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08 許されない

 私が家出からサラクラン伯爵邸へ帰って来てからは、誰しも思う通りの展開になった。


「クロッシュ公爵家の……ラザール様と婚約解消して、ジュストと婚約したい……だと?」


「そうよ。そうしたらすべて上手くいくわ。お父様。だって、別にラザール様の婚約者は私とオレリー、どちらでも良いはずでしょう?」


 お祖母様たちの約束はそれで果たせるのだから、それで何の問題もないと思う。


「それが……こんな今更、許される訳が、ないだろうが!! ジュスト。幼い頃からこれまでお前をここに置いてやった恩も忘れて……荷物を纏めて、さっさと出て行け! もう顔も見たくない!!」


 これまで黙って隣に座って居たジュストを怒鳴りつけたので、私は驚いた。まさか、すぐに彼をサラクラン伯爵邸から追い出すなんて、思いもしなかったから。


「お父様! やめて! ジュスト……! ジュスト……?」


 私たち二人は結婚したいと聞いて怒り狂った私の父サラクラン伯爵の言葉に頷き、ジュストは逆らう事もせずに大人しくスッと立ち上がった。


 ……え? 何。どうしたの?


「サラクラン伯爵。これまで受けたご恩、僕は決して忘れません。ミシェルお嬢様、愛しています。それでは、ここで失礼いたします」


 そこでわずかな逡巡も見せることなく彼は一礼して、呆然としている私に向けてにっこり笑うと部屋から去っていく。


「ジュスト、ジュスト……!? え! どこに行くの!?」


 私の必死の呼び掛けに振り返り微笑んで、ジュストは軽く片手を振って……扉からすんなりと出て行った。


 え?! お父様が怒ったとしても僕がどうにかするって、何回も言ったのに!


 何があっても私から離れないって、そう言っていたでしょう!


「ミシェル。ジュストを追いかけることは許さない。とにかく、お前はそこへ座りなさい」


 予想外過ぎる展開に、彼を追いかけようと続いて立ち上がろうとした私は、お父様の言葉に動きを止めた。サラクラン伯爵はお父様で、ここで逆らっても閉じ込められるだけだ。


「お父様……けど、あれほどにまで我が家に尽くしてくれたジュストを、すぐに追い出すなんて嘘でしょう」


 ジュストは約十年ほど我がサラクラン伯爵家に支えてくれた騎士だし、護衛対象である私のことを本当に大事にして守ってくれた。


 そんな彼が、こんなにもあっさりと私を置いて去ってしまうなんて……思わなかった。


 いえ……あのジュストのことだから、きっと行動通りの意味ではなくて、何か考えがあるんだろうけど……。


「もう良いから、落ち着きなさい。たとえ、ジュストが貴族の位を得ようが、お前は現在クロッシュ公爵家のラザール様と婚約しているんだ」


「……けれど、ラザール様はオレリーと結婚すれば良いのだわ。私とあの子は、同じサラクラン伯爵家の姉妹なのだから」


 ここで私がジュストを追っても、すぐにここに連れ戻されてしまう。だって、私のお父様であるサラクラン伯爵の邸で彼の意向が一番に優先されるから。


「何を言い出すんだ。止めなさい……ミシェルとあの子は、姉妹だとしても違う人間だろう」


 眉を顰めたお父様は、私にとても良く似ている。金髪に緑色の目、そして、美しく整ったと例えるよりも、可愛らしく愛嬌のある顔立ち。


 見慣れた父の顔が険しく歪んでいるのを見て、私は悲しくなった。父は私の言いたいことだって既に承知しているはずなのに。


「だって……ラザール様は、あの子を望んだんでしょう。でしたら、それでもう良いはずです!」


 ラザール様は自分の望んだ女の子オレリーと婚約出来るのだから、何の問題もないはず。


 お父様は私がまさかそれを知っているとは思わなかったのか、とても驚いている表情になっていた。


「おい。どこで、それを知ったんだ? まさか、ジュストから聞いたのではないだろうな……?」


 さっき涼しい顔をして部屋を出て行った護衛騎士ジュストを疑っているお父様に、私はすぐにそれを否定した。


「まさか! ジュストはそのような事は、私には一言も。私から彼に言ったんです。ジュストだって、驚いている様子でした。けれど、どうして私がそれを知っているかは、絶対に言いません」


 実はメイドの噂話を立ち聞きしたからだけど、それを私がお父様に言えば、この邸から何人もメイドがいなくなってしまうことはわかっていた。


 人の好いお父様だって使用人を雇用している立場があるし、甘い顔をしてはいけないと理解しているからだ。


 私は無言でお父様と見つめ合い、観念したかのように大きく息をついたのは、お父様の方だった。


「とにかく、お前は頭を冷やしなさい。ミシェルが家出して居なくなったと聞いて、大変な騒動になった。三日目にジュストからお前を見つけたので連れ帰ると早馬の手紙が届いた時は、皆がどれだけ安心したことか」


「はい……ご心配をかけてしまって、ごめんなさい」


 そのことについては、私が何度も謝るしかない。けれど、貴族であることもラザール様の婚約者である事も捨てようと思えば、そうするしかないと思った。


 そこまで思い詰めての家出だったのだから。


「あれを知ったのなら、お前がこうして家出した理由も理解した。だが、お前たちには主従としての距離感はあるようだったし、ジュストが貴族の身分を得ようとするほどお前に本気だとは知らなかった。出て行って貰う以外はない」


