氷上の秘密の恋人ー9
「踊ろう」
「あ、え? ……はい」
手を重ねると、すっと身体を引き寄せられた。
お屋敷からさっきまでの陽気な曲とは違い静かなワルツが流れてくる。
ダンスはみようみまねしかできないけど、デヴィッド様がうまくリードしてくれる。まるで貴族のお嬢様になったようだ。そんなはずはないのに。これはクララさんたちがかけてくれた魔法。
明日には現実に戻ってしまうけど、今だけは魔法にかかったままで、このままで。
そんなふうに思いつつ顔をあげると、デヴィッド様がこちらを見つめていた。
「メイベルさん、きれいだよ」
「!?」
「ここに一緒に来てくれてありがとう」
「い、いえ」
恥ずかしくなって下を向いてしまう。
「まだここに来ることがあると思うんだ」
「そうなんですか?」
「ああ、だから」
「はい」
「また一緒に来てくれないかな」
「ああ、それでしたら、奥様かご主人様に御了解をいただけたら」
雇い主の了解があれば私はメイドとしてやってくることは可能だ。真剣に答える私にデヴィッド様は「ああ、そうだね」と苦笑を漏らす。
「?」
「そういう意味ではなくて。うーん、こういうことは苦手なんだよなあ」
上を向いてぶつぶつ言うデヴィッド様は意を決したようにこちらに視線を向ける。
「メイベルさ、いやメイベル」
「は、はい」
「これからさきもずっと一緒にいてほしい」
「え?」
「君が好きなんだ」
月明かりがデヴィッド様の薄く金色がかった髪が透けてきれい。そんな場違いなことを思いながらデヴィッド様を見つめていた。そして……
「そして、彼の顔が近づいてきて、月明かりの下、私たちは口づけを交わし……」
「きゃあああああああああああ」
「うわあ、びっくりした、メイベルさん、どうしたんです?」
メイド仲間のリアが目をまん丸くしてこちらを見つめている。
「あ、いや、これ」
口をわなわなとさせた私に、リアは「ねえ、素敵でしょう?」とうっとりと目を閉じる。
「氷上の秘密の恋人、伯爵様とメイドの恋の物語。伯爵様がかっこよくて、凍った湖面で彼女のことを助けるとこなんて最高なんですよね~」
最近出版されたロマンス本が巷の話題なのは知っていた。ここのところバタバタと忙しく読むひまがなかったのだが。持っているというリアから借りて読んでみたものの。
「わ、わたし、昼から休むから、あとのことお願いします!」
「え? メイベルさん?」
言うが早いか私は取るもとりあえず、レラお嬢様が住む家にと馬車を走らせた。
「あら、メイベル」
「いらっしゃい、メイベルさん」
子供たちもお昼なのか、今は数人、本を読んでいる姿が見える。
「おおおおおお、お嬢様」
「ん? どうかしたの?」
首をかしげるいつも通りのお嬢様の背中を押したフェリシア様が何かしら察知してくれたのか、
「メイベルさん、あっちの部屋に行きましょう」
と言ってくれた。
目の前にお茶を出してくれるレラお嬢様に感慨深いものを感じてしまうが、今はそれどこではない。
「あ、あのお話、お嬢様とフェリシア様にしましたよね」
「あの話? ああ、デヴィッド様の?」
明るく言われるが、恥ずかしくて頬が熱くなる。
「そ、それです」
私はハームズワース伯のお屋敷からこっちに戻ってすぐに、レラお嬢様に会いに来た。
どうしていいかわからなかったからだ。
「メイベルはデヴィッド様のこと嫌いなの?」
「いえ、そんな、まさか」
あら~と顔を見合わせたレラ様とフェリシア様。
「じゃあ、何も悩むことないじゃない」
「ですけど、私は平民です。家も貴族でもなんでもなくて」
あの時、ダンスをしながら告白された。本当に夢のようで、これも魔法なんだと思ってた。
デヴィッド様にはなんと返事したかよくは覚えていない。ただ、ありがとうございますとは言った気がするけど。
あとから、少し待っていてと言われたことだけ覚えている。
少し? 何を待つんだろう?
もしかしてあれもこれも魔法で夢見てただけなんじゃないかと悩んでしまい、誰かに聞いてもらいたくてレラ様のところに駆け込んだのだ。
話を聞いてくれたお二人は、
「大丈夫、メイベルはいつも通りにして待っていればいいから」
と言ってもらい、何だか少し安心した。
そして本当にいつも通りメイドの仕事を頑張っていた。
「それで? あのお話のことよね」
「はい。私、お二人にしか話してなかったんですけど」
「お母さまにはお話したわ」
レラ様がそう言ってにこりとする。横でフェリシア様がなぜか苦笑顔だ。
「あの、奥様だけですか?」
「そうよ」
と答えるレラ様にフェリシア様が「あれでしょ?」と話題のロマンス本をテーブルに置いた。
氷上の恋人、今話題のロマンス本。
「そそそそそれです!!!」
立ち上がって指さす私に、フェリシア様が「やっぱりね」と一言。
「あの、やっぱりって」
きょとん顔のレラ様を横目で見つつ、フェリシア様が、
「その作者って、レラのお母さまなのよ」
と眉を下げた。
「そうなんですね、作者。えーっ!!!!」
私は口をぱくつかせたまま椅子に座り込んだ。




