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19/34

19 嘘

「ミシェル……緊張してますか?」


 遅く起きた昼頃、私たちはサラクラン伯爵家へと向かう馬車に乗っていた。


 緊張とは、少し違うかもしれない。いつにない状況に、興奮はしているかもしれないけど。


「……お父様は、怒るでしょうね。けれど、きっとわかって下さると思うわ」


 最初、私がジュストと結婚したいと言い出した時、頭ごなしにあり得ないと怒り聞く耳を持たなかったのはお父様だ。


 ラザール様との婚約が解消されてしまえば、お父様との交渉だけが懸念点。そして、ジュストは私の『純潔を奪ってしまったから責任を取る』と、結婚する話を切り出すはずだ。


 貴族令嬢の嫁入りは、純潔であることが必須条件だ。なぜかというと、その家の血を繋ぐことになるというのに、夫でない男性との子を産むかもしれない。


「そう願います。僕だってサラクラン伯爵に、嫌われたい訳ではないですし……とても感謝しているんです。サラクラン伯爵は親元から離れることになった僕を甘やかさずに厳しかったですけど、寂しくないようにと、年齢の近いミシェルの護衛騎士になるように配慮して命じてくださいました」


 品の良い貴族服を着たジュストは、まるで生粋の貴族のようだった。平民とはいえお父様は学者で生活水準が元々高かったし、私の傍に居るのならと、礼儀作法もみっちり扱かれている。


 貴族令嬢である私の隣に並んでいても、誰も不思議には見えないだろう。


「……そうだったの?」


 ジュストが私の護衛騎士になったのは、ずっと傍に居ることになる彼が遊び相手にもなれるように、私と年齢が近いからだとは前々から聞いていた。


 幼い頃に母親を亡くしたジュストは生活不能者であったお父様から離して育てられたというのも、私はこの前知ったばかりなのだ。


 別に彼に興味がなかったという訳ではないけれど、なぜかジュストは自分のことになると違う話題を出して誤魔化してしまったり、私を揶揄って終わっていた。


「ええ。サラクラン伯爵は、もしかしたら、それを後悔なさるかもしれないですけど……僕はミシェルに会えて、人生が変わりました。ただなんとなく過ぎていくだけの無為な時間を、目的へと進むことの出来るとても意味のある楽しい時間に変えてくれたんです」


「ジュストって、私のことが好きすぎて……たまに、怖くなるわ……」


 好きだから許せているだけで、『そこまでしてしまうの?』と若干思っている時がないわけではない。隣に座っていた私がわざとらしく後ずさると、彼は驚いた表情をした。


「怖いって……酷くないですか? ……ミシェルがこんなにも、好きにさせるから悪いんですよ……」


 私は拗ねた様子のジュストに微笑み、窓の外を見て言った。


「そろそろサラクラン伯爵邸ね。よく考えれば、こんな時間に帰宅したの初めて」


 夜会では明け方に帰るし、昼過ぎにどこかから私が帰って来るなんて、生まれて初めてのことだ。


「当然ですよ。僕が常にミシェルと共に居ましたからね」


 ジュストが肩を竦めたと同時に、馬車が停まり、彼は先んじて馬車を降り、私へと手を差し出した。


「もう……護衛騎士ではないのね。ジュスト」


 今まで十年ほども続いている関係が変わってしまうことは、なんだか感慨深かった。ついこの間まで、ジュストは私の護衛騎士だったのだから。


「ええ。これからは、違う関係性で僕たちは呼ばれることになります」


 私たち二人がサラクラン伯爵邸に到着したと同時に、お父様が厳しい表情で現れた。


「サラクラン伯爵……」


「何も言うな……とにかく、邸へと入れ」


 お父様はそうしてそのまま邸へ入り、私とジュストの予想外の反応だったので、二人して不思議に思い見つめ合った。


 真っ直ぐで熱血なお父様の性格なら、ここで厳しく怒鳴って、気が済んだら話を聞いてくれるだろうと思っていたからだ。


「……行きましょうか。ミシェル。考えていても始まりません」


「そうね。何があったかなんて、聞かないとわからないもの」


 けれど、予想外の方向へ反応を見せたお父様に私は不安を抱いていた。


 ……どうして、怒らないの?


