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29 困った恋人

「あ! ジュスト……ジュスト!」


「……はい。なんですか。ミシェル」


 アシュラム伯爵邸の廊下でやっと見つけた彼を追い掛けると、ジュストはこれまで私の護衛騎士をしていた癖が抜けないのか、振り返ってから姿勢を正していた。


 これまでとは違い、紳士らしく撫で付けた茶色い髪が大人っぽい印象だった。


 色々とあってアシュラム伯爵位を叙爵されることになったジュストだけど、貴族としてどんな役目を果たし、何の仕事をしているか、共に住んで居るはずの私も良く知らない。


 ジュストのお父様であるリュシオール男爵ドレイク様の研究した、難病に効くという薬の特許でかなり儲けているらしいとは聞いているけれど……付きっきりで私の護衛騎士をしていた時よりも、『仕事』と称して外出することも多くなった。


 ……となると、彼は一体何をしているのかが、気になってしまう。


 ついこの前は紳士の社交クラブに顔を出していたようだけど、あそこはそこまで頻繁に行く場所でもないような気がする。お父様だってたまに飲みに行く気晴らしのための場所だと思っていた節があった。


 もしかしたら……私に言えないことを、していたりしないかしら?


「……もしかして、今からお酒を飲みに行くつもりなの……?」


 まじまじと彼を見ると、やけにお洒落な新品の服を着ている……私はなんだかおかしいと勘が働いた。これは、もしかしたら、まだ日が落ちていない間に夜の街に繰り出すつもりかもしれない。


「嫌だな。誤解です。ミシェル……僕はそれほど酒が好きではないですよ」


 心の底から私の言葉が心外だと言わんばかりのジュスト……一体、これって何なのかしら。私はすごく気になるけれど、ジュストはいつも通りに見える。


 けれど……いつも通りのジュストでは、ないような気がする。演技の上手い役者に思えるのよ。


「……では、どうして……お酒の出る店に出入りするの?」


 彼が父に同行して社交クラブに出入りしていることは知っているし、ジュストは付き合いの良い方だからサラクラン伯爵家でも騎士達と一緒に飲みに行っていたことを知っている。


 お酒は好きではないとはジュスト本人は申告するけれど、実際にお酒を飲んでいたこと自体は確かなのだ。


「ミシェル。ああいったお店は、単にお酒を商品の一部として提供しているだけで、酒を飲まなくても支障ありません。食事や話をする場として、楽しい時間を売っているだけなんですよ」


