Tenth Question“Destination“
だいたい24時間前。
テキサスの街灯ひとつない寂れた田舎町のガソリンスタンドから、二つのサンドウィッチを抱え土砂降りの雨の中を小走りで駆け抜ける男の姿があった。
「クリスさん、お帰りなさい」
「卵がなかったから、ツナにしたぞ。ほれ」
「っちょっ!」
マスタングに給油をしていた渡辺に構わず、サンドウィッチの一つを放り投げるクリス。慌てて、ノズルから手を離し放り投げられたサンドウィッチを受け取る彼の表情は一瞬不服そうではあったが、受け取ったサンドウィッチをオーバーコートのポケットに軽く押し込み給油を再び開始する。
「イレナさんから、何か連絡は?」
「全く」
「そう、ですか……」
少しだけ心配げに下を向く渡辺の顔を見たクリスは小さく舌打ちをすると、後ろに回り込み渡辺の尻を蹴り上げる。
「いっ!」
「しけたツラしてんじゃねぇよ、あの女が簡単にくたばるかってんだ。それよりも、今は俺たちのことだ」
「はぁ……、クリスさんのおかげで、少しは楽観的になれますよ」
給油を終え、マスタングに乗り込む二人。いまだにクリスはアルコールが抜けていないため、運転席には渡辺が乗り込んでいる。運転席に座った渡辺はポケットに入れておいたツナサンドとウェットティッシュを手に取り、ガソリン臭い手を一度綺麗にしてからツナサンドをビニール包装から取り出す。ふと横を見れば、クリスはすでにBLTサンドに齧り付いていた。
「はぁ、何だって田舎のスタンドのサンドウィッチはこうもマズいんだ……」
「同感です」
口に入ったパンはどこかパサついており、ツナは何となく舌に合わない、付け合わせのきゅうりは萎びており歯ごたえはなく、全くやる気を感じない。渡辺が思い返すのは、友人が作ってくれた部活終わりのサンドウィッチだった。
クリスは食べ終わったBLTサンドのビニール包装を窓の外に放り捨てると不満と言いたげに大きくため息を吐くとシートを後ろに倒し天を仰ぎ見る
「はぁ、日本が懐かしいな……、全部終わったら、一回帰ろ」
「おい、日本て何か美味いもんあるのか?」
「……そうですねぇ、クリスさん好みのものとかだと……二郎系ラーメンとかどうですか?」
「……ラーメンは知ってるが、ジロウケイ? ってのはなんだ?」
「ラーメンの上に野菜炒めとか分厚いチャーシューが乗ってるやつです。めちゃくちゃ脂っこいですね」
「なるほど……俺好みかもな。今度喰わせくれ」
「……友達連れて、作らせますよ」
そう言うと渡辺は食べ終わったツナサンドのビニール包装をコートのポケットに突っ込むとマスタングのエンジンをかけ、再び豪雨の中をあてもなく走り出す。ちなみに、車内BGMはクリスの上司命令により現在禁止になっている。
雨の音以外全くの無音の車内で、気まずくなった渡辺が徐に口を開く。
「クリスさん……、この戦いが終わったら。どうするんですか?」
「……何だ。急に」
「いえ、何となく。気になっただけです。知ってどうこうというわけではないのですが」
「……とりあえず。退職金でしばらく豪遊だな、散々働いてきたんだ。二十年くらい遊んで暮らしてもバチは当たらねぇだろ。家にシアタールームでも作って、一日中映画観てやる」
「はは、クリスさんらしいな」
「そういうお前は? ここにいる必要は無くなるだろ」
「……確かにそうですね。とりあえず、実家に一回帰って。京都にある兄さんたちの墓参りに行こうかなって思います。今の自分なら……、兄さんたちにもう一度向き合えるかなって」
まっすぐと暗闇をライトが照らす道を見る渡辺に軽くクリスは目を向け、再びマスタングの天井を眺める。
さっさと引退したい。そんなことを考えながら仕事をする毎日だった、思えば物心がついた時には、父親のダニエルから銃の持ち方を学ばされていた。クリスが十三歳の頃にダニエルの殉職を当時のバディだったイレナから聞かされ、それからイレナの元でミラクルの本格的な殺し方を教わった。
