えたもの。それはワシではない。
鳥類最速を誇る、時速320km/hで空中を移動することを可能とするハヤブサだ。
それが今、集団でこちらを捕捉し攻撃している。
「クソっ! イレナっ、相手が悪すぎるっ! 空軍が無理ならこっちも無理だっ!」
「……っ! マスターっ! 形勢を立て直すわっ! このまま一旦退避を……っ!」
イレナが撤退指示を出そうとした、その時だった。その指示を遮るように通信に割って入るように、回避行動を取りながら移動するヘリに身を乗り出し渡辺が大声でマスターに呼びかける。
「マスターっ! 解析はどの程度進んでいますかっ!」
『……全体の84%です』
「その中で、一番脆弱性のある箇所は分析できていますかっ!?」
通信の向こう側にしばし無言の時間が流れる。その間も周りでは友軍のヘリが次々と撃墜されている。
そして、
『……分析できています』
「ではっ! その箇所に全火力で総攻撃をっ!」
「テメェっ! どういう状況か分かってるのかっ! アメリカ空軍ですら手が出せないんだぞっ! 堕とされるのも時間の問題だってのがわかんねぇのかっ!」
渡辺の胸ぐらに掴み掛かるクリス、だが渡辺の表情は今まで見たことのないような真剣な表情していた。その表情が物語っているのはただただ無謀な戦いに身を投じようとしている人間のものではない。
「奴がここで本気を出して抵抗してきているのは攻撃が通用している証拠ですっ! そして、こいつらを生み出しているのは繭の外壁っ! 今ここで奴がリソースを割いたということはそれだけ外壁の防御が薄れているはずっ! ならっ、叩くのは今ですっ!」
「それでも俺たちが今ここで堕とされたら何もかも無駄になるんだぞっ!」
「今ここで撤退したら、二度とチャンスは来ませんっ! それにっ!」
胸ぐらを掴まれていた渡辺が今度はクリスの胸ぐらを掴み返し、互いの頭ぶつけ合いゼロ距離でクリスに向かって吠える。
「ここで逃げるんじゃねぇよっ! 逃げねぇで向き合ってきたのが、あんたの生き方じゃねぇのかよっ! クリスチャン・ジョンソンっ!」
「っ!」
渡辺の言葉にぶん殴られるクリス。
向き合ってきた、そうだ。言われて初めて気づいた。
自分の家系も、
自分が手にかけた命も、
そして、イザベルのことも。
向き合って、逃げないでいたから今ここに立っている。ここで戦っている、もう引き返せないところに来てしまったのかもしれない。
でも、それは間違いじゃない。
そして、これからも。
「……イレナ、最終決定権はあんたにある」
「そうね、でもクリス。あなたはどうしたい?」
「……俺は、このクソ野郎の言ったことに賛成だ。最悪な気分だがな、いい一発だった、褒めてやる」
渡辺から手を離し、肩を強く叩くと座席に押し倒す。再び対戦車ライフルを構え、迎撃準備を始めるクリスとイレナ。すでに飛来する攻撃物をその目で捉えることはできず、対処することができない、せいぜいできることはヘリで回避をすることくらいだ。
「マスター? 聞いてたわね、悪いけど最後まで付き合ってちょうだい」
『……元よりそのつもりです、イレナ様。では、これよりポイントに向けて総攻撃を仕掛けます。撃墜される可能性もございますのでご注意を』
「えぇ、ありがとう。それと、クリス。あなたに渡すものがあるわ」
そして、イレナは自分のコートの内側にあるホルスターから一丁の銃を取り出す。それは、今の時代には見合わない初期のSAAコルトだった。
「おい、クリスマスプレゼントにしちゃ少し早くねぇか? それになんだ、その骨董品は」
「これは、あなたのジョンソン家のご先祖さまのもの。私の家でずっと守ってきたものだけど、最後の戦いで使って欲しいとの遺言よ」
「……ちゃんと使えるんだろうな?」
イレナから銃を受け取り、一通り綺麗に整備されていることを確認する。シリンダーの中に入っているのは一発の銀の銃弾。今、作られている銀の銃弾は大量生産品であるが、この時代に作られた銃弾はインディアンが特別に作ったものであり呪いの力も強い。
故に、この銃弾が切り札になる可能性が高い。
