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26 危険物

「……なんで……お前……」


 お茶会の途中にジュストが倒れたという話を聞きつけて来たのか、心配顔の国王陛下と王妃様がお茶会をしていた現場に居た。


 彼らに説明をしていたらしいラザールは『信じられない』と言わんばかりの表情で、素知らぬ顔でやって来た私たちを見ていた。


 ジュストのご両親が先に挨拶をしていたら、王妃様とフィオーラ様は親しく言葉を交わし仲の良いご友人のようだった。


 お父様のドレイク様もよく思われたいという欲が全く無いせいか、とても自然体で、堂々と貴族として王族に挨拶をしていた。


 そんな光景を信じられないと言わんばかりの顔をして見つめるラザール・クロッシュ。そうね。彼にしてみれば、この状況はそうなってしまうだろうと思うわ。


「両陛下。申し訳ありません。愚息が薬を、飲み忘れていたようです。ついこの前、肺炎にかかり現在治療中なのです。ああ……こちらの病気は伝染するものではありませんので、どうぞご安心ください」


 ドレイク様は学者は学者でも研究分野が医学に特化しており、医者としての知識も大変豊富らしい。だから、そんな彼から息子の倒れてしまった病状を説明をすることになった。


「……肺炎だと?」


 ラザールはそう呟き、ぽかんとした間抜けな表情になっていた。


 そこへちょうど良く違う場所で調べていたらしい臣下が、国王陛下へと耳打ちをしていた。


「……何。残された茶や、茶器には毒は検出されなかっただと?」


 彼は一瞬鋭い視線でラザールを見て、私たちへと視線を戻した。


「アシュラム伯爵の吐血は、肺炎によるものなのか?」


「ええ。この前までの酷い咳によって気道が傷つけられておりまして、それが今回、薬の飲み忘れで、偶然に大量に出てしまったものと思われます」


 その場に沈黙が訪れ、見つめ合った国王陛下と王妃様の表情が固いものへと変わった。


「クロッシュ公爵令息。どうやら、彼らが愉快犯的に毒をこの場で使ったというのは、君の完全なる誤解……勘違いだったようだな」


「あっ……それはっ……」


 今、ここにある事実が信じられないのか、ラザールははくはくと荒い呼吸を重ね、信じられないと言わんばかりの顔で動揺していた。


 これまで彼がどんな説明をしていたのか、これで、私たちにはわかってしまった。


 それに、もし彼の心にやましいことがひとつもないのならここで『申し訳ありません。私が勘違いしておりました』と、自然と切り返すところなのに、それも出来ない。


 プライドが高すぎて、失敗したという事実を受け止めるのに、時間が掛かっているのだわ。


「わかった。そうかそうか……アシュラム伯爵は、体調が悪かったのか。何かあってはいけないと心配したが、回復したようで何よりだ。気にせずとも良い」


 国王陛下は流石というべきか毒でもなく、単に体調不良で倒れてしまったのならと寛大な態度を見せてくれた。


「優しいお言葉をありがとうございます……陛下。僕の自己管理の乱れが原因で、お二人にご心配をおかけして、本当に申し訳ありません」


 ジュストはすごく反省していて、薬を飲み忘れた自分が、この場で一番悪いという表情をしていた……もちろん、そんな訳はないことは私は知っているけれど。


「ちょっと! クロッシュ公爵令息。貴方の話は嘘ばかりだったようね? 不運にも体調不良だったアシュラム伯爵を、彼の不在な時に陥れるようなことを言い出すなんて……軽蔑するわ!」


