ミーガンの結婚行進曲ー10
入ってきたのは。
もしかして、王太子様。
あわてた私は腕を横に向けると頭を下げお辞儀をした。
「君がブリースト家のユルゲン殿か」
「はい」
王太子は私から部屋に視線をはわすと、後ろにいたドリアーヌに「いないようだが」と問いただすように言った。
やはりな、と思った私に、ドリアーヌは「そんな馬鹿な。ユルゲン! ミーガンはどこに行ったの」と攻めよってきた。
「ミーガン? ああ、君の前の婚約者だった彼女のことか」
「そうよ! あなたに気があるからここで待ち合わせをしたんでしょう!?」
「まさか、彼女からは何の連絡もないが」
「だから! ミーガンがその気だからここで待つように言ったじゃない」
「君がそんなふうに言ったような気はするが」
途端に顔を真っ赤にし、後ろからすごい目つきで睨んでいる王太子に振り返った。
「違うんです! ミーガンがそういうから、私はお膳立てしてあげようと思って」
「だからここで二人が逢引きしていると?」
そんなふうに言って王太子をここに連れてきたのか。
「あのそれは、そうだと……」
焦りまくるドリアーヌを遮るように私は、
「逢引きなど、とんでもない。私はここに休みにきたのです」
「休みに?」
「ええ、婚約破棄をされてからというもの、家では母が狂ったように小言を言うのです。まわりからも色々と言われ、すっかり疲れてしまいまして。情けない話ですが、誰もいない場所でゆっくりとしたかったのです」
こんな町から離れた宿屋は、貴族が逢引きに使ったり、娼婦と過ごすためにあるようなものだ。こんな言い訳が通じるかはわからなかったが、言い訳しつつ、ここでゆっくり過ごすのももいいな、などと思っていた。
婚約破棄の言葉にちらりとドリアーヌを見た王太子は、
「それはひどいことをする令嬢もあったものだな」
ため息をつくように言うと、ドリアーヌは目を白黒させ、口をあわあわとぱくつかせた。
そこに、黒い上下の騎士のような男が、ドリアーヌを呼んだ。
「お嬢様、言付けがございます」
「あら、何かしら。ちょっと失礼します」
渡りに船とそそくさと部屋を出るドリアーヌ。
ったく、とつぶやいてしまった私に、王太子は、
「それで?」
と聞いてきた。
「ミーガンは帰ったのですか」
「え?」
「レラ嬢のところに行ったはずということまではわかっているのです。ですが、レラ嬢のとこには行っていない」
「あ、そ、それは」
この国を出ると言ったミーガン。それは、この王太子から離れるつもりということではないのか。
うつむく私に、ドアの向こうから、
「ディーン様、ドリアーヌ嬢が動き始めました」
と声がした。
「ドリアーヌが!?」
叫んだ私に王太子の眉がぴくりと動く。
「何か知っているなら教えていただきたい」
真剣な表情に、ああ、この人は真剣にミーガンを想っているのだな、と納得した。
すまぬ、ミーガン。
心の中で謝った私は、ミーガンが隣国に向かったこと、ドリアーヌはそれを追っているのではないかと話した。
「私に用があるんでしょう?」
馬車を降りた私に、ドリアーヌは、
「ええ、そうよ。ったくこんなところまで逃げるなんて」
「私は隣国に行くつもりなのよ。あなたに何の関係もないでしょうに」
だが、ドリアーヌはふふんと鼻で笑う。
「関係ない? あんたが生きてると邪魔なのよ」
何でよ、と思ったが、ちらっと視線をやると、御者さんが黒い上下の男に首根っこを掴まれている。
「わかったわ」
「ん?」
「私の命が必要なんでしょう? 御者さんは何も関係ないんだから離してあげてちょうだい」
眉を上げたドリアーヌは、
「フーン、なんか、いい人ぶってて嫌だけど」
そういいながらも、男に手を振って合図する。
手を離した男から逃げ出した御者さんに、私はバスケットを手渡した。
「これも持って早く逃げてください。ねえ、馬車を使っていいわよね」
返事をもらうまでもなく、御者さんの背中を押した。
「ちょっと待って」
私と御者を止めたドリアーヌは、
「それは何よ」
とバスケットを指さした。私は、一言、
「猫よ」
途端、ドリアーヌは肩をすくめた。
「ね、ね、ねこですって! 早く持っていきなさい! 早く!」
かゆそうに自分の首を掻くドリアーヌ。
瞬間、同じように首に手をやり「猫アレルギーなんです」と言っていた女性が頭に浮かぶ。
御者さんの馬車がこの場所から離れていく。
視線をドリアーヌに向けると、腕を組んでこちらをねめつけている。
側には付き従うように上下黒一色の騎士たちが数人。
ドリアーヌの手駒だろうか。
ますますミーガンの友人だった女性とは思えない。
「さて、私の命を奪いたいようだけど。隣国に姿を消すだけでは物足りないわけ?」
「そうよ」
とドリアーヌは顎を上げ見下ろすように見てくる。




