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ミーガンの結婚行進曲ー17

「伯母様が悪かったね」

 ディーンに連れられ馬車に乗り込んだ私。

「そんな、いいのよ。とてもありがたかったわ。てっきり、私のことを嫌ってるって思っていたし」


 肩をすくめたディーンは、

「まあ色々あったからなあ。でももともとは悪い人ではないから」

 と言いつつも、

「まさか、若き日の恋愛話を聞く羽目になるとはなあ」

 息をつくディーンに私も苦笑した。


「父さん、イケメンすぎて周りが大変だった話は知ってたけど。まさか、お姫様とだなんて」

 にやっと返したディーンは、

「血筋かな。王家の人間を翻弄させるのは」

「何それ。私、父より母に似てるのよ。ロザリン様は父に似てると言ってくださったけど、似てるのは目ぐらいなの」

 父親に似てれば、ヒロイン以上の美人だったはず、なのだが。


「俺には充分すぎるけど」

 ぐいっと身体を寄せてくるディーンに、

「あの、こ、これからどこへ行くの」

 焦って馬車の窓の方に身体を寄せた。


 窓から外を見る私の上から外を見たディーンは、

「見おぼえない?」

「え? あ、あれ?」

 あの建物は確か裁判所、私がユルゲンに連れていかれた場所。ってことはここはルドク市だ。


「私、町追放、あ、そうか、それはもう大丈夫なのよね」

 町追放のままだったら、立ち入ったらいけない場所だ。

 苦笑したディーンは、

「それは大丈夫。それより、もうひとつのことがね」

 謎めいたいい方に首をかしげた。

「そろそろ着くからもう少し待って」


 馬車は、町中を進んでいく。外の景色は妙に懐かしさを感じる。

 私の中でもう自分の記憶になっているミーガンの記憶のせいだろう。

 どこも見たことがあるし、訪れたことのあるお店もわかる。


「あそこのお菓子、美味しいのよ」

「あ、あそこ、チーズのパンが美味しいの」

 気づけば食べ物の店ばかり言う私に、ディーンはおかしそうに微笑むと、

「帰りに寄ろうか」

 と言ってくれた。


「さあ、降りて」

 先に降りたディーンが私の手を引いてくれた。


 馬車の進んだ先、大きな屋敷の庭に入っていったときから記憶の蓋が外れ、今まで以上の記憶の波にのまれそうになっていた。

 小さなミーガンが庭を走り、母親と父親が見守っている。


「ここ、私の」

「そうだよ、君の家だ」

 ディーンが玄関のドアを開けた。


 貴族の身分を失った私は、ここを出てユルゲンのところに行った。そこで婚約破棄を言い渡された。

 あれ?


「ここ、もう私の家ではないわ」

 ディーンの腕を引っ張った。

「帰らないと。もうここは私の来れるとこじゃない」

 引っ張って馬車に行こうとするのに、ディーンはまるで動いてくれない。


「ねえ」

「いいんだよ。ここはまた君の家になったんだから」


 ? 何言ってるの?


「君は、ミーガン。ミーガン・ボナート。ボナート伯爵の娘だよ」

「え? 伯爵? だから、その身分は」

「戻ったんだ」

「はい?」


 ちょっと上を向いたディーンは、

「いや、戻ったんじゃないか。もともと、剝奪もされていないんだよ」

「だって、貴族の身分を返上するってサインした書類が出てきたって」


 ここに来て、今まで頭の中に潜んでいた記憶が、引き出しを開けるように出てきていた。

 父親が死んですぐ、親戚がこの家にやってくると、書類を見せてきたんだ。


「その書類に効力はない」

 ディーンはそう言い切った。


「お父さんが亡くなった時、メイドや執事、働いていたものはやめさせられ、皆、よそに移っていったんだろ」

「うん、そうだったわ。私が寝てる間にみんないなくなってて、親戚が書類を見せてきて」

「その書類自体が偽物だったんだよ」

「でも」


 ディーンはやめさせられた人間を探し当て、話を聞いたという。


「君のお父さんのサインだが、お父さんは書いてないんだ」

「そうなの? どうやってわかったの?」

「執事に聞いたんだが。彼、田舎の娘さんのところにいたんだ。ミーガンのことを心配してたよ」

 執事、サイモンという名前で、細身で初老の優しそうな顔も思い出す。


「彼が言うには、書類の日付が書いてあるときには、お父さんはもうサインができるほどの状態ではなかったんだ」

「そんな」


 確かに病で臥せってからは状態は日に日に悪くなっていた。

 あの時、私の手をとって、何かあれば頼るように言ったのはロザリン夫人の名前だったと今ならわかる。

 父も私の置かれた状況を心配していたんだろう。


「というわけで、君の親戚は、書類が間違いだと認めてくれたよ」

 口の端を上げ、嬉しそうに報告してくれるが、その笑みに背筋がぞわぞわする。

「あの、ディーン?」

「ん~?」

「あ、いや、その、親戚には説明して承諾を得ただけよね?」

「ん?」

 その笑みが怖いんですけど。


「みなさん、快くこちらの言うことを聞いてくれたよ」

「あ……そう」

 これ以上は怖くて聞けないが。

 重い罪に問うたわけではなさそうだし、もう聞くのはよそう。


 ふたりして屋敷の中を歩いた。

 大きな暖炉に縦に長い大きな窓。絵画は外されているが、ここには家族の肖像画があったはずだ。

 壁に四角い跡が見える。


「また絵を飾ればいいさ」

「そうね」

 ここにディーンと一緒の絵を飾られたら素敵だと思う。

 刑罰はなかったことになり、貴族の身分は戻ってきた。


 もう何も問題はないのに。

 私は悩んでいた。

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