氷上の秘密の恋人ー5
「メイベルさん、何だか元気がでたみたいねえ」
翌朝、クララさんに言われた。
「いえ、そんなことは」
と焦って手をばたつかせた私は、テーブル用に花を摘みに外に出た。
まったく、昨日はどうかしてた。
デヴィッド様はご主人と同等の位置にいる、そんな方の横で大泣きしてしまうなんて。
何も言わずに側についててもらえたことはありがたかったけど。
どんな顔してればいいかわからない。
庭は秋の朝で、ひんやりとした空気が漂っている。
ここにも、デヴィッド様が手渡してくれたハーブ、カラミンサが咲いている。小さな白い花がかわいらしい。
これも飾る用にいれようかな。
手を伸ばした私の耳にこそこそと話す声が聞こえてきた。
誰?
このおとなしそうな声は、マリーさん?
そっと、丈の高い草花の間から覗くと、メイド姿のマリーと、見知らぬ男性が立っていた。
薄汚いズボンによれた上着、土のついた靴、顔は濃くて綺麗にすれば整っているように見えるが妙に作ったような笑みが気になった。
屋敷では見ない顔だ。
兄弟が会いに来た?
でもそれならこっそり来なくても。
まさか。
恋人かしら?
ひそひそ声だがところどころ話している声が聞こえてくる。
「でもそんなこと」
「大丈夫だよ。あの奥様は悪いことをしたからこんなところに流されたのさ」
奥様って、この屋敷にいる奥様はひとりしかいない。
しかも悪いことって、そんな噂がこんなとこまで流れているとは知らなかった。
「悪いこと?」
「ああ、そうだ。だから宝石のひとつやふたつ、取られても文句は言えないんだよ」
!?
宝石?
「でも」
「そうでもしないと、一緒にはなれないんだぞ!」
「……」
「ごめんごめん、マリー。愛してるんだ、わかるだろう?」
腕をつかんだ男がマリーの顔を覗き込んでいる。
こくりとうなづいたマリーに男はにやりとした。
これはまずいわ。
私は這いつくばってその場を離れると、距離を開け、
「マリー! マリーさん? 朝食の用意をしないと。どこにいるの?」
大声でマリーを呼んだ。
すぐに木々の間から駆けてくるマリー。その後ろの方でさっき見た上着の端が移動するのがわかった。
あれからマリーを何気なく見ていたが、何とはなしにあちこち気にしているようでいつにもましておどおどしている。
あれじゃあ、うまく宝石を取るなんて無理だと思うけど。
ただ、サリーに聞くと、あまり食欲がないのか、後から食べるからと余った食事を部屋に運んでいるようだ。
もしかしなくても彼に運んでいるんじゃないかな。
メイドの仕事は多岐にわたる。女主人の身の回りのお世話もまたメイドの仕事だ。
マルガレータ様のお世話は、自分でされると言うのでメイドが手を出すことはない。だから宝石を盗むとしたら、お部屋の掃除のときだと思われた。
なるべく、私が掃除するようにするしかないか。そうすれば泥棒はできないはず。
だが、お昼のぽっかりと空いた時間。
昼食の後片付けを終え、掃除の分担を考えていると、マリーがあちこちきょろきょろしつつ廊下を進んでいた。
マリー。
まさか。
「マリー」
マルガレータ様の部屋の中。私はそっと中に入ると、鏡台の前にいるマリーに声をかけた。
手にした首飾りを取り落とすマリー。
「メイベルさん……、私」
「それを戻して」
ハッとして首飾りを引き出しに戻したマリーは、
「ごめんなさい」
とはらはらと泣き出した。
私はマリーを連れて自分の部屋に連れていくと、恋人のこと、話を聞いたことを伝えた。
「でも、あの人、悪い人じゃないんです」
「恋人のあなたにあんなことをさせる人がいい人ではないと思うわよ」
「でもでも」
余程好きなのか、だまされているのか。何を言っても無駄かもしれないが。よくよく聞くと、住んでいた村で泥棒をして逃げてきたらしい。
既に犯罪を犯していたか。
ため息をついた私は。
ともかく、これは泥棒であること。もし泥棒に成功しても、彼と二人で刑罰に処せられることになるだろうことをこんこんと説明した。
「彼にも考えを改めさせて自首させたいけど」
どうしたらいいか、言って聞く相手とは思えなかった。
マリーが言うには、屋敷の庭の中でうろうろしているらしい。
なにせ広い庭で、森のような場所とつながっているから隠れるのはたやすいだろう。
マリーには悪いけど、どなたかに相談して捕まえてもらった方がいいかも。
ハームズワース伯にはご心配をかけたくないし、バロワン様も捕り物をするようなタイプには見えない。
デヴィッド様は。
昨夜のことを思い出し、思わず頭をぶんぶんと横に振った。
きっと今もお部屋で文筆作業中だろう。お仕事で忙しいのに手を煩わせるわけにいかない。
ぶつぶつ言いつつ廊下を掃除していると、どんっと誰かにぶつかった。
「メイベルさん、大丈夫?」
え? この声。
「あ、あ、あの、大丈夫です。すみません!」
デヴィッド様の顔をまともに見れない。慌てた私は「失礼します!」と廊下を走り去った。
やばいわ。
頬が熱い。
廊下を走り抜けた私は兵士のクロードさんが一番適任だと思いついた。
サリーさんに聞いたりクララさんに聞いたりしつつ、居場所を探して屋敷をうろついた。
「さっきは厩舎にいたが」
馬のところにいるのね。私は屋敷の裏を回って急いで厩舎に向かった。
だけど、それがよくなかった。