 怒らせるようなことをして来てなんだけど、どうしてお父様が怒らないのかがわからない。



◇◆◇



 無言のお父様の前に私たち二人は座り、重苦しい空気の中で彼が話を切り出すのを待っていた。


「……クロッシュ公爵家から、ミシェルとの婚約解消の話は聞いている。王妃様からも手紙が届いていた。あちらに過失のある王命だと……サラクラン伯爵家当主としては、異論はない。どちらのお祖母様からもミシェルを傷つけてしまって済まないと手紙が届いていた。後でお二人に返事を書きなさい」


「はい。お父様」


 私とラザール様が婚約するきっかけとなったお祖母様の友情も、問題はなさそうだ。ほっと安堵する。お祖母様は大好きで、彼女に嫌な思いをさせたい訳でもなかった。


 続いてお父様はジュストを見て、彼に話しかけた。


「ジュスト。お前は本当に、抜け目のない奴だな」


「お褒めいただき、ありがとうございます。サラクラン伯爵。こちらで適切な教育を施していただいたおかげです」


 はあっと大きくため息をついたお父様は、困った表情をしていた。


「しかし……いや、これについては、先んじて言っておく。私は信じてはいない。だが、あの子がそう言うからには、ジュストとミシェルを結婚させる訳にはいかない」


「……え?」


 お父様が困り顔をしていた。ここで言う『あの子』は、妹オレリーのことだろう。どうして、あの子の話が?


「オレリーを呼びなさい」


 壁際に控えていたメイドにそう言ってお父様は、暗い表情で私たちの顔を見ていた。


 ……どういうこと? オレリーが何を言えば、私たちが結婚出来ないことになるの?


「……お呼びですか? あら。お姉様に、ジュスト……お帰りなさい」


 オレリーはにこにこと微笑んで、困った顔のままのお父様の隣に座った。お父様は部屋の中を人払いをすると、慎重な口振りで話始めた。


「……昨夜、クロッシュ公爵家から、ミシェルの婚約解消の知らせが届いた。そうしたら、このオレリーが……」


「ええ。私はジュストに純潔を奪われてしまったから、彼にしか嫁げないと言ったの。これは、本当よ」


 私はそれを聞いて大きな衝撃を受け、隣に居たジュストの顔をばっと見た。彼は落ち着いていて、微笑み首を横に振った。


 えっ……そうよね。それはそうなのだけど、あまりにも突拍子のない話で……頭が真っ白になってしまった。


「……何故、そのような嘘を? オレリー様」


「ジュスト……私にあんなにも、愛を囁いてくれていたではないの?」


 芝居がかった口振りでオレリーは悲しそうにそう言い、お父様は困った表情を崩さない。


「ははは。何をおっしゃっているのですか? オレリー様。嘘はいけませんよ。貴女も知っての通り、僕がこれまでにミシェル以外の女性を愛したことはありません。」


 ジュストは余裕の態度を崩さないし、オレリーも嘘だとは認めないようだ。


「本当よ! ……お姉様。私とジュスト、どっちを信じるの!?」


 私は……妹オレリーは、可愛い。


 身体が弱く生まれて来たのは、あの子のせいではないし、姉として出来るだけのことをしてあげたいと思って、そうして来たつもりだ。


 欲しいと言うものを譲ったり、あの子の願うようになるよう出来るだけ、我慢して来た。


 けれど、これは……ジュストを自分へ譲れと言うこと?


「……オレリー、どうして嘘を?」


 真剣に問いかけた私を睨みつけ、オレリーは言った。


「いいえ! これは、紛れもない真実です。ジュストが私を先に傷物にしたのですわ。だから、彼と結婚するのなら、私です。健康なお姉様は、誰とでも結婚出来るのですから……!」


 興奮したオレリーははあはあと荒い息を吐いたので、お父様は彼女を宥めて部屋に帰るように指示した。


「もう良い。用は済んだ。オレリーは、部屋に戻って休みなさい」


「……お父様! ですが」


「早く帰りなさい……誰か! オレリーを送るように」


 先ほど人払いしていたメイドが二人部屋へと入って来て、荒い息を吐くオレリーを抱き上げるようにして連れて行った。


 私たち三人は、オレリーの話は嘘だと知っていた。


 けれど、オレリー自身がそう申告するのなら、そうだと信じる人も多いだろうともわかっていた。


「そんな訳で……お前たちの結婚を、認める訳にはいかない。ミシェルだけではなくオレリーも傷物にされたとするならば、あの子が言っていた通りに、健康な姉よりも可能性の低い妹を嫁がせることになるだろう」


 それは、嘘だということはわかっているけれど、オレリーがそう主張している限り、お父様は私と彼の結婚を認めてはくれないだろう。


 私は隣のジュストを見たけれど、彼も流石にこの事態は予想してはいなかったのか、難しい表情をして考え込んでいた。


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