おそらく、今回の戦いで全てが終わる。そうなったら、自分はどのように生きるのだろう。渡辺にはあのように言ったが、まるで想像がつかない世界だった。
この汚れ切った手で、幸せを願っていいのだろうか。
一度、失った。幸せをもう一度。
「……ん?」
「どうしたんですか?」
「……イレナからだ」
「!?」
「車停めろ」
コートのポケットのバイブに気付き、クリスは中からスマートフォンを取り出し画面を確認すると、そこにはイレナから『生きてる?』とメッセージが表示されていた。
渡辺は車を道路の端に停め、クリスはすぐさまイレナに『生きてる』とメッセージを送る。すると一瞬で既読がつき、次にイレナから電話がかかってきた。
『クリス、今どこ?』
「テキサスの田舎道を新人とドライブ中だ」
『新人くんもいるのね、スピーカーにしてくれるかしら』
「あぁ、わかった」
電話の音声をスピーカーモードにし、渡辺にも聞こえるように運転席と助手席の真ん中にスマートフォンを立てる。
『まずは、二人とも生きていてよかったわ。今わかっている現状を伝えるとコレクターズはすでに壊滅し機能していない。今動ける人員はあなたたちと私、あと数名ってところね』
「「……」」
『でも、ミラクルの計画が発覚し、ここまでのことをして私たちを潰しにかかったってことは、余程邪魔されたくないことがあるってのだけは明確よ』
「あぁ、神様だかの降臨だろ」
『そう。今まではそれがいつ起こるかわかんなかったけど、確かな情報が入ったわ』
「情報……? 誰から」
クリスが質問をする。すると、電話口の向こうから何かが移動するかのような音が聞こえたかと思うと、イレナの声とは違う暗い男性の声が聞こえてくる。その声にはどこか聞き覚えがあった。
『……お久しぶりです。クリスチャン様、渡辺様。前回はバーに立ち寄っていただき、ありがとうございます』
「コルトのバーテンダー! 生きてたのか」
『……はい、何とか。例外なく、私共の店も襲撃を受けましたが、命からがら逃げ出すことができました』
「んで、なんでお前が神様の降臨だかのことを知ってる」
『……クリスチャン様も、渡辺様もご存知の通り、私たちはミラクルです。あくまで共存関係とはいえ、その根底は揺らぎません。つい先ほど、私たちミラクルに天啓があったのです』
「天啓? お告げか」
『……えぇ。その内容というのは「明日、その道の始まりの地にて多くの人間に罰をもたらす」とのことです』
「明日……だと?」
『……はい』
バーテンダーの言葉に絶句する二人。信憑性が薄い話でもない、すでにこれだけの大ごとを起こしている以上、今まで闇に紛れてコツコツと生贄を用意していた彼らがすぐさま行動を起こすのも理解できる話だ。
とはいえ、味方の人間はあまりにも少なく、敵の規模も戦力も不明な状態で戦うのはあまりにも無謀だ。
「……ちなみに、場所は? そいつが降臨する場所は」
『……いいえ、それは分かりかねます』
「マジかよ……」
さらに、降臨する場所すら不明という情報が上乗せされる。もはや、無謀である方がある程度マシである。
だが、脳内で絶望しているクリスにある言葉が引っかかっていた。
その道の始まりの地。
「……始まりの地……いや……だが……」
「クリスさん、何か思い当たることが?」
顎に手をやり、考え込むクリスに渡辺が質問する。クリスの頭の中では、今までのジョンソン家にまつわる長き歴史が掘り返されている。
「……このアメリカで、最初にミラクルの事件が起きたのは開拓時代……俺の祖先が鉄道開発での事件で遭遇した確か場所はテキサスだった……が」
「なら、ここですか?」
「……いや記録よれば、あれはインディアン由来の神で土地を汚すことを良しとしなかった。となると、土地を汚す行為。鉄道開発の最初の場所……」
