ミーガンの結婚行進曲ー8
馬車は町中を通り過ぎ、お屋敷が立ち並ぶ通りを過ぎ、家もまばらになったところで、大きいお屋敷の中へと入っていった。
古いが大きな二階建てのお屋敷は、庭に植えられた木々に隠れるようにひっそりと建っていた。
もしかしたら、新たな家を買うつもりなのかも。
ふたりがやっている施設、子供たちに本を読んでもらうように作った施設は、今では勉強や色々なことを学べる場所として有名になりつつあった。
もっと大きな場所が必要になってきたのかも。なんて思いつつ、私は馬車から降りた。
大きなドアを開けると、レラたちが待っていると思っていたが。
「いらっしゃいませ」
案に相違して、中年の女性がにこりと微笑みつつ近づいてきた。
「ミーガン様でいらっしゃいますわね」
「は、はあ」
「お連れ様は上でお待ちです」
言うが早いか、二階へ向かう階段を上がっていく。一階はまるでホールのようにだだっ広いが、受付のようなカウンターと椅子やテーブルが数組あるのみで、案内してくれている女性以外に人の姿はない。
何、ここ。
どうもおかしいぞ、と今更ながら気づいたが、案内の女性に連れられ二階のある部屋の前まで来てしまっていた。
女性がドアをノックして扉を開く。
そのまま背中を押され、中に入ってしまった私は、目の前に立つ男性に眉根を寄せた。
「ミーガン、久しぶり」
「え、えーっと……」
どこかで見た人、なのは確かなんだけど。誰だっけ。
茶髪な髪は無造作というよりやつれた感じで、よく見なくとも頬はこけて顔色も悪い。来ているものから貴族なんだろうとはわかるものの。
「あの、すみません。ここにレラとフェリシアは」
「ん? まさか、ミーガン」
ふうっと息をついた男性は、情けなさそうに顔をゆがめ頭を横に振った。
「また、私は騙されたんだな」
小さくつぶやいた男性は、
「ミーガン、悪かった。多分、君も騙されたんだろう」
「え? 騙されたって、誰にですか」
「ドリアーヌ、ドリアーヌ・エドゥだよ。覚えてるだろう」
またもやドリアーヌの名前を聞くなんて。ってまって。ということは、目の前のこの人はもしかして。
「あの、もしかして、ユンゲル」
「ユルゲンだ」
「あ、そうでしたね。ユルゲンさん」
肩を落としたユルゲン、ミーガンの婚約者だった男は、
「名前も顔も忘れられてるとは。そんな相手が私を必要としているはずはないのに」
ふふふと情けなさそうに笑い声をもらす。
「すみません。私、友達から呼び出されてここに来たんです。でも違っていたんですね」
「ああ、私も君もドリアーヌに騙されてここに来たってことさ」
椅子に座り込んだユルゲンは、私も椅子に座るようにどうぞと手で指し示す。
あらためて見ると、部屋の中は、意外にも綺麗で、鳥と花がデザインされた壁にロココ調のソファにテーブル、窓にはレースのカーテンがかかり、貴族の部屋風だ。気になるのは大きなベッドがドーンと置いてあることだが。
早く帰りたい気持ちもあったが、いったい何があったのかも聞いてみたかった。
がさごそいうバスケットに気づいた私は、
「ちょっと猫をだしてもいいですか?」
とユルゲンに聞いた。
「猫? ああ、いいとも」
お言葉に甘えて、バスケットを開けると、出てきたごましおは珍しそうに部屋中をうろうろし始めた。
「かわいい猫だね」
意外や意外、ユルゲンは目を細めてごましおを見ている。
いきなり婚約破棄を言い渡し、不敬罪として町追放にした奴だから、嫌な奴だと決めてかかっていたが。
この人もドリアーヌから婚約破棄されたのよね。しかも、今も騙されてということは、好きに使われているということだ。
「ちょっと聞いていいですか」
「何だい」
「ドリアーヌのことです」
「ああ」
とため息をついたユルゲン。
「彼女と婚約破棄したと聞いたんですけど。何があったんですか」
自分の手元に視線を落としたユルゲンは、
「あれは、ドリアーヌが馬車に轢かれたあとだったんだ」
ちょっと待って。馬車に轢かれた?!
「大丈夫だったんですか」
「うん。よそ見をしてたらしく、走ってきた馬車に当たってしまったんだ。ドリアーヌはそういうとこがあるから。いつもメイドに気を付けるようには言っていたんだが」
そういうとこって。やっぱり、ふわふわしたお嬢様のイメージは合ってたわけよね。
「それで?」
「気を失って、寝込んでたんだ。私も心配で足しげく見舞いに通った。けがは大したこともなく良かったんだが。頭を打ったみたいでね。だけど、数日後に目を覚ました。本当にほっとしたよ」
笑みを浮かべたユルゲンだが、
「だけど、目を覚ましたドリアーヌは何だか変でね。短期間だが記憶を失っていたようだった。頭を打って混乱状態にあるんだろうと、医者は言っていたんだが」
目を覚ましたドリアーヌは、
「ここはどこなの!」
といきなり叫んだらしい。