 興奮してしまった王妃様はその場から立ち上がり、怒りの余りか、挨拶もせずにそのまま去っていってしまった。


 ロマンチストだし、激情家な人なのだと思う。私たちも彼女に助けられたけれど、今は顔を真っ青にして無言のラザールを見て、気分が晴れる思いだった。


「……まあ、とは言え……勘違いは、良くあることだ。だが、ラザールはこの二人に対し、非礼を詫びるべきだと思う。私は、覚えておくよ」


 国王陛下もラザールへ冷たくそう言い放ち、王妃様の後を追って席を立った。


 国王陛下の『覚えておくよ』というのは、『二度目はない』という言い換えにもなる。だから、真っ青な顔をしたラザールは、ガタガタと身体中震えていた。


 王族に目を付けられてしまったものね。妙な嘘をつかなければ、それでよかったのに。


「……あら。ラザール・クロッシュ様。大丈夫かしら? 体調が悪いのでは? 私の夫は医者なのですけど、良かったら診察をお願いしましょうか?」


 フィオーラ様は心底心配した言葉と表情でそう問いかけたけれど、ラザールは立ち上がり、ジュストを睨みつけた。


「お前……絶対に、許さないぞ!」


「え? 僕……今日、何かしましたか?」


 白々しくジュストは困ったように微笑み、ラザールはそれを見て獣のような雄叫びをあげて椅子を蹴ると、そのまま去っていった。


「あらあら……まあ、あんなに元気ならば、きっと大丈夫ね。私たちも帰りましょう」


 辺りの使用人たちはラザールの異様な姿を見て、皆怯えていた。私がジュストの顔を見ると、彼はまだ演技中なのか、困った顔で肩を竦めた。



◇◆◇



 私たちは別れて馬車に乗り、アシュラム伯爵邸へと帰ることになった。


 滑るように進む真新しい高価な馬車の中で、私はひそひそ声で隣に座っていたジュストに聞いた。


「……全部、最初から……知っていたの?」


 私は誰かに聞かれてはならないと、声を出来るだけ抑えていたんだけど、ジュストは特に心配ないようで普通の音量で話した。


「ええ。あちらには、僕のスパイが居るもので。ラザールの動きは、筒抜けなんです。とても残念なことに。これで、彼は僕らに何も出来なくなりましたね」


 にっこり微笑んだジュスト。私には頼りになることには間違いないけれど、敵に回してしまったラザールには悪夢のようだろう。


「……ねえ。ザカリーに、どれだけのお金を渡したの?」


 彼のスパイは、侍従のザカリー以外あり得ない。ジュストは微笑んで、それは出来ないと首を横に振った。


「きっと……ミシェルは言っても、信じてくれませんよ。僕はミシェル以外には特に欲しい物もなく、楽しむ趣味はありませんし……本当につまらない男ですね」


 クロッシュ公爵家の侍従なんて、そうそうなれる職業でもないのに……それを裏切ることの出来る金額って、天文学的な数字なのではないかしら。


「趣味……なかったかしら。そういえば、ジュストはあまり外出もしないわよね」


 私は本を読んだりレースを編んだりすることが、趣味と言えば趣味かもしれない。


「いえ。強いて言えば、僕の趣味はミシェルなんです」


 はっと気がついたようにジュストがそう口にして、私はなんとも言えない気持ちになった。


 嬉しい……嬉しいけど、なんだか少し怖い。ジュストって、私のこと好き過ぎではない?


「もう……何、言ってるの。恥ずかしいわ」


「いえいえ。ミシェル。趣味が妻なんて、すごく良くないですか。ミシェルと一緒に居ると楽しくて時間が経つのが早過ぎて、それが僕は嫌だったんです。ああ……そうでした。もうすぐ一生一緒に居られますね。君と居ると体感にすると、すぐに死んでしまうんだろうな。困ったな」


「え……ジュスト。怖い」


 私がわざとらしく少し後ずさると、いつものように私を引き寄せた。


「けど、好き、なんでしょう? 光栄です。僕のお嬢様」


 にこにこと微笑むジュストの可愛い顔を見ると、私はついうっかりなんでも許してしまいそうになってしまうので、本当に彼は危険物指定されるべきだと思うわ。


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