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04 選択

「ジュストには……いつもお世話になっているから、親御さんへ私が挨拶することは別に構わないわよ」


 これは別に言い訳ではないわよとばかりに、私がつんとすまして言えば、ジュストは快活に笑って頷いた。


「ええ。いつも、お世話しておりますね。ミシェルお嬢様のお世話は、きっと僕でなければ務まらないでしょう」


「あら……随分と自信家なのね。だから、私は貴方のこと、好きって一度も言っていないでしょう?」


 私は自分で言うのはなんだけど、割と品行方正な方だし、そこまでの問題児でもないのに、何を言うのかしら。


「ああ。確かに……そういえば、好きではないとも聞いていないですね。どうなんですか?」


「……ジュストの実家は、何処なの?」


 私が彼の質問を無視して周囲を見回すと、肩を竦めた彼は赤い屋根の家を指さした。


「あちらです……ああ。そういえば、父は留守かもしれません」


 家の外観を見ただけでも息子のジュストには親が不在であると解るらしく、彼は手際よく古い棚の何段目かの後ろに隠されていた鍵を見つけて扉を開いた。


 そして、そのまま招き入れようとしたので、私は驚いた。


「え? 留守なのに……勝手に入っても、構わないの?」


 家主が居ないのに勝手に入って良いのかと問えば、ジュストは肩を竦めて頷いた。


「ええ。貴族の訪問のように、先触れが要るなどの面倒な作法もありませんので、どうぞ……ミシェルお嬢様には狭く思えるかもしれませんが、良かったらお入りください」


「……まぁ、広いわね」


 がらんとした家には、物があまりなく、あまり生活感がなかった。けれど、最低限の生活が送れるような、生活必需品はあるようだった。


 貴族の私には考えられないけれど、そんなものなのかもしれない。


「ええ……あ。ミシェルお嬢様、お着替えになります? そちらが、僕の使っていた部屋なんで、着替えに使って貰って大丈夫ですよ」


 私は彼の勧めに従い、小さな部屋へと入り、これだけはと家出する時も持って来ていたお気に入りのドレスへ着替えることにした。


「……なんだか、物がないわね」


 ジュストの部屋にも、ベッド以外は物がなかった。


 出て行ってしまった息子の部屋だから、全部片付けてしまったのかもしれない。


「……そういえば、ミシェルお嬢様。僕の父親が功績を認められて、この前叙爵されたんです。息子は僕一人なので、戻って来るようにと言われているんですが」


 扉の前に居るジュストが、独り言のように話し始めた。


 護衛騎士ジュストが、私の傍から居なくなる……それは、いつかはそうなるかもしれないと思って居たことだけど、予想していたよりも深い喪失を感じた。


 けれど、私はジュストが仕えていたことを誇れるような貴族令嬢であらねばと、自分の醜い感情には蓋をした。


「……では、ここには、ジュストのご両親は住んでいないの?」


「だから、言ったではないですか。単に実家ですと。あと、母は僕が幼い頃に亡くなったので、生活不能者の父一人には育てられないと判断した親戚が、お嬢様の居るサラクラン伯爵家へと連れていきました」


 十年間一緒に居て明かされなかったジュストの昔話に、私は驚いた。けれど、彼は護衛騎士ではなくなるのなら、私にもう気を使うこともないのかもしれない。


「王に認められ……叙爵されるなんて、とても素晴らしいわね……何で、功績をあげられたの?」


 王国に功績のある実業家を下位貴族である子爵や男爵として叙爵することは、あまりないけれど全くないことではなかった。


「長年研究者だったので、王にとある研究結果が、評価されました……あ、お嬢様。一人で、ドレスを着られます?」


 私は着慣れていない平民の服を、脱いだところで固まった。


 持って来ていた裾の長いドレスはコルセットではないものの、背中で編み上げる造りになっており、ジュストの言う通り一人では着られない。


 貴族の着るようなドレスは、使用人に手伝ってもらう前提の仕様なので、一人では脱ぎ着は難しい。


「……着られない……わね」


「良かったら、お手伝いしましょうか?」


 私とジュストは長い間主従関係を結んでおり、厚い信頼あってこその関係だ。私はなんとか頭からドレスを被り、肌の見える部分が隠せたところで彼を呼んだ。


「良いわ。入って……ジュスト。背中のリボンを編み上げてくれる?」


 私が名前を呼ぶと彼は扉を開けて、部屋へと入って来た。


「かしこまりました。ミシェルお嬢様」


「ジュストは……私がこのドレスを持って来たことも、知っていたのね」


 私がサラクラン伯爵邸を家出した後、持ち物を何もかも調べられたのかもしれないと思うと気分が悪いけど、それは私が何処に行ったかと探すのであれば当然のことだろう。


「ええ。ただの勘でしたが、やはりこの服だったんですね。良く似合われています」


 こともなげにジュストが言ったので、私は驚いて振り向いた。


「勘だったの!?」


「ええ……これでは、お手伝い出来ません。さあ、お嬢様。前を向いてください。服を着られないと、ここから出られないですよ」


 微笑んだジュストはそう促したので、私は慌てて前へと向き直った。


「ねえ。どうして、私が持って来たのが、この服だと思ったの?」


「僕がこれを、とてもお似合いだと褒めましたね。僕のことがお好きなのが、それだけでもよくわかりますよ」


「……それは流石に、言い過ぎだし、自信過剰よ。ジュスト」


「ああ……そうそう。先程、父が叙爵された話をしたと思うんですが、貴族となった父は、とある夜会で未亡人と恋に落ちて結婚しましてね」


「あら、そうなの」


 嘆かわしいことだけど、大きな権力を持つ高齢男性は死に際に若く美しい女性を、まるで買うようにして伴侶に選ぶこともあるようだ。


 だから、うら若き女性だと言うのに、莫大な財産と爵位を遺されることがままある。


 ジュストのお父様なら中年になっても美男だろうし、きっとそんな女性の一人と恋に落ちたんだろう。


「ええ。そちらが侯爵位にある方で、義理の息子となった僕に、彼女がお持ちの従属爵位のひとつアシュラム伯爵を頂けることになりました」


「そうなの……凄いわ」


 力ある高位貴族がいくつも爵位を持っていることは、別に珍しいことではない。高位貴族の嫡男が、後を継ぐまで従属爵位のひとつを名乗ることだって良くあることだった。


 けれど、ただ義理の息子になったジュストに継がせるということは、かなり義母に好かれているのかもしれない。


「だから、どうします? ミシェルお嬢様」


「え?」


「選んでください。ラザールと結婚するか、僕と結婚するか……公爵位には届きませんが、伯爵令嬢の貴女に求婚出来る地位は得たので、今ならばどちらか選べますよ」


 編み上げのリボンを結び終わったのか、彼はトンと背中を軽く押して離れた。


 私は振り向いて、彼に何かを言うべきだ。


 けど、それはあまりにも大きな人生の決断過ぎて、自然と熱くなった両頬を押さえて立ち尽くすしかなかった。



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