すると、クリスはスピーカー通話中のスマートフォンを操作し始め、何かを口にしながら真剣な表情でスマートフォンの地図を開いている。
しばらくして、クリスはハッとしたように目を見開き、画面を閉じると大きくため息をつき、再び運転席と助手席の間にスマートフォンを置く。
「……イレナ。場所が分かったかもしれん」
『どこ?』
「ニューヨークだ」
『根拠は?』
「開拓時代、鉄道開発が行われた最初の場所マサチューセッツ州のクインシーが降臨するところかと思ったが、それより前の1811年にニューヨーク知事がエリー運河を開通している。そこからアメリカでの鉄道やらの開発が進んだ。おそらく、アメリカで土地を汚した歴史的に観て最初の出来事だと思う。それに、開拓時代に人口が一番多かったのはここだ」
『……確証は?』
「ない」
しばし無言が車内を支配する。だがその無言を破ったのは通話の声だった。
『……わかったわ、あなた昔から歴史と地理はAプラスだったものね。……では、これより、コレクターズ最高指揮官として構成員クリスチャン・ジョンソン、渡辺 綱紘に最後の作戦を通達します。明日までにニューヨークに合流、インディアンの神々より名を借り、目標名『大いなる神秘』の降臨を阻止します。この作戦では、元よりそうでしたが命の保証はありません。それでもこの作戦に加わる場合は、沈黙を持ってして同意とします』
「「……」」
『……ありがとう。詳しい合流場所は追って連絡するわ、それまで死なないで』
そう言い終わるのと同時に通話が切れる。イレナからの通話が切れるのと同時に大きくため息を吐く二人、改めてとんでもないことになってしまったとクリスは思っていた。前述通り、戦力も規模も不明、ましてやそれで何が起きるのかすら不明。わかっていることはこちら側に戦う手段はほとんどないと言うことくらいだ
あまりの状況に思わず笑ってしまう。
「……笑っちゃいますよね。ほんと」
「あぁ、せっかくのニューヨーク5番街でクロワッサンとコーヒー飲む暇はなさそうだな」
「では、せめて朝食が食べれるように急ぎましょう」
そういうと再びマスタングを走らせる渡辺、その目は先ほどまで緊張し切っていた目より少しだけ落ち着いているかのように見えた。
「向かう先は空港ですか?」
「いや、飛行機はまずい。昼間みたいな奴らが飛行機の中で現れたら詰みだ」
「そうですね。迂闊でした」
とは言うものの、車で全速力で休みなしで飛ばしてもテキサスからニューヨークまで一日はかかってしまう、そうなれば手遅れだ。
「クリスさん?」
「……なんだ、俺の顔に何かついてるか?」
「……そうですね、髭の端にソースが」
「っ、テメェもかっ! わかってるならさっさと言えよっ!」
慌ててコートの裾で口元を乱暴に拭くクリスの姿を見て、少し声を出して笑う渡辺。再び前を見て、夜の道を照らすマスタングのヘッドライトの先を見る。
「大丈夫ですよ。クリスさん、絶対に間に合わせます」
「……そうかよ」
「それに、日本にはいい言葉があるんです『諦めたら、そこで試合終了だよ』っていうね」
「……アニメのセリフか? それ」
「あんまり馬鹿にしない方がいいですよ? クリスさん、映画が好きなんですから、きっとハマりますって」
「気が向いたらな。一仕事終わったら、見てやるよ。サムライ」
「……え?」
クリスの突然の返答に一瞬キョトンとした表情をする渡辺、言った当の本人は少しだけ気恥ずかしかったのか助手席の窓の方を見ている。
「クリスさん……今、なんて?」
「ウルセェ! いいからさっさとなんか曲でもかけろっ!」
「はいはい、分かりましたよ。それじゃ、かっ飛ばすとしますか!」
選曲『Future is Yours』サンボマスター
夜の長く暗い道を未来を見通すような明るいサウンドで、マスタングは駆け抜けてゆく。
そして、おおよそ24時間後
In NY
話は前話の最後に戻る。




