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20 所有欲

 お父様は『ここは、二人で話をしなさい』と言って席を立った。


 お父様にもオレリーが嘘を言っているとわかってはいるけれど、あの子がそう主張している限り、どうにもならないと考えているのだろう。


 だって、私の護衛騎士として、ジュストは確かにサラクラン伯爵邸に常に居たんだから、オレリー自身がそう言うのなら、いくらでも機会はあっただろうと思われるし、二人はそういう仲なのかもしれないと思われてしまう。


 ああ。オレリーがあんなことを言い出すなんて、本当に思いもしなかった。


 ……けれど、思い返してみれば、オレリーは幼い頃から姉の私の持っているものを良く欲しがった。


 あれを言い出してはみたけれど、あの子はジュストのことを好きで結婚したいという訳ではないと思う……ただ、姉の私が持っているから欲しいと思っているだけで。


 結婚したいと言い出した私に、ジュストは性格が悪いと言いに来たくらいだから、それなりに彼のことだって知っているはずだし……。


「すぐに、医者を呼びましょう。ミシェル」


「え? 医者を……? けれど、何のために?」


 無言で考え込んでいたジュストはそう言い、私はそれは何故なのかと驚いた。


「いえ。オレリー様にとってはそれは屈辱的な診察になるかもしれませんが、処女か処女ではないかは、簡単に見分けがつきますので。申し訳ありませんが、僕も濡れ衣を着せられるのは迷惑です」


 淡々とそう言ったジュストは、オレリーがついた嘘を暴くための方法を考えていたらしい。


「……そうなの?」


「ええ。箱入り娘のミシェルは知らないと思いますが、女性には処女膜というものが……いえ。それは良いんです。ですが、そんな風にあれは簡単に証明出来る嘘です。どうしてオレリー様が、あんなことを言い出したかを考える方が良いかもしれません。でなければ、また何かで僕らの結婚を邪魔されてしまうかもしれませんし」


 確かに私にはジュストが何のことを言っているのかわからなかったけれど、嘘をついたオレリー本人だってすぐバレてしまう嘘だとわかっていたはずだ。


 けれど、これを言い出した。あの子には理由があった。


「私……ジュストには、これまでに言っていなかったけど」


「何ですか?」


 ジュストは言い辛そうに切り出した隣に座る私を見て、不思議そうにしている。


 これは彼がこの邸に来る前の話だし、その時既に葛藤がなくなった私には当然のことだったから、ジュストは知らなくても無理はない。


「あの子は、産まれた時から虚弱体質で……長くは生きられないと、医者に診断されて……私はすごく悲しかったわ」


「ええ……そうですね。ミシェルはオレリー様のために、これまで出来るだけのことをしていたと思います」


 ジュストの見えていた部分ではそうだろう。私だって、そう見えるように振舞っていた。


「だから、私はあの子が欲しがるものは、何もかも与えた。私も幼かったし、何をしてあげたら良いかわからなくて……そのくらいしかしてあげられないと思っていたの。あの子が欲しがりそうなものは、先んじて与えていた。何もかもあげたわ。お気に入りのぬいぐるみ、仕立てたばかりのドレス……お父様はそれを見ていて、私に物を与える時は二つくれるようになったわ。あの子が、必ず欲しがるようになったから」


 両親だって私が健康な身体を持つ姉だからと、病弱なオレリーを優先した罪悪感は常に持っていたと思う。けれど、そうせざるを得なかったのもわかる。


 誰が見たとしてもあの子の命の期限は、すぐそこまで迫ってきていた。


「それは……嫌だったでしょう」


 ジュストはそう言って、私の背中を撫でた。


 ……ええ。そうだった。嫌だった。本当は私のものを返して欲しいって、泣き喚きたかった。けれど、出来なかった。あの子はもうすぐ、死んでしまうかもしれない。姉の私は健康な身体で、長生きが出来る。だから、常に我慢するべきだった。


 オレリーはとても可哀想だから。


「ええ。嫌だったわ。けれど、それを口にすることは、いけないと思っていたの。ジュストが私の護衛騎士になった頃には、自分の所有物には執着しないことにしていたの。貴方が私に紹介された時を覚えている? ……僕は貴女の護衛騎士として仕えますって、そう言ったの」