「……ジュストのお父様が、叙爵されたのは、ただの偶然ですわ。お父様」


 ジュストのお父様が功績を認められて叙爵をされたのはただの偶然で、そんな彼が侯爵位を持つ未亡人と結婚することになったのも、別にそうしようとしてそうなった訳でもない。


 そんな義理の母に気に入られて、彼が従属爵位を授かることになったのも。


「本当にお前は……いや、もう良い。下がりなさい。ナディーヌとオレリーも心配していたから、帰って来た挨拶をするように」


 額に手をやったお父様は、まるで私を追い払うかのように手を振った。


 ……言われなくても!


 父に退室することを許された私は慌ててさっき出て行けと言われた通り、部屋を出て行ったジュストが向かったはずの、使用人たちが住む三階へと向かった。


 二階から階段を上がろうとした時に窓を何気なく見れば、旅装のジュストは既に外に居て大きな鞄ひとつをその手に持っていた。


「……え。ジュスト!?」


 窓から自分を見る私に気がついたのか、ジュストは片手を振って爽やかに微笑んでいた。


 そして、さっき私たちが乗って帰って来たはずの馬車へとあっさり乗り込んで行った。


 ……うっ……嘘でしょう! 私と結婚するって言っていたはずなのに、こんなにあっさり出て行って、どうするつもりなの!?


「ミシェルお姉様! お帰りなさい!」


 呆然として彼の乗った馬車を見送っていた私の背中に、抱きついた柔らかい感触。


「ああ。オレリー……心配させてしまって、ごめんなさい」


 向き直った私の目に映るのは、まるで妖精のような美しく儚い容姿を持つ妹オレリーだった。今流行のふわふわとした質感のドレスを纏っている事も相まって、今にも消えてしまいそうなくらいに美しい。


「お姉様、家出をしたって本当なの? 何があったの……どうして?」


 それは私の婚約者が、貴女に恋をしてしまったから……なんて、何の罪もないオレリーにここで言えるはずもない。


「っ……なんだか、何もかも嫌になっただけなの。けれど、こうして戻って来たから大丈夫よ。オレリー。貴女、身体は大丈夫なの?」


 私が心配して聞けば、オレリーは微笑んで首を横に振った。


「ええ。お姉様。あの特効薬を飲み出して、嘘のように身体が楽なのよ。呼吸もしやすくなって、動いても身体のどこも痛まないの。ほら」


 身体を動かして見せる私の妹は、私にとって生まれてから当たり前のことが出来ると、本当に嬉しそうに笑う。


 それがどんなに嬉しいか、身体の弱い彼女が育つのを、ずっと傍で見て来た私には良くわかった。


「良かったわ。私も嬉しい。お母様は、今どこに居るの?」


「実は……お姉様が家出して居なくなったと聞いて、倒れてしまったの。けれど、無事だとジュストからの手紙が届いて、だいぶ元気になって来たわ」


 言いにくそうに顔を曇らせたオレリーを見て、私は喉に罪悪感が込み上げた。


「……そう。お母様にも、悪いことをしてしまったわね」


 美しいお母様そっくりの容姿を持つオレリーは、身体が弱いところも受け継いでしまったようで、ナディーヌお母様も彼女と同じように身体が弱い。


 私から離れたオレリーは先導するかのように、お母様の部屋へと歩き出した。それに続いて歩き出して、お母様にどう謝るべきかと思った。


 家出する時には全てを捨てて、家族にはもう会わないと決意したけれど……こうして、もう一度会ってからあの決意を思い出すのは無理だった。


「ねえ。お姉様。ジュストが見つけたと言う、アンレーヌ村はどうだったの? 行ってみたいと、いつもお姉様が言っていた場所でしょう?」


 隣を歩くオレリーは、私以上に外に出たことがない。


 辻馬車で行けば片道で三日掛かるというジュストの遠い故郷アンレーヌ村が、とても気になっている様子だった。


「ええ……話に聞いていた通りに、素敵だったわ。民家の屋根の色が色鮮やかで、とても可愛いのよ」


 今思えば本当に、可愛らしい村だった。村長も素敵な人だったし、父に反対されてすんなり出て行ってしまったジュストと結婚出来ないのであれば、彼を頼ろうと思う。


「私も行ってみたいなあ……お姉様、落ち着いたら、私と旅行に行きましょう」


「ええ。そうね。この調子だと、すぐに旅行出来そうだわ。オレリー」


 新しく開発された薬でだいぶ身体が楽になったオレリーは、本当に普通の女の子になったようだった。


 社交界デビューも、適齢の年齢に間に合うかもしれない。


「これからお姉様と、いろんなところに行けますね! 私、とっても楽しみです!」


 見違えるように元気になったオレリーは無邪気に笑い、そんな妹が大好きな私は、楽しそうな彼女を見て本当に嬉しかった。


 けど、目の前で婚約者ラザール様がオレリーに恋に落ちた、その瞬間。


 可愛い妹のことをほんの少しだけでも憎く感じたことは、この先の未来へ進むために私は認めなければいけない。



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