First Question “Origin“
「今日中にここの路線の作業を終わらせるぞっ! 機関車は待ってはくれないからなっ!」
昼下がりのじりついた日差しの下、一人カーボウイハットを被った恰幅のいい現場監督の怒号と砂混じりの空気の中に男たちの熱気と鉄を地面に打ち付ける音が響く。
これからアメリカ合衆国と呼ばれるようになるこの土地は、各々の鉄道会社がこの広大な土地の隙間を埋めるように鉄道路線を自然も、土地の神ですらも踏み躙って血液を通す血管が如く張り巡らせていた。
後に鉄道狂時代と呼ばれる1840年代にイギリスからの投資を受けて、植民地のアメリカを鉄道路線で網羅してゆくようになるこの時代ではどこも人手不足で、そして人々の心の中に余裕などはなかった。
「エリー鉄道のハンス殿。作業は順調ですかな?」
「やっ! これはこれは、ジョンソン巡査殿。作業はまずまずといったことでしょうか」
芦毛の馬の上に乗り、腰にコルトを装備したレンジャーの一人である今年で50近くになるクリフ=ジョンソン巡査がハンスに向かって声をかける。現場のそばにある開拓者の街の治安を守るためのレンジャーとして欠かせない存在の一人だ。そして、そんな彼の後ろにもう一人若い男が栗毛の馬に乗って現れる。
「おや、後ろの方は新人かな? 見かけない顔だ」
「あぁ。俺の部下で息子だ」
「初めまして。サミュエルです」
馬の上から手を差し出してきたサミュエルの手を硬く握るハンス。
レンジャーにしては小柄であるため、周りから馬鹿にされることも多かったが、射撃の腕はどの開拓地でも、そして父であるクリフにも引けを取らない腕である。
「ここ最近、不審死が続いてるようだが。作業員への影響は?」
「全く、たまったもんじゃないですよ。先日も二件。娼婦と酒場の店員がやられました」
「犯人は?」
「さぁ。だけどこれだけは言えますぜ」
あれをやったやつは人間じゃない。
ハンスの言葉に、馬に乗ったままクリフとサミュエルが目を合わせる。
作業をしている作業員の鳴らす鉄の音だけが、やけに大きく聞こえるようにサミュエルは思った。
「……ハンスさん、その根拠は?」
「ん? あぁ。目ん玉がですね。ないんですよ。死体から」
「目玉?」
「えぇ。死んだやつの目ん玉がですね、ないんですよ。綺麗さっぱり。いや、仮にそこらの獣が目玉だけ食い散らかしただけにしても、それにしてはあまりにも綺麗に目ん玉だけなくてねぇ」
そう淡々と語りながら現場を歩いてゆく、ハンスの後ろを二人は馬に乗りながらついてゆく。暑いはずなのに、サミュエルは自然と頬を冷たい汗が滴るのを感じた。
「その死体は?」
「もう埋めちまいやした。何せ、気味が悪いんでね。それに、ただでさえ遅れてる作業がこんなことでさらに遅れたら事でしょう、クリフ巡査」
「確かに……な」
死体を見たい、というのがクリフの正直な感想だったのだろう。しかし、ハンスの言う通り、管轄はあくまでも鉄道会社が握っており治安維持を主としたレンジャーも常に監視に回っているわけではない。あくまで作業員たちにこれ以上被害が及ばないようにするのが今後の動きになるだろうとサミュエルは踏んでいた。
「ここ最近、他に変わったことは? 人の出入りがあったとか。あと、ものが紛失したりだとか」
「さぁ……作業員に被害がないのが不幸中の幸いではあるんですがねぇ。そうそう。最近になってあのサルどもがうるさくてね。この土地がどうたらこうたらっていってくるんですが、全く話がわからなくて」
「先住民か……」
先住民問題。これもまた、鉄道開発を妨げている問題の一つでもあった。もとより、彼らの土地に無断で入り込み開発をしているのだから致し方ない話ではあるのだが、それでもこの土地を開発する権限を持つイギリスには逆らうことができないのが実情である。
「とにかく。あいつらをここらで見つけたら取り締まってくださいよ。ここはイギリスの土地だってね」
「あぁ。わかった。よく伝えておく」
「そんじゃ、あっしは作業に戻るんで。今日はここに在中する感じで?」
「そのつもりだ。何かあればすぐに駆けつける」
「頼みますぜ、巡査殿。それとサミュエル坊ちゃん。今日は会えてよかった」
そう言いながら、片手をひらひらと振りながら作業に戻っていったハンスの後ろ姿を二人は目で追い、作業場から離れるように馬を歩かせる。
「坊ちゃんだとよ。サミー」
「やめてくれ、親父」
「さぁて。早速聞き取り調査と行くかな、まず手始めに」
ここいらの先住民から話を聞くとしよう。
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「この土地、神いる。その神、怒っている」
「あぁ、それは何度も聞いた。で、具体的にどんな神様なんだ?」