「ええ。覚えています。愛するミシェルと、初めて会った時なので」


 遠い過去を思い返すようにして、彼は頷いた。


「嬉しかった。けれど、私が喜べば、オレリーにまた取られるのではないかと思ったの。だから、わざと素っ気なくしたわ。私……ジュストを、あの時から取られたくなかったから」


「……ああ。思い出しました。そういえば、お仕えするようになってすぐに、オレリー様が僕が欲しいと言い出して、絶対に嫌ですと彼女を拒否したことがありましたね」


 ジュストは妹オレリーから、自分が嫌われるきっかけになった過去を思い出したようだ。彼にとってはどうでも良い事でも私にとっては重要なことなので、ずっと覚えていた。


 その時にもジュストらしいはっきりとした意思表示をする彼の姿を思い返して、つい、微笑んでしまった。


 サラクラン伯爵邸すべての人間で甘やかしてしまい、我が侭放題になってしまっていた妹の言い分を、彼は淡々とすべておかしいと言い返し、私の護衛騎士が良いから無理ですと呆然としていたあの子に言い放ったのだ。


「嬉しかった。私はジュストもオレリーに、取られてしまうと思ったの。けれど、貴方ってすごく主張が強かったでしょう? だから、ジュストは取られないんだ。ずっと……私の傍に居てくれるんだと思って、本当に嬉しかったの」


「……はあ。まあ、そうですね。僕は物言わぬ、ぬいぐるみではありませんから」


 釈然としない表情のジュストは私がまだ、この話を持ち出して来た理由がわからないらしい。


「あの子はだんだんと成長して、そこまでの我が侭は言わなくなったわ。正直に言うと、両親が私の婚約者ラザール様とはあの子が会わないようにしていたの。けれど、偶然会ってしまったの。あの時……ラザール様は、オレリーを選んだ」


「あー……はい。そうでしたね。はいはい。それは、僕も良く存じております」


「私……あの話を聞いた時、婚約者まで取られたと思ったの。けれど、オレリーは知っての通り何もしていないわ。あの子は何も悪くないし、ただ私が一人恐怖していただけなのよ。衝動的に、家出してしまったの。けれど、オレリーは、私がラザール様と結婚することを望んでいた」


「僕も知っております。ミシェル。あの……」


 困惑している様子のジュストは、ここまで話した私が何を言いたいかわからないようだ。


 それも、そうだと思う。


 これは、あの子の姉で私にしかわからないような……そういう意味合いの話だから。


「……私がラザール様と結婚してサラクラン伯爵邸を出れば、昔、手に入れ損ねたジュストが、あの子はようやく手に入ると思っていたのではないかしら」


「……は? 僕ですか?」


 ジュストはぽかんとした表情をしていた。彼だって自分がぬいぐるみのように姉妹に取られ合うなんて、思ってもみなかったはずだ。


 けれど、オレリーがあんな嘘をついたのは、きっとこれが理由なのだ。


「そうよ。私がクロッシュ公爵家に入れば、ジュストは置いていくしかない。昔から私の持っていたもので、あの子が手に入らなかったのは護衛騎士だったジュストだけ。だから、あの子はずっと欲しかったのよ。それは、何年経っても変わらなかったんだわ。成長しても、ずっと貴方が欲しかったのね」


 オレリーは私はラザール様と結婚すべきだし、ジュストは貴族になったとしても似合わないとずっと反対していた。そうだ。あの子はこんなことになるなんて、思ってもいなかったはずだ。


 自分が欲しがったジュストを手に入れるまで、もう少しだったのに。


「……オレリー様の気持ちは良くわかりませんけど、僕は正直に言うと気分が悪いです。姉のミシェルが持つものをすべて奪いたいから、僕と結婚したいと……? うわ。気持ち悪いですね。本当に無理です」


 ジュストは不味いものを食べたかのような、嫌な表情をしていた。それも、仕方ないと思う。オレリーが彼を欲しがるのは、恋情でもなんでもなくて、ただの所有欲なのだ。


 私だって誰かに物のように欲しがられれば、そういう気持ちになってしまうはず。


「わからないわ……これは、私が予想しているだけで、本人はそれは違うと言うかもしれない。けれど、オレリーと二人で一度話してみるわ……ねえ。ジュスト。ひとつだけ教えて欲しいの。これは、大事なことなのよ」


「何でしょうか?」


 ジュストにしか知らないことを確認して、私は妹オレリーと直接話すことにした。


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