38 実家
「……なんだか、懐かしいわね。ついこの前までサラクラン伯爵邸で暮らしていたと言うのに」
久しぶりに来たとは言えないけれど、ここは私が生まれ育った邸だ。そして、ジュストと出会った場所とも言える。
そうして……私たちは、貴族令嬢と護衛騎士として長く一緒に居たわけだけれど。
「ええ。お嬢様。ここでは僕は、常に傍近くでお仕えする護衛騎士でしたね」
隣に立つジュストはもう、護衛騎士服を着ていない。生粋の貴族が着るような仕立ての良い高級服を着ていて、見るからに私のパートナーだった。
私たち二人を見た、誰もが思うはずだ。今はまだ未婚のようだけれど、貴族同士の恋人同士、または婚約者なのだろうと……。
「そうねって……懐かしんでいる場合なんて、なかったわ! ジョンは何処かしら? オレリーの行方を追わないと!」
なんたって、私たちがここに来た理由はオレリーが家出をしたからだった。
ジュストはシェフのジョンと長年の仲良しだし、彼を情報提供者として雇っていたようなのだ……身内とはいえ他家に雇われるなどサラクラン伯爵であるお父様にバレたら大問題だけど、実際問題こうして役に立ったのだし……私も見て見ぬ振りをするしかないわ。
「あ。はい。ジョンは今頃、厨房に居る頃だと思いますし行きましょう」
ジュストは懐中時計を取り出し時間を確認すると、当然のことのように言った。
え……もしかして、ジョンの一日の予定を把握しているのかしら? いくら仲良しと言っても、仲良し過ぎない……?
「な、なに。ジュストってジョンがどこに居るのか、大体把握しているの?」
「はい。そうですよ?」
それがどうかいたしましたか? と言わんばかりの平静な表情に、私の方がおかしいのかと錯覚してしまうわね。
「ジョンが何処にいるのか把握して、何をどうするの?」
「お嬢様から離れる必要があり、時間があるなと思った時に、会いにいったりしましたね……いえ。僕もサラクラン伯爵家全員の居場所を把握しているわけではありませんよ。必要のある人物がこの時間に大体何処にいるかを知っていれば、探す必要なく効率的ではないですか」
「そっ……そうね。確かにそうかもしれないわね……! また、話が逸れてしまったわ。とにかく、ジョンに会ってオレリーの事を聞きましょう」
「はい。かしこまりました。お嬢様」
ジュストは護衛騎士だった頃のように恭しく頷き、先導して厨房へと向かった。
廊下を急ぎ足で歩けば美味しそうな匂いが鼻をくすぐる。もうすぐ昼食の時間だから、準備が進んでいるのかもしれない。
厨房を覗き込めば、ソースの味を確認しているジョンが見えた。
「ジョン……! ジョン。忙しいところ、ごめんなさい。ちょっと話があるのだけど!」
ジュストがこっそり呼びだしても良いのだけど、主人の娘である私から呼びだされたとなれば、誰も何も言われるはずもない。
「ミシェルお嬢様……! お久しぶりでございます」
背の低いジョンは髭の生えた野生的な顔を綻ばせ、長いエプロンで手を拭きながら廊下へと出て来た。
ジョンは王都にある有名レストランで修業を積んだ腕利きのシェフで、その味を気に入ったお父様が通って直接口説いたという話は、私も良く聞かされたものだ。
それを聞いても何も不思議に思わないほどに、彼の料理は美味しく、私も食事の時間が楽しみに思っていた。
ジュストよりも十は年上だと思うのだけど、彼ら二人は年齢など関係なく気安い仲のようだ。
「久しぶりね。ジョン。私たちがここに来た理由はわかるでしょう?」
ひと目のない場所へと進み私はジョンに目配せをすると、彼は神妙な顔で頷いた。
「ええ。もちろんです……ジュスト。お前の言われた通り、オレリー様は怪しい動きが多かった」
「……どんな動きが?」
「やたらと人払いする場面が増えたり、宝石を売ってお金を作り、出入りの商人に頼んで使いやすい硬貨を用意して貰ったり、王都を出るにはどういう手段があるのかをメイドに確認したりしていたようだ」
……!!!
私はジョンの言葉を聞いて、ビクッとしてしまった。目的は一緒なのだから、当然なのだけど、それって家出しようとした時の私の動きと一緒よ!
「それは、かなり怪しいな……家出の準備は前々から計画的に進めていたということか」
ジュストは顎に手を置いて、何かを考えているようだ。確かにこの前オレリーが来る前から、その準備は進んでいたように思う。
この動きって、怪しいんだ……そして、私も皆にそう思われていたんだ……! と、私は衝撃だった。
そうなのね。そうよね。出入りの商人だって、いつも頼まれない事を頼まれれば、何かおかしいと思って家人に相談することだってあるはずであって。
「オレリーお嬢様はおそらくは、今朝早い時間に家出されたようだ。ベッドに居るはずのお嬢様が居なくなっており、もしかしたら邸内に居るかもしれない倒れていないかと探し回ったが、どこにも居ない。そして、そこでメイドが机の上に置き手紙があることに気が付いたらしい」
オレリーが家出するなんてまったく思わなかったのは、私もサラクラン伯爵家の面々も同じようだ。
だって、あの子はこの前まで寝たきりだったのよ! 外にもろくろく出たことがないというのに、そんなことが起こるなんて、信じられなかったのだ。
「……それで、何が書いてあったんだ?」
「どうか、私を探さないで下さい……と。まあ、文言もミシェル様と一緒なので、流石は姉妹だと、皆も思ったものだ。こんな事態ではあったが」
ジョンとジュストは目を合わせて微笑み、私は慌てて声をあげた。
「ちょ、ちょっと! 待って。私の場合は、れっきとした家出する事情があったのよ? オレリーはトレヴィル男爵との仲を反対されたとは言え、まだ家出する段階ではないでしょう? だって、お父様はもしかしたらお許しになるかもしれないもの」
私の場合は、婚約者と婚約者が好きな妹……そんな三角関係になるなんて、絶対に嫌だった。常に息が詰まるような不幸な人生になるに決まっているし。
トレヴィル男爵とオレリーは、結婚を約束したにしても、まだまだ出会ったばかり。
だというのに、一歩間違えれば命の危険もあるような、そんな事をする意味が……ないはずよ。
「いえいえ。ミシェル。まだわからないのですか……オレリー嬢とトレヴィル男爵は、結婚前の既成事実が作りたいのですよ。うら若い乙女が恋仲の男爵と家出と称し、何日か旅行をしていた……そんなことになれば、血統主義の貴族たちは、誰もオレリー嬢を娶るわけにはいかない。消去法でトレヴィル男爵はサラクラン伯爵にせざるを得ない。そういうことなのです」
「っ……! まあ、もう……! 早くオレリーを見付けないと!」
「わかっております。僕は誰より、そういうお気持ちを理解しております。ミシェル……なあ? ジョン」
ジュストは意味ありげに微笑みかけ、ジョンは苦笑いしながら気安い呼び掛けに頷いた。
本日、竹コミ!にて、コミカライズ6話更新日です!
やたらとメロいジュストが出て来ますので、良かったらぜひぜひご覧下さいませ~♡
また、3/13花娘4巻、3/19雪乙女コミック1巻、4/5純粋培養令嬢1巻発売となり、各書店様にて予約はじまっております~!(特典などのお知らせは活動報告にてご報告します。