「神、ひどく怒ってる。イケニエ、いくら捧げても足りないくらい、怒ってる」
川のほとりにある、イディアンの集落。クリフはイディアンでもなかなかの顔馴染みで、彼らの中では唯一話を聞いてくれる白人の一人として見られている。そして、今回初めてイディアンの村を訪れたサミュエルは周囲から白い目で見られているのは理解していても、仕事のうちと我慢し、彼らのティピーと言われるテントの中でカタコトの英語で話す長老とクリフが話をしているのを聞いていた。
「その神、白人を追いだせ言ってる。追い出さなかったら、奴らにとり憑いて、命奪う、言ってた」
「……目玉を奪うってことか?」
クリフの言葉に深く頷き、自分の目を深く抉るような仕草を見せる長老。
その話を聞いたクリフは納得したように片手を差し出し、長老と握手を交わす、何かを受け取った後、サミュエルの肩を叩いてティピーの外へ出る。いまだに自分のことを白い目で見てくるインディアンから逃げるようにクリフの跡を追うサミュエル。
「オイ親父。本気で信じるのか? あの長老の話っ」
「あぁ、信じるとも」
「どう考えたっておかしいだろ。俺たちの信じてる神はそんなことしない、絶対あいつらが出鱈目いって裏で鉄道開発の妨害をしてる言い訳をしてるに決まってるじゃないか」
サミュエルの反論に対し、クリフは一瞬振り返ると少しだけ頬を釣り上げながら、まっすぐ自分の馬がいる方へと向かって歩いてゆく。
「お前、知ってる神は?」
「え? そりゃ……キリスト……」
「そう。それは、俺たちの神だ。だが、ここの土地の連中は違う。自然、動物、天候、土地、その数だけ神が存在する。そして、それを大切にしてきた。それを踏み躙っているのは俺らだ」
「だからって、それであいつらを信じる根拠にはなりはしないだろ」
「確かに。けど、事実問題は起きてる。それを解決するのがテキサスレンジャーの仕事だ。そのためだったら先住民の力でも借りるさ」
そう言いながら馬に乗ったクリフの胸にはテキサスレンジャーの証である銀バッチが輝いている。自分の追い求めた理想の姿がこれなのだとしたら、全くもって間違った道を選択してしまったとサミュエルは半ば呆れ顔で思った。
時間はすでに夕暮れ、夕日に照らされながら二人は荒野をかけてゆく。
「このまま現場に戻るぞ。今日は何事もなければいいんだが」
「そういえば、親父。あの長老から何渡されたんだよ」
「ん? あぁ、こいつだ」
並走するクリフから手渡しで受け取ったもの。それは銀色の塊だったがサミュエルはその塊をよく知っていた。
「これ、弾丸?」
「あぁ。あのインディアンの村には弾丸の補充に寄ったりしてたんだ。今回のそいつは呪いをかけた特別な銀製の弾丸だとよ」
「弾丸作ってるのかよ。あの村」
「向こうも向こうで順応して行こうっていうつもりなんだろうさ」
「で? こいつでどうしろと」
「こいつで、犯人を撃ち殺す。しかもただ撃ち殺すだけじゃダメらしい。しっかりと心臓を撃ち抜かないとダメだそうだ」
「だったら、俺の役割だな。他に弾丸は?」
「銀は貴重らしくてな。今回譲ってもらったのはこの二発だけだ。でもお前ならいけるだろ?」
「……二発もあれば十分さ」
「それでこそ俺の息子だ、サミー」
「……」
夜がやってくる。
神々が息を吹き返す、夜が。
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深夜、開拓地では酒屋も店を閉め、娼館もその艶やかな明かりを消す。完全に、暗闇が支配した世界。その冷たい世界に、二人の男が横に並んで街の一つ一つを監視するように歩いている。
クリフとサミュエルだ。
「いいか、おさらいするぞ」
クリフの説明はまず、イディアンの村で聞き取り調査した結果わかったのは、件の犯人は超自然的な存在であり、まず簡単に殺すことはできない、殺すには長老からもらった銀の弾丸で心臓を撃ち抜く必要がある。その役割は射撃のセンスが一番あるサミュエルの手に委ねられた。
そして標的はとりつく人間を取っ替え引っ替えしているということ。
チャンスは一度きり、二度目はない。
「だけどよ、これで本当にあいつらのいうことが嘘で、あいつらが犯人だったらどうするんだよ」
「そしたら、それはそれで取り締まるだけさ。悪人だろうが、神様だろうが、人を殺していい道理はどこにもない」
クリフの言葉ははっきりしている。きっと自分が憧れた正義はここにあるのだろうと、サミュエルは思っていた。
もとより、レンジャーの家系であったジョンソン家で、体格が小さいことを理由に唯一その道を進むことを否定されたサミュエルだったが、そんな彼の反対を押し切り、レンジャーに入隊したのはそんな正義感溢れる父の後ろ姿を追いかけていたからだ。
苦笑いを浮かべながら腰に装備したコルトにしっかりと弾丸が装填されていることを確認するサミュエル。
