氷上の秘密の恋人ー6
ばったりと出くわしたのはクロードさんでも、ジェラルドさんでも、おじいさん達でもなかった。
「あ、あなた」
「ん? あんた、もしかしてマリーの」
目の前に現れたマリーの恋人に思わず指を指してしまっていた。
向こうもなぜかこちらを理解しているようでいきなり腕を掴まれた。
「あんたのせいで」
ぐいっと引っ張られ、
「あんたが余計なことを言ったんだろう」
「な、なんのこと」
「マリーが悪いことはしない、あなたもしちゃダメだとさ。何をいい子ぶってんのか聞いたら、メイベルって女に諭されたってわかったんだ。それあんただろ」
マリーさん、わかってくれたんだ。
だが、この男には通じそうにはない。
「マリーさんは間違ってないわ」
「なんだって」
「あんたが間違っているんでしょ」
「はあああ?」
捕まれた腕をぎりぎりと締め付けられる。
「痛い! 離しなさいよ!」
「うるさい!」
いきなり殴られ意識が飛んだ。ぐいっと腕を引っ張られ引きずるように連れていかれたことだけをかすかに覚えていた。
「ここ?」
意識が飛んでいてよくわからなかったが、無何かが頭や足をかすめ、スカートを引っ張る。それが森の中で野ばらや枝で理やり森の中を引きずられていったようだった。
どんっと身体を押され倒れこんだ。
意識がはっきりするにつれ、板の上にいることがわかる。身体を起こすとそこは水の上で。
「湖?」
「静かにしてろ」
男が櫂をこいでボートを進めていく。
森を抜けると湖があるなんて知らなかった。
「向こう岸まで付き合ってもらうぞ。追手が来たからな」
「追手?」
見ると、湖の岸あたりに3人の人影が走ってきていて。
「メイベルさん!」
「止まれ!」
デヴィッド様だ。クロードさんとジェラルドさんの姿も見える。助けに来てくれた?
でもボートはひとつしかないみたいだ。
どうしたら。
「止まれと言われて止まるかよ」
と男は下卑た笑いを浮かべる。
何とかしないと。背中を向け櫂を漕ぐ手に力をこめた男。
その背中に思いっきり男にぶつかった。
「うわっ!」
「止めなさい」
てめえ、と真っ赤な顔で振り返った男は櫂を振り上げた。
嘘っ
思わず頭を抱えてしゃがみこんだ。
ガタンっ!
いきなりボートが左右上下に大きく揺れた。
「うわっ」
「きゃあ」
バリバリバリと大きな音があたり一面を包む。身体を取り巻く空気が一瞬で凍りついたような気配。
「どうなってんだ!!」
男の叫びにあたりを見回すと、今まで波打っていた湖面が一面、凍り付いていた。
「凍ってる」
目の端にこちらに向かって走り出すデヴィッド様たちの姿が。男もそれに気づいたのか「やばい!」と私の腕を引っ張り上げた。
すごい力で引きずられ、抵抗してもずるずると氷の上を連れていかれる。
見ると、助けに走っていた兵士のクロードさんが凍った湖面ですべってひっくり返り、それでも進もうとするデヴィッド様をジェラルドさんが止めている。
何が起こったかわからないが、こんなに凍っていてはどちらもうまく進めない。私自身でなんとかしないといけないのはかわりないようだ。何とかつかまれた手を離させたいが。掴まれた腕がしびれるぐらいに痛い。
「離して」
「うるさい! 黙って来い」
苦痛で顔がゆがむ。なんとかしたいのにできなくて悔しくて仕方ない。
と、遠くから、
「デヴィッド様!」
ジェラルドさんの声で振り返ると凍っているはずの湖面をデヴィッド様が走ってこちらに向かってきていた。まるでそこだけ凍っていない地面のように。
「!?」
「デヴィッド様?」
つるつるした湖面に悪戦苦闘している男にデヴィッド様はすぐに追いついた。
「お前、どうやって」
「その手を放せ!」
私の腕をつかんでいた男がポケットに手を突っ込み何かを取り出そうとした。瞬間、デヴィッド様が持っていた剣を抜いた、まではわかったが。気付くと、男が呻きカランカランと音を立てて落ちたナイフが氷上を滑っていくのが見えた。
「てめえ」
「もうおとなしくしろ」
男がポケットから出そうとしていたのはナイフで、デヴィッド様はそれを瞬時に叩き落したんだ。
すごい。
王室の方で王子様ではあるけど、デヴィッド様はおとなしく部屋にこもりっきりの方という噂で剣も戦いも苦手なんだという話だったのに。
だが、男は言うことは聞こうとせず、私はいきなり引っ張り上げられ、腕を首に回された。
「おとなしくするのはそっちだ。さもないとこの女がどうなるか」
男を睨みつけたデヴィッド様はふと下を向き、剣もだらりと下に向けた。
「そうそうそれでいいんだよ。ほら行くぞ」
私なんていいから、こいつを、と言いたいけど、喉を男の腕で絞められたような状況では声がうまい具合に出ない。
「で、デヴィッ……」
男が私を引きずりながらずりずりと後退していく。
だけど、さすがに氷の上、男の足が滑りそうになったその時。
デヴィッド様がいきなり氷上を蹴って大きくジャンプした。目だけでその姿を追った私は剣を上段に構えて飛ぶデヴィッド様を綺麗だと思ってしまった。
大きく飛んだデヴィッド様が剣を振り下ろす。瞬間私はギュっと目をつぶった。
あとは。
男の「うわあああ」という声と、私の首に回された手がほどかれ自由になるのと、ドシンっというう大きな音が聞こえてきて。
シンっとした中、そっと目を開けると、目の前にデヴィッド様が立っていた。
「メイベルさん、大丈夫?」
心配そうな表情に、私は「はい」と答えて笑顔を見せようと頑張った。
「よかった、無事で」
と頬をデヴィッド様の手が滑り、濡れている私の頬をぬぐってくれる。
「あ、あの手が汚れます」
目を見開いて、クスリと笑ったデヴィッド様はそのまま私を抱きしめた。