 まるで、習い始めの生徒に言って聞かせる教師のようにしてジュストは私に言った。彼の目に私はいつまでも世間知らずな八歳のままに見えるのかもしれない。


「……では、私が一緒に行っても良いのではないの?」


「別に構いませんよ。しかし、失礼を言うようですが、今の姿は貴婦人(レディ)が外出するに、相応しい装いではなさそうですね。ミシェル」


 それは、彼の言うとおりだ。私は帽子も手袋も身につけていないし、着用しているドレスは流行と言えばそうなのだけど、腰を締め上げていない白いレースを重ねたもの。


 見た目は乙女らしく可愛くて楽なドレスだけれど、このまま外出出来るかと言われれば、違うと言うほかない。


「……私が着替えるまで待って居てくれる?」


「それは、申し訳ない。僕ではなく、時間が待って居てくれないようです。ミシェル」


 ジュストは手に持った懐中時計を、確認しながら言った。誰かと待ち合わせをしていて、その時間に間に合わないと言いたいのだ。


 今の状態の私が外出用のドレスに着替えて、髪型を調えるまでに一時間は掛かってしまう。


「もしかして……これから、誰かと会うのね……?」


 護衛騎士ジュストは貴族令嬢である私と結婚するために、これまでの人生の時間をほとんど使ったと言っても過言ではない。


 だから、彼が他の女性に目を向けるなんて考えられないし、浮気の心配はしていない……してはいないけれど、何だか胸騒ぎがした。


「ええ。会うのはミシェルは知らない人ですよ。ただの仕事相手です。この国の貴族として生きて行くには、経済でお金を回す必要がありますので」


 ジュストの言う通り、彼は父のおかげで莫大な財産を手にしているけれど、アシュラム伯爵としての地位を盤石にしておくには、誰とも関わらず生きて行く訳にはいかない。


 これからを助け合う貴族と貴族の縁だって必要だし、生き残るために情報収集だって必要不可欠だろう。


「ジュストったら……最近のジュストが元気がないと、私が気がついていないとでも思ったの?」


 私が問い正すようにそう言うと、ジュストは苦笑して頷いた。


「参ったな。僕ってこのところ、いきいきとして若くて素敵な貴公子でありませんでした? ミシェル。自分では、そう見えるように振舞っているつもりなんですが」


「もうっ……そういう冗談では誤魔化されないわよ。ジュスト。私だって貴方と十何年過ごしたのよ。黙っていても、落ち込んでいる時くらいわかるわ」


「……そうですか」


 ジュストはそう言って黙ると、馬車の方を指差した。


「しかし、ミシェル。君の護衛騎士であったころは、常にミシェルの傍に居ること自体が仕事でしたが、転職した僕は、そろそろ行かねばなりません。ミシェルと仕事、どちらを選ぶかと問われれば、迷わずミシェルを選びますが、出来れば仕事もなくしたくないです……」


「そっ……それは、仕方ないわね……」


 ジュストのとても申し訳なさそうな表情。長年の付き合いでわかってしまうので、おそらくはこれも演技なんだけど、何か大事な仕事で急いでいることは、間違いないだろう。


 ジュストが纏う服……高級そうな生地の、仕立てたばかり新品の服だわ。


 これをわざわざ選んだということは、女性とのデートでもなければ、これを着て会わなければ失礼になるほどの相手に会うって事かしら……。


「ミシェル」


「っ……何よ」


 考え込んでいた私は、名前を呼ばれて慌てて顔を上げた。


「片時も離れたくないほどに、僕のことが好きであることは理解しましたが、もうそろそろ……」


 そして、胸に手を当てたジュストは、いつの間にか周囲に居たアシュラム伯爵家の面々に目を向けた。


 誰かが敢えてここに集めたとしか思えないほどの人数。皆楽しそうな……キラキラした目で、私たちを見つめていた。


「なっ……違うわよ! これは、そうではないの……そういう訳ではないわ。さっさと仕事に行きなさいよ! ジュスト」


 これは大きな誤解を生んでしまうと悟った私は、ジュストに早く行くように促した。


「ええ。出来るだけ早く帰りますね。不在の間にも、君を想っています。ミシェル」


 周囲からキャッと楽しそうな声や、笑いさざめく声。


 楽しそうなのは、わかるわ。仕事に行こうとしている男性を、行かせたくないと甘えて騒ぐ女性……に私は見えているはずだもの!


 それも、何ヶ月も会えないならまだしも、ジュストが帰って来る予定は数時間後なのよ!


「もうっ……ジュスト。良いから。早く行って来て!」


 面白がったジュストの言葉で、自分がどれだけこの邸の使用人たちに誤解されてしまったかを知り、私は彼に早く行くように手を振った。


「ええ。すぐ帰って来ます。これだけ寂しく思われたら、僕も早く帰りたくなるというものですので」


「そういうの、良いから!! 早く!! 行って来て!!」


 絶対、内心面白がっているはずのジュストは、最後まで寂しがる困った恋人を気遣う貴公子の演技を続け、私はその後しばらくアシュラム伯爵邸の使用人たちに『アシュラム伯爵のことが好き過ぎる、彼の婚約者』として、丁重に扱われるようになってしまった。



お読み頂きありがとうございました。

もし良かったら、最後に評価していただけましたら嬉しいです。


また、別の作品でもお会いできたら嬉しいです。


待鳥園子

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