その瞬間だった。
暗闇を切り裂くような悲鳴が遠くから聞こえる。明らかに女性の声だったそれは何かが起こったことを指し示している。
「サミーっ」
「あぁっ」
クリフも腰からコルトを抜き、悲鳴のあった方へと向かって駆け出してゆく。先頭を行くのは銀の弾丸を装填しているコルトを持っているサミュエルだ。
街を疾走し、悲鳴のあった場所の付近に行くとそこでは確かに人の気配をサミュエルとクリフは感じていた。建物を挟んで、向かい側が悲鳴の聞こえた場所であることには間違いない。
「……先に俺が外から回って様子を見る。続けて反対側から挟み撃ちだ、いいな」
クリフの言葉に対して無言で頷くサミュエル。手に持っていたランプの明かりを消し暗闇の細い路地を壁づたいで二人は進んでゆく。しかし、だんだん近づいてゆくにつれて何やらくちゃくちゃと食べ物を食い散らかすような音と、ツンとした血のような匂いが空気を満たしていた。
先に動いたのはクリフだった。
明らかに殺人の現場であることには間違いない。
ただ、クリフは失念していた。
相手をしているのは、この闇に取り憑かれた怪物だということに。
「あんたは……っ」
クリフの目に飛び込んだもの。それは、なんの罪もない少女の目を明らかに人間ではない細長い舌で穿り出して今まさに口に入れようとしている、人間の姿をした一匹の怪物だった。
そして、その怪物は昼過ぎにあったハンスという男の姿をしていた。
「神よ……」
「サミーっ!」
目の前の光景に呆気に取られていたサミュエルに大声で呼びかけるクリフ。その一瞬の隙を怪物は見逃さない。死体になった少女をクリフに投げつけ、隙だらけになっているサミュエルに向かって襲い掛かろうと一気に駆け出す。
「くそっ!」
発砲音が暗闇の中で響く。まずは牽制用に装填しておいた普通の鉛玉を怪物の足にサミュエルは当ててゆく。しかし、怪物は痛みを感じていないのか、それとも忘れているのか一向に止まる気配はない。
迷いなくまっすぐサミュエルに襲い掛かろうとする怪物の背後にもう一発クリフが肩に鉛玉を喰らわせる。
今度は流石に堪えたのか怪物の動きが止まる。
「サミーっ! いまだっ!」
「あぁっ!」
発砲。射出された銀の弾丸はまっすぐ怪物の心臓を貫く。
一瞬、怪物は体を大きくビクつかせてよろめいたと思うと、そのまま地面へと倒れ込み動かなくなった。
「……とりあえず、死んだな……」
「親父……この人は……」
「あぁ、だが最初から怪しいとは思ってた。やってるならコイツだってな」
そう言いながら、死体になった少女に十字を切りクリフは手を伸ばそうとした。
その時だった。
『白人は出て行け』
クリフが抱き起こそうとした死んだと思われていた少女から地獄の底から響くような低い声が聞こえた。次の瞬間、少女の口からから黒い液体のようなものがクリフの口の中に入ってゆく。
「親父っ!」
だが、時はすでに遅かった。
一回膝を地面についたクリフ、だがその首が180度後ろへとグルリと回りサミュエルの方へと向く。明らかに人間とかけ離れた挙動を見せつけた、かつて父親だったものに向けて震える手でサミュエルはコルトを構えた。
「サミー、何してるんだ。パパだぞ? なんで銃を向けてるんだ」
「黙れ……悪魔め、親父から離れろっ! でなければ、でないと……っ」
「……フヒヒヒ、じゃあその銀の弾丸を心臓にぶちこむってか? 知ってるぞ? この男がお前の弱みだって。さぁどうする? さぁ、さぁ、さぁっ!」
と、首の位置を元に戻したクリフはゆっくりと立ち上がり、そのまままっすぐサミュエルの方へと進んでゆく。
一歩ずつ、
一歩ずつ、
一歩ずつ、
「止まれ……、止まれぇっっ!」
「そう言って、貴様らは私たちの土地を踏み躙るのを止めたか? 私たちの川を汚すのを止めたか? どうなんだ? 白人」
私たちは、貴様たちに対して容赦はしない。
私たちは、この土地に住まうものを呪う。
私たちは、未来永劫この怨みを晴らさないだろう。
「あぁあああああああああっっっっっっ!」
銃声は二発響いた。
それは確実にクリフの心臓を貫き、彼の中の怪物を絶命させるに至った。
そして同時に、クリフの命も。
彼の胸につけられた血に濡れたテキサスレンジャーのバッチをサミュエルは取り外し、自らの手で命を奪い取った父であるクリフの見開いた目をゆっくりと閉ざすのと同時に心の中で誓う。
「親父、あんたの意思。俺が引き継ぐよ……たとえ人間だろうが、神であろうが人を殺していい道理はない。そう言ってたよな」
理不尽に奪われる命はあってはならない。
その無垢な命を救うために自分はあり続けよう。
たとえそれが、人であっても。神であっても。
そして、舞台はそこから180年経った現代のアメリカに移る。
さぁ、始まりました。アメリカになろう!




