ミーガンの結婚行進曲ー9
「しばらくは私も締め出されて、会うこともできなかったんだ。ドリアーヌが会いたくないと言っていたらしい。そして、会えないまま、婚約破棄を言い渡されたんだ」
「そんな。女性側からですか」
さすがにこの世界では難しいんじゃないかと聞くと、
「私の方が爵位が下だからね。ドリアーヌの父親から言われたら何も言えないよ」
ユルゲンは子爵、ドリアーヌの家は伯爵だったっけ。
「そうでしたか」
「彼女、王太子妃になりたいそうだよ」
「そうみたいですね。うちにもそう言いに来ましたから」
ユルゲンは目を見開くと、
「君のところに行ったのか」
うなづく私に「そうか、王太子を救った女性の名前、確かミーガンとか、それは君だったのか」とつぶやいたが、ハッとすると、
「ミーガン、君はここにいない方がいい」
「はい?」
「さあ、子猫をバスケットに入れて、ここから出るんだ」
「あの、いったい」
ユルゲンは厳しい顔つきになると、
「ドリアーヌは昔のドリアーヌではない。あの頃のかわいい彼女ではなくなってしまったんだ」
「それは私も感じていましたが」
「ここに私が来たのは、ドリアーヌからミーガンがまだ私を想っていてここで待っているから行ってやってくれと頼まれたからなんだ」
驚いた。
「そんなこと」
と目を見開く私に、
「君はレラというと、レラ嬢のことだろう? 彼女たちに呼び出されてここに来た。それもドリアーヌの仕業。つまり、二人をここに呼び出してあらぬ関係だと噂を流すつもりでいるのかもしれない」
何なの、その狡猾なやりかた。まるで現代の漫画でよく見るような。
現代の。
と頭に浮かんだ私は、ユルゲンにドリアーヌが目を覚ました時のことをもう一度詳しく聞いた。
実は、隣国に移り住もうと考えていると話すと、ユルゲンは、
「馬車を使ってくれていい。隣国に向かうならそのぶんのお金は出すから大丈夫だ。荷物やお金も知らせてくれたら送るように手配しよう」
と言ってくれた。
申し訳ないという私に、せめてもの罪滅ぼしだと言う。
小屋から荷物を持って隣国に移動するときに馬車を借りようかとも思ったが、ディーンが置いてくれている兵士達に見つかるとうまくごまかすことができるかわからない。王太子妃に忠実な兵士の皆さんだ。へたすると隣国まで目を離さずついてきそうだし。
それに、ユルゲンは眉根を寄せると、
「今のドリアーヌは何を考えているかよくわからない。君が隣国に移るつもりならば、知らないうちに姿を消す方が得策だと思う」
真剣に言ってくれた。
ディーンに固執する姿を見ると、そのほうがいいような気もする。
「ありがとう、ユルゲン様」
「いや、いいんだ、すぐに行きなさい」
と言いつつ、ごましおの頭を名残惜しそうになでた。
「ドリアーヌも猫が好きで、いつか一緒に飼おうと言っていたんだ」
とまるで独り言のように言う。
「ユルゲン様。子猫がいたらユルゲン様のところに届けますわ」
ユルゲンはふっと笑うと、
「ありがとう、待ってるよ」
御者に隣国に急ぐようお金を渡して送り出してくれた。
本当に嫌な奴だと思っていたのに。
人ってわからない。
馬車は道をどんどん進んでいく。
隣の国、サヴァタニア王国までどのくらいかかるんだろう。
町の中から田舎道を抜け、林のような木々の間を抜けていく。
段々と空はオレンジ色に染まりだす。
どこかで泊まらないといけないかもしれない。
夜の移動はさすがに危ないかもと思い始めたその時、馬車は急停止した。
うわっ、と身体が馬車の中で反転しそうになる。
「どうしました」
窓から身体を乗り出すと、そこには、黒い馬に乗った男たちが馬車を取り囲んでいた。
「嘘っ……」
まさか、盗賊?
そう思っている私の耳に、
「ミーガン、降りてきなさい」
と最近、聞き覚えのある声が聞こえてきた。
ユルゲンは、ミーガンの去った屋敷の部屋の中である人物が現れるのを待っていた。
「こちらですわ」
「そこにいるというのですか」
「ええ」
やはりか。
階段を上がってくる足音。勝ち誇ったような声。
以前はあんな女性ではなかったのに。
ミーガンを裏切ったことは本当に申し訳ないと思っている。
ただ、わかってほしいのは、自分はブリースト家を背負っているということ。今の子爵という爵位をあげなければならないという使命があるということ。
そのための結婚だったのだ。
ミーガンが貴族の地位をはく奪され、目の前に現れたのはミーガンの友人の一人、ドリアーヌだった。
彼女の父からの打診に乗ってしまったわけだが。
ドリアーヌのことはかわいい人だと思っていた。少しぼんやりしているようなゆっくりしているような、助けてあげないといけないようなタイプだ。
と、思っていたんだが。
事故以来、どこか変わってしまった彼女。
そういえば、事故から目覚めて以降、ドリアーヌが何を言ったか、ミーガンはやたら詳しく聞いていったが、あれは何だったんだろう。
そんなことを考えていると、ノックと同時にドアが開いた。