シリンダーを戻し、コルトをベルトの隙間に差し込む。その瞬間、ヘリの機体が何かの衝撃で大きく揺さぶられる。そして続け様に衝撃で揺れた機体で揺さぶられたクリスは顔面を勢いよく壁にぶつける。
「いっ!」
「クリスさんっ!」
「大丈夫だっ! あぁ、Fuck!」
渡辺が心配してクリスに駆け寄る、だが大した怪我ではなく目の上を軽く切っただけで、戦闘に支障はない。
『……ポイントに到着しました、これより総攻撃を始めます。皆様、内部へ侵入する準備を』
ヘルメットからのマスターの音声に、各々繭の内部に乗り込む準備を始める。装備品は確認済み、いつでも乗り込む準備は完了している。クリスは切った目の上から流れ出た血を袖で拭っていた。
そう、たったそれだけのことだ。
たったそれだけのことだったのに。
その一瞬が、高速でこちらに飛来してくるハヤブサを見逃していた。
気づいた時にはすでに眼前、回避は不可。確実に腹部を狙った一撃は命を奪うにはあまりにも十分すぎた。それに気づいた渡辺がすかさず刀を抜く、だが突如現れた時速320km/hの物体を切断する抜刀術など存在しない。
しかし、クリスは突如何者かに突き飛ばされてハヤブサの攻撃を回避することができた。
ヘリの中で横転するクリス。その瞬間、初めて自分が死にかけていたことに気づいた。だが、その死を回避させた人物がいたという事実も同時に気づく。
そして、その人物は無言でその場に立っていた。
腹部が抉られた状態で。
「イレナっ!!」
クリスが叫んだ瞬間、膝を折り床に倒れ込むイレナをすかさず抱き止めるクリス。イレナの目は虚で、焦点があってなく腹部の抉れた箇所から彼女の温もりが無情に流れ出ている。
「イレナっ! しっかりしろっ! サムライっ! 医療キットをっ! 早くっ!」
「クリスさん……」
「こんなところで、死なせるかっ! おい、何やってるんだよっ! サムライっ、さっさとっ!」
「クリスさんっ! 無理です……、この傷では……」
今尚、クリスの手には彼女の温もりが流れている。大量出血に内臓損傷、ヘリに備え付けられている医療キットでは到底治療ができないことは誰の目から見ても明らかだった。
「なら……っ! 俺に使ったキドウだかでなんとかしてくれっ! 頼む……っ……お願いだから……っ……」
クリスの懇願は、無情にも渡辺の無言の否定によって退けられた。衝撃で揺れる機体、すでに攻撃は始まっており、同時に機体もまた何度かの攻撃を受けてすでに限界を迎えようとしてる。
「………ねぇ………ク……リス……?」
「……あぁ……なんだよ………イレナ……っ」
「ご………めん……ね……ダニ……エ……ルを……まも……れな……くて」
「黙れ……喋るな……」
「………た……すけ……ら……れ……て……よか……」
イレナの目から光が消える。同時に、ヘリの中で異常を知らせる警告ベルが鳴り響く。機体が制御をできなくなり、その場でグルグルと回転をし始め、このまま行けば墜落するのも時間の問題だった。
「クリスさんっ!」
「……」
「クリスさんっ!」
渡辺の言葉にようやく動き出したクリスは、すぐさま懐から自分のウォークマンを取り出しそれをまだ温もりの残っているイレナの手に優しく握らせる。
回転する機体の外の視界はあまりにも目まぐるしく変化しており、このまま飛び降りれば死は免れられない。だが、時折見える繭の外装には確かに穴が空いており内部への侵入はできそうである。
『……機体を穴に向けて、衝突させます。そのタイミングで潜入してください』
「衝突って……っ! あんたはどうする気だマスターっ!?」
『……私のことはお気になさらず。元より、コレクターズに拾われた命、コレクターズのために使うのが道理です』
ヘルメットからの途絶え途絶えのマスターの音声、そして彼の言うとおりヘリはフラフラと回転しながら繭の穴へと接近する。
「覚悟を決めましょう、行けますか?」
「あぁ、できてる」
衝突するコンマ数秒、ヘリの搭乗口から勢いよく飛び降りる二人、頭上ではプロペラがバラバラに砕け散り、背後からは衝突の衝撃で砕けたヘリの破片が飛び散っている、そして燃料タンクに引火した炎は大きな爆発を引き起こし、風圧が飛び出した二人を一気に穴の中に押し込む。
『ご武運を、お二人共』




